病院で熱中症か 命の軽視、疑念拭えず(2018年8月30日東京新聞)

2018-08-30 08:40:21 | 桜ヶ丘9条の会
病院で熱中症か 命の軽視、疑念拭えず

2018年8月30日東京新聞


 岐阜市の病院で、熱中症の疑いで高齢の入院患者五人が死亡した。酷暑が続く中での惨事で、故障したエアコンが修理されなかったためともみられる。弱者の犠牲を見過ごすわけにはいかない。
 現場は、老人医療が専門の「Y&M藤掛第一病院」。五十人ほどが入院していた。このうち、八十代の男女五人が二十六~二十八日に相次いで死亡した。岐阜県警は熱中症にかかった可能性があるとみて、業務上過失致死の容疑を視野に捜査している。
 藤掛陽生院長によると、二十日からエアコンが故障し、業者に修理を依頼。「一カ月かかる」と言われたため、病院は扇風機を置き一部の患者をエアコンの効く病室に移した。しかし、死亡した五人のうち四人は、エアコンの止まった病室に残っていた。院長は「問題があったとは考えていない」と病院の責任を否定している。
 岐阜市では二十六日の最高気温は三六・二度。夜間も三〇度近い状態が続き、湿度も70%近かった。猛暑日の連続でお年寄りらの体力が低下し、エアコンなしでは熱中症にかかりやすい体調だったとみられる。効果的な対応策なしでは、とても一カ月待てる状態ではなかったのではないか。
 専門家によると「湿度が高いと扇風機は湿気を含んだ生暖かい風しか送れず、効果は限定的だ。エアコンが望ましい」という。
 家庭用のエアコン使用への意識は今夏「暑いときだけ」から「暑ければ一晩中」に変わった。「部屋を冷やす」「水分をとる」が浸透。それでも、総務省消防庁によると、四月三十日から八月二十六日までに熱中症で救急搬送された人は全国で九万人に迫り、半数近くが六十五歳以上の高齢者だ。
 この病院の患者の大半は、高齢で健康状態の良くない人たち。ましてやこの夏の暑さである。家族らは、病院を信頼して入院させている。エアコンの故障が長引き、熱中症を誘発したとなれば、裏切られた思いが募るのではないか。
 病院側は、医師会や行政に相談してでも修理を急いでもらえなかったか。その上で、患者全員を一時的にでも院内でエアコンの故障を免れた部屋に、あるいは冷房のある他の病院へ移すことはできなかったか。実際、市保健所の二十八日の立ち入り検査ではそうした対処が指示されている。
 高温多湿の怖さを、ひいては尊い命を預かっていることの怖さを病院側が感じていたか、疑問が拭えない。


障害者「水増し」 解明なくして信頼なし(2018年8月29日東京新聞)

