憲法と調和した儀式を 天皇退位へ1年(2018年4月30日中日新聞)

2018-04-30 08:33:26 | 桜ヶ丘9条の会
憲法と調和した儀式を 天皇退位へ1年 

2018/4/30 中日新聞
 天皇家は長い伝統を持つ。同時に天皇の地位は憲法で定めている。陛下の退位まであと一年になった。代替わりの儀式は憲法との調和が求められる。

 明治憲法での天皇と日本国憲法での天皇を比べてみる。地位は前者は「神勅」という神の意思によっている。後者は「国民の総意」に基づいている。

 権能はどうであろうか。前者は統治の総攬(そうらん)者でさまざまな大権を持つ存在であるのに対し、後者は政治的な権能を有しない。そもそも前者では天皇が主権者であったのに、後者では国民が主権者である。つまり天皇制は別物である。東大教授で最高裁長官でもあった横田喜三郎の説である。

「由緒ある物」とは何

 では、宮中の法などはどうであろうか。旧皇室典範は皇室といういわば“家の法”であったが、戦後に国の法に変わった。皇室経済法という法律もある。この法の七条にはこんな規定がある。

 <皇位とともに伝わるべき由緒ある物は、皇位とともに、皇嗣(こうし)が、これを受ける>

 これをどう解釈すべきか。「三種の神器」は「由緒ある物」とも考えられる。皇位のしるしとされる鏡、剣、璽(じ)(勾玉(まがたま))の三つの神器のことだ。このうち即位の礼の儀式では、剣と璽等を受け継ぐ「剣璽等承継の儀」がある。

 「神器継承儀式が政教分離原則に違反するなら、この規定を根拠にそうした儀式を行うことは許されず、またそうした儀式を定めたものとしてこの規定が解釈されるなら、この規定自体が違憲である」(横田耕一著『憲法と天皇制』岩波新書)

 明治憲法の下で国家神道と政治が深く結び付いた戒めから、現憲法では政教分離を憲法で規定する。その原則を神器継承の儀式と照らすと、違憲との学説も出てくるのだ。案外と難しい。

政教分離との関係は

 ある人は言うであろう。それほど堅苦しく考える必要はないではないか。日本の長い伝統を尊重し、天皇の代替わりの儀式はそれに則(のっと)って行うべきではないかと。

 またある人は言うであろう。天皇自身が憲法で定められた存在であるのだから、その儀式も憲法に合致すべきだ。戦前の天皇制ではないから、現憲法にふさわしい代替わりであるべきだと。

 政府が既に決定している基本方針は「憲法の趣旨に沿い、皇室の伝統などを尊重したものとする」と明記している。もっともな書き方ではあるが、双方、両立させることが意外と矛盾をはらむ可能性もあることが理解されよう。

 既に決まった日程を記してみる。陛下の退位の儀式として、「退位礼正殿の儀」が二〇一九年四月三十日に宮中で行われる。これは国事行為としてである。

 翌五月一日に新天皇が即位するが、即位の中心的な儀式「即位礼正殿の儀」は同年十月二十二日に行う。これも国事行為である。宮中の重要な祭祀(さいし)である「大嘗祭(だいじょうさい)」は同年十一月十四日から十五日にかけて行う方向である。

 もっとも神々に新穀を供える「大嘗祭」は皇室の行事となる。憲法の政教分離原則に配慮した。宗教色が濃いため、昭和天皇逝去に伴う前例に倣った。

 問題は神道色の強い儀式を国事行為としたり、公費を充てることについて疑義があるかどうかだ。

 前回は知事の参列などが政教分離原則違反とする訴訟が各地で起きた。請求は退けられたが、大阪高裁では「国家神道に対する助長、促進になるような行為として、政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概に否定できない」との指摘があった。非常に微妙な問題で再び批判が上がることも予想される。

 天皇が高御座(たかみくら)からお言葉を述べるとき、首相が見上げる場所にいると、国民主権の観点から疑問視されうる。工夫の余地はあるのかもしれない。

 今回、剣璽等承継の儀には男性皇族に限って参列する予定だ。だが、政府内でも前例踏襲派と、今の時代に合わないとして女性皇族の参列を認めるべきだとする声があった。国民と同じ人権が及ばない皇族といえども、憲法の男女平等からは異論があろう。

