語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『発掘捏造』

2010年12月19日 | ノンフィクション
 1946年に岩宿遺跡(群馬県)が発見されて以来、旧石器時代の遺跡があいついで見つかった。しかし、これらはもっぱら後期旧石器時代(3万年前から1万年前まで)の遺跡だった。はたして日本人のルーツは3万年より前に遡るのか。これが1960年代から考古学界で論争の的となった。
 1981年、民間の考古学愛好グループ「石器文化談話会」は座散乱木遺跡(宮城県)で4万数千年前の地層から石器を発見し、論争に決着をつけた。「談話会」及び「談話会」から分かれて独立した「東北旧石器文化研究所」は、その後も矢つぎばやに前期旧石器時代のものと目される石器を発見していった。「日本最古」の発見を更新し、1999年には上高森遺跡(宮城県)で70万年以上も前の石器を発掘した。

 ・・・・ということになっているが、じつは「石器文化談話会」及び「東北旧石器文化研究所」の主要メンバーであった藤村新一(敬称略、以下同じ。)は、自ら埋めた石器を「発掘」していたのである。
 この事実をすっぱ抜いたのが毎日新聞。2000年11月5日、石器発掘捏造の報は日本列島を駆けめぐった。

 スクープにいたる経緯が本書の3分の2を占める。
 これはこれで興味深い。関係者のうちでひそかにささやかれていた疑惑をキャッチした記者、取材班の組織を決断した北海道支社報道部長、執念の取材、動かぬ証拠をつかんだ後の全社的対応。決定的瞬間をカメラにおさめた後も、藤村新一から直接取材するまで(発掘捏造を認めたのは2か所)、2週間も報道を抑えた慎重な姿勢。報道のあるべき姿のひとつがここに示されている。

 これはさて措き、考古学に多少関心を寄せる者は、本書の残り3分の1に注目するだろう。
 すなわち、第四章(報道の影響と課題)、座談会(佐原真・国立歴史民俗博物館長、馬場悠男・国立科学博物館人類研究部長、竹岡俊樹・共立女子大学非常勤講師、及び聞き手の橋本達明・毎日新聞東京本社編集局長)、前期旧石器問題を考えるシンポジウム(文部科学省科学研究費特定領域研究「日本人および日本文化の起源に関する学際的研究」考古学班の主催)である。
 歴史の歪曲がなぜ生じたのか。
 藤村新一が関わった旧石器遺跡は全国で186か所、うち33か所は直接発掘に関わっているが、これらをどう再評価するか(次第によっては日本の旧石器研究は根底から覆される)。
 報告書がないままマスコミの報道が過熱した事情、再検証法「褐鉄鉱」への注目など、発掘捏造が引き起こした混乱と考古学再生への試みが素人にもわかりやすく整理されている。

 読んでいて気になるのは、阿部謹也のいわゆる「世間」(『学問と「世間」』、岩波新書、2001)である。ここで言う「世間」とは、仲間うちで狎れあい、この狎れあいを権力に変える関係である。たとえば馬場悠男は「後輩は先輩の業績を批判しない。批判すると恨まれる。若いうちにやるとまともな職に就けない」と指摘する(シンポジウムにおける基調講演)。
 こうした「世間」が維持されると、検証されないままの「発見」がひとり歩きするような事態が再発しないとは限らない。

□毎日新聞旧石器遺跡取材班『発掘捏造』(毎日新聞社、2001)
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