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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】戦争を知らなければ世界は分からない ~ヨーロッパ~

2014年10月28日 | ●佐藤優
(8)イギリス
 ※【注1】東から低賃金労働者や移民が入って来ることで、EU諸国はいま非常に社会が不安定になっている。だから、欧州議会の選挙でも、反移民、反EUを掲げる右派勢力が伸びたりしている。EUの中でもグローバル化の歪みがある。
 いま、ヨーロッパが次の火薬庫になっているのではないか(危惧)。
 紛争の背景に資源・経済と宗教の問題があるのだが、それにピッタリあてはまるのがスコットランド情勢だ。
 ※9月18日に、独立の可否を問う住民投票が行われる【注2】。スコットランドでは以前から独立運動があったが、ブレア首相のときに妥協して、スコットランドに議会設立を認めた。とりあえず自治を認めれば収まる、というものではなかった。スコットランドは独自の紙幣も発行している。スコットランド内部でしか使えないが。
 スコットランド独立が絵空事でないのは、北海油田のほとんどがスコットランド領にあることだ。スコットランド人口は英国人口の1割にすぎず、ちょうどクウェートのような産油国となり得る。むろん英国がそれを座視するはずはないので、相手の手法を使ってもスコットランドを繋ぎ止めるだろう。
 ※そこに出てきたのがポンドの使用をめぐる綱引きだ。スコットランドとしては独立してもポンドをそのまま使いたい。しかし、独立すると新しくEUに加盟申請しなくてはならない。新加盟国はユーロを使う、というルールになっている。だから、英国は独立するならユーロを使え、とプレッシャーをかけてきた。スコットランドでも独立派の支持率が下がっていった。
 この問題も根っこを辿ると宗教の問題に行き着く。
 英国国教会は聖公会という宗派なのに対して、スコットランド国教会は長老派(カルヴァン派)。かつて戦争していた者同士だ。
 そもそも英国はネーション・ストリート(国民国家)ではない。国名自体が「グレートブリテンおよび北アイルランド帝国」だ。どこにも民族の要素が入っていない。他民族による連合王国だったが故に帝国運営には成功してきた。が、今になって「民族自決」的ナショナリズムが噴き出している。
 ※欧州には、EUとして一つに結集しようというベクトルと、逆に、EUがあるのだから現在の国家から分離しても構わないというベクトルが共存する。<例>旧ユーゴスラビア諸国・・・・バラバラになった後、次々にEUに加盟している。
 イメージとしては、神聖ローマ帝国に重なるものがある。理念として、「ローマの継承」、実体は各地域の領主連合。ネーション・ステート的要素は希薄化している。

(9)ベルギー
 もう一つ危険なのがベルギー。南北の対立が激化して、北部(フランドル地方)に独立の動きがある。NATOもEUも本部はブリュッセルにある。その国が解体する・・・・とは、きわめて象徴的な意味を持つ。
 ※そもそもEUの本部がブリュッセルに置かれた所以は、ベルギー語がないからだ、と言われる。フラマン語(オランダ語の一種)、フランス語、ドイツ語のそれぞれが公用語だ。まさにEUの縮図のようだ。ということで、本部がブリュッセルになった。
 統一された言語がない・・・・ということが、ベルギーという国の人工性、もろさをあらわす。
 北部(フランドル地方)の住民は、もともとオランダにいた人だ。しかるに、オランダは非常に強いカルヴァニスムの国だから、カトリックの連中がどんどん南に集まって、独立したのがベルギーだ。
 カトリック教徒だが、勤勉。昼寝したり、食べ物に情熱を傾けたりしない。
 他方、ベルギー南部のワロン人はお祭りが大好きで、食べるのも大好き。人生は楽しむためにある、と思っている。
 ※典型的な南北問題。イタリアもミラノを中心とする北部が稼いで、南部は余り働かない。EUでも南の諸国は次次に財政危機に陥り、PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)などと呼ばれてしまった。
 ワロン人の背後にはフランスがいるために、一種の大国意識がある。それに対してフランドル人のルーツであるオランダは、喧嘩別れしているから、なかが悪い。だからフランドル人のフラストレーションが溜まっている。
 ※2000年、ベルギーの国内放送が、ベルギーが分裂したら大変だ、ということを国民が議論しなければならないと、架空の番組を流したことがある。ベルギーが南北に分断され、空港から国王専用機が発つところを放映した。過去の映像だったが、本気にした人が「NATOはどうなるんだ」と大騒ぎし、かえって南北の対立が激しくなった。
 【興味深い】ベルギーでは二度の世界大戦で中立を宣言していたにも関わらず、二度もドイツに攻め込まれてしまったことだ。つまり、永世中立は安全保障に全く役立たないという典型的な例となった。だから、戦後は完全に西側の一員として、軍事同盟をがっちり組み込んで生き残ることにした。
 ※周りの国がまもってくれて、初めて永世中立が成り立つ。

(10)結論
 我々は今、戦争の概念や現代史の見方を考え直す必要があるのではないか。いま世界で起きているのは、すでに克服され、古いものになったはずの民族問題であり、宗教問題の再発だ。一方、国民国家を超えたはずのEU内部で、ナショナリズムが噴出している。
 ※奇しくも今年は第一次世界大戦開戦から百年目だ。
 第一次世界大戦と第二次世界大戦は連続していて、20世紀の「30年戦争」として捉えたほうがよい、という説がある。
 最近の世界を見ていると、それどころか、もしかしたら第一次世界大戦はまだ終わってないのではないか。これは現代の「百年戦争」で、我々は戦闘が小休止している期間に生きているだけに過ぎないのかもしれない。
 ※それだけに、目の前で起きている時々刻々のニュースを見ながら、それを歴史的な文脈に置いて考える作業が必要になる。

 【注1】文中「※」以下は、池上彰発言要旨。
 【注2】結果は、32あるカウンシルのうち最大都市グラスゴーを始めとする4つのカウンシルで賛成が反対を上回ったものの、それ以外のカウンシルでは反対が上回った。最終的に、スコットランド全体では反対が55%となり、独立は否決された。

□池上彰/佐藤優「特別対談 戦争を知らなければ世界は分からない」(「文藝春秋SPECIAL」2014年秋号)
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 【参考】
【佐藤優】戦争を知らなければ世界は分からない ~ウクライナ~ 
【佐藤優】戦争を知らなければ世界は分からない ~中東(2)~ 
【佐藤優】戦争を知らなければ世界は分からない ~中東~

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