共謀罪「自民と警察官僚が固執」 平岡秀夫元法相、語る
2016/10/26 中日新聞
平岡秀夫元法相
過去三回廃案になった共謀罪法案が、次の通常国会でまた提出されそうだ。政府は国連の国際組織犯罪防止条約の批准にこの法律が不可欠と繰り返すが、批准に立法は必要ないという反論も強い。民主党政権時代に法相を務めた平岡秀夫弁護士も、そうした論者の一人だ。法相時代、共謀罪抜きでの条約批准の道を探った。当時の経験から、誰が何のために共謀罪法案の成立に固執しているのかを振り返ってもらった。
◆「テロ対策」名目
テロ対策を前面に掲げた新たな共謀罪法案(組織犯罪処罰法改正案)について、菅義偉官房長官は先月十六日、「(現在の)臨時国会提出予定法案の中に入っていない」としつつも「必要性は十分に認識している」と、来年の通常国会への提出を示唆した。
政府が共謀罪創設にこだわる背景には、国連が二〇〇〇年に採択した国際組織犯罪防止条約がある。国境を越える組織犯罪を防ぐための条約で、日本も署名し、〇三年には国会も承認した。条約批准には国内法の整備が求められており、そこで自公政権が持ち出したのが共謀罪だった。
平岡氏は「条約はマフィアや暴力団の摘発を念頭に置いており、日本も批准すべきだ。だが、日本では既に大半の重大犯罪で予備罪や準備罪、ほう助罪があり、共謀共同正犯もある。共謀罪を創設しなくても批准はできる」と強調する。
平岡氏は一一年九月、民主党政権下で法相に就任すると、共謀罪を設けずに批准する道を探った。
ただ、「国際社会から特定の処罰規定が不足していると指摘されかねない」と考え、一一年十一月、法務官僚に「条約の趣旨に基づいて防止すべき罪で、現行の組織犯罪処罰法で網羅できていないものについて、個別に予備罪や準備罪を設けることで対応できないか」と、検討を指示した。
しかし、法務官僚は「検討には時間がかかる」と慎重な反応だった。約一カ月後、一部について回答があったが、国連のホームページのコピーなど「自分で引っ張り出せる」程度のものしかなかったという。
平岡氏は官僚の動きが鈍かった理由を「当時は民主党離れが進み、自民党政権に戻るんじゃないかという雰囲気があった。官僚も民主党に同調しにくく、様子見だったのだろう」と推察する。平岡氏は一二年一月に法相を辞め、指示はそのまま流れてしまった。
そもそも共謀罪の成立に固執しているのは、誰なのか。平岡氏は「監視社会をつくりたい自民党と、捜査の武器を拡大させたい警察官僚だ」と言い切る。
平岡氏は法相に就任する以前、小泉政権下でも衆院法務委員会で野党筆頭理事を務めるなど共謀罪法案と関わってきた。当時を振り返り、「法務官僚は当初は積極的でなかった。だが、警察が自分たちの武器になると考えたからなのか、次第に創設に前向きになっていった」と指摘する。
さらに「外務官僚は他国の批准が進む中で『とにかく早くわが国も』という思いが先走っていた。財務官僚も、日本の金融機関の国際活動が制約される心配をしていた」と話す。
◆解釈で抗議運動も摘発可能
政府はこの法案の旗印として「テロ対策」を掲げてきたが、果たして効果はあるのか。
平岡氏は日本がハイジャック防止のためのハーグ条約、シージャック防止条約などテロ対策関連の国際条約はほとんど批准済みであることを挙げ、「テロについて国連から求められた措置はほぼとられている。テロ対策を掲げるのは、国民の目を欺く狙いだとしか思えない」と批判する。
加えて、新たな政府検討案では、従来は適用対象を「団体」としていたのに対し、「四年以上の懲役・禁錮の罪を実行する」ことをたくらむ「組織的犯罪集団」に限定するとした。
しかし、この定義は極めてあいまいだ。平岡氏は「組織的犯罪集団に該当するのか否かについては、捜査当局がいかようにも解釈できる。どんな集団でも、犯罪の疑いがある行為をしようと合意したと見なされれば、組織的犯罪集団とされてしまう」と懸念する。
例えば、沖縄県東村高江のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設をめぐる反対運動も、対象とされる可能性がある。「住民らが集まって、建設反対運動の相談をしただけで組織的威力業務妨害をたくらむ集団とみなされ、共謀罪を適用されかねない」
労働組合が会合で、社長と団体交渉で徹夜も辞さないと決定するのは組織的監禁罪の共謀、会社の決算で利益を隠す売り上げ除外に経理課の社員が合意するのは法人税法違反の共謀に問われる可能性がある。
さらに五月に成立した改正刑事訴訟法とも相関関係にある。改正刑訴法では、容疑者らが共犯者の犯罪について供述をしたり、証拠を提供すれば、起訴の見送りなど利益を得られるという司法取引が導入された。また、薬物・銃器犯罪など四類型の犯罪に適用が限られてきた盗聴(通信傍受)も、詐欺や窃盗など九類型にまで広げられた。
