(1)附則第18条第2項
消費増税法案には、増税一辺倒よりもさらに悪質な問題が隠されている。
法案には、三党合意の前にはなかったものが新しく入れられている。附則第18条第2項がそれで、これが問題の根源だ。附則は「消費税率の引き上げに当たっての措置」として、次のように記す。
<税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、我が国経済の需要と供給の状況、消費税率の引き上げによる経済への影響等を踏まえ、成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する>
読み辛い文章だ。しかも、通常は経過措置などを記載する附則の中に入れて専門家でも気づかないようにしている。
政府は、消費増税が必要な理由として、少子高齢化のもとで誰もが安心して社会保障の恩恵を受けられるようにするためには安定財源確保と財政健全化が必要だ、と繰り返し説明してきた。
しかし、「事前防災及び減災」は、断じて社会保障ではない。これは広い意味で公共事業だ。しかも、この分野に「資金を重点的に配分する」とは、消費税を多く公共事業に使う、ということだ。
(2)背景
6月4日、自民党は衆議院に議員立法で「国土強靱化法案」を提出した。大災害がほぼ確実と言われる中、日本は国土を強靱化して備えなければならない。そのためには民間資金も含め、10年間で200兆円規模の事業費が必要だ、というのだ。
自民党本部の中に国土強靱化総合調査会がある。会長は運輸大臣、経産大臣を歴任した二階堂俊博、委員には古賀誠、町村信孝ら昔からの公共事業族議員が名を連ねている。
法案提出が6月4日、三党合意成立が6月15日だから、この会の意を受けた誰かが200兆円の財源を求めて「附則」を捻り出したのだ。
ちなみに、三党合意の立役者になったのが、政府側は藤井裕久・元財務相と古本伸一郎・社会保障と税の一体改革調査会筆頭副会長/民主党税制調査会事務局長だ。裏で何が何でも消費増税法案を通したい財務省、自民党のほうでも財務省出身議員らが陰に陽に力をふるった、という観測がある。
消費税が10%になれば税額は13.5兆円という巨額なものになる。このうち確実に社会保障に充てられるのは2.7兆円で、残りの10.8兆円は社会保障の借金返済に充てる(ただし、全額借金返済に回るわけではなくて、社会保障分を増額する)、というのがこれまでの政府説明だった。
しかし、この附則によれば、10.8兆円を全額公共事業に回しても合法だ。
自民党の一部議員は、すでに国土強靱化をぜひ次の総選挙の目玉にしたい、と息巻いている。そのような主張が通り、自民党が政権を握れば、10年で200兆円が公共事業に投入され、国の借金は増え続ける。
しかし、政府も自民党も、この附則について、国民にほとんど説明していない。これでは、消費税は社会保障に使われる、と信じてきた国民に対する詐欺ではないか。
大手マスコミは、もちろん附則が国民に対する背信であることを知っている。だが、黙して語らない。
(3)「国土強靱化法案」
(a)基本理念・・・・「多極分散型国土の形成、均衡ある発展、大規模災害発生時の政治・経済・社会活動の確保」
(b)基本政策(なぜ10年間で200兆円なのかは不明)
①強く災害を意識したもの・・・・「東日本大震災からの復興、大規模災害に対する強靱な社会基盤の整備、医療・福祉の確保、エネルギーの安定供給」など。
②一般的事業・・・・「地域間交流・連携の促進、我が国全体の経済力維持向上、農村漁村の振興、地域共同体の活性化」など。
(c)具体的な「強靱な社会基盤の整備」は法案では不明。ただし、国土強靱化総合調査会のブレーン的存在の論からすれば、高速道路網14,000kmの建設が含まれるらしい。国土強靱化とは、高く強い防潮堤、高速道路と鉄道をミックスした多重防御、津波対策のためのコンクリート構築物などを指すらしい。
(d)会は、財源として原則「建設国債」を予定している。さらに、このような財政出動をすれば、雇用が発生し、景気が上向き、さらにはそれが税になって国庫に入り、日本の赤字財政も解消されていく、という例の論理が加わる。
(e)建設国債のこれ以上の発行は、国内だけでなく国際的にも大きな批判がある。日本の財政規律をどうするかは、世界中の大論点なのだ。このような厳しい状況のなかで、国土強靱化総合調査会にとっては消費増税はビッグでありラストチャンスだった。
