浸水、地下街も警戒を 雨+風+高潮、リスク深刻
2019/11/16
大雨による被害に泣かされた今年の秋。各地で河川が氾濫し、鉄道が寸断された。そんな中でも真っ先に水が流れ込みそうな地下鉄、地下街に大きな被害はなかった。実は、国は地下の大規模な浸水を想定している。専門家は「災害は起こらないと楽観するのは、やめるべきだ」と警告する。
荒川上流の三日間雨量が五〇〇ミリに達した午前四時、東京都北区で堤防が決壊。町にあふれ出た茶色い濁流は、地下鉄の駅入り口へと一気に流れ込み、巨大「水道管」と化した線路を伝って都心に到達。東京駅の改札は冠水し、中央区、千代田区のオフィス街はすべての機能を失った-。
国土交通省荒川下流河川事務所が動画サイト・ユーチューブで公開中のフィクション動画「荒川氾濫」の一場面だ。
◆最悪の場合
二〇一七年に公開され、再生回数は五十万回近い。足立区や江東区などの海抜ゼロメートル地帯を中心に数十万人が孤立し、駅や車が水没する。CG映像でその様子を衝撃的に伝える。「不安をあおるつもりはない。最悪の場合を知ってもらい、自主的な行動につなげるのが狙い」(同事務所防災企画室)という。
ただ、この映像は決して大げさではない。国の中央防災会議の大規模水害対策に関する専門調査会も〇九年、荒川が氾濫した場合の地下鉄の被害想定を公表している。
それによると、北区志茂の荒川右岸で堤防が決壊した場合、約十分後に水が赤羽岩淵駅に到達。六時間で西日暮里駅、九時間で上野駅、十二時間で東京駅、十五時間で銀座や霞ケ関駅などに達し、最終的には十七路線の九十七駅(延長約百四十七キロ)が浸水、うち八十一駅が水没する。
元東京都職員の土木専門家で公益財団法人・リバーフロント研究所(東京)の技術参与、土屋信行さんは「東陽町駅など江東区の地下鉄駅の多くは、海抜がマイナスの所にある。北千住駅(足立区)も五メートル以上の浸水エリア。駅構内にいれば逃げるのも危うい」と予測する。地下鉄が水没すれば、地下で縦横無尽につながる大手町や銀座の地下街も水没する。「オフィスビルの多くは地下に電気設備があり、復旧は長引く。日本経済は大損害だ」
◆三点セット
さらに不安視されるのは、台風に伴う高潮が河川の洪水と重なった場合だ。
都が一八年三月に発表した高潮の想定によれば、墨田、葛飾、江戸川区の陸地の90%以上は浸水し、江東区では深さ十メートルになる場所も。「今年の台風はたまたま東京湾を直撃しなかっただけ。雨、風、高潮は三点セットで想定するべきだ」と土屋さんは言う。
温暖化の影響で海水温も上がり、巨大台風の危険性は高まっている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)も警告している。
環境保護団体「気候ネットワーク」東京事務所の桃井貴子所長は「荒川氾濫はいつ起きてもおかしくない。堤防などのハード整備に目が行きがちだが、化石燃料に依存し二酸化炭素排出を続ける現状を見直さなければ、想定を超える災害は繰り返される」と指摘する。
地下鉄や地下街の浸水は決して絵空事ではない。
一九九三年の台風11号で冠水したのが、東京都心の地下鉄赤坂見附駅。線路から一・二メートルの高さにまで達した。九九年には集中豪雨で溜池山王駅も水浸しになった。二〇〇四年の台風22号では、麻布十番駅に雨が流れ込んだ。一五年には東急電鉄渋谷駅で地下二階にある改札付近まで水に漬かった。
首都圏以外でも被害は相次いでいる。一九九九年と二〇〇三年には、JR博多駅近くを流れる御笠川の水が豪雨によってあふれた。駅周辺の地下街が水浸しになり、一九九九年は死者も出た。二〇〇〇年の東海豪雨では名古屋の地下鉄で浸水が起き、一四年にも地下鉄名古屋駅で線路や改札付近が冠水した。
一時間の雨量が六〇~一〇〇ミリに及んだ時に浸水被害が目立つ。そんな豪雨が近年増えている。気象庁によると、一時間に五〇ミリ以上の「滝のように降る雨」は、〇九年から十年の平均で年間三百十一回。統計を取り始めた一九七六年からの十年間と比べ一・四倍に増えている。地下浸水のリスクは高まっている。
関係機関は対策に追われる。東京メトロは駅の出入り口と換気口、地上から地下へ向かうトンネルを通って水が入ると想定。駅の出入り口向けに止水板や防水扉を用意し、換気口には下から上にドアを閉めるような形になった浸水防止機を設置。トンネルには防水ゲートを設けている。
◆出入り口
ただ、駅の出入り口に関しては、予定の四割しか整備が済んでいない。完了は二〇二七年度の見通しだ。設置済みでも手作業で操作しなければならない設備もある。操作の遅れは、浸水被害につながりかねない。
東京・八重洲地下街では、浸水対策計画をまとめている。「注意」「警戒」「非常」の三段階を想定し、それぞれに応じて情報収集や出入り口の警戒、利用者の避難誘導などを行うことにしている。
出入り口の止水板は警戒段階で設置することになっている。広報担当者は「十月の台風19号では三十七カ所中、三カ所で設置した」と説明する。
地下街特有の苦労もある。東京都の小島俊之・都市基盤部担当課長は「店の入れ替わりが少なくなく、連絡先の共有が難しい。共有できていないと、利用者の避難が必要な場合でも、店に情報が伝わらないおそれがある。大きな台風によって横並びで休業する場合ならまだしも、ゲリラ豪雨のように突発対応が必要な時にどうするか」と語る。
こういった対策に、厳しい目を向ける専門家がいる。関西大社会安全研究センター長の河田恵昭さんは「そもそも地下水没の危機意識が薄い。起こると思っていないから対策も詰め切れていない」と指摘する。
「東京は駅とビルが複雑につながっている。全ての出入り口で浸水を防ぐことができるのか。バリアフリーが進む中で水自体が入りやすくなっている。これにどう備えるのか。資機材も、稼働させるための人手も本当に足りるのか。排水用のポンプや配管も十分とは思えない。復旧に時間がかかる公算が大きい」
さらに河田さんは「深刻な事態が起きたらどうしようもないと考え、『そんなことは起こらない』と楽観したがる。どこかで災害が起きても自分の地域で起こると真剣に考えない。政治家も一通りの被災者支援をして終わり。そんな体質を改めないと」。リスクに向き合おうとしない社会全体に危機感をあらわにする。
(安藤恭子、榊原崇仁)