「残った掛け」の返し方 大晦日に考える (2019年12月31日 中日新聞)

2019-12-31 08:16:50 | 桜ヶ丘9条の会

「残った掛け」の返し方 大晦日に考える  

2019/12/31 紙面から

 昔は、庶民にとって大晦日(みそか)というと、掛け取り、つまり売掛金の集金人との攻防のクライマックスみたいなところがあったようで、江戸の川柳には、どうも、その手の柳句が多いですね。

 貸し借りは、年内にすっきり払い、払ってもらって、というのが理想ですが、それぞれの懐具合もあってなかなかそうもいかない。

<元日や今年もあるぞ大晦日>という川柳など、一見ナンセンスギャグのようですが、さにあらず。どうにか、掛け取りとの攻防をしのぎ、平和な正月にたどり着いた途端、もう暮れの心配をして、ああ今年の大晦日も大変だと慨嘆する、というのが句意でしょうか。

 

世界中で異常気象

 

 <晦日そば残った掛けはのびるなり>。これも大晦日の句です。年越しの掛けそばの「掛け」と売掛金の「掛け」を掛け、麺の「のびる」に支払いの「延びる」を重ねたうまい一句ですが、私たちも何だか大きな「残った掛け」を先延ばしにして年を越すような心持ちがしないでもありません。

 投票で決まる恒例の「今年の漢字」から一年を振り返ってみましょう。といっても、一位の「令」ではなく、その他のトップ10。それぞれの漢字を選んだ理由を見ると、四位「変」、五位「災」、さらに六位「嵐」、七位「水」、八位「風」、九位「天」と、実に六つに天変地異というか大嵐というか、15号や19号が記録的大雨などで甚大な被害をもたらした台風がからんでいるのです。

 異常な気象現象は、台風の凶暴化だけでも、日本だけの話でもありません。欧州やインドは今年、熱波に見舞われ、フランスでは史上最高気温の四六度を記録。異常な高温・低温、異常な少雨・多雨は各地で見られ、大規模な山火事も頻発しました。

 多くは地球温暖化が背景にあると考えられています。米海洋大気局によれば、今年七月の世界の平均気温は史上最高を記録。北極圏の海面上にある氷の面積も最小記録を更新したといいます。

 

当事者に「救助」の責任

 

 折も折、今年は、明日スタートする温暖化防止の国際的取り決め「パリ協定」の準備を整える年でした。そのために各国が集った今月の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)では、各国のCO2削減目標の強化こそ合意されたものの、強い表現は盛り込めませんでした。ルールも全体の合意に至らず先延ばしに…。国連のグテレス事務総長は率直に「がっかりした」とツイートしました。

 今年も、世界中であれだけの異変を経験し、せっかく協定も動きだすのに、私たちはなお、本気で危機感を共有し、この途方もない問題に取り組む体制をつくれていない。これをこそ、大きな「残った掛け」だと感じるのです。

 何にせよ、温暖化に歯止めをかけるため、さらには、腰の重い政府を動かすために、私たちは今にも行動を起こさなければならないのですが、一つ心配なことが…。

 話は半世紀以上遡(さかのぼ)って、一九六四年。一人の女性がニューヨークの自宅アパート前で暴漢に刺殺される事件がありました。その様子を実に三十八人ものアパートの住人が部屋の窓などから目撃していたのに、襲われてから死亡するまで半時間以上もの間、誰一人救助はおろか警察への通報さえしなかったのだといいます。なぜか-。

 「こんなにたくさんの目撃者がいるのだから誰かが救助や通報をするだろう」といった心理が働いたためと考えられています。被害者の名から「キティ・ジェノヴィーズ事件」と呼ばれ、心理学でいう「傍観者効果」の典型例として知られています。

 世界中で異常気象や災害という“事件”が起きていて“目撃者”はほとんど無数といっていいほど多数。どうでしょう。自分じゃなくても誰かが何とかするだろう、という傍観者効果がこれほど働きやすい構図もないのでは。

