陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フィリップ・K・ディック「お父さんのようなもの」その7.

2009-10-31 23:05:41 | 翻訳
その7.

「そこまでだ、チャールズ」父親もどきの声がした。力の強い手につかまれて、指先がしびれる。必死でふりほどこうとしているうちに銃が地面に落ちた。父親もどきはペレッティを突きとばす。ペレッティが吹っ飛んだので、熊手から自由になった虫は、巣穴に意気揚々と入っていった。

「お仕置きが必要だな、チャールズ」父親もどきは物憂げな声で言った。「おまえはどうしたんだ? かわいそうにお母さんは気が気じゃないらしい」

〈あれ〉はずっとそこにいたのだ。物陰に隠れて。闇に身を潜めて、ぼくたちを見てたんだ。冷静そのものの、感情のいっさいこもらない声、気分が悪くなるほどパパそっくりの声が、耳のすぐそばで聞こえる。情け容赦のない力で引きずられ、チャールズはガレージに連れて行かれた。〈あれ〉の冷たい息が顔にかかる。冷たくて変に甘い、腐った土の臭いだ。〈あれ〉の力はすさまじく、チャールズにはわずかな抵抗さえできない。

「暴れるんじゃない」静かな声だった。「ガレージに入れ。おまえのためなんだよ。おまえがどうしたらいいのか、オレにはよくわかってるんだ」

「あの子が見つかったの?」勝手口の扉が開いて、心配そうな母親の声がした。

「ああ、ここにいる」

「あの子に何をするつもりなの?」

「お仕置きをほんのちょっぴり、な」父親もどきはガレージの戸を押して開けた。「ガレージにいる」薄明かりのなかでかすかな笑みが、おかしさとは無縁の、まったく感情のこもらない笑みが〈あれ〉の唇の端にちらっと浮かんだ。「おまえはリビングに戻っていいぞ、ジューン。ここはオレに任せてくれ。こういうことは父親の仕事だ。おまえは罰なんぞ与えたくないんだろう?」

 勝手口の扉がいかにも気持を残しながら閉じられた。一緒にあたりが暗くなった。ペレッティが身をかがめ、BB銃をかまえようとした。とっさに父親もどきが立ち止まった。

「君たちはもう家に帰るんだな」かすれ声が響く。

 ペレッティはBB銃を握りしめたまま、ためらい、突ったっていた。

「帰れと言っただろう」父親もどきは重ねて言った。「そんなおもちゃは下に置いて、ここから出ていけ」片手でチャールズをつかまえたまま、ゆっくりとペレッティに近づいて、空いた方の手を伸ばす。「BB銃はこの街では禁止されてるんだぞ、坊主。おまえの親父はそれを知らないのか? 市の条例があるんだ。それをこっちに寄越した方が身のためだ、さもなきゃ……」

 ペレッティが〈あれ〉の眼に狙いを定めて撃った。

 父親もどきはうめき声をあげると、撃たれた方の目を手で押さえようとした。つぎの瞬間、突然ペレッティに襲いかかった。ペレッティは車寄せを逃げながら銃の撃鉄を起こそうとする。父親もどきがつかみかかった。力の強い指が、ペレッティの手から銃をもぎ取り、無言のまま家の壁に叩きつけた。

 チャールズは腕を振り払い、麻痺した頭のまま走り続けた。どこに隠れたらいい? 家と自分のあいだには〈あれ〉が立ちふさがっている。いや、もう、すぐそこにいるのだ。黒い影が闇の中、あたりを注意深くうかがいながら、脚を忍ばせて、なんとか彼を見つけようとしている。チャールズはあとずさりした。隠れるところさえあったら……。

 竹藪だ。

 すばやく竹藪の中に分け入った。年を経て節の太い竹が生い茂っている。しなった竹が元に戻って、ざわざわと音を立てながら彼を隠してくれた。父親もどきはポケットをまさぐっている。マッチに火をつけたので、あたりがぼうっと明るくなった。「チャールズ」声がした。「おまえがここにいるのはわかってるんだ。隠れても無駄だ。おまえは自分から事態を悪くしてるんだぞ」

 胸が早鐘を打つ。チャールズは竹の間で小さくなっていた。目の前にあるのはがらくたや腐ったもの。雑草、ゴミ、紙くず、空き箱、ボロきれ、板、空き缶、空き瓶。クモやトカゲが足元でうごめいている。竹が夜風にそよいだ。虫とゴミくず。

 そして別のものが。




(チャールズは何を見たのか。チャールズの運命いかに。そして父親もどきは。明日怒濤の最終回)