思いやりすぎ?4倍増を要求 米軍駐留経費2000億円
2019/11/20 朝刊
米外交誌が「米政府が在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)の四倍増を要求している」と報じた。日本側は事実でないと否定するが、米国は北大西洋条約機構(NATO)加盟国や韓国にも同様に要求しており、日本だけ例外なわけがない。トランプ大統領流の「観測気球」などという見方もあるが、本当にそうか。拒否してもまた米国製兵器を買わされたり、貿易交渉での譲歩を迫られたりしないか。世界でも突出して高い駐留経費負担を考える。
米外交誌フォーリン・ポリシーは十五日、複数の米政府関係者の話として、米トランプ政権が日本政府に対し、思いやり予算を現在の約四倍の年八十億ドル(約八千七百億円)に増やすよう求めていると報じた。同誌は、七月に訪日したボルトン大統領補佐官が伝達したとしたが、当時、外相としてボルトン氏と会談した河野太郎防衛相は十七日、訪問先のバンコク市内で、「事実関係はない」と記者団に否定した。
エスパー国防長官が十五日、「米国の立場は全ての同盟・友好国の負担増を主張することだ」と発言した通り、トランプ大統領は就任以来、防衛費の「公平な負担」を各国に要求してきた。今年二月の一般教書演説では、NATO加盟国に防衛費を一千億ドル(十一兆円)追加負担させると発言。三月には、韓国の負担を年約八億ドル(八百八十億円)から約十億ドル(千百億円)近くに増額させた。
このような全方位的要求とはいえ、トランプ政権が日本に特に強く出ているのは確かだ。六月の大阪での二十カ国・地域首脳会議(G20サミット)直前にも、トランプ大統領は米メディアに「日本が攻撃されたら米国はすべてを犠牲にして戦うが、われわれが攻撃されても日本は助ける必要がない」と不公平だと強調。米通信社もトランプ大統領が側近に日米安保は「一方的すぎる」と条約破棄に言及したと報じた。
この際、菅義偉官房長官は「条約の見直しといった話は一切ない」などと火消しを図ったが、トランプ大統領は記者会見で破棄は考えていないとしつつ「不公平な条約だ。変えないといけないと、安倍晋三首相に伝えた」と明かした。
そもそも日本は、基地従業員の給料や社会保険料、光熱費、施設整備費などの「思いやり予算」約二千億円の他に、沖縄県名護市辺野古の新基地建設費を始めとした米軍再編経費などを負担。在日米軍関係費として、年計六千億円近くを負担している。なのに、この上、思いやり予算「四倍増」とはどういうことか。
東京大の西崎文子教授(米国外交史)は「来年の大統領選挙のこともあるが、自分は一貫して米国ファーストを貫いている、筋を通していると言いたいのだろう」とみる。西崎教授は、敵国だけでなく同盟国であろうと、圧力をかけるのがトランプ大統領のやり方とした上で「同盟の本質を理解しようとしていない。国際秩序がどうなるかも二の次。自分が得することならいい。米国の国益になっているのかすら疑問だ」と述べる。
その上で、日本は足元を見られていると指摘する。「安倍首相を『シンゾウ』と呼び、親しみを示すが、それは米国の願いを聞いてくれるからだ。日米安保条約や両国の経費負担の経緯を顧みず、米国の言うままに経費がつり上がっていくのは危機的だ。アジア諸国との関係悪化もあり、日本の米国一辺倒ぶりが進み、多角的に自国の安全保障や外交関係を積み上げてこなかったことが、ここにきて出てきた」
在日米軍の駐留経費は、日本の二〇一九年度予算では、米軍施設で働く日本人の人件費や水道・光熱費など千九百七十四億円。防衛省試算で、一五年度の駐留経費のうち日本の負担割合は約86%。米国防総省が〇四年に発表した報告書によると、〇二年当時の日本の負担割合は74・5%。韓国40%、ドイツ32・6%と比べて突出して高く、その傾向は変わっていないとみられる。
そもそも日米地位協定上、在日米軍の駐留費用は日本に支払い義務はない。ただ、日本は一九七〇年代後半から「思いやり予算」として負担を拡大。八七年度以降、日米で特別協定を結び米軍を厚遇してきた。
なぜ、日本は負担を続けるのか。琉球大の我部政明教授(国際政治学)は「日本政府は長年、安全保障を米軍に担わせている後ろめたさがあり、米軍が日本にいないと不安な状態。米軍を引き留めるため、多額の負担をしている」と言う。
米軍の日本駐留は、必ずしも日本の防衛のためではない。冷戦時、東西対立の最前線だったドイツや韓国と比べ、日本は直接的な危機がなく、米軍は駐留しやすい面があった。「現在も米国は、韓国などアジア諸国や中東への防衛関与の拠点として日本の基地は役立つと考えている。日本の駐留経費負担は、米国の都合で増え続ける恐れがある」
ただ、在日米軍基地の約七割が沖縄に集中し、「本土を中心に、多くの日本人は多額の負担をしている感覚に乏しい」と我部教授。「米軍にどの程度駐留してほしいのか、駐留経費をどれだけ出せるか問い直すべきだ」と話す。
こうした重い負担に見合うだけ米軍に口を出せるかというと、実態は逆だ。沖縄県の調査によると、米軍が駐留するドイツやイタリアでは、米軍機事故をきっかけに地位協定を改定するなどし、駐留米軍の訓練や演習には許可や承認が必要になっている。一方、日本では日米地位協定で在日米軍には原則、日本の法律が適用されない。米軍による重大事故や事件が起きても、日本は捜査を十分にできない。
日米関係に詳しいジャーナリストの吉田敏浩さんによれば、六〇年に旧日米安全保障条約が改定された際、日本政府に日米地位協定の改定を目指す動きがあったが、その後、停滞した。「自民党政権が長く続き、日本の政治家は米国の後ろ盾を得て権力を握り、政権を運営することが固定観念のようになったからだ」
近年は、地位協定改定の機運はさらに遠のいたとする。「安倍政権は米国に追従し、軍事大国化を目指す考えが著しい。日米の軍事一体化が進み、米国は駐留経費などを搾り取れるだけ取ろうとしている」
事実、安倍政権はこれまでにトランプ政権の求めに応じてF35戦闘機百五機や、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入を決めた。今回の「駐留経費の四倍増要求」も、「ビッグディール(大きな取引)を引き出すためのトランプ大統領の戦術」(日本政府筋)との見方がある。吉田さんも「負担増を拒否しても、米国がさらなる兵器購入などを求めてくる可能性はある」とみる。
シンクタンク・新外交イニシアティブ(ND)代表の猿田佐世弁護士は「日本はすでに過剰な経費を負担しており、駐留経費増の要求に応えてはならない」と訴える。「本来は現状の八割負担が本当に必要なのか議論せねばならないが、日本政府はこうしたそもそもの主張から逃げ、米国の要求があればすぐに応じてきた。今回は、日本政府が真に国民のための外交をやる気があるのかが問われている」
(片山夏子、中山岳)