 しかし、私たちは目撃者である前に当事者です。傷ついた地球の“救助”に責任があります。

 何も海外には飛行機でなくヨットで行こう、などというのではありません。極端に「意識が高い」行動は誰もができることではない。個々がほんの少しだけ、環境を意識したエネルギーの使い方、企業や商品、あるいは政治家の選び方をするだけで、効果は絶大のはず。なにしろ、個々の効果は小さくても、当事者はほとんど無数にいるのですから。

 

恐怖する子どもたち

 

 過日、ノーベル賞の授賞式から帰国した吉野彰さんが、欧州で接した子どもたちのことを、こう語っていたのが印象に残りました。「(地球環境の未来について)彼らは恐怖心を持っている」

 私たちの「残った掛け」を、未来の世代につけまわすわけにはいきません。来年こそ-。いろんな意味でいい年にしたいものです。


人肌からデジタルへ 年の終わりに考える (2019年12月30日 中日新聞)

2019-12-30 16:53:21 | 桜ヶ丘9条の会

人肌からデジタルへ 年の終わりに考える 

2019/12/30 紙面から

 ♪トヨタ、ミツビシ、ソニー、トウシバ…。セルビアの首都ベオグラードのレストランで、生バンドが日本人客のために演奏してくれた曲の歌詞です。メロディーは「上を向いて歩こう」でした。

 一九九九年、北大西洋条約機構(NATO)はセルビアを空爆しました。ミロシェビッチ大統領(故人)による独裁体制を攻撃するためです。その関連取材でひんぱんに現地に赴きました。

 テレビ画面に飛行機の形をしたマークが出ると、それはイタリアの空軍基地から爆撃機が出撃した合図。汽笛のような空襲警報が鳴り響く中、爆撃が始まります。

 

小さくなった好循環

 

 レストランで地元の方に「なぜ日本人がバルカン半島の戦争に興味を持つのか」と聞かれたことがあります。セルビアなどバルカン諸国は日本との縁が比較的薄い。だが街では日本車を見かけ、空爆で破壊された跡地では日本製クレーン車が活躍していました。

 当時の欧州で日本について知られていたのはアニメの「キャプテン翼」とサッカーの中田英寿選手、それに多くの企業名でした。

 付加価値の高い製品を生み出し、それで得た資金を再び開発に投じる。この循環は世界経済をリードしていました。ところが二十年後、循環が描く円の規模は随分小さくなってしまいました。

 代わりに今、経済界を席巻しているのは米中の巨大IT企業群です。国内でもIT関連企業は存在感を増しています。

 デジタル。すべてのIT企業が存在の基盤とする概念です。日本の製造業も当然、デジタル技術を使いますが、製品を作るための手だてにすぎません。

 デジタルの核心部分には、無数の半導体が埋め込まれた電脳世界が広がります。そこには常に新たな技術がつぎ込まれます。IT企業は、その「デジタルの泉」ともいうべき空間から次々サービスを紡ぎ出します。

 

一つの道を究めない

 

 「車をつくり続けたい」「おいしいビール製造にこだわりたい」。デジタル世界ではこうした一つの道を究めるといった考え自体ほぼありません。自前で新たなサービスを生み出せない場合、他企業の買収という道を選びます。

 九七年、すでにソフトバンクの経営トップとして活躍していた孫正義氏にインタビューをしました。孫氏は「デジタルは私の生涯のテーマ」と述べました。

 トヨタ自動車との提携に昨年踏み切った孫氏は、車を「半導体の塊になるだろう」と予測しました。車を究め続けた企業との共同作業で、巨大IT企業が人々の利便性に役立つどんなサービスを生み出すのか期待は膨らみます。

