語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】テレビは市民の生命・健康・財産を守ったか ~原発事故報道~

2012年07月19日 | 震災・原発事故
(1)原発を推進した産官学とメディアの人的関係
 テレビは、なぜ「御用学者」に解説を任せたのか。
 高木仁三郎没後、原発の危険性を訴える専門家や学者とメディア関係者との接触がなくなり、こうした緊急の事態に対応するには、今回テレビに登場した専門家や学者に依頼するしかなかった(関係者の弁)。原発行政に関連の深い専門家や科学者との関係が緊密になった背景には、彼らが原発行政に深く関わり、原発の現状については熟知しており、さまざまなデータを入手しやすい、という理由があったらしい。
 産官学報の四極が原発行政を推進した「原発ムラ」の主体だ、とする批判は、単に東電や電力関係会社からの広告費の提供など経済的関係だけを指しているわけではない。むしろ、こうした産官学の人的ネットワークとメディア関係者(記者や解説者や上層部)が深く結びつくことで、彼らの利害関係に縛られ、地震対策や津波対策の不十分さ(一部の専門家から指摘されていたにも拘わらず)を伝えなかったことに基づく。
 テレビ局の記者や関係者は、原発の危険性に対してあまりに鈍感で不勉強だった。しかも、原発の危険性を指摘する人々を「反原発」とラベリングしてテレビ局自ら遠ざけていた。このことを、あらためて自己検証すべきだ。

(2)原発報道におけるマスコミの限界
 (a)「確実な情報」のはき違え・・・・報道機関は、これまで「確実な情報」を「正確」に伝えることを使命としてきた。今回の原発事故報道に際しても、「曖昧さを出さない」「不安を煽らない」ことに徹した、と多くの関係者は語る。「確実な情報」を「政府の発表」と同一視したこと、「曖昧さを出さない」ために「政府の発表」に多くを依拠したことは、今回の報道におけるもっとも深刻な問題だ。
 (b)トップダウン型情報伝達観・・・・「確実な情報」を「正確」に伝える、というテレビ局の使命感は、「確実な情報」は送り手が掌握しているのであり、それを「知らないあなたたち」に伝え(てや)る、という啓蒙主義的な伝達観と表裏一体をなす。それは、「確実な情報」を伝えれば「過剰な不安」をいだき、「パニックに陥る」かもしれないから、「事態の深刻さをオブラートに包んで『安心』『安全』であることを伝えることも必要だ」とする愚民思想にもつながりかねないものだ。しかし、原発事故をめぐって生成したネット上の情報環境は、マスメディアの送り手よりもはるかに事態の危険性を認識することが可能な状況を創り出した。
 (c)苛酷事故における「確実な情報」・・・・リスク社会において苛酷事故が生じた場合に、そもそも「確実な情報」など存在するか。

(3)社会的意思決定の議論の場
 トランスサイエンスの問題が生じた際には、従来の「シングルボイス」の考え方では対応しきれない。不確定であるが故に、異なる視点に立つ複数の情報が発信され、その複数の情報をめぐって評価が行われ、さまざまな判断と選択肢が考慮される討議空間を、さまざまな社会的主体が参加するなかで創りあげていくことがもっとも重要になる。
 メディア環境が変化し、リスク化した社会のなかで、既存のメディアはこれまでの報道観を根底からとらえなおすことを求められている。その一つは、この討議や論議の空間を意識的に造形することだ。なによりも市民の討議に資する情報、多くの市民が「共有」したいと思う情報を発信することだ。

(4)メディアと「権力」との関係
 原発事故といった非常事態時の報道において、科学技術が引き起こした事故の実相を伝えることが、政治的・経済的な思惑と深く絡まり合った「権力」との関係を本質的に孕む。今回の原発事故においても、「事態がそれほど深刻なものではない」かのように情報のコントロールを行っていたことは明らかだ。メディアは、「楽観的」な言説、「可能性」言説、「安心「安全」言説を編制することで、そうした政府の意向に沿った報道を続けた。
 不安を過剰に意図的に煽るべきではないが、「権力」との関係を問うことなく「正確性」と「安心」「安全」を単純に並置する議論は、きわめて不見識だ。
 問われるべきは、メディアが本当に、市民の生命と健康と財産を守ったのか、ということに尽きる。

 以上、伊藤守『ドキュメント テレビは原発事故をどう伝えたのか』(平凡社新書、2012)の「第7章 情報の「共有」という社会的価値」に拠る。

 【参考】「【原発】社会的境界を横断するネット型の情報 ~3・11後の構造的変化~
     「【原発】「情報の価値」は「所有」か「共有」か
     「【原発】ネット上の課題 ~「集合知」が生成されるために~
     「【原発】テレビは何をしなかったか ~原発事故報道~
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする