「処理水」を海に、大丈夫? 福島第一、22年に貯蔵量限界
2019/8/30 中日新聞
原子力規制委員会の更田豊志(ふけたとよし)委員長が二十一日、東京電力福島第一原発でたまり続ける汚染水の「処理水」について、「意思決定の期限が近づいている」と東電などに海洋放出の決断を促した。海洋放出には、地元の漁業関係者はもちろん多くの反対論があり、政府の小委員会では九日に初めて「長期保管」が選択肢に入ったばかり。規制委トップはなぜ放出にこだわるのか。
◆海外で輸入規制、追い打ち 漁業者
「苦渋の決断になるかもしれないが、できるだけ速やかな判断を期待したい」
規制委の更田委員長は二十一日の記者会見で、処理水の処分方法について、薄めて海に放出するよう政府や東京電力側に求めた。
この発言は、東電が九日にあった政府の小委員会で「タンク保管が二〇二二年夏ごろ限界になる」との試算を出したことを受けた。更田委員長はこれまでも海洋放出が「現実的な唯一の選択肢」と繰り返してきたが、会見では「希釈をどう行うか、どう確認するかを含めて準備期間に二年ぐらい欲しい」と踏み込んだ。
そもそも処理水はどんなものか。福島第一原発では、溶け落ちた核燃料を冷やすため原子炉に水を注いでいる。冷却水は炉の損傷部分から漏れ、地下水と混ざって高濃度汚染水になる。この汚染水を浄化処理し、複数の放射性物質を除いた処理水が、大量にタンクで保管されている。処理水には水と分離しにくいトリチウムが残っており、ストロンチウム90など一部の放射性物質も取り切れずに含まれている。
東電によると、七月十八日時点でタンクは九百七十基あり、計約百十四万トン。処理水は一日当たり百七十トンほど発生し、貯蔵量も増え続ける。二二年夏に約百三十七万トンまで増え、タンク敷地は約二十三万平方メートルに達すると試算する。
処理水の処分方法を巡り、政府の小委員会は昨年まで海洋放出、水蒸気放出、地下埋設など計五つを検討。九日の会合で、新たに追加した長期保管を初めて選択肢に加えた。だが東電は、今後の廃炉作業で溶け落ちた核燃料などを取り出して保管するスペースも必要になるとして、タンク増設には後ろ向きだった。
規制委の東京電力福島第一原子力発電所事故対策室の竹内淳室長は「百万トンほどある処理水を処分するには、水蒸気放出などは現実的に難しい。一番合理的なのは、海洋放出と考える」と話す。処理水に残る放射性物質は、東電が放出前に薄めるなどして基準値以下にすれば問題ないとの見解だ。
ただ、海洋放出に対しては、風評被害の影響を受けている地元漁業者を中心に心配する声が根強い。福島県漁業協同組合連合会の渡辺浩明常務理事は「海外では福島産の食べ物について輸入規制している国がまだある。海洋放出は、漁業者だけでなく国内外の多くの人から理解を得られない」と指摘する。
福島沖では試験操業が続き、水揚げした魚介類は放射性物質を検査して安全を確認してから出荷しているが、一八年の水揚げ量は四千十トンで、原発事故前と比べればまだまだ少ない。処理水を海洋放出されれば、本格操業が遠のくばかりか、漁業者が市場の信頼を得るために積み重ねてきた努力が無になりかねない。渡辺理事は、処理水の長期保管に難色を示している東電に不信感を抱く。「保管する土地が足りないというが、新たに土地を確保するなど、努力次第で対策はとれるのではないか」
◆識者ら「タンク新設で長期保管を」
福島の漁業関係者だけでなく、福島と東京で開かれた昨年八月の公聴会でも「タンクでの長期保管を検討すべきだ」とする市民の意見が相次いだ。
だが、処理水を巡る政府の小委員会はこれまでに、海洋放出の場合、前出の五つの処分案のうち、三十四億円と一番安くなるとの試算を示し、海洋放出に誘導したい意図が透けて見える。なぜ政府や東電はこだわるのか。
NPO法人・原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「海への放出は最も安易な処分方法。首相の『アンダーコントロール』発言もあり、二〇二〇年の五輪前に汚染水問題を解決したいという政治的な思惑はあっただろう」とみる。
トリチウムは自然界に存在し、放射線(ベータ線)も弱いとされる。水で薄めた上での海洋放出は他の原発でも行われているが、伴代表は「トリチウムの被ばくのリスクを過小評価すべきではない」と言う。水素と似た性質のトリチウムが人の体内に取り込まれ、DNAを傷つける恐れがあるとも指摘されるからだ。
「いくら薄めても、貯蔵中のトリチウムは大量。処理水にはトリチウム以外の複数の放射性物質も含まれる。この被ばく影響も検証し、除去する必要がある。貯蔵は継続するべきだ」
トリチウムの安全な回収に向けた新技術の開発も進んでいる。近畿大などの研究チームは昨年六月、トリチウム水を分離して取り除くことに成功したと発表した。超微細な穴を多数持つ構造のフィルターを開発。汚染水を通すと、穴にトリチウムを含んだ水だけが残り、高い効率で分離できたという。
同大原子力研究所特別研究員の井原辰彦氏(無機材料化学)によると、現在は大量の水処理に向けたフィルターの素材探しや、メーカーが保有する装置の動作原理を利用した実験に取り組んでおり、来年夏までには実用化のめどをつけたいとする。
井原氏は「原発を稼働させても安全というならば、除染技術は確立しなくてはならない。トリチウムは世界の原発で放出され続ける。福島の事故を教訓にリスクに目が向けられ、この研究が社会の役に立てば」と話す。
脱原発社会の実現を目指す市民団体・原子力市民委員会も昨年、現状のタンクを十万トン規模の大型タンクに切り替えることで恒久的な体制を整え、長期保管を求める見解をまとめた。
それによれば、大型タンクの建設単価を一基三十億円として十基を用意しても三百億円ほどで、廃炉作業全体で言えば高額とはいえない。トリチウムの放射能の半減期は約十二年。福島原発事故から八年がたち、あと四年ほど保管すれば事故当初のトリチウムから順次、半減期を迎える。百二十三年後、トリチウムの総量は約千分の一にまで低減する計算だ。
見解をまとめた元東芝の原発設計技術者の後藤政志さんは「技術面からもコスト面からも、現実的で安全な案だ」という。東電は敷地が足りないと強調するが、後藤氏は「敷地内でもその周辺でもタンクを置くことはでき、まずは選択肢を示すべきだ。放射能リスクに対する国や東電の認識は甘すぎる。汚染水も汚染土も薄めてばらまけばいいという姿勢ありきなので、日本の原発政策への信頼が揺らいでいる」と断言し、こう続ける。
「実際に、五輪後の二二年にタンクが満杯になったとして、大量のトリチウム水の海洋放出の強行が国際社会で許されますか。本当に海洋放出しかないというのなら、安全を巡る本質的な議論から逃げてはいけない」
(中山岳、安藤恭子)