 今年、フェイスブック(FB)のデジタル通貨「リブラ」が注目を集めました。スマホがあれば簡単にお金を振り込むことができ、銀行口座を持つことができない多くの人々が恩恵を受ける。FBはこう言ってリブラを売り込みます。しかし日米欧の先進各国はリブラに強く反発し、発行延期となりました。

 デジタル技術は情報の漏えいが問題となります。しかし、それ以上に問題なのは情報が集約しやすい点です。言い換えれば運営者が情報を独占できるのです。

 リブラが世界中で使われれば、FBの経営陣は膨大な人々のお金の使い道を知ることが可能になります。その点に日米欧の民主主義国は本能的に拒否反応を起こしたのではないか。

 中国がデジタル人民元を導入しようとしています。間もなく実現するはずです。開かれた議会での審議がない国では、大胆な決定が素早くできます。

 さらに中国政府の狙いが国民の利便性の向上だけではなく、情報管理の強化にあるとの指摘も否定できないでしょう。

 しかし、中国に後れを取るからといって日本など民主主義国がデジタル通貨の導入を急ぐ必要はない。ゆっくりでもいいから議論を尽くすことがデジタルを活用する上で最も大切です。

 

知らない誰かに…

 

 日本には百年以上の伝統を誇る企業が中小を中心に無数にある。そこから生み出される有形無形のサービスの内側には、人肌感覚のもてなしが広がっています。老舗側は顧客の気持ちを知り尽くしています。

 デジタルの世界でも人工知能(AI)などを駆使して顧客の気持ちは把握されています。スマホには自分の関心の高い分野や製品の情報が自動的に流れてきます。便利ですが、同時にそれは知らない誰かに自らの関心事を捕捉されていることでもあります。

 来年以降も間違いなくIT産業は経済的規模を拡大し続けます。暮らしに溶け込んでいくデジタルについて、より注意深く学ぶべき時が来ています。


山田善二郎 「鹿地亘事件」生き証人 (2019年12月27日 中日新聞)

2019-12-29 09:40:25 | 桜ヶ丘9条の会

山田善二郎 「鹿地亘事件」生き証人 

2019/12/27 紙面から

◆軍隊の闇の部分、今に通じる問題

  戦後の占領下にあった一九五一年十一月、神奈川県藤沢市で一人の日本人作家が拉致された。連合国軍総司令部(GHQ)直属の秘密工作機関「キャノン機関」による事件は、翌年十二月に被害者の鹿地亘(一九〇三~八二年)が解放され、国会でも取り上げられるなどして世に知られた。その救出を導いたのが当時二十代前半の日本人青年。川崎市の監禁先で働いていた山田善二郎さん(91)だった。

 -事件から七十年近い。「鹿地亘事件」とは。

 藤沢市の鵠沼海岸を散歩していた鹿地さんが数人の米国軍人に拉致、監禁され、文化人の立場で米軍に協力するよう強要された事件。当時は朝鮮戦争の最中。米軍の出撃基地となった日本では、平和を求める国民が米日二つの権力に弾圧される最中の事件でした。

 -鹿地さんとの出会いは。

 私は九段中学(東京)で軍国主義に染まり、十五歳で予科練に志願。飛行練習生でしたが、燃料が無くて訓練できずに終戦を迎えました。英語が少しできたので進駐軍の将校クラブで働き、その紹介で横浜にあった将校の家でコックに。その将校がキャノン機関のジャック・キャノンでした。

 キャノンは当初、私がどんな人間か警戒していましたが、ある日、私のいる台所に来て「おまえは朝鮮戦争をどう思う」と尋ねてきました。「北朝鮮の侵略軍に対し、日本も軍備を持たなくてはならない」と答えると、キャノンは満足そうに笑い「そのうち軍隊をつくってやる」と言いました。それ以降は米国のたばこをたくさんもらいました。

 信頼され、川崎市内にあった機関のアジトで、監禁された人と兵隊の食事を作ることに。私は米国側の人間となったのですが、兄が戦中に中国で消息を絶つなど私の家族は窮乏のどん底で。大切な収入でした。