2018-08-29 09:15:24 | 桜ヶ丘9条の会
障害者「水増し」 解明なくして信頼なし

2018年8月29日東京新聞


 政府が公表した中央省庁の障害者雇用の実態には、あらためてあきれる。障害者の働く場を奪う暴挙と言わざるを得ない。共生社会の実現へ向け、実態の解明と再発防止を徹底すべきだ。
 最初に指摘しておきたい。
 中央省庁の障害者雇用の数字水増しは単なる算定ルールの認識不足ではない。障害者を働く仲間と見ていないということだ。差別ではないか。
 調査結果によると中央省庁の八割で、計三千四百六十人が不正に算入されていた。昨年雇用していたとした障害者の半数に上る。障害者雇用促進法で求められる雇用率を大幅に下回った。雇用をリードする厚生労働省もわずかながらあった。省庁ぐるみと受け取られかねない不正である。
 民間には法定雇用率に達しないと納付金を求めるのに、行政機関が報告だけで済むのは雇用の旗振り役として責任を果たしているとの前提があったからだろう。それだけに不正を放置した責任は重い。猛省すべきだ。
 なぜ不正が行われたのか。厚労省のガイドラインでは、身体障害者手帳などを持つ人などが対象だが、多くがそれに従っていなかった。ガイドラインの理解不足などという理由は通用しない。そもそも障害者を働く仲間と見ていれば、ガイドラインを確認し適材適所の雇用を考えたのではないか。
 不正が故意かどうか加藤勝信厚労相は「今、把握することは困難だ」と述べた。水増しの経緯や詳しい実態は依然、不明だ。政府には地方自治体も含め真相を究明する責任がある。
 野党各党は国会の閉会中審査を求めている。行政機関全体の不正でしかも長年続けられてきたからには、政府任せにせず国会もチェック機能を果たしてほしい。
 この問題を取り上げた本欄(八月十八日付)で大分県杵築(きつき)市の永松悟市長から聞いた話を紹介した。永松市長は精密機器メーカーの下請け企業で働く二人の知的障害者のことも紹介してくれた。
 -二人は新入社員の教育係を務める。多くの失敗を経験しているからこそ、新人が失敗しても丁寧に繰り返し教えてくれるのだそうだ。現場の管理職も必要な人材だと断言しているという。
 障害者だけでなく育児・介護中の人、高齢者など誰もが能力を生かしやりがいを感じられる職場にできるはずだ。政府は不正の再発防止は当然、その環境整備こそが重要課題だと肝に銘じるべきだ。


自民党総裁選 改憲前のめりが心配だ(2018年8月27日東京新聞)

2018-08-27 12:09:31 | 桜ヶ丘9条の会
自民党総裁選 改憲前のめりが心配だ

2018年8月27日東京新聞


 安倍晋三総裁(首相)がきのう立候補を正式に表明した九月の自民党総裁選。石破茂元幹事長との一騎打ちとなる見通しだが、内外の課題が山積する中、憲法改正にはやる安倍氏の姿勢が心配だ。
 連続三選を目指す安倍氏が、総裁選への立候補の表明場所に選んだのは視察先の鹿児島県だった。
 六年前の総裁選では決選投票の議員票で石破氏を破ったものの、第一回投票の党員・党友票は石破氏より少なかった。連続三選を確実にするため、地方重視の姿勢を示そうとしたのだろう。
 自民党という一政党内の手続きだが、事実上の首相選びだ。総裁選で何が議論され、政策の方向性がどう決まるのか、一有権者としても関心を持たざるを得ない。
 気掛かりなのは、議員票の七割を固め、連続三選の可能性が高いとされる安倍氏が憲法九条の改正に前のめりになっていることだ。

 安倍氏は昨年五月、戦争放棄の一項と戦力不保持の二項を維持したまま、自衛隊の存在を明記する九条改憲案を提唱。今月十二日の講演では「いつまでも議論だけを続けるわけにはいかない」として自民党改憲案の秋の臨時国会への提出を目指す意向を示した。
 石破氏は、改憲案提出を急ぐ安倍氏の姿勢を批判しつつも、九条二項を削除して、自衛隊を軍隊と明記すべし、との立場に立つ。
 石破氏の主張よりも安倍氏の九条改憲案の方が穏健に見えなくもないが、自衛隊の存在が憲法に明記されれば、戦力不保持の二項が死文化するとの指摘や、自衛隊運用の歯止めが弱まり、活動範囲が拡大しかねないとの懸念もある。
 安倍氏が力を入れる自衛隊明記を含め▽教育の無償化・充実強化▽緊急事態対応▽参院の合区解消-という自民党の改憲四項目はいずれも、改憲をしなければ対応できないという緊急性には乏しい。
 共同通信社が実施した最新の全国電話世論調査によると、安倍氏が秋の臨時国会に自民党改憲案の提出を目指す意向を示したことについて「反対」との答えは49・0%で、「賛成」の36・7%を上回った。こうした国民の慎重論は顧みられることはないのか。
 不公平、不公正が疑われる行政判断や公文書の改ざん、隠蔽(いんぺい)が相次いだ行政への信頼回復の方がよほど喫緊の課題だ。少子高齢化への対応など直面する問題も山積している。活発な政策論争は歓迎したいが、九条改憲を巡る議論が過熱し、国民にとって肝心の課題が置き去りにされてはならない。


