コロナ禍、あるデマから考える 敵つくる正義感の危うさ (2020年8月30日 中日新聞))

2020-08-31 08:33:50 | 桜ヶ丘9条の会

コロナ禍、あるデマから考える 敵つくる正義感の危うさ 三品信(文化芸能部)

2020年8月30日  中日新聞
 
 「ニュースにならなかったニュース」を問いたい。心からの反省とともに。
 七月の朝。中部地方のあるまちで暮らす知人との電話で、こんな話を聞いた。そのまちの近くに新型コロナで亡くなった人がいて、遺族が周囲のいやがらせを苦にして自殺したそうだ、と。「家の壁はひどい落書きで汚され、窓ガラスは投石で割られた。遺族の死後、残された家は親族が早々に取り壊したらしいよ」
 知人の沈痛な声を聞きつつ、強い憤りを覚えた。これは、自殺などではない。凶悪な「いじめ殺人」だ。出勤するとすぐ、コロナ取材班を率いる社会部長に伝えた。これでよし。取材班が事実を調べ、「自粛警察」どころではない現状を突く記事を書くだろう。
 その日の午後。部長から連絡があった。「結論から言うと完全なデマ」。何だそれ。全身が脱力した。部長は言う。この話は以前からその地域でささやかれ、地元の担当記者も知っていた。だが遺族は自殺しておらず、家もそのまま。近くの別の家が取り壊されたため、それがうわさの一因になったらしい。

「共有された情報」誤信

 ああよかった、自殺した人はいないんだ。一件落着−とはいかない。読者に事実を伝える記者としては、うわさを信じ込んだ理由を自らに問わなければ。
 まず、私がこの話を複数の人によって共有された情報であり、それゆえ事実だと早合点した点がある。
 知人は「何人もの人からこの話を聞いた」という。そして知人は誠実で、うそなど言わない人だ。しかしそこに落とし穴があった。たとえどれほど多くの人がその話題を口にしていても、そしてその中に信じられる人がいても、不確かな情報が事実である根拠には決してなりえないのだ。
 人は同じことを何度も聞くと、それを本当だと思い込みやすいという。それは「うそも百回言えば真実」という、古今東西の権力者のやり口とも重なる。気をつけなければならない。
 また、ここでは詳細を伏せるが、行政は患者の感染経路や病状を匿名で発表しており、本紙でも報じた。デマはそうした事実のいくつかも踏まえており、いかにも本当らしく聞こえた。うそは真実のような顔をしている、と痛感する。
 さらに私は失敗をしている。知人との話は日常の会話のレベルでしかないが、そこから一足飛びに「社会に問うべき重要な情報」と誤信してしまったのだ。
 これは一九七三年、愛知県内で起きた信用金庫の取り付け騒ぎにも似る。就職の決まった人に友人が、強盗が入ることなどもあるから信金は危ないと冗談で言ったのが「信金の経営が危ない!」という話に膨れ上がり、大騒動になった。

