語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『この一秒 極限を超えた十人の物語』

2010年02月01日 | ノンフィクション
 ノンフィクション・ノベルは、事実を追求して再構成するノンフィクションとしては徹底しない。想像力により現実から独立した虚構の世界を構築する小説としては、生の事実に寄りかかりすぎる。要するに、腰の定まらぬジャンルである。
 本書も、ヌエ的な中途半端さをまぬがれていない。
 だが、話半分に読み流せば、それなりにおもしろい。著者には人間が好き、みたいなところがあって、この思いがいたるところに滲みでているからだ。
 たとえば、「九十三点目の奇跡」。青森県の高校の弱小野球部を描く。夏の県予選大会で深浦高校は強豪とぶつかり、5回を終わった時点で、スコアはなんと93対0。なんとか10人の部員をそろえて、遊び半分の生徒をなだめつすかしつ大会出場へもっていった監督も、試合放棄を覚悟する。だが、選択を求められた選手たちは続行を決めた。スタンドから拍手と声援が湧きおこった。と同時に、それまで疲労と負けいくさで意気消沈していた選手たちに、明るく屈託のない笑顔が浮かんだ。試合は122対0で終了した。大会があけて最初の練習日に、1年生6人はふたたびグランドにやってきた。引き締まった表情で。野球のおもしろみ、スポーツの奥深さを知ったのである。
 文章はあらい。山際淳司の簡潔な切れ味はない。けれども、世の片隅で目立たずに生きる者に対する共感、ぬくもりのある眼差しがある。
 落ちこぼれにも下積みの人にも、人生の分岐点となる一瞬が訪れる。この一瞬が十の短編で描かれる。

□畠山直毅『この一秒 極限を超えた十人の物語』(日本放送出版協会、2000)
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