語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】財部鳥子「修辞の犬」

2015年08月22日 | 詩歌
 曠野の果てから野犬のように風が走ってくる
 と書いて その言葉に好ましくないものを感じた
 それがむだな修飾だったからだろう
 暁暗の曠野を風ともつかぬ野犬ともつかぬものが走ってくる
 これが最初の目撃を言葉にしたものだ
 事実は曠野の果てから風のように野犬が走ってきた
 数頭の餓えた野犬がかたまりになって走ってきたのだ

  風は毛ものの匂いがする
 
  風は得体の知れない毛をなびかせている

  風は獰猛にぶつかりあう

  風は赤児のまわりに渦巻いて低くうなっている

  風はその甘く柔らかいものを浚って走る

 まだ夜は明けないから
 犬はつむじ風のようにも見えたのだ
 片付け切れない難民の死骸がそこに転がっているとしよう
 犬より風のほうがいくらか「詩的」だろうか
 いくらか自己救済になるのだろうか
 結局 赤児は野犬に食われてしまうのである
 そういう現実があるとしても
 私は風と野犬を区別したくない
 どちらも毛をなびかせて走るではないか  

□財部鳥子「修辞の犬」(『中庭幻灯片』、思潮社、1992)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【詩歌】財部鳥子「西湖風景 --白娘子に」
【詩歌】財部鳥子「龍 --杭州で」
【詩歌】財部鳥子「凍りついて」
【詩歌】財部鳥子「いつも見る死 --避難民として死んだ小さい妹に」




最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。