語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】財部鳥子「西湖風景 --白娘子に」

2015年08月21日 | 詩歌
 うつしみは苦を忘るべし
 ここはもう人が水に還るところ
 それなら地獄だろうか いえ いえ

 ここの人の心は水と区切りがなく
 あまく霧たち
 やわらかに日に幾度もながれだす
 だからあなたは飽きもせず
 わたしたちの恋の話をしているのだろうか
 山水の絵を模した景色は夏の霧のあいだから
 人魚のようにかがやき
 湖は龍船を浮かべて
 人を苦しい記憶から連れ去ろうとするけれど
 さらに声になる
 うつしみは苦を忘るべし

 ほの白く明るい空に真向かい華やいでいる水の
 水に浸かされているわたしたちなのに
 不安の砂を積まなければ洪水が起きるとは
 だからあなたは濡れた項をのばし
 恋の終りの話をしているのだろうか
 やわらかなあなたの舌を感じると
 私も水棲の生きものだったことを思い出す
 蛇の姿にも戻らずに生き延びてきた
 あなたはそのことを言う そのことを恨む
 くどいほどそのことを言う
 湖水の面の化粧にたぶらかされ
 水に委せた心を引き裂かれ洪水が起こり
 ついに苦しみと恋をしたこと
 洪水がくりかえしくりかえし起きて恋をしたこと

 うつしみは苦を忘るべし
 ここでは絡み合った蛇の腕をといて
 白堤の柳条の緑の水に沿って
 この世をすりぬけることができる? かも
 傷ひとつない湖にいく筋かのひびを入れて
 金木犀の香りの風が人々の心を酔わせているうちに
 あなたもわたしも龍船の上から消え失せ
 あとはたとえようもなく水の
 世界になる
 *白娘子は「白蛇伝」の主人公

□財部鳥子「西湖風景 --白娘子に」(『中庭幻灯片』、思潮社、1992)
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 【参考】
【詩歌】財部鳥子「龍 --杭州で」
【詩歌】財部鳥子「凍りついて」
【詩歌】財部鳥子「いつも見る死 --避難民として死んだ小さい妹に」


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