ネット発信 複雑な課題

 半世紀近くも前のこの有名な出来事は、情報を誰でも簡単に発信できる今、より複雑で、より大きな社会の課題になりつつある。たとえばある犯罪が起きて、それを報道で知った人は「誰それが怪しい」と推理したり、話したりする。それが身内のたわいない会話であるうちは、大きな問題とはなりにくい。
 だが今日では、ネット経由で「あいつが怪しい」と不特定多数の人にすぐ広められる。現に、あおり運転の関係者として無関係な人が名指しされたり、犯罪被害者の家族が事実無根の中傷を受けたりしている。
 こんな状況はよくない。そう憂う私は、このデマを聞く数日前、ある大学の学生たちに新聞の仕事について紹介する中で「情報を正しく疑おう」と提案したばかりだった。だのに…。
 記者となって三十年。この間、日本災害情報学会の初代会長も務めた故廣井脩(ひろいおさむ)東京大大学院教授をはじめ、情報学やデマの専門家に取材する機会も得た。人々の関心が高く、情報があいまいであるほど、根拠のないうわさが広がりやすいという仕組みや、その対策などもじかに聞いてきた。
 デマには「免疫」があるつもりだったが、今回は簡単に信じた。その最大の理由は「今の日本ならこんなこともあり得る」と思ったためだ。そうした現状への憤り、そしてやや短絡的な正義感が「この話、本当かな」と落ち着いて考えるゆとりを失わせたのではないか。
 八月十八日。西日本新聞は、コロナに感染した福岡県の男性が「中傷で自殺した」というデマが広がり、「不愉快。もうやめてほしい」と本人が訴える切実な声を伝えた。デマとは知らずに広めた人も取材に応じ「こんな陰湿なこと(中傷)をする人がいるのかと許せなかった」と述べている。それもまた正義感ゆえの行動だったのだ。
 こうした事態があちこちで起きてはと、この稿を書いた。読者は私の失敗に学んでほしい。「正義」はかけがえのない大切な価値観だが、「正義感」は時に逸走して、ありもしない敵をつくりだしてしまうのだ。
 「朝鮮人が暴動を起こした」といったデマがもとで、罪のない人々が殺される惨事の起きた関東大震災(一九二三年)から明後日で九十七年。この間、情報通信は格段に進歩したが、私たち自身はそれほど進歩してはいないらしい。心したい。

 


米軍駐留経費負担 筋通らぬ「思いやり」は不要だ (2020年8月 しんぶんあかはた 主張)

2020-08-30 09:56:10 | 桜ヶ丘9条の会

主張

米軍駐留経費負担

筋通らぬ「思いやり」は不要だ

 日本に米軍が駐留するのに必要な経費(在日米軍駐留経費)の負担をめぐる日米交渉が今秋、本格化する見通しです。同経費の日本側負担のうち、日米地位協定にも反する「思いやり」予算の特別協定が2021年3月末で期限を迎えるためです。トランプ米政権は現状の4倍以上になる法外な負担要求を日本側に伝えていたことも明らかになっています。「思いやり」予算は廃止が当然であり、増額が許されないのはもちろん、特別協定の延長もやめるべきです。

総額は10兆円近くにも

 在日米軍への「思いやり」予算は、円高・ドル安と財政難を理由にした米国の要求に応じ、1978年度に始まりました。しかし、日米地位協定24条は、「日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費」は「日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」と明記しています。78年当時、防衛庁長官を務め、「思いやり」予算の生みの親とされる金丸信氏(元自民党副総裁)は著書で、同協定に反するのを承知の上での「政治的決断」だったと明かしています。

 「在日米軍駐留費の分担増は政府内でも長くタブー視されてきた」「亘理(彰・防衛)施設庁長官は、まず、地位協定をじっくり研究したらしいが、(米軍の)経常的経費は地位協定第二十四条一項で『米側負担』に該当するという。しかし、ここを切り抜けて妙案を考えないことにはどうにもならない」「ここは一番“政治的決断”が必要だと私は思った」(『わが体験的防衛論』)

 金丸氏は同著で、「“思いやりの精神”の前に不可能ということはない」と豪語しています。

 その言葉の通り、米軍基地で働く日本人従業員の福利費などの負担(78年度62億円)から始まった「思いやり」予算は、79年度に新規の基地施設の整備費などにも拡大され、額も毎年膨れ上がります。87年には、政府自身がこれ以上の負担は不可能と国会答弁していた基地従業員の労務費そのもの(退職手当など)に対象を広げるため、米国と特別協定を結びます。政府は、特別協定は「暫定的、一時的、特例的な措置」だと弁明しましたが、その後も改定を繰り返し、今では基本給を含めた労務費の全てと米軍基地で使う光熱水料、訓練移転費まで負担しています。

 しかも、政府は、沖縄の米軍基地・演習を移転するSACO(沖縄に関する特別行動委員会)経費の負担を当初予算で97年度から始めます。2007年度には、沖縄の辺野古新基地建設などのため米軍再編経費の負担も開始します。