 天皇の退位は江戸時代の光格天皇以来二百年ぶりとなる。一口に皇室の伝統というが、その式典の在り方は時代により変化している。三十年前には「剣璽渡御の儀」の名称を「剣璽等承継の儀」と改めている。

戦前の宗教性は排して

 皇室に親しみを持つ国民は多い。敬意もあろう。だが、戦前の宗教的な権威や神聖性を帯びた存在とは異なる。象徴天皇の代替わりは国民の理解を得つつ、憲法との調和が必要である。政府にはそんな再検討と準備が求められているのではなかろうか。

選挙のメメント・モリ 週のはじめに考える(2018年4月29日中日新聞)

2018-04-29 08:11:03 | 桜ヶ丘9条の会
選挙のメメント・モリ 週のはじめに考える 

2018/4/29 中日新聞
 「同意する」-。今日も世界中で、そのボタンがポチッとされておりましょう。「いいね」同様、ネット時代になって急に身近になった言葉です。

 ちょっと前になりますが、海外メディアが英国で行われた無料Wi-Fi(ワイファイ)提供の、ある実験の話題を伝えていました。

 Wi-Fiを使うには利用規約に「同意する」必要があり、中には「(あなたは)第一子を永久にわれわれの手に委ねることに同意する」といった項目も含まれていたのに、短時間で何人もの人が、「同意する」を選んでしまったそうです。

精査せずに「魂を譲渡」


 やはり英国のあるオンラインのゲームショップは、利用規約の中に「貴店に魂を譲渡することに同意する」といった項目を潜ませておいた。しかし、実に七千五百人もの客が同意してしまった、といいます。

 幸い前者は実験、後者はジョークでしたが、私たちが利用規約を精査せず、どれほど不用心に「同意する」を選んでいるのかを示す結果だとは言えるでしょう。

 無理からぬ面もあります。例えばスマホのアプリでも、利用規約や個人情報取り扱い方針の長いこと、細かいこと。あれを全部読んで判断して「同意する」なんて、ほとんど非現実的でしょう。

 わが子や魂ほどではないにしろ、あなたの位置情報をいただく、個人情報を第三者に提供する、といった繊細微妙な条件が含まれていることもあるのに、それと知らず「同意する」をクリックしていることも少なくないはず。後で、こう言いたくなるでしょう。

 「確かに『同意する』はクリックしたが、そんなことにまで同意したつもりはない」

そこまでは「同意」せず


 ここで思い浮かぶのは、選挙における当選者、あるいは多数の議席を得て政権を握った政党、または、そのリーダーのことです。

 例えば、トランプ米大統領。この人物を、大統領にすることに多くの人が「同意した」ことはまぎれもない事実です。しかし、その人々は、地球温暖化防止の国際的ルール・パリ協定からの離脱や、中東情勢を混迷させるイラン核合意の破棄、イスラエルの米大使館のエルサレム移転といったことにも「同意した」のでしょうか。

 例えば、安倍晋三首相。確かに、選挙では自民党が圧勝、投票者の大勢が、政権を任せることには「同意」したと言えるでしょう。しかし、人々は果たして、戦争に近寄る安保関連法や国民の自由を脅かしかねない「共謀罪」法をつくることにまで同意する、という認識で投票したでしょうか。

 仮に、公約に挙げていた政策だとしても、選挙の勝利だけで、それらに「同意」を得たというのは無理がありましょう。アプリの利用規約と似たりよったり、やたらに長く、多項目。すべてを是と判断して「同意する」をクリック…いや、投票したという人が多くいたとはとても思えません。

 じき憲法記念日ですが、わけても九条改憲の企図には、違和感を禁じ得ないのです。古賀誠・元自民党幹事長も語ったように「『九条を変えるべきだ』という国民の熱意は一つも伝わってこない」。国民は求めていないのに、憲法に縛られる権力の側だけが「とにかく変える」と色めき立っている。

 無論、最後には国民投票で「同意する」「しない」が問われますが、そもそも、首相が改憲に旗を振ることに有権者は「同意した」のでしょうか。最新の世論調査によれば、安倍政権下での改憲は望まない、が三分の二。つまり、こんな意識では。「確かに投票はしたが、そんなことにまで同意したつもりはない」

