緊急宣言再延長 強いる「我慢」に報いよ (2021年5月29日 中日新聞))

2021-05-29 09:34:17 | 桜ヶ丘9条の会

緊急宣言再延長 強いる「我慢」に報いよ

2021年5月29日 中日新聞
 政府が緊急事態宣言期間の再延長を決めた。大型連休中の「短期集中」どころか、期間延長を重ねる現状に、国民の「我慢」は限界に近い。宣言解除の出口と、必要な対策を丁寧に説明すべきだ。
 最初に指摘しておきたいことがある。菅義偉首相は、沖縄県への宣言発令を決めた二十一日、記者会見の開催を拒み、記者団との簡単な質疑応答にとどめた。
 記者会見は、新型コロナウイルスの感染症対応や政府の考えについて、首相が直接、国民に語りかける重要な機会だ。会見を拒否する姿勢は、政府の責任を放棄していると言わざるを得ない。
 首相が国民と真摯(しんし)に向き合わないから危機感が共有されず、協力が得にくくなっている。感染症の封じ込めには国民の納得と協力が不可欠だと重ねて指摘したい。
 東京、愛知など九都道府県に三十一日まで発令中の緊急事態宣言が六月二十日まで延長される。
 厚生労働省の専門家会議は、全国の新規感染者は減少傾向だが、増加傾向の地域もあり「予断を許さない状況」と分析している。
 首都圏や愛知県などでは、感染力がより強い英国型変異株への置き換わりが進み、人出の減少から新規感染者の減少までの期間が以前より長くなっている。感染力が従来株の約二倍とみられるインド型が拡大する懸念もある。宣言期間の延長はやむを得ない。
 変異株は早期に発見し、囲い込む必要がある。水際の検疫と検査態勢の拡充に先手を打つべきだ。
 さらに政府は、どんな感染状況になれば宣言を解除するのか、具体的な数値を説明すべきである。
 さまざまな指標を総合的に分析する必要があることは理解する。しかし、具体的な基準が分からなければ、いつまで我慢するのか不安が募る。生活や事業の見通しが見えてくれば、国民が抱く負担感は緩和されるのではないか。
 宣言長期化に伴って、さらなる我慢を国民に強いるのなら、経済支援をセットで示さなければ納得は得られまい。事業者や生活困窮者に対する経済支援の充実が、特に重要になる。
 自治体の協力金を申請したものの、いまだ得られず、従業員の生活を守るためにやむなく時短営業をやめる店舗もあるようだ。自治体は給付作業を迅速化すべきだ。
 給付金や貸付金が底をつき、生活を支えられない人もいる。政府は生活困窮者を対象に新たな支援金の給付も検討中というが、十分な支給額を確保すべきである。

 


ワクチン接種、政治家優先の是非 「正しい順番」とは (2021年5月28日 中日新聞))

2021-05-28 09:39:34 | 桜ヶ丘9条の会

ワクチン接種、政治家優先の是非 「正しい順番」とは

2021年5月28日 中日新聞
 
 新型コロナウイルスのワクチンを巡り、自民党の佐藤勉総務会長が「危機管理上、問題だ」として、国会議員に先行接種すべきだと訴えた。与野党協議により当面見送りとなったが、すでに全国各地で首長による「先行接種」の是非が問われている。電話でもインターネットでも接種の予約がスムーズにいかない中で、一般市民にはモヤモヤ感が広がるが、果たして「正しい接種の順番」とは。(大平樹、榊原崇仁)