 戦争孤児の少年とか何人も監禁されました。「お客さん」と呼びました。五一年十一月、二世のウイリアム・光田軍曹に「今度のお客さんは結核の重症患者だ。(消毒液の)クレゾールなどを購入してくれ」と言われました。それが鹿地さん。監禁された人には私が食事を運ぶ役でしたが、鹿地さんにだけは近づけさせず、光田が運びました。

 -なぜ助ける気持ちに。

 十二月二日の朝、光田に鹿地さんの部屋に呼ばれました。でもベッドに姿がない。電灯が天井から落ち、ネクタイとタオルが結び付けられていました。自殺を図ったと気付きました。

 部屋にはトイレが二つ並んでいて、右のトイレからザーザーと呼吸音がしましたが、内側から鍵をかけられ開きません。私は左のトイレに入り、懸垂で仕切りの上の隙間から右側に入りました。クレゾールを飲んだらしく、鹿地さんの意識はありません。光田が見つけた紙切れに書かれた遺書には「信念を守って死にます」と書かれていました。その言葉、命を絶とうとした姿を見たら、「この人をなんとか助けたい」との思いに駆られていました。

 この自殺未遂以降、光田は怖がって。私が鹿地さんに食事を運び、鹿地さんとのおしゃべりも豊かになりました。

 日本人従業員を管理するロイ・尾崎に、鹿地さんのことを、プロレタリア文学運動に参加して国内で弾圧を受け、中国に亡命して反戦活動をした国際的な著名人だと聞きました。「中国事情にも詳しいから米国の協力者に仕立てるため拉致、監禁したのか?」と考えると、「信念を守る」の意味が理解できました。光田も「お客さんは、俺たちに協力してくれないかなあ」と漏らしていました。

 鹿地さんが神奈川県茅ケ崎市の建物に移されると聞き、五二年二月、私が「これを機会に私はここを辞めたいから、ついでにご家族に連絡をとりましょう」と言いましたら、鹿地さんは非常に喜びました。

 ご家族への手紙は休日に、鹿地さんが遺書の宛先にしていた内山完造さんを介して届けました。日中文化交流の懸け橋と知られた書店主です。店に向かう途中で警察官に会いドキッとしました。留守でしたが弟さんが応対してくれました。

 -監禁が外部に伝わった。

 二度目は内山さんに「鹿地君に子どもは元気だと伝えて」と言づてを頼まれました。内山さんの店にも警察がよく来るから、ヒソヒソ話です。伝えると鹿地さんは安堵(あんど)の表情で何度も「ありがとう」と言って。「やって良かった」と思いましたが、不法監禁の事実を外部に漏らしたことが発覚すると自分はどうなるか、不安な日が続きました。

 スタッフのふるう暴力を理由にして六月、私が辞めて両親のいる伊豆に戻る時、鹿地さんから娘さんへの遺書を託され、ボストンバッグの一番下に隠しました。ハワイ生まれのジェイムス・川田軍曹が車で送ってくれたのですが、まず逆方向の東へと走りだして。別の場所に連行されるのかとゾッとし、慌てて「方向が違う」と言いました。

 私はその後、横須賀の米海軍基地で働きましたが、九月に鹿地さんの監禁が英文の怪文書でマスコミに流れました。十月、光田が私の行方を追っていると知り、焦りました。十一月には情報の出所として「山田とか言って伊豆に住んでいる」と週刊誌に書かれて。

 -身に危険が及ぶのでは。

 そう。全身がガタガタ震えて。人生で一番怖かった。書いたマスコミが、鹿地事件の向こう側とツウツウになって私を威嚇しているんだと勘繰りました。

 でも別の新聞記者が、会社や下宿先に泊めてくれて。内山さんと相談してかくまってくれた。その時、社会党(当時)の衆院議員猪俣浩三さんに国会で事件を明るみに出してもらい、私を消す意味をなくそうと決めました。十二月六日、内山さん、猪俣さんらと記者会見に臨んだ私は、やせこけた顔で、監禁の事実を訴えました。翌七日、鹿地さんが明治神宮外苑近くで解放され、帰宅しました。

