ホームメイド・ケフィアを好きな方のために

ホームメイド・ケフィアをこれから始めたい方、すでに始めている方のブログです。ケフィアについての感想や質問をお書き下さい。

ケフィアの話(11)

2006年09月22日 16時14分17秒 | Weblog
(前回の続き)ケフィアの話が、ケフィアの説明からホームメイド・ケフィアの開発秘話に代わってきましたが、わが国ではホームメイド・ケフィア以前に家庭で牛乳を醗酵させる習慣がなかったので、ホームメイド・ケフィアの開発の経緯がそのままケフィアの歴史になりますから、もう少しホームメイド・ケフィアの開発の話を続けます。

1991年11月に日本栄養士会の全国大会が京都の宝ヶ池の国際会議場で開催されました。夏季セミナー主催者の先生のご紹介によって、この会場でホームメイド・ケフィアの試食即売が出来ることになりました。大阪の夏季セミナーからわずか3ヵ月後でしたが、大急ぎでパッケージを準備し発売に間に合わせることが出来ました。
この大会でホームメイド・ケフィアは大ブレークをすることになりました。新製品ですから買っていただく方に醗酵のさせ方を説明し、醗酵させたケフィアの試食をさせながら販売するのですが、説明や試食に時間がかかり、ホームメイド・ケフィアのブースには長い行列が出来ました。この行列を見てますます人が増えました。
全国から参加していた栄養士の方々が、ホームメイド・ケフィアを見て「軽いから持ち帰りやすい」といって、お土産に数個ずつまとめて買って帰られました。お客様が全て食品や栄養の知識に詳しい栄養士の方々であったことが、ホームメイド・ケフィアの普及のために幸いしました。このときの試食販売がクチコミでホームメイド・ケフィアが普及する端緒になりました。ホームメイド・ケフィアにとって日本栄養士会の京都大会はまさに記念すべき全国大会でした。
すでに15年も前のことですが、このとき買って下さった栄養士の先生方の中に、今でもホームメイド・ケフィアを愛用して下さっている方が何人もいます。(次回に続く)


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ケフィアの話(10)

2006年09月15日 15時43分47秒 | Weblog
(前回の続き)厚生労働省(当時は厚生省)の新商品開発課に相談して「ホームメイド・ケフィア」のアイデアに自信を得たので商品化に取り組むことにしました。

技術士として独立した年(1991年)の8月、大阪市立栄養研究所(現大阪市立環境科学研究所)主催の全国の栄養士を対象とした夏期セミナーが大阪市のメルパークホールで開催されました。 会場では書籍販売や食品会社の新製品などの展示即売会が行われましたので、私も「ホームメイド・ケフィア」の市場調査のために出展しました。
会場ではケフィアの試食とケフィア菌のサンプル配布を行いました。醗酵させたケフィアを紙コップにいれ、スプーンで試食していただきましたが、栄養士の方々には大変好評で、2日間のセミナー中に1000名くらいが試食したと思います。試食していただいた方々には、ケフィアの作り方(醗酵の仕方)を説明し、ケフィア菌のサンプル(1gパック)を渡しました。
しかし、夏季セミナーの展示即売会が終わって、しばらく眠られぬ夜が続きました。自分では何回もテストして、間違いなくケフィアが出来る自信がありましたが、サンプルを持って帰った方々は、皆さん初めてケフィアを作る人ばかりです。説明した通りに間違いなく牛乳を醗酵しているだろうかとか、清潔な部屋で醗酵させているだろうかとか、考え出すと眠れなくなりました。
ケフィア菌のサンプル配布以前に、わが国では家庭で牛乳を発酵させる習慣がありませんでしたし、ましてケフィアには生きた酵母も入っています。サンプルを受け取った方々はうまく醗酵できただろうかと不安が募っていました。
しかし、幸いにしてサンプルを持ち帰った人から、お腹を壊したとか、不快になったと言う電話は1本もありませんでした。逆に、サンプルをもっと欲しいと言う電話が何本もかかってきましたので、1週間くらい経ってやっと一安心と言う気持ちになりました。
この市場調査によって「ホームメイド・ケフィア」の商品化に自信をもつことが出来ました。(次回に続く)
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ケフィアの話(9)