 その結果、20年度予算には、「思いやり」予算1993億円、SACO経費138億円、米軍再編経費1799億円の計3930億円が盛り込まれています。いずれも日米地位協定に反する負担で、78年度から20年度までのこれら予算の総額は10兆円近くに達します。

米追随から抜け出す時

 「思いやり」予算に関し、ボルトン前米大統領補佐官は、現職だった19年7月、当時、国家安全保障局長だった谷内正太郎氏に対し、トランプ大統領が年間80億ドル(約8500億円)の負担を求めていると伝えたことを回顧録で告白しています。“不可能はない”とまで言われる「思いやり」という名の、屈辱的な対米追従から今こそ抜け出すべきです。

 


「安部政治」の転換こそ 首相退陣声明 (2020年8月29日 中日新聞))

2020-08-29 09:20:43 | 桜ヶ丘9条の会

「安倍政治」の転換こそ 首相退陣表明

2020年8月29日  中日新聞
 安倍晋三首相(自民党総裁)が辞意を表明した。持病の潰瘍性大腸炎の再発が理由だという。健康悪化が理由ならやむを得ない。憲法を軽んじる「安倍政治」を転換する機会でもある。自民党は速やかに後継総裁を選び、山積する課題への対応に万全を期すべきだ。
 首相はきのう午後五時からの記者会見で「八月上旬に潰瘍性大腸炎の再発が確認された。国民の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、首相の地位にあり続けるべきではないと判断した」と述べた。

任期途中2度目の辞任

 二〇一二年十二月に政権復帰した首相は昨年十一月、第一次内閣と合わせた「通算」在職日数が憲政史上最長となり、今月二十四日には、第二次内閣以降の「連続」在職日数も大叔父の佐藤栄作首相の二千七百九十八日を超え、史上最長を更新したばかりだった。
 党総裁としての任期は来年九月まであり、首相としては新型コロナウイルス対策に取り組み、来年に延期された東京五輪・パラリンピック開催を花道に、退く道筋を描いていたに違いない。
 首相自ら「アベノミクス」と呼んだ経済再生策は新型コロナの影響もあって国民の実感に乏しい。「戦後外交の総決算」とした北方領土返還や北朝鮮による拉致問題も前進がない。第一次内閣に続く道半ばでの病気退陣に首相は「痛恨の極み」と述べた。
 とはいえ首相交代は第二次内閣以降の「安倍政治」を転換する機会でもある。
 首相はこの七年八カ月間に特定秘密保護法やカジノ解禁法、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法など、国論を二分する法律を、野党や国民の反対を押し切って次々と成立させてきた。
 歴代内閣が違憲としてきた「集団的自衛権の行使」を、一内閣の判断で一転容認し、他国同士の戦争への参加を可能にする安全保障関連法の成立も強行した。