週の初めに考える「単純化」という妖怪(2018年8月26日東京新聞)

2018-08-26 09:42:08 | 桜ヶ丘9条の会
週のはじめに考える 「単純化」という妖怪

2018年8月26日東京新聞


 一匹の妖怪が世界を徘徊(はいかい)している-「単純化」という妖怪が。恐れ多いのですが、まずはマルクスとエンゲルスの有名な一文をまねて本稿を始めます。
 ここで「妖怪」になぞらえたのは、大衆迎合主義と訳されることの多い、いわゆるポピュリズム。そして、そのこころは、「単純化」だと思うのです。
 例えば欧州。英国の欧州連合(EU)離脱決定をはじめ、イタリアやオーストリアなど多くの国で、ポピュリズム的、ないしは、それと通じる極右の勢力が主として移民排斥などを主張に掲げて大きく力を伸長しています。
◆ポピュリズムの権化
 そして、地球儀を少し回して大西洋の西を眺めれば、嫌でもポピュリズムの権化のような人物が目に入ります。トランプ米大統領。
 評価できる言動というものが思い浮かばないのですが、メディアに痛いところをつかれると「偽ニュース」と断じ、事実に基づかない主張と上品とは言い難い言葉で攻撃するのが常です。ついには、「国民の敵」扱いされ、全米約三百五十紙が社説で一斉に反論したのもむべなるかなです。
 政策も、とにかく「?」だらけ。わけても最近、世界を動揺させているのは「貿易戦争」でしょうか。日本など同盟国も対象にしたアルミ・鉄鋼の追加関税を手始めに、中国には大規模な制裁関税を仕掛け、その報復も相まって、世界経済の先行きに暗雲が漂い始めています。
 商売人ですから、もしや、最初に過大な要求をぶつけて後の取引を有利に運ぶ「ドア・イン・ザ・フェース」と呼ばれるセールス手法のつもりでしょうか。でも、何にせよリスクが大きすぎます。
 中国による知的財産権の侵害は目に余るものがあるし、その覇権主義的な姿勢も脅威になりつつある。そういう主張は主張として分かるのですが、だからって、ストレートに制裁関税とは、いささか子供じみていないでしょうか。
 ここまで相互依存が進んだ世界で、短兵急に保護主義的な方向に進むことによるマイナスが小さいわけがありません。
 ことほど左様、中国への対処法に限らず、世の中の難問とは、複雑微妙。こういう面もあればああいう面もある、こうすれば喜ぶ人もいるが困る人もいる、あちらたてればこちらがたたず。ゆえに難問なのであって、ある一面だけを取り出して、それをどうにかすれば問題が解決するかのように人々に思い込ませるのは、大いなる欺罔(ぎもう)というほかないでしょう。
◆「分かりやすさ」で誘惑
 輸入の多い国に高関税を課せば自国経済のプラスになるかのように、移民を遮断すれば雇用不安は解消するかのように、自国第一主義は最終的に自国のためになるかのように言う、という類いです。
 ポピュリズムの核心とは、こうした「単純化」でしょう。大衆迎合というより、政治の側が甘言で大衆を誘惑しているとみる方が適当かもしれません。
 比較的新興の政治勢力が体現するポピュリズムが、なぜ欧米で力を持ったのか。要因は、既存政治の無策や落ち度にあります。行き過ぎたグローバリズムや市場至上主義を反省も修正もできず、その結果、生じた格差など社会の問題を拡大するままにしたのですから。しかし、政治手法として見れば、単純化の恐るべき効用、すかっとする「分かりやすさ」も大きい気がします。
 中国戦国時代、斉(せい)の王の妃(きさき)が、誰にも解けなかった「連環の玉」を槌(つち)でたたき割った<解環>の故事や、誰にもほどけぬ結び目を、アレキサンダー大王が剣でばっさり切った<ゴルディウスの結び目>の故事を思い出します。
 無論、現実世界の「連環の玉」や結び目-難問は、そんなふうに、すかっと一刀両断できるものではない。知恵を絞り、試行錯誤を繰り返して、どうにか解きほぐしていくほかないのです。
 単純化といえば、もう一つ。米朝会談後、北朝鮮の姿勢変化を受け、トランプ氏が在韓米軍について語った発言も思い起こします。
 「巨額の金がかかるから、できるだけ早く軍を撤退させたい」
◆対立は損、平和は得
 核廃棄で合意、といってもゆるゆるの約束にすぎず、撤退論はわが国安全保障上の大問題…。それは、その通りかもしれません。
 しかし、脅威さえ消えれば軍も武器も要らぬ、とはもっともな理屈。脅威や対立があるから防衛という名の戦争準備が必要なのであって、大金もかかる。だから対立を次々解消していけば、軍も武器も世界から消えていくはず…。
 トランプ氏の意図とは別に、一種のシンプルな平和論と読めないでしょうか。そして、こういう「単純化」なら世界にどんどん広がってほしいと思うのですが。