(f)こうした思惑もあってか、自民党案に併せて公明党も100兆円プラン(防災・減災ニューディール推進法案)を発表。民主党の部会も160兆円プランを準備するようになった。選挙の秋風が吹き始めだして、公共事業は党派を超えて「打ち出の小槌」となった。
(4)人口減の時代の公共事業
(a)田中角栄が「日本列島改造論」によって公共事業のシステムを作った頃は、爆発的な人口増で高度成長を遂げようとしていた時代だった。
(b)この時代、公共事業は人々の所有、スピード、便利さなどの欲求を満たし、幸福感を与え、雇用を生み出し、経済を成長させる魔法の杖だった。人口が増えれば需要もまた喚起する、というのは当然の法則だった。自民党が戦後一貫して政権を担ったのは、この公共事業をうまく操ったことが決定的だ。
(c)しかし、民主党が政権をとった2009年には、日本は世界でもまったく例を見ない少子・高齢化の時代に入り、今後急速に人口減と高齢者を抱えるようになっていた。したがって、人口増を前提とした公共事業(社会保障を含む日本の全システム)は、これまでとはまったく逆のものにならなければならない。
(d)民主党は国家戦略局を設けて民間の知恵を集めようとし、官僚に依存することの多い公共事業にとって不可欠な視点を導入しようとしたが、国家戦略局は不完全燃焼に終わった。
(e)この間、従来の公共事業は大きな欠陥を露呈するようになった。
①人口増を前提にした各種設備が人口減に伴って続々と不要になってきた。
②公共事業=コンクリートの劣化に伴って既存の施設の老朽化が急速に進行した。<例>橋は全国で4万本を数えるが、劣化のために危険が増し、道路や下水道なども同じような状態となった。
③新規事業と維持・管理費の観点からは、現在の予算の状態では、まもなく新規公共事業はストップし、旧来の施設の維持・管理だけで精一杯という状態になる。
④少子・高齢化に伴って発生する日本国土の偏向=多くの集落は限界集落となり、東京など大都市の一部だけは現状を維持するが、それでも内部に沢山の高齢者を抱え、孤独死や無縁社会が蔓延するようになる。
(f)これら全体にどう対処していくか、日本国のありようを考える「グランドデザイン」の構築は待ったなしなのだが、民主党はここでもサボタージュし続けた。ほとんど説明することなく「八ッ場ダムを中止」し、これまた説明なく「八ッ場ダムの中止を中止」した。財源調達のめどもなく、整備新幹線や外郭環状道路を再開した。
(5)東日本大震災被災地
(a)政府は復興庁という新組織を立ち上げ、過去最大かつ過剰といわれる復興予算を組み、さらに特区や一括交付金など新しい制度を作って復興を進めようとしている。しかし、被災地ではほとんど復興が進まず、政府の政策と被災地の乖離はかつてないほど大きくなっている。
(b)その理由を消費税と公共事業を考える文脈のなかで整理すると、
①災害への対策は必須であり急務だが、しかもハード面とソフト面の両面について必要だが、全国各地についての対策は個別に計画されなければならない。従来のような霞が関中心ではなく、自治体・市民・企業などの叡智が主体となって新しいシステムを創造しなければならない。
②最も重要かつ本質的なことは、災害対策も結局はそれぞれの国民が今後どのような町でどのような人生を送りたいか、にかかっている。公共事業はかつてのように国が独占するものではなく、「公」つまり市民や自治体が計画し、実行するものとなったのだ。
③東日本大震災の被災地で復興が進まない本当の理由は、政府による復興を必ずしも被災者は望んでいないからだ。被災者が望んでいるのは、かつての故郷を取り戻したい、ということだ。自力で住宅を建設するか、仮設住宅を出て区画整理された土地あるいは高台に住むか。その土地で生活はできるのか。そして年老いたら、あまり息子や娘の世話にならずにうまく老後を送れるか、ということが最大の心配事なのだ。物理的な安全や安心はもちろんそれらと並行的に考えなければならないが、決してそれが最優先ではない。端的に、大きくて強い防潮堤をとるか、将来の医療や介護を望むかと言われれば、ほとんどの人は後者を選ぶだろう。
④③のような被災者の希望は、まもなく限界集落を迎える町、若者の都市離れで将来設計が困難になっている多くの小都市、少子・高齢化を迎える全国の自治体・地域にも共通している。
以上、五十嵐敬喜(法政大学法学部教授/弁護士)「消費税が公共事業に化ける時 ~再び土建国家へ~」(「世界」2012年9月号)に拠る。
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消費増税法案には、増税一辺倒よりもさらに悪質な問題が隠されている。