憲法軽視の「一強政権」

 さらに憲法五三条に基づく臨時国会の召集要求も拒否してきた。一五年は召集せず、一七年は要求を三カ月以上放置し、召集日に衆院を解散した。新型コロナや豪雨への国会対応が求められる今年も召集を拒否している。
 憲法を尊重し、擁護すべき立場にありながら改憲を主張し、現行憲法と誠実に向き合わない姿勢を見過ごすわけにはいかない。
 また、長期政権は「安倍一強」とも呼ばれる政治状況を生み、与党議員や官僚らの間に、首相ら政権中枢に過度に配慮する忖度(そんたく)をはびこらせた。
 格安での国有地売却が問題視された森友学園を巡る問題では、官僚機構のトップとして君臨してきた財務官僚が、公文書偽造に手を染めるにまで至った。
 首相と親密な関係にある加計学園の大学の獣医学部新設を巡る疑惑や、公的行事である「桜を見る会」の私物化問題も、一強に起因する弊害と言えるだろう。
 法務官僚の違法な賭けマージャンや、財務次官の女性記者セクハラ行為など「統治機構の根腐れ」ともいえる深刻な状況も生んだ。
 後継首相は、こうした憲法を軽んじ、統治機構の根腐れを生んだ「安倍政治」を、どう転換するのかも問われることになるだろう。
 安倍氏の辞意表明を受けて自民党は後継総裁選びに入る。
 「ポスト安倍」を選ぶ総裁選には、自民党の岸田文雄政調会長や石破茂元幹事長らが立候補に意欲を示しているほか、安倍政権を支え続けてきた菅義偉官房長官を推す声もある。
 総裁選は任期満了の場合、一般党員を含めた選挙となるのが通例だが、任期途中の辞任など緊急を要するときは、国会議員と地方代表による両院議員総会で決めることができる。この場合、国会議員票の比重が重く「永田町の論理」による総裁選びとなりかねない。
 国政に空白は許されないのは当然だが、政権の連続性を理由に、安倍首相の意向が強く反映されたり、国民の思いと懸け離れた総裁選びにすべきではない。
 可能な限り、国民により近い党員の意思が反映されるような総裁選となることが望ましい。党内有力者の話し合いによる選出など断じてあってはならない。

速やかに国民の信問え

 自民党総裁選は、一政党の党首選びではあるが、首相候補を選ぶ選挙でもある。国民に開かれた論戦にすべきは当然だろう。各候補は新型コロナ対策など緊急を要する課題にどう取り組むか、自らの理念や政策を丁寧に語るべきだ。
 誰が党総裁になろうとも、首相就任後、速やかに衆院を解散し、主権者たる国民に信を問う必要もある。立憲民主、国民民主両党の合流話が進む野党側も、選挙準備を急ぐべきだ。次の衆院選は政権選択にふさわしい選挙となることを望みたい。

 


「黒い雨」の控訴 被爆者の声にどこまで逆らう (しんぶん赤旗 主張)

2020-08-28 09:30:17 | 桜ヶ丘9条の会

「黒い雨」の控訴

被爆者の声にどこまで逆らう

 広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」の被害をめぐる訴訟で、国は、住民ら84人全員を被爆者と認めた原告全面勝訴の広島地裁判決を受け入れず、広島県・市とともに広島高裁に控訴しました。「控訴断念」を求める原告をはじめとする被爆者の悲痛な声にあくまで背を向け、裁判を長引かせる安倍晋三政権の姿勢は重大です。控訴を取り下げ、被爆者の幅広い救済に即刻踏み出すべきです。

破綻した主張に固執し

 広島地裁判決(7月29日)は、「黒い雨」を浴びて被害を受けた人たちの援護対象区域を狭くした国の不当な線引きを退け、被爆者の被害実態にもとづき広く救済することを国に求めた画期的な内容です。内部被ばくの影響も加味した健康被害の検討も指摘するなど、国のこれまでの被爆者援護行政を根本から問うものでした。

 国は、同判決は「十分な科学的知見」はないと強調します。しかし、国の指定した区域外で住民が原爆に起因する病気に苦しみ、亡くなった事実は、裁判を通じ明らかになっています。広島地裁判決も被害をめぐる住民の陳述は合理的と認めています。国の言い分はもう成り立ちません。

 国が控訴と合わせ、援護区域の拡大を視野に入れた再検討を表明したのも、これまでの主張の行き詰まりの反映です。援護区域が実態に合わないと認めるのなら、控訴をやめ、高齢化した原告全員に直ちに被爆者健康手帳を交付し、すべての「黒い雨」被爆者の早期救済に力を尽くすのが筋です。

 国が控訴に固執するのは、同判決が、原爆被害を「過小評価」してきた従来の基本姿勢を否定する中身だからです。1980年、被爆者援護運動の高まりに対し、政府は「戦争という国の存亡をかけての非常事態」では、その犠牲は「すべての国民がひとしく受忍しなければならない」として原爆被害への国家補償を認めない立場を示しました。そして、被爆者支援を放射線障害の一部に限る方向を示した「原爆被爆者対策基本問題懇談会」答申を基調にしました。