食料自給率 基礎体力が落ちていく(2018年8月25日東京新聞)

2018-08-25 09:11:54 | 桜ヶ丘9条の会
食料自給率 基礎体力が落ちていく

2018年8月25日東京新聞


 異常気象が世界の農地をいためつけている。疲弊し、減少する田畑、老いていく生産者。「食料安保」の必要性が高まる一方で、自給力は一向に上がらない。攻めの農業一辺倒で、いいのだろうか。
 昨年度のカロリー換算の食料自給率が、二年連続して38%にとどまった。
 国民に必要なカロリー(熱量)を国産の食料でどれだけ賄うことができるかを示す指標である。
 政府は二〇二五年度までに、45%に引き上げる目標を掲げているが、ほど遠い。
 カロリーベースの自給率は、国際指標とはいえず、あまり意味がない、農業生産額に換算すれば、主要先進国の中でも高レベル-という声もある。しかし、その生産額ベースでも、65%と2ポイント減っている。輸入が途絶えた場合の供給能力を熱量で表す食料自給力指標も、耕地面積の減少が響いて、伸び悩む。
 カロリーベースの自給率は一昨年度、六年ぶりに下落し39%を割り込んだ。“農業王国”北海道で台風の被害が相次いだことによる一時的な現象だとみられていた。だが北海道の生産が回復しても自給率は上がってこなかった。
 そこで不安視されるのが、日本農業の基礎体力。農家と農地の減少に伴う、食料生産基盤自体の弱体化の進行だ。
 今政府の農業政策は、「成長戦略」の一環としての輸出重視に強く傾いているようだ。
 「担い手」と呼ばれる若手中核農家のもとに農地を集約し、「生産性」を高めて、開放された国際市場における競争に勝ち抜こうという「攻めの農業」政策だ。
 しかし、担い手集中にも限度というものがある。
 毎年秋、中日農業賞の審査で各地を回る。受賞の対象になるような、生産力の高い担い手たちの口からも「ふるさとの田畑を守りたい。でももう限界だ」という悲鳴が漏れてくる。
 異常気象の深刻化に伴う管理の手間が、農家の疲弊に拍車をかける。夏場の除草一つをとっても想像以上の重労働。頻発する台風への備えもある。「命懸けだ」と、若手の農家も真顔で語る。
 担い手集中、攻め一辺倒では農家や農地、ひいては農業そのものの持続可能性が保てない。
 例えば、耕地面積の四割を占める狭隘(きょうあい)な中山間地の農業を、どうすれば守っていけるのか-。
 攻守のバランスがほどよくとれた農政へ、軌道修正が急がれる。