後ろには夢がない 週のはじめに考える
2021年1月31日 中日新聞
ある米紙の記者が自分の職業を表現して、プロフェッショナル・ウォリアーだ、と。勇ましいwarrior(戦士)に非(あら)ず、むしろ逆のworrier。「プロの心配性」というわけです。いかにも、私たち記者の書くものといえば「〜は大丈夫か」とか「〜が懸念される」とか何かにつけて心配したり疑ったりする内容が多い。お察しの通り、本稿もまた−。
「出遅れ」「置き去り」
日本が時代の波に乗り遅れたのではないかと、このごろ、そう気をもんでいます。日本が「出遅れた」「立ち遅れている」といった記事が最近、やけに目について。
新型コロナの関連なら、例えばワクチンです。欧米企業のワクチンが相次ぎ、早々と実用化され、中、印も自国製の接種を進行中。日本の企業も開発に奮闘していますが、実用化はまだ先のようす。接種もなお緒に就いていません。
デジタル化の遅れもしかりで、「ファクス」や「はんこ」がやり玉に挙がり、テレワークやキャッシュレス決済の普及の鈍さも話題に。日本は「十年遅れ」というのが最近の通り相場でしょうか。
もっと先端的分野での「遅れ」も心配です。人工知能(AI)や量子コンピューターといった分野での特許出願数を分析した日経の記事は、中、米が激しく競っているとした上で日本の「遅れ」をまた別の言い方で表現しています。日本は「置き去り」「水をあけられている」…。
無論、じっくり、ゆっくりが大事なこともあって、何でも進んでいればいいという訳ではありません。それでもやはり、地球温暖化防止への対応はかなり深刻な日本の「遅れ」とみるべきでしょう。
安倍政権時代の日本は煮え切らない態度に終始し、「世界の脱炭素化を牽引(けんいん)する」との決意は示すものの、脱石炭も打ち出せず「化石」呼ばわりされていたのが実情です。そんな政治の鈍さゆえか、再生可能エネルギーなど急伸が見込まれる環境ビジネスの分野で日本は出遅れることになります。
せめて再エネ、環境は…
日本の電力の再エネ比率は英、独、伊などの半分ほどですし、関係サイトを見ると、太陽光発電パネルの世界シェア上位には中国企業がずらり、風力発電タービンもデンマーク、中国などの企業が上位を占め、日本企業の影は薄い。
菅政権になって、やっと「二〇五〇年、温室効果ガス排出実質ゼロ」を打ち出しました。菅首相は「世界に先駆けて」脱炭素社会を実現すると胸を張りますが、日本より先に同様の目標を定めた国は少なくとも十数カ国はあります。
その関連で「三五年、ガソリン車の新車販売ゼロ」も表明されました。これも例えば英国は一七年の時点で「四〇年、ゼロ」を打ち出し、昨秋には「三〇年、ゼロ」にまで前倒ししています。
ガソリン車に代わるのは、電気自動車(EV)など電動車。中で問題は、日本メーカーが得意なガソリン・電気併用のハイブリッド車(HV)です。インフラ不要の環境車ですが、英国が「三五年、HVもゼロ」を宣言。やがて世界標準になっていく可能性もあります。世界に冠たる日本勢もことEVに関しては現状では分が悪い。米、独、韓、中などのメーカーが世界市場の上位を占めています。
種々の「遅れ」のすべてが政治のせいではないでしょう。が、やはり責任は大きい。先を見て技術革新の種をまき、芽を育て、産業を未来に適合させていく−。わが国の政治がもしそうできていたら、いくつかの重要分野で、あたら他国の後塵(こうじん)を拝するようなことにはならなかったでしょう。
何もかもとは言いません。せめて、この国で起きたあの原発事故を重い教訓として受け止めていたら…。せめて温暖化防止に向けた初の世界的合意「京都議定書」やHVを世界に送り出した国が温暖化危機をもっと切実にとらえていたら…。原発や石炭火力を早めに見切り、それこそ「世界に先駆けて」再エネや脱炭素技術の研究開発に投資や人材を集中させることもできたでしょう。
無論、わが国は今も主要先進国の一つで世界をリードしている分野も少なくはない。しかし、どっかりあぐらをかいていていいほど安泰でないのも確かです。挽回には冷静な自己評価も肝要です。
「過去」を守る姿勢
日本のデジタル分野での遅れに関し、デジタル技術への投資を、新事業創造などに向けた「攻め」でなく、合理化の手段のように従来システムを補整する「守り」の投資ととらえる傾向を指摘する声もあります。過去のものとなりつつある石炭や原子力の「守り」にこだわり、再エネなど未来を開く「攻め」の投資への転換が遅れた経緯に重なる気がします。ここは寺山修司の詩句を借りるとしましょう。ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない−。