国会議員 批判恐れて見送り

 「大事な議論をしている国会議員が打っていないのは危機管理上問題だ」。佐藤氏は二十五日の会見で、国会議員にワクチンを先行接種する必要性を訴えた。議員たちは本会議などで集まる機会が多い。感染が拡大すれば法案の審議はできなくなる。佐藤氏は「クラスターが発生しないのが不思議な状況だ。国会がストップすれば何が起こるかを考えるべきだ」と主張した。
 一見もっともらしい理屈だが、野党は反発した。立憲民主党コロナ対策本部長の逢坂誠二衆院議員は取材に「高齢者の優先接種を決めた時に、介護従事者や保育士なども含めて国会議員はどうするのか説明しておくべきだった。思い出したように国会議員の優先接種を言い出すのは、後出しじゃんけんだ。医療従事者の接種が終わらず、予約できない高齢者もいる。各議員が感染しない努力をする方が重要だ」と語った。
 結局、自民と立民は翌二十六日の国対委員長会談で、当面の見送りを決めた。立民の安住淳国対委員長は「国民の理解はとても得られない」と語った。
 世界的にも、日本同様にワクチン供給が遅れている国では、一般国民に先んじた政治家の接種は議論を呼んでいる。ペルーでは、大統領だったビスカラ氏が治験中の中国製ワクチンを特別に入手して接種。議会は十年間の公職追放を議決した。ブラジルでは、優先対象でない市長らが抜け駆けした場合、犯罪とする法案まで可決された。
 ただ、佐藤氏はそもそも二十五日の会見で、「世論が怖くて接種できないのは非常におかしい」と述べ、批判は承知の上という姿勢を見せていた。二十七日には自民党の伊吹文明元衆院議長が「発症すれば国民全体の対策が大変なことになる。特別扱いではない。佐藤氏の言うことは正論だ」と援護射撃している。どうも同党内では切迫感が強いようだが、なぜか。
 政治ジャーナリストの泉宏氏は「危機管理上の理由は建前だ。遅くとも今秋には衆院選が行われる。接種していなければ、満足に選挙運動ができないからだろう」と推測する。
 泉氏によると、ワクチン未接種の議員からは「地元に帰りづらい」との声が出ている。感染拡大を防ぐため、接種までは支持者回りや講演会を控える議員も多い。高齢者の接種が進むにつれて、接種を受けて活発に運動する議員が増える一方で、高齢者でない議員は自粛継続が予想される。こうした格差への不満が本音とみる。
 泉氏は「国会は国権の最高機関で、重要な法案を決める議員たちは、本来なら優先的に接種を受けていい立場。見送ったのは、コロナ対策で目立った働きもないのに高い議員報酬をもらい続け、さらに先んじてワクチンを打つのでは国民から批判されると予想したからだろう。議員より自衛隊員の方が優先順位が高いと考える人が多いのは、政治不信の極め付きだ」と指摘する。

首長の「先行」 全国で物議

 ワクチンの優先接種と言えば、全国各地の首長のケースを巡って既に是非論が巻き起こっている。
 茨城県城里町の上遠野(かとうの)修町長は四十二歳ながら四月下旬に接種を受けた。今月十三日の会見では「私は町営の診療所の開設者。医療従事者に準じる」と訴えた。同じ茨城県内では、牛久市や鹿嶋市、大洗町や境町でも首長らが接種を受けたことが判明したほか、神奈川県厚木市では小林常良市長らが医療従事者のキャンセル分を使い、群馬県伊勢崎市や静岡県伊豆市などでは「感染の場合の市政停滞を懸念した」「危機管理の観点から」といった理由で首長や職員が優先的に接種を受けた。
 駒沢大の山崎望教授(政治理論)は「自治体の責任者は首長。感染防止策や経済的な支援策に不備があった際に責任を取る人がいないと、誰が応対するかが曖昧にされ、問題が放置されかねない。各自治体が説明責任を果たす上でも首長の存在は重要」と指摘する。
 一方で「首長や公務員は公僕としての顔も持つ。住民のために力を尽くすはずの公僕を優遇するのかという疑問を抱く人もいるだろう」と述べ、公平な順位付けの難しさを指摘する。
 危機管理に詳しい新潟国際情報大の佐々木寛教授(国際政治学)は「政治的な指導者の中に『その人がいなければ物事が進まない』『余人をもって代えがたい』という人が本当にいるなら優先接種していい。世間の人びとにも意味のある接種になる」と述べつつ、「重要なポストにいる人であっても国民のために仕事をしないなら、接種の必要性が乏しい」と話す。
 その上で「国会議員の場合、『国民のため』という視点で考えると、優先接種すべきかどうかは慎重に考える必要がある。接種済みの議員は『ワクチンの問題は終わったこと』と人ごとのように捉えかねない。国民と同じように危機感を持ってもらうには、国民と同じペースで接種すべきなのかもしれない」と語る。
 厚生労働省はワクチン接種の優先順位として「まずは医療従事者」「次に高齢者」「その次に基礎疾患を有する者や高齢者施設などの従事者」と示している。
 ただ、接種のスピードが遅いため、感染リスクが高い医療従事者の分でさえ、まだ完了していない。次に重きを置くのが高齢者だが、長崎大の安田二朗教授(ウイルス学)は「高齢者施設で働く職員も早く接種すべきだ。ウイルスを施設に持ち込むのは入所者というより職員だから」と説く。
 自治体の判断により、優先接種を受ける高齢者施設の職員がいる一方、訪問介護の職員らは対象外となるケースが目立つため、全国社会福祉協議会などは今月二十一日、優先接種の指導を促すよう、厚労省に要望書を提出している。
 順番付けの見直しが必要なのは間違いなさそうだが、国会議員優先にはモヤモヤする人も少なくないだろう。安田氏は「リスクが高い人を守るという視点では順番を付けやすいが、それ以外だと誰もが納得できる線引きをしづらい」と語る。
 前出の山崎氏は「国会議員たちは有効な感染防止策を打ち出せず、ワクチンの確保も遅れた一方、外出自粛を促す中で会食やパーティーを行う。だから優先接種の話が出ると国民が不満を強く抱く」と語る。
 その上で「ワクチンの優先順位を決めるのは、ある意味で暴力的。本来は平等であるはずの命に順位を付けるわけだから。そうした状況で不可欠なのが合理的な理由であり、国民が納得できるかという点。政府は開かれた場で議論を重ね、国民の疑問にも丁寧に答えるべきだ」と訴える。

