その5.
ふたりはアンダースン家の私道に入り、裏庭を突っ切って塀を乗り越えると、チャールズの家の裏庭に降り立ち、用心しながら身を低くした。物音一つしない。庭は静かだった。玄関のドアは閉まっている。
リビングの窓からなかをのぞいてみた。ブラインドは下りていたが、細い隙間から黄色い光が漏れている。カウチに坐っているのはミセス・ウォルトンの方で、Tシャツをつくろっている。ふくよかな顔は曇り、悲しげな色を浮かべていた。物憂げに、心ここにあらずのていで手を動かしている。向かい側には、父親もどきがいた。チャールズの父親のものだったアームチェアにふかぶかと坐って靴を脱ぎ、夕刊を読んでいる。つけっぱなしのテレビが、部屋の隅でなにか言っていた。アームチェアの肘掛けのところに缶ビールが置いてある。父親もどきは、ほんものの父親そっくりに腰を下ろしていた。まったくたいしたものだった。
「おまえんちのおやじに見えるけどな」ペレッティがけげんな顔をした。「マジでオレをはめるつもりじゃないんだろうな」
チャールズはペレッティをガレージまで連れて行くと、ゴミの樽を見せた。ペレッティは日に焼けた長い腕を伸ばして、かさかさにひからびた残骸を、気をつけながら引っぱりだした。残骸はずるずると広がって伸びていき、父親の輪郭のおおよそが現れてきた。ペレッティはその抜け殻を床に置いて、ちぎれた部分をしかるべき場所に戻していった。抜け殻には色がない。すきとおっているといってもいい。かすかに黄褐色を帯びた薄い紙のようだった。ひからびて、およそ命あるものからはほど遠い。
「たったこれだけ」チャールズは言った。涙があふれてくる。「パパはこれだけになっちゃった。あれが中味を盗ったんだ」
ペレッティの顔は青ざめていた。身をふるわせながら、ゴミ樽のなかに抜け殻を戻した。「こりゃまったくどえらい話だ」ぼそりと言った。「おまえ、おやじとあれが一緒にいたのを見たって言っただろ?」
「話をしてた。そっくりだった。ぼくは家の中に走って逃げたんだ」チャールズは涙をぬぐいながらしゃくりあげた。もうどうにもがまんできなかった。「ぼくが中にいるあいだに、〈あれ〉がパパを食べたんだ。それから家に入ってきた。〈あれ〉はパパのふりをした。だけどわかったんだ。〈あれ〉がパパを殺して、パパの中味を食べやがった」
しばらくペレッティは何も言おうとしなかった。「あのな」おもむろに口を開いた。「この手の話は前にも聞いたことがある。きつい仕事だ。おまえも頭を使わなくちゃなんないし、おまけにびびっちゃ話にならない。おまえ、怖がってやしないな?」
「うん」チャールズはなんとか返事をした。
「まずは〈あれ〉をどうやってやっつけるか、考えなきゃな」ペレッティはBB銃を鳴らした。「こいつで効果があるかどうかもわからない。おまえのおやじをふんづかまえるのは、おおごとだぜ。なにしろでかい体だからな」ペレッティは考えていた。「とにかくここを出よう。〈あれ〉が戻ってくるかもしれない。言うだろ? 犯人は現場に戻ってくる、とかなんとか」
ふたりはガレージをあとにした。ペレッティは身をかがめて、また窓から中をのぞいた。ミセス・ウォルトンは立ちあがっていた。心配そうに何か言っている。くぐもった声だけがもれ聞こえた。父親もどきは新聞を放り投げた。言い合いが始まった。
「いいかげんにしろ!」父親もどきが怒鳴った。「そんなばかげたことをするんじゃない」
「なにか変よ」ミセス・ウォルトンはうめいた。「なんだか怖いことが起こってるような気がする。病院に電話して診てもらってもいいでしょう?」
「誰も呼ぶな。あいつは大丈夫だ。きっと通りかどこかで遊んでるだけだ」
