スーパー台風増加中 発生メカニズムを聞く
2019/11/9
甚大な被害が相次ぐ今秋の台風災害。背景として指摘されるのが、強度が高まった危険な「スーパー台風」の増加だ。折しもトランプ米政権が地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」離脱を通告したが、原因はやはり温暖化による気候変動なのか。台風の目に飛び込む観測で知られる名古屋大の坪木和久教授(気象学)に、スーパー台風発生のメカニズムを聞いた。
◆高い海面温度
「これまでにない」「驚くような」。坪木教授は何度もそう言って、今秋の台風の特徴を説明した。
十月の19号は発生直後、中心気圧が一日に七七ヘクトパスカルも下がり、急速に発達。その最大強度を三日間も維持して北上した。関東地方に上陸した台風としては、記録のある六十九年間で最強クラス。日本の南の海面温度が高く、発生域に大量の水蒸気があったためだ。
そして、水蒸気の供給源となる南海上から南風に乗って水蒸気が入り続け、台風の北東側に湿った領域が広がった。台風の東側に「大気の河」と呼ばれる水蒸気の流れが形成されたからだ。その水量はアマゾン川の数倍。それが台風の進路上の関東から東北の上空に湿った空気を供給した。アマゾン川に匹敵する雨が降り続いたことになる。
九月の15号は北緯二〇度という高緯度で発生し、三日で接近、上陸した。「対策を取る間がなく、非常に危険」。そして、上陸直前に最大の強度になった。坪木教授は、黒潮が大蛇行しており、その暖かい海流に沿って北上したために成長した可能性があるとみる。
台風の目の周りには、「壁雲(かべぐも)」がそびえ立っている。台風にとって水蒸気は燃料、壁雲はエンジンで、その強さを示す。壁雲の中は最も風が強い。台風の反時計回りの渦が北上することで、目の東側でさらに風が強くなる。
15号は東京湾のど真ん中を通過し、東側の千葉県で強風被害をもたらした。もし、進路が西に五十キロずれていたら…。「東京都内で風の被害が起きていた。東京湾の奥で、伊勢湾台風の時と同程度の高潮が起きた恐れもある」
◆8%→17%に
近年は毎年のように大水害をもたらす台風が襲来している。地上の風速が一分間の平均で秒速六七メートル以上に発達した「スーパー台風」は、一九五一年からの約三十年間は全台風の8・9%だったが、一九八六年以降は17・6%に増えている。
坪木教授は今世紀後半のスーパー台風の姿も予測している。気象庁の海面温度の予想データを基に、積乱雲の成長状況を一つずつコンピューターで計算。伊豆半島上陸の直前で中心気圧八八〇ヘクトパスカル、風速七〇~八〇メートル、総雨量一〇〇〇ミリという台風が見えてきた。「こんなことないだろうと思っていたけど、遠い将来の話ではないという気がしてきました。リスクが増大している現実の一端が、今秋の台風で現れた」
リスクが高まっている背景には、地球温暖化、特に海面温度の上昇があるという。日本近海の海面温度はここ百年で平均一度上昇した。海面温度が上がれば、強い台風が発生し、勢力を保ったまま日本に近づく頻度が高まる。
◆未来への責任
「だから、パリ協定は非常に重要。それなのに…」と坪木教授。米国は協定離脱を通告し、日本は温室効果ガスを出す石炭火力発電を続ける。「温暖化対策を今考えている大人は、被害を受ける当事者じゃないんです。大災害が続く未来を、次世代に残していいのでしょうか」
温室効果ガス抑制以外の対策には、堤防の強化を長期的に進めるといったハード面と、避難のために具体的で詳しい情報を住民に伝えるといったソフト面を挙げる。さらに、現状を正しく把握し、予報に生かす重要性を説く。
天気予報で見る機会の多い台風の強さは、実は「推定」だ。衛星画像から雲のパターンを見て、強さを判断している。だが、強い台風では予測精度が落ちる。猛烈な台風を多く経験していないため、推定の基となる実測値が少ない。このため雲パターンだけからでは、強度推定に限界が生じる。
そこで、坪木教授はコンピューター予測に加え、ジェット機で台風の目に飛び込み、気圧、気温、湿度を測る直接観測を二〇一七年に始めた。目の中や周囲で「ドロップゾンデ」という小さな観測器を放出、落下する十五分間でデータを集める。
日本が位置する西太平洋は世界で最も多く熱帯低気圧が発生する台風の最前線だ。「沖縄にオールジャパンの台風研究拠点を設け、ジェット機での観測を続ければ、台風に対する国防だけでなく、東アジアの大きな国際貢献になると思います」
◆米「パリ協定離脱」 温暖化拍車か
スーパー台風の増加と地球温暖化が注目される中、トランプ米政権が四日に国連に通告した温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱。来年の大統領選に向け、石油、石炭業界などの支持層にアピールするのが狙いだ。
「協定全体にマイナスの影響がある」と話すのは、京都大大学院の諸富徹教授(環境経済学)。「パリ協定は、オバマ前大統領の時の米国と中国が握手をする形で主導し、世界のほぼ全ての国が参加する意義のある枠組みをつくった。その米国が抜ける影響はかなり大きい。しかも米国は温室効果ガス排出量世界二位。さらに連鎖的に抜ける国が出てきたら、協定の実効性が失われる」
地球温暖化に対する国際的な取り組みの原点は、一九九七年の国連気候変動枠組み条約第三回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書。だが、米国がブッシュ政権下の二〇〇一年にいち早く脱退したため、尻すぼみになった。
そして今回のパリ協定離脱通告となったわけだが、米国ではアップルやアマゾンなど民間主導の対策が先行。欧州でも化石燃料分野から金融機関が投資を引き揚げるダイベストメントの動きが拡大している。世界的には温室効果ガスの排出抑制は既に趨勢(すうせい)だ。
地球温暖化防止に市民の立場で取り組む非政府組織(NGO)「気候ネットワーク」の平田仁子(きみこ)国際ディレクターは「米国ではカリフォルニア州など自治体レベルでの取り組みが盛んなため、国内に限ればパリ協定離脱の影響はそれほど大きくならないのでは」と指摘する。
日本政府は一二年のCOP18で京都議定書の二〇年までの延長が決まると、不参加を宣言し、「議定書を殺すのか」と非難を浴びた。議定書の後を継ぐパリ協定でも批准が遅れ、一六年のCOP22ではオブザーバーに甘んじるなど、議定書を取りまとめた時の評価は失っている。平田さんは「安倍晋三首相はトランプ大統領にパリ協定に参加しないのはおかしいと、きちんと伝える必要がある」と求める。
(大野孝志、稲垣太郎)