 -十二月八日の衆院法務委員会の会議録に、そのことが残されていますね。

 はい。十日には鹿地さん自身も法務委で証言に立ち、「殴り倒されて、両手を後ろにねじ上げて車に引きずり込まれた」と拉致された状況を話しました。

 しかし、外相が当初「そんなことは考えられない」と答弁するなど米軍の犯罪を覆い隠すかのような政府の姿勢を見て。国内の日本人拉致事件でも相手により態度が違うんですね。このままではやはり消される、と不安になりました。

 その後も、鹿地さんをソ連(当時)のスパイだとでっちあげてまで、被害者を「犯罪者」に仕立てる動きがありましたが、五三年八月には法務委で鹿地事件を「不法監禁の疑いがある」と結論し、スパイの件は六九年六月に東京高裁で鹿地さんに無罪判決が出ました。

 -鹿地亘事件の意味は。

 「民主主義の国」米国の行為、隠された闇の部分を、いわば内側にいた私が暴露したことも、国会の場で究明されたことも、歴史的な役割があったと思います。

 でも、東京・中日新聞も報道してきたように、米中枢同時テロ(二〇〇一年)の後、米中央情報局(CIA)が確証もなしに「敵戦闘員」と見なした人々を拉致、監禁して拷問したことなどは、同じことの繰り返しに見えますね。

 軍隊には特殊なスパイ組織がつくられる伝統があります。なのに国内では自衛隊を通常の「軍隊」「国防軍」にしようとする動きもあります。今につながる問題と知ってほしいのです。

 

 <やまだ・ぜんじろう> 1928年新潟生まれ。東京で育つ。43年に九段中学を中退し、海軍甲種飛行予科練習生として三重海軍航空隊に入隊。敗戦で除隊となった後、46年以降はキャノン機関、横須賀米海軍基地などで勤務。その途中で鹿地亘事件に遭遇した。鹿地事件を通して知った日本国民救援会に誘われ、スパイの疑いをかけられ電波法違反事件で裁判中だった鹿地への支援を訴える目的で53年から同会専従職員に。同裁判は69年に東京高裁が一審の有罪判決を破棄して鹿地を無罪とし、検察側の控訴を退けて終結した。その後も、冤罪(えんざい)事件や弾圧事件などの犠牲者救援活動に取り組み、92~2008年に同会中央本部会長。現在は顧問。

 

 

◆あなたに伝えたい

 

 軍隊には特殊なスパイ組織がつくられる伝統があります。なのに国内では自衛隊を通常の「軍隊」「国防軍」にしようとする動きもあります。

 

◆インタビューを終えて

 

 川崎市を拠点に社会問題にも切り込む劇団民芸のスタッフに「近くにすごい人がいる」と山田さんを紹介された。お年も考え、健康状態が良好な時を選んで複数回、ご自宅を訪ねた。

 「キャノンも、猪俣先生も、鹿地さんも亡くなった。私はその分、長生きしなければ」と決意していた。「アジト」の見取り図を描いてつまびらかに説明する姿に、その思いが表れる。

 「鹿地さんは髪の毛を染めて国会に立ったことがある。そのままの姿でないと、当時は特に、疑いを持つ人も出たと思う。あれは良くない」とも話していた。フェアに、支えた人への批判も語る証言者であろうとしていた。かくありたい、と思う。

 (山本哲正)


宇宙レーダー、不安噴出 防衛省、山口に建設中 (2019年12月28日 中日新聞)

