浅田次郎著「ま、いっか。」2009年2月、集英社発行を読んだ。
洋服などオシャレの話が多く、それも粋な男からみた話が多い。それもそのはず、この本は、女性誌「MAQUIA」に連載された「男の視線」に単行本未収録のエッセイを加えたものだ。
そもそも、おしゃれな浅田さんは、婦人服業界30年の経験がある。しかも、東京のいなせな家庭に育った。家人はタバコを買いに行くにもきちんとよそゆきに着替えてからでかけ、勉強はしなくても、みっともない格好はするなという家に育った。物心ついたときから、深川の粋な芸者だった祖母に連れられて毎月のように歌舞伎を見ていた。
そんな浅田さんの美意識で現在の女性、男性のファッションを切る。恋愛に対する冷静な分析もあり、江戸っ子の男気からの生き方指南もある。そして、それらを、浅田次郎らしく、軽妙洒脱、ユーモアたっぷりに語る。
まあ、こんな調子だ。
孝経の冒頭に孔子は言う。「身体髪膚、之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」・・・儒教のお国である韓国は整形美容術の先進国である。・・・美しくない顔はすでに毀傷されているも同じだから、手術を施してきれいになることこそが孝である、というような論理ではあるまいか。・・・しかし、・・・韓国俳優全員が怖いくらい同じ笑顔になり、女優に至っては誰が誰だか見分けがつかないのは困りものである。
静謐(せいひつ)な女が好きである。佇まいが凛としており、挙措が美しければなおいい。頭のよさやみめ形は問わない。・・・世の中はアメリカ流の自己表現が盛んになって、そうした物言わぬ女がいなくなってしまった。「わたしって--」「わたし的には--」などという一人称から始まる対話の氾濫には辟易する。どうして君という人を想像させてくれないんだね、と私はいつも心の中で呟く。
恋愛感情は相当部分は思いこみである。
「ゼッタイこの人」も「ま、いっか」も結果的にはさほど変わりがない。
30代より40代、40代より50代の女性が美しい。若いのは「たまにはいい」という程度じゃないか
静謐(せいひつ)な女が好きである。佇まいが凛としており、挙措が美しければなおいい。頭のよさやみめ形は問わない。・・・世の中はアメリカ流の自己表現が盛んになって、そうした物言わぬ女がいなくなってしまった。「わたしって--」「わたし的には--」などという一人称から始まる対話の氾濫には辟易する。どうして君という人を想像させてくれないんだね、と私はいつも心の中で呟く。
恋愛感情は相当部分は思いこみである。
「ゼッタイこの人」も「ま、いっか」も結果的にはさほど変わりがない。
30代より40代、40代より50代の女性が美しい。若いのは「たまにはいい」という程度じゃないか
浅田次郎の略歴と既読本リスト
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)
50を過ぎた浅田さんは、在宅の日でさえ朝昼晩と普段着を替えるという。一週間も普段着を替えない私には考えられない。
本を書きまくっている浅田さんは、今でも一日一冊の本を読む、本なしでは生きられない、という。作家の人は熱心な読書家でもある人が多い。
16歳から自立し、自衛隊員、暴力団準構成員?、競馬関連、アパレル販売会社経営など多彩な人生経験からのエッセイだから面白くないわけがない。しかし、この本は女性誌掲載エッセイを中心にしているので、オシャレに程遠い私には距離がある。