 アメリカの核戦略下で進められた日米軍事同盟の強化路線が背景です。原爆投下の違法性とその補償を認めれば、アメリカの核政策の障害となると判断したのです。

 1954年の南太平洋ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験では、多くの日本漁船員が被ばくし、放射線障害に苦しんだにもかかわらず、日本政府は「政治決着」をはかりました。被害の全容解明と責任追及をやめたのは、核兵器の非人道性が明らかになり、反核世論が強まることを恐れたアメリカの意向に追随したためでした。

 原爆被害を矮小(わいしょう)化し、被爆者に冷たい行政を続ける日本政府の態度は、アメリカの「核の傘」に依存し、核兵器禁止条約への参加を拒む姿勢と深く結びついています。被爆者の悲願に応える新しい政治を一刻も早く実現することがいっそう重要になっています。

幅広い救済の立場をとれ

 被爆者の長年のたたかいは、被爆者援護行政の矛盾を浮き彫りにし、根本的転換を迫っています。実態に合わない狭い基準でなく、高齢化した被爆者を早く幅広く救済する方向へ転じる時です。国家補償にもとづく援護と被爆者施策の抜本的改善に取り組むことが政府に課せられた責任です。

 


安全保障政策 周辺国の理解欠かせぬ (2020年8月27日 中日新聞))

2020-08-27 08:42:53 | 桜ヶ丘9条の会

安全保障政策 周辺国の理解欠かせぬ

2020年8月27日 中日新聞

 安全保障政策に対して国際社会の理解を得る努力は必要か、との問いには、躊躇(ちゅうちょ)なく「必要だ」と答えねばなるまい。それが日本の「国家戦略」であり、地域の不安定化を避けることになるからだ。
 なぜ今こうしたことを言わねばならないのか。きっかけは河野太郎防衛相の記者会見である。
 地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」(地上イージス)の配備計画撤回を受け、自民党は政府に事実上の「敵基地攻撃能力の保有」を提言した。
 歴代内閣は、敵基地攻撃を「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」としてきたが、同時に、他国を攻撃する兵器を日ごろから備えることは憲法の趣旨ではない、とも言う。
 敵基地攻撃能力の保有は従来の安保政策を転換することになり、周辺国の懸念を招きかねない。
 そこで記者が「現状では特に中国や韓国から十分に理解を得る状況ではないと思うが、理解を得るには何が必要か」と尋ねると、河野氏は「主に中国がミサイルを増強しているときに、何でその了解がいるんですか」「何で韓国の了解が必要なんですか」と答えた。
 独立国である日本が他国から安保政策への「了解を得る」必要はない。しかし、安保政策を大きく転換するのなら、国際社会から不要な疑念を招かぬよう「理解を得る」努力は必要だ。歴代内閣は政策転換に当たり、中国など周辺国の理解を得る努力を重ねてきた。
 例えば掃海艇のペルシャ湾派遣や国連平和維持活動(PKO)協力法、旧周辺事態法で、日本領域外での自衛隊活動に関するものだ。
 戦後日本は戦争放棄、戦力不保持の憲法九条の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与える軍事大国にならず、経済的繁栄と国際社会から評価と尊敬を得るに至った。
 必要最小限の実力である自衛隊を増強したり、役割を変えるのなら、それが憲法の枠内でも、国際社会から「軍事大国化の懸念」を指摘される可能性はある。
 それを避けるには、政策変更の意図を丁寧に説明して理解を得る努力をすることが賢明だ。安倍内閣が策定した「国家安全保障戦略」も「国家安全保障を達成するためには、国際社会や国民の広範な理解を得ることが極めて重要」と指摘する。国際社会の理解を得ることは日本の国家戦略だ。
 外相も務めた河野氏なら、分かっていると信じたい。語るべきは「何で了解が必要なのか」ではなく「理解を得たい」との言葉だ。