2019-12-28 09:49:59 | 桜ヶ丘9条の会

宇宙レーダー、不安噴出 防衛省、山口に建設中 

2019/12/28 朝刊

宇宙監視レーダーの概要=防衛白書から

 宇宙空間を漂う「ごみ」や「不審な人工衛星」から衛星を守るためとして、防衛省が宇宙を監視するレーダーを山口県に建設している。同じ県内が候補地となっている地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の陰で静かに進み、米主導で宇宙の軍事利用に足を踏み入れつつある。住民らは電磁波の影響や、他国からの攻撃目標になることを懸念している。

 レーダー建設が進められているのは、関門海峡を望む山口県山陽小野田市の埴生(はぶ)・津布田(つぶた)地区。人口五千人余りの集落から一キロほど離れた丘が現場だ。二〇一〇年まで対潜哨戒機からのデータを受信していたアンテナ施設「山陽受信所」の跡地に建設される。九月に造成工事が始まり、入り口は頑丈な門扉と監視カメラ、金属製の仮囲いで覆われていた。

 看板には「造成工事」とあり、レーダーの文字はない。山陽道の料金所からは土がむき出しになった予定地の丘が見えた。周辺に人家はまばら。宇宙防衛の最前線にしてはのどかだが、戦時中は軍の飛行場があり、海上自衛隊の練習機の基地も近い。

 計画では、ドームで覆ったレーダー六基を設け、通信や気象観測などの静止衛星が回る高度四万キロの宇宙に電波を発射。寿命を終えた衛星やロケットの破片などのごみ「スペースデブリ」を二十四時間、無人で監視する。大きさが十センチ以下のデブリでも高速でぶつかれば、人工衛星が壊れるからだ。

 本年度予算に監視システムの取得経費として二百六十八億円を計上。二三年度に運用を始める予定で、東京都府中市の航空自衛隊府中基地に新設する宇宙作戦隊が担当する。対潜哨戒機のデータは人工衛星で送られており、受信所の跡地に、その衛星を守るレーダーを造ることになる。

 建設地の周りでは、イージス・アショアのような反対を訴える目立った看板や活動は見当たらない。だが、住民らはもやもやとした不信感を抱く。

 これまでに住民説明会は二回だけ。一七年十一月の一回目の説明会の告知には、レーダーの目的を「宇宙ごみや不審な衛星を監視」とした。不審な衛星とは、中国やロシアが開発する、他の衛星を破壊する「キラー衛星」を意味している。ところが、今年八月の二回目の説明会では「不審な衛星」の文言がなく、説明会の内容も工事の進め方が中心。「軍事施設ではないと言いたいからか」と、矢田松夫市議(67)は疑う。

 二回目は着工直前だった。近くに住む無職篠原軍次さん(78)は「施設の中身が住民に伝わっていない。電磁波が心配」と言う。地元自治会長の石田正継さん(76)は「話を聞いてもよく分からん。国がちゃんとやってくれるんだから、反対する理由はない」としつつ「もっと地元に話があっても良かったのでは」とする。

 なぜこの場所に造るのかも疑問の一つだ。防衛省は、同省が管理するすべての土地を調べ、日本の静止衛星の周りを監視できる経度にあることや、必要な面積があり、電波を遮る山がないこと、天候が穏やかなことなどから判断したという。だが、他の候補地については「詳細については回答を差し控える」とした。

 

◆識者「米の強い要請感じる」

 

 「防衛省はレーダーの出力を明かしておらず、狙った角度の外側に出る『サイドローブ』の電磁波の影響を予測できない。国は住民の疑問に答えていない」。宇宙監視レーダーとイージス・アショアを調べている増山博行・山口大名誉教授(物理学)が指摘する。「イージス・アショアと同様、米からの強い要請を感じる。ミサイルを迎撃し人工衛星を守るだけで安全や平和は守れない。安保法制以後、軍事力を背景に安全を確保しようという論調が強まっており監視を怠ってはならない」

