言論の覚悟を新たに 桐生悠々を偲んで (2022年9月14日 中日新聞) 

2022-09-16 21:42:05 | 定年後の暮らし春秋

言論の覚悟を新たに 桐生悠々を偲んで

2022年9月14日 
 九月十日は私たち記者の大先輩で反軍、抵抗のジャーナリスト、桐生悠々(きりゅうゆうゆう)を偲(しの)ぶ命日でした。世界を見回すと、悠々が活動していた時代同様、戦禍が絶えず、新たな戦争も始まりました。戦争の犠牲者はいつも、何の罪もない「無辜(むこ)の民」です。こんな時代だからこそ、悠々の命懸けの警鐘に耳を傾け、言論の覚悟を新たにしなければなりません。
      ◇
 本紙読者にはおなじみだと思いますが、桐生悠々について、おさらいをしてみます。
 悠々は、本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ「新愛知」新聞や長野県の「信濃毎日新聞」などで編集、論説の総責任者である主筆を務めた言論人です。
 明治から大正、戦前期の昭和まで、藩閥政治家や官僚、軍部の横暴を痛烈に批判し続けました。
 新愛知時代の一九一八(大正七)年に起きた米騒動では、米価暴騰という政府の無策を新聞に責任転嫁し、騒動の報道を禁じた寺内正毅内閣を厳しく批判。社説「新聞紙の食糧攻め 起(た)てよ全国の新聞紙!」の筆を執り、内閣打倒、言論擁護運動の先頭に立ち、寺内内閣を総辞職に追い込みました。
 信毎時代の三三(昭和八)年の論説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」では、敵機を東京上空で迎え撃つ想定の無意味さを指摘しました。日本全国が焦土と化した歴史を振り返れば正鵠(せいこく)を射たものですが、在郷軍人会の抵抗に新聞社が抗しきれず、悠々は信州を離れます。

発禁処分を乗り越えて

 それでも悠々は、新愛知時代に住んでいた今の名古屋市守山区に移り、三四(同九)年から個人誌「他山の石」を月二回発行します。当局からたびたび発売禁止や削除の処分を受けながらも、四一(同十六)年に病で亡くなる直前まで、軍部や政権への厳しい批判を続けたのです。
 他山の石が最初に発禁となったのは三五(同十)年の「広田外相の平和保障」という論文です。
 当時の広田弘毅外相による「我在任中には戦争なし」との議会答弁を「私たちの意見が裏書きされた」と評価しつつ、アメリカやロシアとの戦争は「国運を賭する戦争」であり「一部階級の職業意識や、名誉心のため」「一大戦争を敢(あ)えてすることは、暴虎馮河(ぼうこひょうが)(無謀な行為)の類である」「戦争の馬鹿(ばか)も、休み休み言ってもらいたいものだ」と軍部の好戦論を批判しました。
 これが反戦を宣伝扇動したとして発禁処分になったのです。
 悠々の研究者、太田雅夫さんの著書によると他山の石の発禁・削除処分は二十七回に上ります。このうち二十五回は三五〜三八年の四年間ですから、この間に発行された四分の一以上が発禁・削除処分を受けたことになります。
 その後、悠々は発行継続のため不本意ながらも愛知県特高課による「事前検閲」を受ける方針に切り替え、指摘された箇所を自主的に削除することで発禁を免れました。ただ、その筆勢は衰えず、政権や軍部批判を続けました。

言わねばならないこと

 それらは悠々にとって「言いたいこと」ではなく「言わねばならないこと」でした。他山の石にはこう書き残しています。
 「私は言いたいことを言っているのではない」「この非常時に際して、しかも国家の将来に対して、真正なる愛国者の一人として、同時に人類として言わねばならないことを言っているのだ」
 そして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり「義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う」とも。
 悠々が残した記者としての心構えは古びるどころか、今の時代にも通じる、いや、今だからこそ胸に刻むべき至言なのです。
 今、新聞にとって「言わねばならないこと」があふれています。
 法的根拠を欠く国葬実施や旧統一教会と政治との深い関係、平和憲法を軽視する安全保障政策への転換や防衛費の増額などです。
 国外に目を転じれば、国際法無視のロシアの振る舞いや、核兵器使用の可能性も看過できません。
 新聞が言わなくなった先にあるのは、内外で多大な犠牲者を出した戦争であり、それが歴史の教訓です。言論や報道に携わる私たちに「言わねばならないこと」を言い続ける覚悟があるのか。悠々の生き方は、そう問い掛けます。
 