 選挙で勝った側が政権を担うのは当然、選挙で前面に打ち出した主張に沿って政策を進めるのもまたしかりでしょう。しかし、別に有権者から白紙小切手をもらったわけではありません。

 では、どう振る舞うべきか。

 言葉遊びをさせてもらえれば、「死を想(おも)え」という意のラテン語の警句を借りて、安倍さんやトランプさんにはこう申し上げたい。

 メメント・モリ、と。

「多数決」機能するには


 選挙の拠(よ)って立つ「多数決の原理」が、民主主義を支える原理として機能する時、所与の条件ともいえるのが、勝った側の「慎み」でしょう。敗れた少数側の主張に対する十分な配慮なくば、多数決はやすやすと分断を生みます。

 加えるに、自民党とて有権者全体でみれば25%の信任を得ただけですし、トランプ氏も得票数では対立候補に負けています。

 だからこそ十分な慎みをもってメメント・モリ。勝者に投票されなかった票=死票に込められた思いを想え、と言いたいのです。

原発は?検証、投げ出し 女性問題、新潟知事辞職へ(2018年4月27日中日新聞)

2018-04-27 08:24:04 | 桜ヶ丘9条の会
原発は?検証、投げ出し 女性問題、新潟知事辞職へ  

2018/4/27 中日新聞

 出会い系サイトで知り合った女性に金を渡して「交際」していた新潟県の米山隆一知事の辞職が、二十七日の県議会臨時会で正式に決まる見通しだ。県政界は知事選に向けて大わらわだが、県民の衝撃はまだ生々しい。スキャンダルによる唐突な幕引きで、原発再稼働を巡る県独自の検証も投げ出された。辞職騒動を県民はどう見ているのか。

◆批判と同情

 二十五日のJR長岡駅前。米山氏の出身中学もある長岡市の人々の表情は複雑だ。駅近くの酒店の女性(68)は「私は、そんなだらしないことをしている人が知事ではダメだと思う。やむを得ないでしょう」。新潟が誇る日本酒と同様、物言いは辛口だ。

 前任の泉田裕彦氏(現自民党衆院議員)が突然の不出馬を表明した二〇一六年十月の知事選で、米山氏は、共産、自由、社民各党の推薦を受けて当選。東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な姿勢を示して、自民候補を破った。

 「中年男がのぼせてしまった」と不器用な恋愛ぶりを強調した十八日の辞職会見にほだされた県民も少なくない。専門学校の女子学生(21)は「未婚同士でお付き合いしていたのであれば、辞職までしなくてよかったのでは」と同情的。ただ、二代続く唐突な幕引きに「県庁職員とか県政を続けていかなければいけない人たちは大変だ」。

 長岡市は、市内の大半が同原発から三十キロ圏内に入っている。駅前で客待ちをしていたタクシー運転手の男性(74)は「原発を動かしたくてしょうがない東電に厳しく意見してきたから、長岡では人気があった。みんな福島第一原発事故の衝撃を忘れてない。『こっちでも何かあったらどうすんだ』って」と米山氏の姿勢を評価した。

 県民から一定の支持があり、順風に見えた米山氏だけに、衝撃的な醜聞に戸惑う県民は多い。

 週刊誌の取材を受けて、急きょ会見を開いたのが今月十七日。報道陣から自身の進退を問われた米山氏は「武士の情けで、一日二日時間を与えてほしい」などとしどろもどろになった。

 翌十八日に再び会見を開いて辞職を表明。三、四年前から出会い系サイトで知り合った複数女性と交際し、一回会うごとに三、四万円を渡していたことなど、週刊誌の報道を認めた。ただ、援助交際という認識はなく、恋愛だったと主張。金銭の授受は「相手の歓心を買うためだった」「より好きになってほしかった」と説明した。

 複数の県政関係者によると、米山氏が週刊誌記者から取材を受けたのは十五日。その翌日の十六日夜、米山氏と、支援者や社民、共産の関係者との間で、テレビ電話会談が行われた。うわさを聞き付けた報道陣が、知事公舎前に殺到していたからだ。