「あの子がこんな遅くに外に出たことなんてないもの。反抗したりなんかしない子よ。なんだかすごく動揺してた……あなたを怖がってたわ。あの子は悪くない……」苦しそうにあえいだ。「あなた、どうかしたんじゃない? すごく変よ」リビングを出て、廊下から告げた。「わたし、近所の人に電話してみる」
父親もどきは母親のうしろ姿をにらみつけていた。ところが母親が見えなくなったところで、おぞましいことが起きた。チャールズは息を呑んだ。ペレッティすらもうめき声をあげた。
「見て」チャールズはささやいた。「あれ……」
「やっべえ」ペレッティは黒い目を見開いた。
ミセス・ウォルトンの姿が部屋から見えなくなったとたん、父親もどきは椅子にくずおれた。体がぐにゃぐにゃになったのだ。口はだらっと開いたまま、見開いた目は何も見ていない。頭は前につんのめり、ちょうど捨てられたぼろ人形のようだった。
ペレッティは窓から離れた。「そういうことか」彼はささやいた。「全部わかったぞ」
「どういこと?」チャールズはたずねた。ショックのあまり、まだ頭がぼうっとしている。「誰かが電源を切ったみたいだけど」
「そういうことだ」ペレッティはこわばった顔で身を震わせながら、ゆっくりとうなずいた。「外から操られてるのさ」
チャールズの全身が恐怖に飲みこまれそうになる。「つまり、よその星から来た何かが操ってるってこと?」
ペレッティは吐き気をこらえるように頭を振った。「この家の外だよ! たぶん庭だ。おまえ、ものを捜すの得意か?」
「そんなに得意じゃない」チャールズはなんとか話に意識を集中させようとした。「だけど捜し物名人なら知ってる」何とかその名前を思い出そうとした。「ボビー・ダニエルズだ」
「あの黒人のガキか? ほんとに捜すのがうまいのか?」
「あの子が一番だ」
「わかった」ペレッティは言った。「そいつのところへ行こうぜ。外のどこかにいるやつを見つけなくちゃ。そいつが〈あれ〉を送り込んだんだ。で、ああやって動かして……」
(この項つづく)
ふたりはアンダースン家の私道に入り、裏庭を突っ切って塀を乗り越えると、チャールズの家の裏庭に降り立ち、用心しながら身を低くした。物音一つしない。庭は静かだった。玄関のドアは閉まっている。
リビングの窓からなかをのぞいてみた。ブラインドは下りていたが、細い隙間から黄色い光が漏れている。カウチに坐っているのはミセス・ウォルトンの方で、Tシャツをつくろっている。ふくよかな顔は曇り、悲しげな色を浮かべていた。物憂げに、心ここにあらずのていで手を動かしている。向かい側には、父親もどきがいた。チャールズの父親のものだったアームチェアにふかぶかと坐って靴を脱ぎ、夕刊を読んでいる。つけっぱなしのテレビが、部屋の隅でなにか言っていた。アームチェアの肘掛けのところに缶ビールが置いてある。父親もどきは、ほんものの父親そっくりに腰を下ろしていた。まったくたいしたものだった。
「おまえんちのおやじに見えるけどな」ペレッティがけげんな顔をした。「マジでオレをはめるつもりじゃないんだろうな」
チャールズはペレッティをガレージまで連れて行くと、ゴミの樽を見せた。ペレッティは日に焼けた長い腕を伸ばして、かさかさにひからびた残骸を、気をつけながら引っぱりだした。残骸はずるずると広がって伸びていき、父親の輪郭のおおよそが現れてきた。ペレッティはその抜け殻を床に置いて、ちぎれた部分をしかるべき場所に戻していった。抜け殻には色がない。すきとおっているといってもいい。かすかに黄褐色を帯びた薄い紙のようだった。ひからびて、およそ命あるものからはほど遠い。
「たったこれだけ」チャールズは言った。涙があふれてくる。「パパはこれだけになっちゃった。あれが中味を盗ったんだ」
ペレッティの顔は青ざめていた。身をふるわせながら、ゴミ樽のなかに抜け殻を戻した。「こりゃまったくどえらい話だ」ぼそりと言った。「おまえ、おやじとあれが一緒にいたのを見たって言っただろ?」