 防衛省は「総務省の電波防護指針を守り、人体に影響が出ないよう設計する」と強調するものの、発射する電波の出力は非公表。さらに、説明会資料で「上空にのみ電波を発射」としているが、実際には赤道上空の衛星を監視するため、地面に対して二〇度の浅い角度となる。自宅が計画地から二キロの無職福山清二さん(74)は「四万キロの宇宙まで届くレーダーだから、出力は大きいはず。住民に影響がないという根拠がなく、懸念はクリアされていない」と憤る。

 近くの寺の住職(71)は「衛星を自衛隊が守るというんだから軍事利用で、戦争になりゃ、最初に攻撃目標になるだろう。民間と軍事の垣根がなくなってきた」とみる。

 現在、国内でスペースデブリを監視しているのは宇宙航空研究開発機構(JAXA)だ。約二万三千個あるとされる十センチ以上のデブリのうち、一万五千個が集中する高度千キロ前後を岡山県鏡野町のレーダーで監視。二千個が漂う三万五千キロ前後を同県井原市の光学望遠鏡で監視している。JAXAが運用している衛星を守るのが目的で、実際に衝突を避けるために衛星の軌道を変えることが、年に六回ほどあるという。

 このレーダーと望遠鏡は、宇宙監視の体制を構築するとした宇宙基本計画に基づき、二三年までに更新される予定。レーダーはより小さなデブリも観測できるようになり、望遠鏡は現在の性能のまま新しくなる。防衛省のレーダーが監視する予定の高度付近は、JAXAの望遠鏡が監視している。

 となると、防衛省のレーダーは必要なのか。

 JAXA追跡ネットワーク技術センターの中村信一・主幹研究開発員(52)は「望遠鏡は雲があると観測できない。梅雨で一週間観測できないと、デブリの軌道が変わる。防衛省のレーダーは天候に左右されずにデータを集められるので、こちらも助かる」と話す。

 宇宙基本計画では、防衛省はJAXAと観測データやデブリ軌道の解析結果をやりとりするとしている。さらに、二万三千個あるとされるデブリを特定しているのは、米軍。一三年に締結した監視協力や翌年の情報提供合意により、日米が協力することになっている。「基本的なデータを持っているのが米軍なので、日本で対応する窓口は防衛省になる」と中村さん。

 JAXAの施設で監視を担当しているのは十人ほど。システム更新の予算は一九、二〇年度合わせて二十四億円。防衛省とは桁違いに少ない。中村さんは「うちはデータ解析の蓄積があるが、研究機関なので、デブリを脅威としてとらえている軍とは取り組む姿勢が違う。研究なら晴れた夜だけの観測でも許されるが、常時対応を求められると厳しい」と明かした。

 JAXAは現在、防衛省から二人の出向者を受け入れ、いずれも宇宙監視を担当している。一二年にはJAXA法が改められ、その事業を平和目的に限るとする規定をなくした。日本は米軍と歩調を合わせるように、宇宙の軍事利用に着々と進みつつある。

 (大野孝志)


国会の統制欠く危うさ 自衛隊の中東派遣 (2019年12月28日 中日新聞)

2019-12-28 09:39:30 | 桜ヶ丘9条の会

国会の統制欠く危うさ 自衛隊の中東派遣 

2019/12/28 紙面から

 政府が中東地域への自衛隊派遣を閣議決定した。調査・研究が名目だが、国会の議決を経ない運用は、文民統制の観点から危ういと言わざるを得ない。

 自衛隊の中東派遣は、日本関係船舶の航行の安全確保のため、防衛省設置法四条の「調査・研究」に基づいて実施される。

 活動領域はオマーン湾やアラビア海北部、アデン湾の三海域。海上自衛隊の護衛艦一隻を派遣し、アフリカ・ソマリア沖で海賊対処活動に当たるP3C哨戒機二機とともに、海域の状況について継続的に情報収集する。派遣期間は一年で、延長する場合は改めて閣議決定する、という。

 

米追随、イランにも配慮

 