共謀罪が「謀議」の中身を問う以上、盗聴が一段と重視されるのは必至だ。例えば、詐欺事件名目で盗聴中、そこでの冗談交じりの会話から共謀罪による逮捕が生まれかねない。当局が共謀罪の適用をちらつかせて「協力者」をつくり、司法取引で「協力者」が加わっている運動団体を破壊する可能性も考えられる。
平岡氏は「当局は摘発したい対象を狙い撃ちしてくるだろう。それに起訴できなくても、共謀罪容疑を口実に、目を付けた団体の家宅捜索や関係者の取り調べはできる。一般の人には恐ろしい経験だ。やがて仲間内の密告を恐れ、不満があっても声を上げられない監視社会が来る」と語る。
◆廃案、声上げよう
問題は、こうした監視社会を受け入れる素地が社会にできつつあることだ。平岡氏は「現在の社会は監視カメラの氾濫に象徴されるように、プライバシーの侵害への怒りよりも、監視されていることで安心・安全を求める感覚が勝ってしまいがちだ」と懸念する。
七月の参院選で野党候補を支援する労働運動団体が入居する建物の敷地内に大分県警が監視カメラを無断で設置していた事件も、世論の非難は限定的で、県警の担当幹部ら四人の略式起訴で一件落着となった。
さらに、廃案になった過去の攻防と、現在の国会情勢も異なる。平岡氏は「過去の廃案では国民の反対意思の強さから、小泉政権といえども次の総選挙を意識し、強行採決には踏み切れなかった。しかし、安倍政権は特定秘密保護法や戦争法(安保関連法)で見たように、国民の支持と関係なく強行する」と危ぶむ。
「それでも共謀罪の危険性を国民が認識し、声を上げることが大切だ。条約批准のための代替案はある。メディアも加わって議論が深まれば、四度目の廃案も不可能ではない」
(池田悌一、三沢典丈)
<ひらおか・ひでお> 1954年、山口県生まれ。東大在学中、司法試験に合格し、卒業後に大蔵省に入省。退官後に弁護士登録し、2000年衆院選で山口2区から初当選した。民主党政権で法相を務めたが、12年衆院選で落選。現在は弁護士として活動している。
<共謀罪> 犯罪行為は通常、具体的な被害が生じたり、犯罪行為に着手して危険が生じたりすることで罪に問われるが、共謀罪は複数の人が犯罪行為について話し合い、合意(共謀)しただけで罪に問える。政府検討案では、対象となる罪は殺人や強盗、窃盗、傷害、詐欺など600超に上る。
2016/10/26 中日新聞
平岡秀夫元法相
過去三回廃案になった共謀罪法案が、次の通常国会でまた提出されそうだ。政府は国連の国際組織犯罪防止条約の批准にこの法律が不可欠と繰り返すが、批准に立法は必要ないという反論も強い。民主党政権時代に法相を務めた平岡秀夫弁護士も、そうした論者の一人だ。法相時代、共謀罪抜きでの条約批准の道を探った。当時の経験から、誰が何のために共謀罪法案の成立に固執しているのかを振り返ってもらった。
◆「テロ対策」名目
テロ対策を前面に掲げた新たな共謀罪法案(組織犯罪処罰法改正案)について、菅義偉官房長官は先月十六日、「(現在の)臨時国会提出予定法案の中に入っていない」としつつも「必要性は十分に認識している」と、来年の通常国会への提出を示唆した。
政府が共謀罪創設にこだわる背景には、国連が二〇〇〇年に採択した国際組織犯罪防止条約がある。国境を越える組織犯罪を防ぐための条約で、日本も署名し、〇三年には国会も承認した。条約批准には国内法の整備が求められており、そこで自公政権が持ち出したのが共謀罪だった。
平岡氏は「条約はマフィアや暴力団の摘発を念頭に置いており、日本も批准すべきだ。だが、日本では既に大半の重大犯罪で予備罪や準備罪、ほう助罪があり、共謀共同正犯もある。共謀罪を創設しなくても批准はできる」と強調する。
平岡氏は一一年九月、民主党政権下で法相に就任すると、共謀罪を設けずに批准する道を探った。
ただ、「国際社会から特定の処罰規定が不足していると指摘されかねない」と考え、一一年十一月、法務官僚に「条約の趣旨に基づいて防止すべき罪で、現行の組織犯罪処罰法で網羅できていないものについて、個別に予備罪や準備罪を設けることで対応できないか」と、検討を指示した。
しかし、法務官僚は「検討には時間がかかる」と慎重な反応だった。約一カ月後、一部について回答があったが、国連のホームページのコピーなど「自分で引っ張り出せる」程度のものしかなかったという。
平岡氏は官僚の動きが鈍かった理由を「当時は民主党離れが進み、自民党政権に戻るんじゃないかという雰囲気があった。官僚も民主党に同調しにくく、様子見だったのだろう」と推察する。平岡氏は一二年一月に法相を辞め、指示はそのまま流れてしまった。
