hiyamizu's blog

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ポール・オースター『オラクル・ナイト』を読む

2010年12月24日 | 読書2

Paul Auster著、柴田元幸訳『オラクル・ナイト Oracle Night 』2010年9月、新潮社発行、を読んだ。

34歳の主人公作家シドニーは高校教師をやめて専業作家になったが、大病から生還したばかりだ。はっきりしない頭でフラフラとブルックリンを歩き始め、中国人が経営する文房具店で青いノートを見つける。
彼は青いノートに編集者がある夜とつぜん見知らぬ土地へ行くという小説を書き始める。
見知らぬ人のから託された「オラクル・ナイト(神託の夜)」という小説や、シドニーが金を稼ぐために書いたタイムトラベルものの映画脚本などいくつも話がからみあう。

本筋は、シドニーと妻の話だが、いくつもの小説内の話とからみあって多層に話は進んでいく。シドニーは妻グレースとは相愛の中で、申し分ない妻なのだが、いまひとつ彼女の心をつかめていないと感じている。妻にはジョン・トラウズという作家の恩人がいて、シドニーも作家として彼を尊敬している。

さらに複雑なことに、何ページにもなる注が本文に割り込む。例えば、文中にジョンという人物が登場すると、ジョンの説明が脚注として本文に割り込む。本文とは線で区切られ、小文字で区別できるのだが、15行程度から長い場合は3ページにもなり、とても脚注とはいえない。



ポール・オースター Paul Auster
1947年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。
1970年 コロンビア大学大学院修了後、メキシコで石油タンカーの乗組員、フランスで農業等様々な仕事につく。
1974年にアメリカに帰国後、詩、戯曲、評論の執筆、フランス文学の翻訳などに携わる。1985年から1986年にかけて、『ガラスの街(シティ・オヴ・グラス)』、『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』の、いわゆる「ニューヨーク三部作」を発表し、一躍現代アメリカ文学の旗手として脚光を浴びた。以来、無類のストーリーテラーとして現代アメリカを代表する作家でありつづけている。他の作品に『ムーン・パレス』、『偶然の音楽』、『リヴァイアサン』、『ティンブクトゥ』、2002年『幻影の書』で、超一流のストーリー・テラーになったと評価された。

柴田元幸(しばた もとゆき)
1954年東京生まれ。東京大学教授、専攻現代アメリカ文学。翻訳者。訳書は、ポール・オースターの主要作品、レベッカ・ブラウン『体の贈り物』など多数。著書に『アメリカン・ナルシス』『それは私です』など。『生半可な学者』は講談社エッセイ賞を受賞。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)

ポール・オースターの小説は3冊目で、前回の『幻影の書』が分かりにくく、面白くもなかったので、もう結構と思ったのだが、気づいてみればまた読んでいた。今回の本もより複雑な構成なのだが、本筋のシドニーと妻グレースの話がしっかりと1本通っているし、からみあう小説の話もそれぞれ興味をそそられる話だ。

シドニーが書き始める小説はこうだ。
編集者がある夜ふらりと出た街で、落下してきた石(ガーゴイルという建物から突き出た石の怪物の彫刻)に危ういところで打たれそうになる。ここで死んだとしても不思議でなかったと思った彼はそのまま妻に行き先も告げずカンザスシティへ行き、“歴史記念館”事業の手助けをすることになる。
なんとなく、ありそうな、起こってもふしぎでなさそうな話の出だした。

純愛の話でもある。妻グレースは言う。
「とにかくずっと私を愛してちょうだい。そうすればすべてなんとかなるわ」
彼は思う。
どこかの時点で彼女がちょっと道からそれたり、自分で誇りに思えないことをやらかしたとしても、長い目で見てそれがどうしたというのか。私の務めは彼女を裁くことではない。私は彼女の夫であって、倫理警察の警部補なんかじゃない。何があろうと彼女の味方でありつづける。


ポール・オースターはユダヤ系アメリカ人で、ユダヤ系作家の本によく出てくるアウシュビッツの話がこの本にも数ページ出てくる。
もちろん悲惨で人間というものが信じられなくなる事実だ。しかし、さらに酷いのは、そんな被害者のユダヤ人が今は生存のため、自分たちの国のためということで、パレスチナの人々を悲惨な目にあわせているということだ。私にはアウシュビッツにまして絶望的な話に思える。





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