 

 


国税職員の逮捕 腐敗の根を断たねば

2022-06-07 23:43:27 | 定年後の暮らし春秋

国税職員の逮捕 腐敗の根を断たねば

2022年6月7日 

 新型コロナ対策の持続化給付金をだまし取ったとして、東京国税局職員らが逮捕された。国税職員やOBによる相次ぐ不正受給事件は国民の納税意欲を損ないかねない。組織に構造的な問題はないのか、政府は徹底検証すべきだ。
 詐欺の疑いで警視庁に逮捕されたのは二十代の東京国税局職員やOBを含むグループ。学生らを暗号資産関連の投資に勧誘し、その原資を得るために個人事業主に偽装させ、給付金を不正受給させていた。個人の給付額は最大百万円で、約二百人の若者を集め、総額約二億円をだまし取っていた。
 二〇二〇年五月に始まった持続化給付金事業は審査の厳格さよりも給付の迅速さを重視して手続きを簡素化し、「確定申告の控え」でも申請を可能にした。
 ただ、控えは虚偽の申告内容でも入手できるため、国税職員が自らの専門知識を駆使して詐欺に手を染めた形だ。納税者から信頼を得るべき公務員による悪質な犯罪である。言語道断だ。
 深刻なのは、各地で国税職員やOBが関与した不正受給事件が相次いでいることだ。一昨年十二月にも二十代の甲府税務署職員や四十代の大阪国税局OBが、今回と同じ手口で逮捕されている。
 森友学園を巡る決裁文書改ざんに関与した佐川宣寿氏が二〇一七年、国税庁長官に就任した際も国民の反発は大きかった。
 申告納税制度の基盤は税務当局への信頼にある。不正受給事件の多発は信頼を損ね、納税システム自体を破壊しかねない。
 松野博一官房長官は今回の事件を「誠に遺憾」と謝罪したが、昨年には経済産業省の二十代の官僚二人が家賃支援給付金などを詐取する事件も起きた。政府は事態をより深刻に受け止めるべきだ。
 公務員は「国民全体の奉仕者」として公益を最優先に行動すべきことは言うまでもない。
 かつて省益を優先し、国民の利益を顧みない公務員の不祥事はあったが、近年、若手職員の不祥事は個人の利益が動機となっていることが気掛かりだ。そこには公僕としてのプライドも組織人としての自覚も感じられない。
 従来通り倫理を強調するだけでは、公務員の「劣化」という新たな現象に対処できない。政府は腐敗の根を断つため、採用や教育、昇進など公務員人事の在り方全般にわたって見直すべきだ。
 

 


戦争と平和を考える 朝鮮半島の火種は今も (2022年5月2日 中日新聞)

2022-05-02 16:04:21 | 定年後の暮らし春秋

戦争と平和を考える 朝鮮半島の火種は今も  

2022年5月2日 中日新聞
 ウクライナで続く戦争は、遠い国のことと感じられるのかもしれません。しかし、私たちのすぐ近くで、約七十年間終わらないままの戦争があります。朝鮮半島を舞台にした「朝鮮戦争」。軍事境界線を挟んでにらみ合う体制には、日本も深く組み込まれています。
 一九五〇年、北朝鮮の南侵で始まった戦闘で、朝鮮半島では民間人を含め数百万人が亡くなりました。戦闘は三年で終わりましたがあくまで休戦です。戦闘はいつ再開されるか分かりません。
 ウクライナのゼレンスキー大統領も、朝鮮半島が焦土と化した朝鮮戦争のことを知っていたようです。四月十一日、韓国国会での演説で、こう語りかけました。
 「一九五〇年代に、あなた方の自由を破壊しようとする者たちから攻撃されたことを覚えているはずです」「あなた方は耐え、世界はあなた方を助けた。今、私たちは同じことを望んでいる」
 自国の惨状を朝鮮戦争に重ね合わせ、支援を求める内容です。
 太平洋戦争の終結からわずか五年後、海を隔てて、日本のすぐ隣で発生した戦争を巡り、いったい何が起きていたのでしょうか。
 戦争が始まり、国連安全保障理事会は「国連軍」を組織することを決議しました。国連軍ができたのは歴史上この一回だけです。
 国連には本来、加盟国でつくる軍隊を紛争地帯に送り、平和を取り戻す任務があります。
 ところが、大国の利害が絡み合う安保理は国連軍どころか、今回のように、他国を侵略したロシアに対する非難決議さえ出せないのが現状です。
 朝鮮戦争で国連軍が組織できたのは、旧ソ連の安保理欠席という異例の事態があったからでした。国連軍の実態は、米軍を中心とした多国籍軍だったのです。

