(1)ブラック企業が新卒の若者をあの手この手を使って追い出すテクニックを見ていると、こういうことをやらかす上司たちは、よほど冷酷非情、フランケンシュタインのような人物のように見えてくる。つまり、例外的な人物であると。
しかし、そうとも言えない。この「フランケンシュタイン」も、家に帰ればよき夫、よきパパであったりもする。
「フランケンシュタイン」たちも、ブラック企業という企業の中で、組織の論理に従って動いているにすぎない。
ブラック企業内の若者も、自分が追い出される立場に立っていなければ、追い出される若者を目撃しても、黙って見送り、自分がその立場に立たなくてよかった、とホッとしたりする。
(2)ひとは集団の中で、個人でいるときには想定できない行動をとる。これを実証した名高い実験が、ミルグラム実験【注1】だ。「アイヒマン実験」とも呼ばれる。
(3)イェール大学のスタンレー・ミルグラムは、1961年、学習に対する罰の効果を調べる、という目的で次のような実験をおこなった。
被験者は、新聞広告によって募集した。郵便局員、高校教師、セールスマン、エンジニア、肉体労働者などふつうの住民296名の応募があり、このなかから被験者が選ばれた。
教師役となった被験者(X)は、学習役となった別の被験者(Y)に単語の対を読みあげて学習させる。次に、Xは最初の単語を4つの単語と並べて読みあげ、Yに正解を言わせる。Yが間違えると、ただちに電気ショックで罰を与える。Yが確実に電気ショックを受けるよう、両腕はイスに固定され、拘束されていた。
電気ショック送電器には、30個のレバースイッチが付いていて、左から右に15ボルトから450ボルトまで送電できる。「かすかなショック」「「中程度のショック」「強いショック」「非常に強いショック」「危険-すごいショック」などと表示されていた。 Xは、次のように指示された。Yが間違えるたびに電気ショックを与える。間違えるたびに電気ショックの水準を一つあげる。ショックを与える前にレバースイッチの表記を読みあげる。30番目の450ボルトの水準に達っしたら、この水準で実験を続ける。
Xが最高の450ボルトで2回続けると実験は停止された。
なお、Xは実験開始前に45ボルトのサンプル・ショックを受けるので、XはYの痛みを実感できる。
実験者は、Xが実験の続行を嫌がっても、Xが従うまで(1)「お続けください」、(2)「実験のために、あなたが続けることが必要です」、(3)「あなたが続けることが絶対に必要です」、(4)「迷うことはありません。続けるべきです」・・・・という順で勧告し続ける。Xがどうしても実験者に従わない場合は実験が中止される。
Yは、じつはサクラであった。事前に入念な演技指導がおこなわれた。
Yは、75ボルトのショックを受けるまでは不快感を示さず、ちょっとだけ不平をもらす。電圧が上がると不平が増える。120ボルトになると大声で苦痛を訴える。135ボルトでは苦しいうめき声となる。150ボルトでは「もう嫌だ!」と絶叫する。180ボルトでは「痛くてたまらない」と叫ぶ。270ボルトでは金切り声になる。300ボルトでは絶望的な声になる(実験ではこのあたりでXは実験者の指示をもとめたが、無答は誤答であるので、ショックを与えるように指示された)。315ボルトではすさまじい悲鳴をあげる。330ボルトでは無言になる。
精神科医、大学院生、教員など100名にXの行動を予測させた。Xの大部分は、150ボルトの水準にいくまでに実験を止めるだろうし、最高のショック水準にいくのはせいぜい千人に一人くらいだ、という予想だった。
ところが、40名のXのうち26名は、単に実験者が命令しただけで450ボルトの致死水準のショックをYに与えつづけた(Xはいらだち、ためらう様子を見せはした)。
(4)ミルグラムは、XとYとの距離の要因をいれた実験など延べ11の実験をおこなった。
追試は45年間おこなわれなかった。
2006年、バーガが第5実験(学習者が心臓の懸念を表明する音声フィードバック条件)の追試をおこなった。40名の教師役被験者(X)のうち、150ボルト以上の電気ショックを与えたのは、28名であった。ミルグラムの第5実験では40名中33名であり、わずかに少ないだけであった。
「ミルグラムの服従実験は、社会システムに組み込まれた一塊の人間を、あまりにも生々しく浮き彫りにした」【注2】
(5)「アイヒマン実験」には、先行実験がある。1951年、米国のアッシュは、集団における同調性の実験をおこなった。集団の圧力に屈すると、行動にどのような歪みが生じるかを調べたのだ【注3】。
このとき、アッシュの助手を務めたのがミルグラムだ。
(6)誰もが権威に負けて服従するわけではない。盲従しないでいることのできる条件が、少なくとも2つある【注4】。
【注1】スタンレー・ミルグラム(岸田秀訳)『改装新版 服従の心理:アイヒマン実験』(河出書房新社、1995)
【注2】ブラック企業は若者を壊すが、じつはブラック企業の担い手(上司たち)も壊す。冷酷非情に部下に犠牲を強いて戦果をあげたリーダーが後に自殺した事実を、ーヴ・グロスマンは『戦争における「人殺し」の心理学』で報告している【「【読書余滴】リーダーの条件 ~ミルグラム実験と組織~」】。
【注3】「書評:『心理学で何がわかるか』」
【注4】「【読書余滴】権威に盲従しない者 ~「アイヒマン実験」から~」
□今野晴貴『ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~』(文春新書、2012)の第4章「ブラック企業の辞めさせる「技術」」
【参考】
「【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~」
「【本】ブラック企業の実態」
「【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~「民事的殺人」~」
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