ワクチン「予約難民」の嘆き聞こえますか 住が内閣支持率を直撃 (2021年5月26日 中日新聞))

2021-05-26 09:18:52 | 桜ヶ丘9条の会

ワクチン「予約難民」の嘆き聞こえますか 菅内閣支持率を直撃

2021年5月26日 中日新聞
 
 菅内閣の支持率低下が止まらない。今月の各社の世論調査では前月に比べ少なくても2・9ポイント、多いところで10ポイント近く下がった。理由は数多く考えられるものの、最大の要因は新型コロナウイルスのワクチン接種が思うように進んでいないことが挙げられる。現在、接種対象になっている高齢者らからは不満や怒りの声が渦巻く。この政権に未来はあるのか。 (榊原崇仁、大平樹)
 「コールセンターに何度電話しても話し中でつながらなくて。朝にかけても、折を見て電話しても駄目。区の出張所まで行って申し込んだけど、接種日がいつになるか、まだ連絡が来ない」
 青空が広がりすがすがしい気候になった二十五日、お年寄りらが買い物などに訪れる巣鴨地蔵通り商店街(東京都豊島区)で尋ねると、新宿区の福本節子さん(78)は好天に似つかわしくない曇った表情を見せた。
 「予約難民」になっているのは世田谷区の熊谷明子さん(84)も同じ。「年が年なんで知り合いに予約を頼んでいる。だけど電話がいつも通じないんだって。パソコンなんて使えないから待つしかない。じれったいよね、ほんとに」
 文京区の男性(81)は「コールセンターの説明は『五月も六月も全部埋まっている』『空きがない』の一点張りだった」と話す。それでも粘ってやりとりを続け、七月の接種を予約した。ただ、「この調子だと二回目の接種がどうなるか心配だよね」。
 巣鴨がある豊島区は、かかりつけ医による個別接種も行っている。道行く区民に聞くと、近所の診療所などで一回目の接種を受けた人も少なくなかった。とはいえ、誰もがスムーズに予約できたわけでもないようで、相川雅司さん(75)は「かかりつけ医には八日に予約の電話をしたのに、具体的な日にちは返答がない。安心したいから早く打ちたいんだけど」と漏らす。
 お年寄りの間に戸惑いと混乱が広がる中、今月の各社の世論調査で菅内閣の支持率が急落している。毎日新聞は前月比9ポイント減の31%で、昨年九月の内閣発足後最低になった。時事通信も発足後最低で、同4・4ポイント減の32・2%。朝日新聞の同7ポイント減の33%は、一月と並ぶ発足後最低タイだった。
 共同通信は、支持率こそ四割超の41・1%だった一方、不支持率は前月比11・2ポイント増の47・3%となり、発足後最多。政府のワクチン接種計画に不満が強く、「順調だと思う」は12・9%にとどまった。
 国民の不満はワクチン接種が思うように進まない点だけではない。
 衣料品店を営む五十代の女性は、政府が強行の姿勢を崩さない五輪に矛先を向け「コロナ禍が収まらないと無理でしょ。変異株が持ち込まれても困る。宣言中は都外からの客はほぼゼロ。政府も都も感染を抑え込むことに全力を注いでほしいし、五輪に使うお金があるならこちらに回してほしい」と訴えた。