 自衛隊派遣のきっかけは、トランプ米大統領が、ペルシャ湾やホルムズ海峡などを監視する有志連合の結成を提唱し、各国に参加を求めたことだ。米軍の負担軽減とともに、核問題で対立するイランの孤立化を図る狙いだった。

 しかし、イランと友好関係を築く日本にとって、米国主導の有志連合への参加は、イランとの関係を損ないかねない。

 そこでひねり出したのが、有志連合への参加は見送るものの、日本が独自で自衛隊を派遣し、米軍などと連携して情報共有を図るという今回の派遣方法だった。

 急きょ来日したイランのロウハニ大統領に派遣方針を説明し、閣議決定日も当初の予定から遅らせる念の入れようだ。自衛隊の活動範囲からイラン沖のホルムズ海峡を外すこともイランへの刺激を避ける意図なのだろう。

 米国とイランのはざまでひねり出した苦肉の策ではあるが、トランプ米政権に追随し、派遣ありきの決定であることは否めない。

 そもそも、必要性や法的根拠が乏しい自衛隊の中東派遣である。

 

船舶防護の必要性なく

 

 中東地域で緊張が高まっていることは事実だ。日本はこの地域に原油輸入量の九割近くを依存しており、船舶航行の安全確保が欠かせないことも理解する。

 とはいえ、日本関係船舶の防護が直ちに必要な切迫した状況でないことは政府自身も認めている。

 そうした中、たとえ情報収集目的だとしても、実力組織である自衛隊を海外に派遣する差し迫った必要性があるのだろうか。

 戦争や武力の行使はもちろん、武力による威嚇も認めていない憲法九条の下では、自衛隊の海外派遣には慎重の上にも慎重を期すべきではないのか。

 調査・研究に基づく派遣は拡大解釈できる危うさを秘める。米中枢同時テロが発生した二〇〇一年当時の小泉純一郎内閣は、法律に定めのない米空母の護衛を、この規定を根拠に行った。

 今回の中東派遣でも、現地の情勢変化に応じて活動が拡大することがないと断言できるのか。

 日本人の人命や財産に関わる関係船舶が攻撃されるなど不測の事態が発生し、自衛隊による措置が必要な場合には、海上警備行動を新たに発令して対応するという。

 この場合、自衛隊は武器を使用することができるが、本格的な戦闘状態に発展することが絶対にないと言い切れるのだろうか。

 最大の問題は、国権の最高機関であり、国民の代表で構成される国会の審議を経ていないことだ。国会による文民統制(シビリアンコントロール)の欠如である。

 自衛隊の海外派遣は国家として極めて重い決断であり、そのたびに国会で審議や議決を経てきた。

 国連平和維持活動(PKO)協力法や、インド洋で米軍などに給油活動するテロ対策特別措置法、イラクでの人道支援や多国籍軍支援を行うイラク復興支援特措法、アデン湾で外国籍を含む船舶を警護する海賊対処法である。

 自衛隊の活動を国会による文民統制下に置くのは、軍部の独走を許し、泥沼の戦争に突入したかつての苦い経験に基づく。

 日本への武力攻撃に反撃する防衛出動も原則、事前の国会承認が必要だ。自衛隊を国会の統制下に置く意味はそれだけ重い。

 今回の中東派遣では、閣議決定時と活動の延長、終了時に国会に報告するとしているが、承認を必要としているわけではない。

 

緊張緩和に外交資産を

 

 国会の関与を必要としない調査・研究での派遣には、国会での説明や審議、議決を避け、政府の判断だけで自衛隊を海外に派遣する狙いがあるのだろうが、国会で説明や審議を尽くした上で可否を判断すべきではなかったか。

 閣議決定にはさらなる外交努力を行うことも明記した。米イラン両国との良好な関係は日本の外交資産だ。軍事に頼ることなく緊張を緩和し、秩序が維持できる環境づくりにこそ、外交資産を投入すべきだ。それが平和国家、日本の果たすべき役割でもある。