 関係者の一人は言う。「その会談の中で、米山氏に『もう無理だ』と辞任勧告がされた。相手が一人ならまだしも、複数出てきたらもたない。米山氏の傷が深くなる」

◆共闘に亀裂

 米山氏の辞職は、二十七日に開かれる予定の臨時県議会で承認されれば、同日付で正式に決まる。辞職に伴う知事選は、六月十日投開票で行われる。

 県内与野党ともに候補者擁立を急ぐが、すばやく辞職を推し進めたことで、逆に野党共闘に微妙な亀裂も生まれているという。

 米山氏を支援するため、民進党系と社民党系の県議が一緒につくった会派「未来にいがた」(十人)のメンバーの一人は「一部のメンバーだけで情報共有がされ、勝手に辞職勧告された。米山知事にアドバイスもできず、いきなり十七日の会見が始まった。正直、会派の間で不信感が広がっている」と心情を吐露する。

 柏崎刈羽原発の再稼働への影響を懸念する声も強い。

 新潟県は一一年の福島第一原発事故後、有識者による県独自の「技術委員会」で事故の検証を進めている。

 〇四年から一六年の泉田知事時代には、この検証が終わっていないことを踏まえ、泉田氏は再稼働に慎重な姿勢を崩さなかった。一方、泉田氏と交代した米山氏は、技術委員会に加えて「健康・生活委員会」「避難委員会」を新たに設置し、さらに全般的な検証を進めてきた。

 原子力規制委員会は昨年十二月、東電の「決意表明」を受けて、原発の新基準に適合していると事実上の再稼働へのゴーサインを出したが、米山氏は「二、三年かかる検証が終わらない限り、再稼働は議論しない」と断言していた。

 この技術委で委員を務める新潟大の立石雅昭名誉教授(地質学)は「原発は新潟県政の重要な課題であり、今後、誰が知事になろうと県が進めてきた三つの検証をさらに深めていくべきだ」と語る。

 今後、誰が県政のトップに立つかによって、検証の委員会メンバーの構成が変わったり、基本的な方向性が変えられたりする恐れはあるとみる。「東電には抜きがたい隠蔽(いんぺい)体質がある。どんな委員構成になろうと、それを踏まえて検証しなければならない」と語る。

 市民団体「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」事務局の菅波完さんは「県の姿勢は、泉田前知事の時代から、福島第一原発事故の検証を済ませなければ、柏崎刈羽原発の再稼働をさせないというものだった。米山知事はそれを『三つの検証』という形で拡大させた。県には姿勢を維持してもらいたい」と話す。

 菅波さんは「そもそも原発を巡る国や東電に対する県民の不信感は根強い」とするが、知事選では、政権与党側が推す候補が真正面から原発再稼働を争点化しないケースを警戒する。

 一方、柏崎刈羽原発から一・五キロの刈羽村に住み、五十年以上、原発にあらがってきた「原発反対刈羽村を守る会」事務局の武本和幸さんは「これまでもいろんなことがあった。ただ、中越沖地震、福島第一原発事故を経て、原発はダメという県民世論はしっかり確立されたと思う」とあまり悲観はしていない。「みんな、国や東電を見ている。再稼働したい知事なのかどうかぐらいは見抜けるはずと信じたい」

 (石井紀代美、大村歩)

財務次官辞職 認識違いも甚だしい(2018年4月25日中日新聞)

2018-04-25 10:08:51 | 桜ヶ丘9条の会
財務次官辞職 認識違いも甚だしい 

2018/4/25 中日新聞
 耳を疑う発言である。福田淳一財務次官のセクハラ疑惑をめぐり麻生太郎財務相が、はめられたとの意見がある、などと擁護した。被害を受けた女性を加害者扱いする暴言だ。認識違いも甚だしい。

 これが安倍政権の共通認識なのだろうか。麻生財務相がきのう閣議後の記者会見で、辞職した福田氏のセクハラ疑惑に関連して「はめられ訴えられているんじゃないかとか、いろいろなご意見は世の中いっぱいある」と述べた。

 被害女性の人権を侵害しかねない内容だ。確たる根拠はあるのか。首相を経験し、今は副総理の地位にもある財務相が公式の場で根拠なく発言したのなら、その責任は重大である。

