コロナ禍で全国各地の鉄道路線の乗客が減り、特に地方のローカル線がピンチになっている。マイカー普及や人口減少などでもともとの利用が低迷していた上、鉄道会社が経営悪化し、一部の路線では存続に黄色信号が灯(とも)る。コロナ収束後の乗客回復も見通しは不透明。国土交通省は今月、将来のあり方を考える検討会を立ち上げた。公共交通はどうあるべきなのか。
止まらぬ乗客減「経営努力で維持困難」
中国山地を縫うように走るJR木次(きすき)線は、宍道(しんじ)(松江市)−備後落合(広島県庄原市)の全長八一・九キロを結ぶ。沿線には出雲神話にまつわる観光地も点在。そんな歴史ロマンあふれるローカル線が、存続の岐路にある。
マイカーの普及や少子高齢化で乗客は減少。コロナ禍も影響し、二〇二〇年度の一キロ当たりの一日平均利用客数(輸送密度)は百三十三人で、一九八七年度(六百六十三人)の五分の一になった。
宍道駅から南東約十キロの出雲大東駅(島根県雲南市)には、ワンマン列車が一日に二十本ほど停車する。主に利用するのは学生や駅前の市立病院に通うお年寄りで、常駐の駅員はいない。きっぷの販売などは、業務委託を受けた住民団体「つむぎ」が担う。
代表の南波由美子さん(46)は「木次線を残すため、住民たちで何とかしようとの思いから活動している」と話す。団体は他の地域からの利用客を増やそうと、駅舎でコンサートを開いたり、着物を着て駅周辺の観光地を散策するイベントを企画したりしてきた。ただコロナ禍で移動の自粛が促されると、観光客の呼び込みも難しくなった。
さらに昨年六月、JR西日本の発表に沿線で動揺が広がった。毎年四〜十一月に運行してきたトロッコ観光列車「奥出雲おろち号」を、二三年度で終了するというのだ。
「約五十年前から使っている車両が老朽化したため」というJR西の説明に、沿線の自治体などでつくる「木次線利活用推進協議会」の事務局担当で雲南市職員の加藤健一さんは「廃線に向けた動きが出かねない」と危ぶむ。
地元のお年寄りからは「木次線は走っとらんといけんよね」「足がなくなる」と心配の声が上がる。南波さんは「乗客が少ないなか、JR西にはよく走らせてもらっているとも思う。存続してと言うだけでなく、できる限りのことをしていきたい」と語る。
コロナ禍で、木次線に限らずJR西の多くの路線で乗客が減少。二一年三月期決算は純損益で過去最大の二千三百三十二億円の赤字だった。長谷川一明社長は今月十六日の記者会見で「輸送密度が二千人未満の線区は、一事業者の経営努力だけで維持していくことは非常に困難」と述べた。
ここ数年、JR西は「合理化」に進んでいる。一八年に三江線(広島県三次市−島根県江津市)を廃止した。芸備線(広島市−岡山県新見市)では、昨年に沿線自治体と将来のあり方について協議を始めた。一部区間の輸送密度が木次線より少ない路線だ。
こうした動きに広島、島根など中国地方五県の知事たちは神経をとがらせている。先月下旬、オンラインの会合でJR西の幹部にローカル線存続に向けて再考を求めた。終了後、広島県の湯崎英彦知事は「鉄道は一度やめると簡単に復旧できない。芸備線だけでなく全国的な問題だ」と述べた。
JR6社、私鉄大手も赤字に
国土交通省によると、地域鉄道の利用者はピークだった一九九一年度から二〇一九年度までに約二割減った。減少傾向に拍車をかけたのがコロナ禍だった。
各地で鉄道会社の経営が悪化。JR旅客六社の二一年三月期連結決算では、赤字額の合計が一兆八百五億円。八七年の民営化以降で最大だった。私鉄大手の京王電鉄や小田急電鉄も上場以来最悪の赤字を計上した。
国鉄から路線を引き継いだJRは、利用者の多い新幹線や大都市の路線で稼ぎ、地方のローカル線の赤字を補ってきた。だが、ここまで赤字がかさむとそれも難しくなってきた。こうした課題を受け、国交省は今月、将来のあり方を考える検討会を発足させた。
検討会メンバーでもある名古屋大大学院の加藤博和教授(公共交通政策)は「ローカル線の課題がコロナ禍をきっかけに一気に表面化した。収束してもテレワークの普及などで、鉄道各社は乗客の二割が戻らないとみている」と話す。
しかし、見直しに対する自治体の抵抗感は根強い。加藤さんは「廃線につながりかねない話は住民の支持を得にくい。だから自治体の首長は避けがちだ。批判を受けるので、鉄道会社もこれまで言いたがらなかった。その結果、対策が後手に回った」と指摘する。
このまま放置するとどうなるのか。加藤さんは「ローカル線の多くは利用客が減り続け、設備も老朽化する一方だ」と語る。それを避けるために、加藤さんは「自治体と鉄道会社が対策を協議し、実行することが必要だ。沿線の住民がローカル線の活用策に知恵を絞っている地域もある」と述べる。
その知恵を絞った鉄道の一つが、福井市周辺で運行している「えちぜん鉄道」だ。前身の京福電鉄は、二度の正面衝突事故で、廃止の危機に直面。そこで、当時の周辺市町村などが設立した第三セクターが経営を引き継ぎ、〇三年度に開業した。
各電車に女性アテンダントを置いて観光案内や高齢者の乗客を介助したり、駅近くに無料駐車場を設けて乗用車の利用客も取り込んだ。その結果、〇四年度に二百四十二万人だった利用客は一八年度に最多の三百七十万人に増えた。
富山市では、旧JR富山港線を引き継いだ当時の第三セクター「富山ライトレール」が〇六年四月から二両連結の次世代型路面電車(LRT)を導入。市は施設の建設や維持管理費を負担し、富山ライトレールが運賃収入で運行する「公設民営」の手法を使った。富山駅周辺に停留所を増やし、市内の拠点を結んで利便性も高まった。
鉄道アナリストの川島令三(りょうぞう)さんは「富山市のようにある程度人口の多い街であれば、LRTで運行本数を増やすなどして利用者を見込める」と言う。
ただ、多くのローカル線は山間地など過疎地を走っている。川島さんは「学生ら一部の住民が乗るだけで、そもそも地元であまり使われないから寂れてきた。採算を度外視しても維持したい地域は、鉄道会社でなく自治体などが運営するしかないだろう。定期運行をやめて車両や線路を生かした観光事業に特化するなど、思いきった転換も求められる」と説く。
加藤さんは「鉄道を残すか廃止するかという二者択一ではなく、その地域の交通がどうすれば便利になるかという視点が欠かせない」と語る。そして「残すとすればサービスの大幅な向上が必要だ。逆に、鉄道の維持にかけていたお金でバスやタクシーを活用した方が便利になるケースもある。実情に合った選択肢をつくり、実現に向けて国の支援も必要になる」と続けた。
(中山岳)