2006年09月07日 15時32分15秒 | Weblog
(前回の続き)ケフィアを市場から撤収してまもなく、私は研究開発部長の職を辞してその会社を退社しました。ケフィア製造のために醗酵室の新設や充填機の購入など相当の設備投資であったので私も責任を感じていましたが、会社からそのことを責められたことはありませんでした。当時の社長は開発志向の強い方でしたので、理解があったのだと思います。従って私の退職はケフィアの中止とは関係なく自分の意思による円満退職でした。
私はその会社に勤務する以前に技術士の資格を取っていましたので、食品開発の技術コンサルタントとして独立することが目的でした。当時私は54歳でしたので、独立するなら年齢的にも潮時と考えたのでした。
幸い技術士として何とか糊口を凌いでいましたので、技術者魂というかケフィアの失敗が脳裏を去りませんでした。そこで私は発想の転換を図ろうと考えたのです。つまり、包装容器規定のために醗酵したケフィアを売れないのであれば、売ってから醗酵する、逆に消費者は醗酵したケフィアを買えないのであれば、買ってから醗酵させる、すなわち、ケフィアの種菌を販売して、家庭で牛乳を醗酵することは出来ないだろうか?
私はさっそく霞が関の厚生省を訪ねて、そのアイデアについて説明し相談しました。結果は「容器包装して販売するのではなく、自家消費をするのであれば、ケフィアの種菌自体の販売は問題ない」との厚生省の見解でした。「ホームメイド・ケフィア」の販売に道が開けたのでした。
技術士として名誉のために一言付け加えておきますが、私が販売しようとするケフィアの種菌は、醗酵したケフィアを容器充填して販売したケフィアの種菌と同じものではありません。市場導入に失敗したケフィアの種菌は、ドイツの会社のカルチャーであり、私は「ホームメイド・ケフィア」の開発のために選んだ種菌は、カナダのローゼル社のカルチャーです。技術士は企業の技術ノウハウを握っていますが、知っているからといってそのノウハウを次のクライアントに指導することは出来ません。そこは会計士などと異なる技術士業務の難しいところです。技術士は常にオリジナリティを求められます。
ついでに言いますと、「技術士が何故ケフィアを販売しているのですか」とよく聞かれます。一般の消費者には、技術士というと機械や建設のイメージがあるようですが、技術士には機械や電気はもちろん、農業や生物工学、情報処理など広い分野にわたり、技術士法によって文部科学省が認定している技術エキスパートとしての資格です。私自身は農業部門に属し、醗酵や食品を専門分野としていますので、ケフィアは私の専門技術内の開発です。(次回に続く)


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ケフィアの話(8)

2006年09月02日 19時05分30秒 | Weblog
      ピンホールをあけて販売しているヨーロッパのケフィア
(前回の続き)ヨーロッパ特にスイスやドイツでは、ケフィアはヨーグルトを凌ぐ勢いで市場を拡大させているのをみて、日本の乳業会社も競ってケフィアを発売しました。しかし、前回に述べましたように日本ではいずれも成功しませんでした。
それは、ヨーロッパでは酵母が作った炭酸ガスを逃がすようにケフィアの容器にピンホールをあけて販売することが許されていましたが、日本では発酵乳の容器は密閉しなければ販売してはいけないと法規で定められているためです。

日本の食品衛生法の関連法規に、「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」があり、その第2条38項に、次のように発酵乳の定義が記載されています。
「この省令において発酵乳とは、乳またはこれと同等以上の無脂乳固形分を含む乳等を乳酸菌または酵母で醗酵させ、糊状または液状にしたもの、またはこれらを凍結したものをいう」と定められています。
この省令に見る限り牛乳を乳酸菌で醗酵したヨーグルトも、酵母と乳酸菌で醗酵したケフィアも発酵乳の定義に合致しています。
それにもかかわらずケフィアがスーパーなどで販売されていない理由は、同じ省令の別表四、「乳等の器具若しくは容器包装またはこれらの原材料の規格および製造方法の基準」の中に、容器のピンホールの検査方法が詳しく定められているためです。つまり日本ではヨーロッパのようにピンホールをあけた容器にケフィアを充填して販売することが禁じられていることになります。
この容器包装の規定と先の発酵乳の定義は明らかに矛盾しています。発酵乳の定義によれば牛乳を酵母で発酵させて販売することが可能ですが、醗酵させたケフィアを容器に充填して販売しようとすると、発酵乳の容器規定に違反することになります。この規定のために日本では醗酵させたケフィアを容器に充填して販売することは不可能です。(次回に続く)

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