日本全土が出撃基地に

 連合国軍の占領下にあった日本では全土が米軍の出撃拠点となりました。日本からの出撃は約百万回、爆弾投下量は七十万トンに及んだとの記録もあります。
 日本国内では直接の戦闘は行われませんでしたが、米軍基地のある街ではたびたび空襲警報が鳴り響きました。戦争が終わったのになぜ空襲警報が鳴るのか、住民への説明はありませんでした。
 米軍基地で働いていた一部の日本人も戦地に送られ、銃を取りました。掃海活動では戦死者も出ています。銃弾、軍用トラックのほか、兵士が使う歯ブラシや輸血用血液まで日本から物資が続々と送られ、逆に、傷病兵が日本に送られ、治療を受けています。
 日本ではすでに戦争放棄を掲げた「日本国憲法」が施行され、一部を除き日本人が直接戦闘に参加することはありませんでした。

国連軍司令部、日本にも

 ただ、忘れてならないのは戦闘再開に備え、朝鮮国連軍が今も存続し、韓国には国連軍司令部=写真、米韓連合司令部提供=があることです。あまり知られていませんが国連軍の後方司令部は横田飛行場(東京)に存在します。
 朝鮮国連軍地位協定に基づき横田、横須賀、普天間など日本国内の七基地が「国連軍基地」に指定され、国連旗がはためきます。朝鮮半島有事にはこれらの基地から軍用機や兵力が送られます。戦争の火種は消えていないのです。
 北朝鮮や中国は今、核兵器や長距離ミサイルを保有しています。朝鮮半島で再び戦火が交われば、在日米軍基地も攻撃対象となり、その周辺の地域も安全とは言えなくなります。
 核兵器廃絶を訴えるペリー元米国防長官は「未来を読む」(PHP新書)で、「核兵器を使えば、一日で北朝鮮を破壊できるでしょう。しかし、アメリカは東京やソウルに北朝鮮の核ミサイルが撃たれるのを防ぐことはできません」「何百万人もの死傷者が韓国や日本に出る」と警告します。
 北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の軍備拡張、そしてロシアのウクライナ侵攻を機に、日本では敵基地攻撃能力の保有や防衛費の増額、米軍との核兵器共同管理を巡る議論が活発になっています。
 二〇一五年には安全保障関連法が成立し、集団的自衛権も行使できるようになりました。
 もちろん国家として自衛の努力は大切ですが、休戦中の戦争に再び火がつけば、日本も間違いなく巨大な損害を被ります。
 軍備増強よりも戦争が起きない世界をどうつくるのか。北東アジアに残る緊張と対立の芽を摘むことこそが最優先課題なのです。
 

 


毒ある植物、食中毒続発 五感を働かせ防いで (2022年4月22日 中日新聞)

2022-04-22 16:58:47 | 定年後の暮らし春秋

毒ある植物、食中毒続発 五感を働かせ防いで

2022年4月22日 中日新聞

 春の行楽シーズンがやってきた。すがすがしい陽気に誘われ、山や野原に出かける人も多いだろう。そこで気をつけたいのが、食用ではない有害植物やキノコを採って誤食する食中毒だ。最近も宮崎県でユリ科の球根を食べた六十代の男性が死亡し、京都市の園児がスイセンを食べ体調不良になった。山菜狩りを楽しみつつ、食中毒を防ぐにはどんな注意が必要なのか。 (古川雅和)

 「すりおろせば『違うな』と気付くはずだが。食べられると思い込んでしまったのか」。宮崎県衛生管理課の担当者は、球根を食べた男性が亡くなったことに、そう困惑する。

 男性は宮崎県延岡市在住で、六日に家庭菜園で採った観賞用のユリ科の花「グロリオサ」の球根を誤って食べたとみられる。見た目はヤマイモに似ているが、ひげ根はなく、すりおろしても粘り気が出ない。

 男性は知人に「すりおろして食べたら、嘔吐(おうと)と下痢になった」と電話で相談していた。男性の体内から見つかったのが、化学物質コルヒチン。大量に摂取すると強い毒性を示し、臓器の機能不全などを起こすこともある。

