語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】戦争を知らなければ世界は分からない ~中東(2)~ 

2014年10月26日 | ●佐藤優
(4)米国とイランの接近
 シリア問題、イラク問題が重要な理由は、中東全体の構図が大きく変わりつつある時期だからだ。米国とイランの接近だ。
 ※イランは、ハタミ大統領時代には、米国へ歩み寄ろうと努力していた。ところが、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」としてイランを名指したために、反米強硬派のアフマディネジャドが大統領になってしまった。
 アフマディネジャド前大統領は、ハルマゲドンを本気で信じている人だった。米国やイスラエルが何故彼を警戒したかというと、イランの普通の指導者はエルサレム(※イスラム教の聖地でもある)に核ミサイルを撃ち込むなんてあり得ないのだが、アフマディネジャドはエルサレムのイスラム教徒だけは助かると確信していた。だから、みんな困っていた。
 ※ロウハニ・現大統領は、ハタミ政権時代、国際社会との交渉役を務めた。オバマとも電話会談したり、雪解けの流れを促進している。
 【興味深い】米国がペルシャ湾に空母と巡洋艦を派遣したと発表した6月14日、ロウハニ大統領が記者会見で、「対テロ対策だったら米国とも協力できる」と発言した。さらに7月7日、ラフサンジャニ元大統領が朝日新聞の単独インタビューで、イラク問題について、「必要であれば(米国と)協力する」と述べた。
 イラクのマリキ政権は、イランの国教と同じシーア派12イマーム派だ。と同時に米国の傀儡政権でもある。つまり、米国もイランも両方がサポートする、世界でも珍しい状態にある。
 ※イマームとは導師の意。アリー・第4代カリフをムハンマドの代理だとしてイマームと呼んだ。ところが12代目になって、ある日突然姿を消してしまった。残された信者たちは、これをどう解釈したらよいかと悩んだ末、「イマームはお隠れ(ガイバ)になった。やがてこの世が終わるときに再来して、私たちを救ってくれる」と考えた。では、それまでどうするか。それに答えを出したのが、かのホメイニ師だ。イマームが再来するまでは、最も優れたイスラム法学者(「アヤトラ」)が代わって政治をすればいいのだと唱えて、自らが最高指導者に就いた。今はハメネイ師が継いでいるが、あれはイマームがお戻りになるまでの間のつなぎだ。
 実際にイマームが戻ってきたら、イランの宗教指導者は困る。石油、絨毯、ピスタチオなどの利権を聖職者たちで分け持っているから。
 シーア派はイスラムの中で非主流派だ。だから、嘘をついてもいいことになっている。
 ※コーランの中にも、自分の身を守り、イスラムを守るためなら方便が許される、というニュアンスの文言が出てくる。
 嘘をついてもいい、というルールだと、外交も政治も、ものすごく複雑になる。だから、シーア派と付き合うのは大変だ。

(5)サウジアラビア
 米国とイランが接近すると、面白くないのはサウジアラビアだ。
 世界一の原油埋蔵量と豊富な資金を誇るサウジは、スンニー派のなかでも、原理主義的なハンバリー法学派を奉じ、そのなかでも急進的なワッハーブ派を国教としている。そこから生まれた最大の武装集団がアルカイダだ。
 問題は、今、世界的にハンバリー法学派が増える傾向にあることだ。
 モスクには神学校が付属して、スンニー派の4つの学派を全部教えている。だから、何かイスラム世界が動揺すると、すぐに原理主義的なハンバリー法学派の影響を受ける傾向がある。それだけサウジの影響力は強い。
 ※もう一つ強いのは、メディアによる発信力だ。衛星テレビ局アルジャジーラも、最近は露骨にカタール、あるいはスンニー派、サウジアラビアの意向に沿った報道が目立つ。アラブの春のときも、あれだけアラブの王政批判をしながら、サウジの王政にちてはまったく批判しなかった。
 アラブの春では、ツイッターや携帯端末にようr情報伝播が強い影響力を持ったという説があるが、怪しい。そういうものを使える人の層は限定的だからだ。影響力が大きかったのは、やはり衛星テレビだ。
 ※初めの情報発信者はツイッターやフェイスブックを使っていても、それだけでは大多数の人に広がらない。それをアルジャジーラが流すことで、読み書きができなくてもテレビを見ていれば意味がわかる。ニュースの最後に次の集会の期日と場所を報じることで多くの人が集まった。
 バーレーンのときには、アルジャジーラとアル・アラビーヤ(アラブ首長国連邦のテレビ局)が徹底して、「外国勢力の介入を警戒せよ」というキャンペーンを張った。この「外国勢力」とはイランのことだ。

(6)イスラエル
 米国とイランの接近にはイスラエルも怒っている・・・・かと思うと、さにあらず。
 今、不思議な現象が起きていて、イスラエルが全力を挙げて、4回も戦争をしたアサド政権を支持している。要するに、イスラエルにとってアサド政権は、旧知の予測可能な敵だと。それよりも、シリアが混乱したら何が起こるか予測不能になてしまう。そちらの方が恐ろしいのだ。
 ※もう一つ、今、イスラエルが最も恐れているのは、隣国のヨルダンの王政が崩壊することだ。イスラエルが国交を結んでいるのは、アラブではヨルダンとエジプトだけだ。
 ヨルダンは国王が倒れたら崩壊する。後継者が育っていないからだ。
 ※アブドゥラ・現国王の父、フセイン・前国王がしたたかで、イスラエルとの国交を樹立するなどの手腕を発揮し、ヨルダンという国を存続させてきた。現国王の子は、ハリー・ポッターを彷彿させる可愛い少年だが、まだ後継者としては力不足だ。
 イスラム世界に対峙するときに難しいのは、彼らが複合的なアイデンティティを持っていることだ。<例>スンニー派内で対立があるといっても、シーア派相手だと一緒になって闘う。もっと言えば、スンニー派とシーア派にしても、相手がユダヤ教徒やキリスト教徒ならば、手を握るケースはいくらでもある。
 実は、米国人はこういう構造をよく分かっていない。分かっているのは英国人とロシア人だ。イスラム教徒との付き合いが長いから。
 英国がイラクを委任統治していたときのことだ。<例>部族同士がお互い殺し合いをするとする。そのとき英国人は、事前に計画を提出せよ、そして結果を報告しろ、というだけで、けっして近代的な法律で捌こうなどとは考えない。事実を把握し、自分たちの統制に従う限りは何も言わない、というのが英国流だ。

 【注】文中「※」以下は、池上彰発言要旨。

□池上彰/佐藤優「特別対談 戦争を知らなければ世界は分からない」(「文藝春秋SPECIAL」2014年秋号)
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 【参考】
【佐藤優】戦争を知らなければ世界は分からない ~中東~