そもそも共謀罪の成立に固執しているのは、誰なのか。平岡氏は「監視社会をつくりたい自民党と、捜査の武器を拡大させたい警察官僚だ」と言い切る。
平岡氏は法相に就任する以前、小泉政権下でも衆院法務委員会で野党筆頭理事を務めるなど共謀罪法案と関わってきた。当時を振り返り、「法務官僚は当初は積極的でなかった。だが、警察が自分たちの武器になると考えたからなのか、次第に創設に前向きになっていった」と指摘する。
さらに「外務官僚は他国の批准が進む中で『とにかく早くわが国も』という思いが先走っていた。財務官僚も、日本の金融機関の国際活動が制約される心配をしていた」と話す。
◆解釈で抗議運動も摘発可能
政府はこの法案の旗印として「テロ対策」を掲げてきたが、果たして効果はあるのか。
平岡氏は日本がハイジャック防止のためのハーグ条約、シージャック防止条約などテロ対策関連の国際条約はほとんど批准済みであることを挙げ、「テロについて国連から求められた措置はほぼとられている。テロ対策を掲げるのは、国民の目を欺く狙いだとしか思えない」と批判する。
加えて、新たな政府検討案では、従来は適用対象を「団体」としていたのに対し、「四年以上の懲役・禁錮の罪を実行する」ことをたくらむ「組織的犯罪集団」に限定するとした。
しかし、この定義は極めてあいまいだ。平岡氏は「組織的犯罪集団に該当するのか否かについては、捜査当局がいかようにも解釈できる。どんな集団でも、犯罪の疑いがある行為をしようと合意したと見なされれば、組織的犯罪集団とされてしまう」と懸念する。
例えば、沖縄県東村高江のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設をめぐる反対運動も、対象とされる可能性がある。「住民らが集まって、建設反対運動の相談をしただけで組織的威力業務妨害をたくらむ集団とみなされ、共謀罪を適用されかねない」
労働組合が会合で、社長と団体交渉で徹夜も辞さないと決定するのは組織的監禁罪の共謀、会社の決算で利益を隠す売り上げ除外に経理課の社員が合意するのは法人税法違反の共謀に問われる可能性がある。
さらに五月に成立した改正刑事訴訟法とも相関関係にある。改正刑訴法では、容疑者らが共犯者の犯罪について供述をしたり、証拠を提供すれば、起訴の見送りなど利益を得られるという司法取引が導入された。また、薬物・銃器犯罪など四類型の犯罪に適用が限られてきた盗聴(通信傍受)も、詐欺や窃盗など九類型にまで広げられた。
共謀罪が「謀議」の中身を問う以上、盗聴が一段と重視されるのは必至だ。例えば、詐欺事件名目で盗聴中、そこでの冗談交じりの会話から共謀罪による逮捕が生まれかねない。当局が共謀罪の適用をちらつかせて「協力者」をつくり、司法取引で「協力者」が加わっている運動団体を破壊する可能性も考えられる。
平岡氏は「当局は摘発したい対象を狙い撃ちしてくるだろう。それに起訴できなくても、共謀罪容疑を口実に、目を付けた団体の家宅捜索や関係者の取り調べはできる。一般の人には恐ろしい経験だ。やがて仲間内の密告を恐れ、不満があっても声を上げられない監視社会が来る」と語る。
◆廃案、声上げよう
問題は、こうした監視社会を受け入れる素地が社会にできつつあることだ。平岡氏は「現在の社会は監視カメラの氾濫に象徴されるように、プライバシーの侵害への怒りよりも、監視されていることで安心・安全を求める感覚が勝ってしまいがちだ」と懸念する。
七月の参院選で野党候補を支援する労働運動団体が入居する建物の敷地内に大分県警が監視カメラを無断で設置していた事件も、世論の非難は限定的で、県警の担当幹部ら四人の略式起訴で一件落着となった。
さらに、廃案になった過去の攻防と、現在の国会情勢も異なる。平岡氏は「過去の廃案では国民の反対意思の強さから、小泉政権といえども次の総選挙を意識し、強行採決には踏み切れなかった。しかし、安倍政権は特定秘密保護法や戦争法(安保関連法)で見たように、国民の支持と関係なく強行する」と危ぶむ。
「それでも共謀罪の危険性を国民が認識し、声を上げることが大切だ。条約批准のための代替案はある。メディアも加わって議論が深まれば、四度目の廃案も不可能ではない」
(池田悌一、三沢典丈)
<ひらおか・ひでお> 1954年、山口県生まれ。東大在学中、司法試験に合格し、卒業後に大蔵省に入省。退官後に弁護士登録し、2000年衆院選で山口2区から初当選した。民主党政権で法相を務めたが、12年衆院選で落選。現在は弁護士として活動している。
<共謀罪> 犯罪行為は通常、具体的な被害が生じたり、犯罪行為に着手して危険が生じたりすることで罪に問われるが、共謀罪は複数の人が犯罪行為について話し合い、合意(共謀)しただけで罪に問える。政府検討案では、対象となる罪は殺人や強盗、窃盗、傷害、詐欺など600超に上る。