 グロリオサは高知市でも二〇〇三年と〇六年に食中毒が起きている。市内では観賞用の栽培が盛んになり、自生も増えていた。

 京都市の子育て支援施設では七日、ニラと間違えてスイセンを食べた七十七人のうち、四~六歳の十二人が嘔吐や発熱の症状を訴えた。スイセンは職員が知人からニラだと譲り受けて施設内で栽培していた。

 職員が自宅で食べていた時は体調に問題が出なかったため、給食に出したという。スイセンには有毒成分のヒガンバナアルカロイドが含まれ、加熱処理をしても消えないともされる。

 昨年は、大分県佐伯市の女性が庭に生えていたクワズイモを、サラダや煮物にして茎を食べるサトイモ科のハスイモと間違えて食べ、食中毒に。クワズイモには針状の結晶が含まれ、中毒症状を引き起こす。

 厚生労働省によると、昨年一年間に起きた有毒植物による食中毒は十五件。二十人が体調不良になり、このうち北海道小樽市の男性が死亡した。男性はギョウジャニンニクと間違ってユリ科のイヌサフランを食べ、コルヒチンによる中毒を起こした。キノコは十三件で、四十三人が食中毒を起こしている。

 食べると危険な植物は他にもある。ギョウジャニンニクなどに間違えやすいバイケイソウ、葉がモロヘイヤやアシタバ、根がゴボウに似ているチョウセンアサガオなどだ。

 山菜狩りで多くの人が訪れる長野県はホームページ上で、よく分からない植物は「採らない、食べない、売らない、人にあげない」と注意点を挙げる。加えて、食用の山菜の特徴を覚えることや、スイセンなど身近な植物をむやみに食べないよう呼び掛けている。

 東京農業大の土橋豊教授(園芸学)は「食べるという行為は、実は異物を体内に入れるという危険なことだ」と、安易に口にすることに注意を促す。その見極めも、におい(嗅覚)、苦味(味覚)やすりおろした後の粘り気の有無(視覚)など「五感を働かせることが重要だ」と訴えた。

 土橋さんは、植物には動物に有毒である成分を蓄積している可能性があることを強調する。「植物は人のために生きているのではなく、食べられないようにするために人に有毒であるものを蓄積していることを忘れてはいけない」

 


予算案への賛成 野党の意義を問い直せ (2022年2月24日 中日新聞)

2022-02-25 10:57:31 | 定年後の暮らし春秋

予算案への賛成 野党の意義を問い直せ

2022年2月24日 
 野党である国民民主党が二〇二二年度予算案の賛成に転じた。野党最大の使命は国会審議を通じて政府提出法案や予算案の問題点をただし、行政を監視することだ。修正要求が否決されたにもかかわらず予算案に賛成するのは野党の責任放棄ではないか。自らの存在意義を問い直すべきだ。
 国民民主党の玉木雄一郎代表=写真=は衆院本会議で、予算案への賛成討論を行い、岸田文雄首相がガソリン税を一時的に減税するトリガー条項の発動検討を明言したことを賛成理由に挙げた。
 同党にとって同条項発動は、昨年十月の衆院選公約であり、玉木氏は「一つでも多くの公約を実現するため、あくまで政策本位で行動していく」と語った。
 しかし、国民民主党が提出した予算案組み替え動議は否決され、トリガー条項発動が予算案に反映されたわけではない。首相は「あらゆる選択肢を検討する」と述べたにとどまり、発動を確約したわけでもない。それをガソリン値下げの「方向性が明らかになった」と解釈して予算案賛成に転じるのはあまりにも軽率ではないか。
 国民民主党は衆院選で「対決より解決」を掲げ、共産党を含む野党共闘と一線を画して議席を増やしたが、選挙後の政党支持率は1〜2%台に低迷。今年二月中旬の党大会では、国会対応に関し「政策本位で与野党問わず連携する」との方針を決め、政権に批判的な他の野党との差別化を図った。
 とはいえ、当初予算案や首相指名選挙、内閣不信任決議案への対応は、政党の存在意義が問われる重要案件だ。玉木氏が連立政権への参加をいくら否定しようとも、与党との親密な関係を疑われても仕方があるまい。
 野党陣営は政党再編の過渡期にあるとはいえ、与(よ)党か野(や)党か不明の「ゆ党」が増えれば、今夏の参院選をはじめ、選挙で国民に明確な選択肢を示せなくなる。
 野党は政府の政策を批判的に検証し、時には具体的な対案を示してこそ、政権与党に代わる選択肢になり得る。国民民主党にはいま一度、この基本に立ち返るよう求めたい。