 そもそも麻生氏は、福田氏の監督責任を問われる立場だ。社員が福田氏から度重なるセクハラ被害を受けたとするテレビ朝日の抗議を受けて、まずは事実を確認し、厳正に対処すべきではないか。

 にもかかわらず自省の顧問を務める法律事務所に調査を委託し、被害女性に名乗り出ろと呼び掛ける手法で、公平さが保てるのか。

 退職金の支払いは留保したが、福田氏をとがめることなく、処分前に辞職を認めたことは、身内に甘いと批判されて当然だ。

 被害を訴える側をおとしめようとするのは、麻生氏に限らない。

 自民党の下村博文元文部科学相は二十二日の講演で、テレビ朝日社員が音声データを週刊新潮に提供したことを「はめられている」「ある意味犯罪だ」などと発言。

 同党の長尾敬衆院議員はセクハラ撲滅を訴える野党の女性議員らの写真とともに「私にとって、セクハラとは縁遠い方々」との文章を自身のツイッターに投稿した。

 いずれも撤回し、謝罪したが、セクハラ被害の重大性を認識していないのではないか。国会議員として行政監視の役割を果たしているとは到底、言えない。

 安倍晋三首相は、財務次官のセクハラ疑惑や自衛隊の日報隠し、森友・加計両学園の問題を念頭に「徹底的に調査し、全容を明らかにしてうみを出し切って組織を立て直す決意だ」と述べた。

 しかし、安倍首相が言葉通りにやりきれるかどうか、国民の目は厳しい。報道各社の世論調査で内閣支持率が軒並み続落していることがそれを示している。

 政府・与党はいずれの問題も、事実認定や処分、責任を曖昧にしたまま、国会審議を進めようとしている。そのような態度が続く限り、国民の信頼回復は望めない。

自衛隊、内と外で違う顔(2018年4月24日中日新聞)

2018-04-24 09:54:36 | 桜ヶ丘9条の会
自衛隊、内と外で違う顔 

2018/4/24 朝刊

 防衛省・自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)問題が再燃する中、イラク派遣の関連文書については改ざんの疑いが浮上してきた。防衛省が二〇〇九年七月、国会に提出したイラク派遣の報告書で、数値の一部が航空自衛隊の部内向け文書と食い違っていたからだ。本紙が過去に報じた自衛隊の別の案件でも、改ざんなどを疑う事例があった。こうした現実は文民統制(シビリアンコントロール)の危機を示している。

◆空輸中止回数など

 国会に提出された報告書の題名は「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法に基づく対応措置の結果」。この文書とは別に、空自は部内向けに年度別の「イラク復興支援派遣輸送航空隊史」や派遣部隊の「活動成果報告」などをまとめていた。

 今回、改ざんが疑われているのは、輸送した人員や物資の量と空輸中止の回数について、数値が国会への報告書と部内向け文書で食い違っているためだ。

 人員や物資の量については、〇四年度の「航空隊史」には六千三百二十六人、六万六千四百七十一キロと記されているが、国会への報告書には六千三百四十九人、十四万四千四百三十八キロと書かれていた。同様の食い違いは〇五、〇六年度の「航空隊史」にもあった。

 空輸中止の回数については、〇八年四月から八月まで任務についた第十五期派遣部隊の「活動成果報告」には三十七回とあるが、国会への報告書では〇八年度全体で三十一回と書かれていた。つまり、部内文書に書かれていた半年弱の活動での空輸中止回数が、同年度の国会報告の数値を上回っていたことになる。

 部内でまとめた数値が、国会報告の段階で改ざんされた疑いがある。本紙はこの食い違いについて、防衛省に質問したが、約一週間の期限内に回答はなかった。同省は「イラク派遣の日報開示で多忙だったため」としている。

◆整合性とれずに?