「話をしてた。そっくりだった。ぼくは家の中に走って逃げたんだ」チャールズは涙をぬぐいながらしゃくりあげた。もうどうにもがまんできなかった。「ぼくが中にいるあいだに、〈あれ〉がパパを食べたんだ。それから家に入ってきた。〈あれ〉はパパのふりをした。だけどわかったんだ。〈あれ〉がパパを殺して、パパの中味を食べやがった」
しばらくペレッティは何も言おうとしなかった。「あのな」おもむろに口を開いた。「この手の話は前にも聞いたことがある。きつい仕事だ。おまえも頭を使わなくちゃなんないし、おまけにびびっちゃ話にならない。おまえ、怖がってやしないな?」
「うん」チャールズはなんとか返事をした。
「まずは〈あれ〉をどうやってやっつけるか、考えなきゃな」ペレッティはBB銃を鳴らした。「こいつで効果があるかどうかもわからない。おまえのおやじをふんづかまえるのは、おおごとだぜ。なにしろでかい体だからな」ペレッティは考えていた。「とにかくここを出よう。〈あれ〉が戻ってくるかもしれない。言うだろ? 犯人は現場に戻ってくる、とかなんとか」
ふたりはガレージをあとにした。ペレッティは身をかがめて、また窓から中をのぞいた。ミセス・ウォルトンは立ちあがっていた。心配そうに何か言っている。くぐもった声だけがもれ聞こえた。父親もどきは新聞を放り投げた。言い合いが始まった。
「いいかげんにしろ!」父親もどきが怒鳴った。「そんなばかげたことをするんじゃない」
「なにか変よ」ミセス・ウォルトンはうめいた。「なんだか怖いことが起こってるような気がする。病院に電話して診てもらってもいいでしょう?」
「誰も呼ぶな。あいつは大丈夫だ。きっと通りかどこかで遊んでるだけだ」
「あの子がこんな遅くに外に出たことなんてないもの。反抗したりなんかしない子よ。なんだかすごく動揺してた……あなたを怖がってたわ。あの子は悪くない……」苦しそうにあえいだ。「あなた、どうかしたんじゃない? すごく変よ」リビングを出て、廊下から告げた。「わたし、近所の人に電話してみる」
父親もどきは母親のうしろ姿をにらみつけていた。ところが母親が見えなくなったところで、おぞましいことが起きた。チャールズは息を呑んだ。ペレッティすらもうめき声をあげた。
「見て」チャールズはささやいた。「あれ……」
「やっべえ」ペレッティは黒い目を見開いた。
ミセス・ウォルトンの姿が部屋から見えなくなったとたん、父親もどきは椅子にくずおれた。体がぐにゃぐにゃになったのだ。口はだらっと開いたまま、見開いた目は何も見ていない。頭は前につんのめり、ちょうど捨てられたぼろ人形のようだった。
ペレッティは窓から離れた。「そういうことか」彼はささやいた。「全部わかったぞ」
「どういこと?」チャールズはたずねた。ショックのあまり、まだ頭がぼうっとしている。「誰かが電源を切ったみたいだけど」
「そういうことだ」ペレッティはこわばった顔で身を震わせながら、ゆっくりとうなずいた。「外から操られてるのさ」
チャールズの全身が恐怖に飲みこまれそうになる。「つまり、よその星から来た何かが操ってるってこと?」
ペレッティは吐き気をこらえるように頭を振った。「この家の外だよ! たぶん庭だ。おまえ、ものを捜すの得意か?」
「そんなに得意じゃない」チャールズはなんとか話に意識を集中させようとした。「だけど捜し物名人なら知ってる」何とかその名前を思い出そうとした。「ボビー・ダニエルズだ」
「あの黒人のガキか? ほんとに捜すのがうまいのか?」
「あの子が一番だ」
「わかった」ペレッティは言った。「そいつのところへ行こうぜ。外のどこかにいるやつを見つけなくちゃ。そいつが〈あれ〉を送り込んだんだ。で、ああやって動かして……」
(この項つづく)