法案には、三党合意の前にはなかったものが新しく入れられている。附則第18条第2項がそれで、これが問題の根源だ。附則は「消費税率の引き上げに当たっての措置」として、次のように記す。
<税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、我が国経済の需要と供給の状況、消費税率の引き上げによる経済への影響等を踏まえ、成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する>
読み辛い文章だ。しかも、通常は経過措置などを記載する附則の中に入れて専門家でも気づかないようにしている。
政府は、消費増税が必要な理由として、少子高齢化のもとで誰もが安心して社会保障の恩恵を受けられるようにするためには安定財源確保と財政健全化が必要だ、と繰り返し説明してきた。
しかし、「事前防災及び減災」は、断じて社会保障ではない。これは広い意味で公共事業だ。しかも、この分野に「資金を重点的に配分する」とは、消費税を多く公共事業に使う、ということだ。
(2)背景
6月4日、自民党は衆議院に議員立法で「国土強靱化法案」を提出した。大災害がほぼ確実と言われる中、日本は国土を強靱化して備えなければならない。そのためには民間資金も含め、10年間で200兆円規模の事業費が必要だ、というのだ。
自民党本部の中に国土強靱化総合調査会がある。会長は運輸大臣、経産大臣を歴任した二階堂俊博、委員には古賀誠、町村信孝ら昔からの公共事業族議員が名を連ねている。
法案提出が6月4日、三党合意成立が6月15日だから、この会の意を受けた誰かが200兆円の財源を求めて「附則」を捻り出したのだ。
ちなみに、三党合意の立役者になったのが、政府側は藤井裕久・元財務相と古本伸一郎・社会保障と税の一体改革調査会筆頭副会長/民主党税制調査会事務局長だ。裏で何が何でも消費増税法案を通したい財務省、自民党のほうでも財務省出身議員らが陰に陽に力をふるった、という観測がある。
消費税が10%になれば税額は13.5兆円という巨額なものになる。このうち確実に社会保障に充てられるのは2.7兆円で、残りの10.8兆円は社会保障の借金返済に充てる(ただし、全額借金返済に回るわけではなくて、社会保障分を増額する)、というのがこれまでの政府説明だった。
しかし、この附則によれば、10.8兆円を全額公共事業に回しても合法だ。
自民党の一部議員は、すでに国土強靱化をぜひ次の総選挙の目玉にしたい、と息巻いている。そのような主張が通り、自民党が政権を握れば、10年で200兆円が公共事業に投入され、国の借金は増え続ける。
しかし、政府も自民党も、この附則について、国民にほとんど説明していない。これでは、消費税は社会保障に使われる、と信じてきた国民に対する詐欺ではないか。
大手マスコミは、もちろん附則が国民に対する背信であることを知っている。だが、黙して語らない。
(3)「国土強靱化法案」
(a)基本理念・・・・「多極分散型国土の形成、均衡ある発展、大規模災害発生時の政治・経済・社会活動の確保」
(b)基本政策(なぜ10年間で200兆円なのかは不明)
①強く災害を意識したもの・・・・「東日本大震災からの復興、大規模災害に対する強靱な社会基盤の整備、医療・福祉の確保、エネルギーの安定供給」など。
②一般的事業・・・・「地域間交流・連携の促進、我が国全体の経済力維持向上、農村漁村の振興、地域共同体の活性化」など。
(c)具体的な「強靱な社会基盤の整備」は法案では不明。ただし、国土強靱化総合調査会のブレーン的存在の論からすれば、高速道路網14,000kmの建設が含まれるらしい。国土強靱化とは、高く強い防潮堤、高速道路と鉄道をミックスした多重防御、津波対策のためのコンクリート構築物などを指すらしい。
(d)会は、財源として原則「建設国債」を予定している。さらに、このような財政出動をすれば、雇用が発生し、景気が上向き、さらにはそれが税になって国庫に入り、日本の赤字財政も解消されていく、という例の論理が加わる。
(e)建設国債のこれ以上の発行は、国内だけでなく国際的にも大きな批判がある。日本の財政規律をどうするかは、世界中の大論点なのだ。このような厳しい状況のなかで、国土強靱化総合調査会にとっては消費増税はビッグでありラストチャンスだった。