 数値が変わった理由について、部内文書を情報公開請求した研究団体「軍事問題研究会」の桜井宏之代表は「政府は派遣部隊の撤収条件として、現地の治安状況回復を挙げていた。少なくとも空輸中止回数については、任務を終えた〇八年度に脅威などを理由とした空輸中止の回数が多いと撤収条件との整合性がとれず、そのために回数を減らしたのでは」と推測する。

 防衛省の文書について、改ざんなどを疑わざるを得ない理由がある。本紙は一五年九月、空自がイラク派遣で〇八年五月に「対空脅威」を理由に空輸を中止したことを部内文書に記しながらも、防衛省の国会報告書には〇八年度に「脅威情報に起因」する空輸中止はなかったと書かれていたことを報じた。防衛省は当時、取材に「関係書類はすでに廃棄され、確認は難しい」と答えた。

 さらに一三年八月には、空自のF15の編隊が米アラスカ州で米戦略爆撃機B52の爆撃援護訓練に参加していたことを伝えた。当時は安全保障関連法施行前で、集団的自衛権の行使を前提とした訓練は、政府見解でも認められていなかった。

 空自の月刊部内誌に訓練に参加した隊員の手記が掲載されていたことから分かったが、航空幕僚監部は取材に「訓練の事実はない」と虚偽の回答をした。

◆情報公開崩壊兆し

 情報開示は文民統制の土台ともいえるが、それが崩れかけている。

 ジャーナリストの布施祐仁さんは一六年、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された自衛隊の日報を情報公開請求した。この際、防衛省は「廃棄した」と応じなかった。しかし、後に電子データがあったとして開示された。一度は「廃棄された」日報が後に出てきたのは、今月十六日に防衛省が公開したイラク派遣のケースでも同じだ。

 布施さんは「防衛省・自衛隊は『派遣ありき』の政府の姿勢を受け、憲法とつじつまが合わない現地情勢を隠してきた。政権の意向を優先し、現実を加工して済ませようとする構造がある」と指摘する。

 こうした文民統制の危機が深刻化する中、安倍晋三首相は昨年五月、憲法九条を維持した上で自衛隊の存在を明記する改憲案を打ち出し、今年三月の自民党大会でも強い意欲を示した。

 首相の意向を受けた自民党の憲法改正推進本部は、戦争放棄を定めた九条一項と戦力不保持の二項を残したうえ、新設の「九条の二」に「自衛隊を保持する」という条文を入れる案をまとめた。「九条の二」には、自衛隊の行動について「国会の承認その他の統制に服する」という条文を加えるとしている。

 この改憲案について、護憲を訴えている伊藤真弁護士は「国会以外の統制でも構わないということ。国会で承認とあっても、事前承認は必要としていない。民主的な統制の発想がうかがえない」と危ぶむ。

 そもそも憲法に明記されている組織は国会、内閣などわずか。そこに自衛隊が加わることは「単なる一行政機関とは別の独立性を認め、特別扱いすることを意味する。しかも国民投票で国民が直接選ぶことで、極めて強い民主的正統性が与えられる」と懸念する。

 伊藤弁護士は「ただでも市民が軍事情報を把握するのは難しい。自衛隊には政治家も含めて軍事の素人に判断されたくないという意識が強い。そうした下地に改憲が加われば、国会議員が情報を求めても『憲法上の組織なので、独自に責任を果たす』と拒絶しかねない」と語り、文民統制の破綻が決定的になるとみる。

 文民統制の機能しなくなった軍事組織が、いかに危険かは歴史が示している。明治大の山田朗教授(日本近現代史)は、戦前の旧日本軍の破綻を例示したうえ「自衛隊にもその反省はあったはずだが、次第に立法府(国会)を尊重しなくなってきている。実力部隊が暴走しない二大条件は情報の公開と文民統制。これが忘れられている中で憲法を変えたら、歯止めがなくなってしまう」と話す。

 「現時点でも文民統制は利いておらず、米国の意図をくみながら、軍備を増強している。改憲によってお墨付きを得れば、情報のブラックボックス化が進む」

 文民統制を欠いた改憲は論外だ。それと同時に、文民統制をどう再構築できるのかという課題が残る。

 山田教授は「市民が軍事について発言すること」を求め、布施さんは「そのためにも、自衛隊の活動状況が正確に開示されなくてはならない」と強調する。

 山田教授は「軍事は秘密が大前提といわれるが、その部分を最小にしなければならない。具体的に『こんな装備を持っていいのか』などと監視しつつ、市民が無視されないように意思表示することが大切だ。軍事組織は専門領域だから任せろと言うだろうが、国土防衛とは土地ではなく、国民の生命・財産を守ること。国民への情報公開はその前提といえる」と語った。

 (橋本誠、中沢佳子、田原牧)