(f)こうした思惑もあってか、自民党案に併せて公明党も100兆円プラン(防災・減災ニューディール推進法案)を発表。民主党の部会も160兆円プランを準備するようになった。選挙の秋風が吹き始めだして、公共事業は党派を超えて「打ち出の小槌」となった。
(4)人口減の時代の公共事業
(a)田中角栄が「日本列島改造論」によって公共事業のシステムを作った頃は、爆発的な人口増で高度成長を遂げようとしていた時代だった。
(b)この時代、公共事業は人々の所有、スピード、便利さなどの欲求を満たし、幸福感を与え、雇用を生み出し、経済を成長させる魔法の杖だった。人口が増えれば需要もまた喚起する、というのは当然の法則だった。自民党が戦後一貫して政権を担ったのは、この公共事業をうまく操ったことが決定的だ。
(c)しかし、民主党が政権をとった2009年には、日本は世界でもまったく例を見ない少子・高齢化の時代に入り、今後急速に人口減と高齢者を抱えるようになっていた。したがって、人口増を前提とした公共事業(社会保障を含む日本の全システム)は、これまでとはまったく逆のものにならなければならない。
(d)民主党は国家戦略局を設けて民間の知恵を集めようとし、官僚に依存することの多い公共事業にとって不可欠な視点を導入しようとしたが、国家戦略局は不完全燃焼に終わった。
(e)この間、従来の公共事業は大きな欠陥を露呈するようになった。
①人口増を前提にした各種設備が人口減に伴って続々と不要になってきた。
②公共事業=コンクリートの劣化に伴って既存の施設の老朽化が急速に進行した。<例>橋は全国で4万本を数えるが、劣化のために危険が増し、道路や下水道なども同じような状態となった。
③新規事業と維持・管理費の観点からは、現在の予算の状態では、まもなく新規公共事業はストップし、旧来の施設の維持・管理だけで精一杯という状態になる。
④少子・高齢化に伴って発生する日本国土の偏向=多くの集落は限界集落となり、東京など大都市の一部だけは現状を維持するが、それでも内部に沢山の高齢者を抱え、孤独死や無縁社会が蔓延するようになる。
(f)これら全体にどう対処していくか、日本国のありようを考える「グランドデザイン」の構築は待ったなしなのだが、民主党はここでもサボタージュし続けた。ほとんど説明することなく「八ッ場ダムを中止」し、これまた説明なく「八ッ場ダムの中止を中止」した。財源調達のめどもなく、整備新幹線や外郭環状道路を再開した。
(5)東日本大震災被災地
(a)政府は復興庁という新組織を立ち上げ、過去最大かつ過剰といわれる復興予算を組み、さらに特区や一括交付金など新しい制度を作って復興を進めようとしている。しかし、被災地ではほとんど復興が進まず、政府の政策と被災地の乖離はかつてないほど大きくなっている。
(b)その理由を消費税と公共事業を考える文脈のなかで整理すると、
①災害への対策は必須であり急務だが、しかもハード面とソフト面の両面について必要だが、全国各地についての対策は個別に計画されなければならない。従来のような霞が関中心ではなく、自治体・市民・企業などの叡智が主体となって新しいシステムを創造しなければならない。
②最も重要かつ本質的なことは、災害対策も結局はそれぞれの国民が今後どのような町でどのような人生を送りたいか、にかかっている。公共事業はかつてのように国が独占するものではなく、「公」つまり市民や自治体が計画し、実行するものとなったのだ。
③東日本大震災の被災地で復興が進まない本当の理由は、政府による復興を必ずしも被災者は望んでいないからだ。被災者が望んでいるのは、かつての故郷を取り戻したい、ということだ。自力で住宅を建設するか、仮設住宅を出て区画整理された土地あるいは高台に住むか。その土地で生活はできるのか。そして年老いたら、あまり息子や娘の世話にならずにうまく老後を送れるか、ということが最大の心配事なのだ。物理的な安全や安心はもちろんそれらと並行的に考えなければならないが、決してそれが最優先ではない。端的に、大きくて強い防潮堤をとるか、将来の医療や介護を望むかと言われれば、ほとんどの人は後者を選ぶだろう。
④③のような被災者の希望は、まもなく限界集落を迎える町、若者の都市離れで将来設計が困難になっている多くの小都市、少子・高齢化を迎える全国の自治体・地域にも共通している。
以上、五十嵐敬喜(法政大学法学部教授/弁護士)「消費税が公共事業に化ける時 ~再び土建国家へ~」(「世界」2012年9月号)に拠る。
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