自治体、達成迫る?総務省に困惑

 ワクチン接種はドタバタ続きだ。菅義偉首相は三度目の緊急事態宣言発令を決めた四月二十三日、会見で「希望する高齢者に七月末を念頭に二回の接種を終えられるよう取り組んでいく」と言い切った。接種を担う市区町村の九割超が目標を達成できるとしているものの、「強引に了解させた」との批判が出ている。
 菅首相の発言から数日後、群馬県太田市の清水聖義(まさよし)市長はコロナ対策を所管する厚生労働省ではなく、総務省の黒野嘉之交付税課長から七月完了を求める電話を受けた。「ワクチンが来る見込みも立っていないし、医療従事者向けの接種も終わっていない。無理だ」。そう答えると黒野課長はワクチン配布は急ぐとした上で、七月完了を重ねて迫った。担当課が後日、完了見込みと答えた。
 このやりとりをコラムに書いて市のホームページに載せている清水市長は「口調は淡々としていても、できようができまいが『できる』と答えさせたい感じだった」と振り返る。交付金や地方交付税を所管する総務省は自治体に影響力を持つだけに、「本当はできないのに、『意趣返し』を恐れてそう答えられなかった首長はいるだろう」と推察した。
 武田良太総務相も菅首相の発言当日、都道府県を含む全自治体の首長に「高齢者への速やかなワクチン接種に向けて、皆様方、お一人お一人の一層のご尽力・ご協力をお願い申し上げます」と書いたメールを送った。
 今月十三日の衆院総務委員会で武田総務相らを「強制じゃないか」と問いただした立憲民主党の高木錬太郎議員は取材に「交付金などを人質にして『分かってるだろうな』と、接種完了を言外に強制しているようにしか見えない。大臣がメールで首長に直接連絡するのは異例だし、厚労省ではなく総務省が出てくるのもおかしい」と憤った。
 できるかどうか分からなくても菅首相が「できる」と言うのは、この一件にとどまらない。昨年十月の所信表明演説で「ワクチンは来年前半までに全ての国民に提供できる数量を確保」と語っている。
 二度目の緊急事態宣言を決めた一月七日の会見では「一カ月後に必ず事態を改善させる」と大見えを切った。状況は良化せず、宣言は延長。再延長を決めた三月五日の会見で、クラスター(感染者集団)防止のため約三万の高齢者施設を月内に集中検査するとぶち上げたところ、陽性者が出た際の混乱を懸念して検査を断るケースが続出。厚労省によると実施できたのは約二万一千五百施設にとどまった。
 菅首相がこうした無責任な発言を続ける理由について、元経産官僚で制度アナリストの宇佐美典也さんは「『やっている感』を出し、達成できなくても官僚や医療業界のせいにして『さらなる改革が必要だ』と言えば頑張ったことが評価されると思っているのだろう。支持率が下がっても、接種を受けた人が支持層になり、いずれ回復すると思い込んでいる」と分析する。
 政治アナリストの伊藤惇夫さんは「ワクチン接種が各国に比べて遅れているのがはっきりしたのに加え、断言したのに実現できない失望感が積み重なって支持率に表れている。今後接種が進んでも回復は限定的」とみる。
 失った国民の信頼を取り戻すのは可能なのか。伊藤さんは「菅首相は『全力で』とか『総力を挙げて』など精神論ばかり言ってきた。根拠を示さずに発言するのをやめ、過去の対策で浮かんだ課題など政府に都合が悪い点も正直に説明することが必要」と指摘した。
 

 


火の海の中、母は言った「生きるために逃げるんだ」 毒蝮三太夫さん、戦火の記憶 (2021年5月25日 中日新聞)

2021-05-25 09:10:05 | 桜ヶ丘9条の会

火の海の中、母は言った「生きるために逃げるんだ」 毒蝮三太夫さん、戦火の記憶

2021年5月25日 中日新聞
 
 タレント毒蝮(どくまむし)三太夫さん(85)は九歳の時に東京南西部が焦土と化した「城南大空襲」に遭い、猛火の中を逃げた体験を新著「たぬきババアとゴリおやじ」(学研プラス)に記した。城南大空襲から二十四日で七十六年。戦火の記憶を今も伝えようとするのはなぜか。かつて焼け野原となった街をオンライン通話で案内してもらった。(中山岳)
 「そう。その辺だよ。二階建ての家でさ、一階が元はそば屋だったんだな」
 空襲で燃えた毒蝮さんの家があった東京都品川区(旧荏原区)の戸越。スマートフォンからオンライン会議システム「Zoom」で映像を送ると、画面の毒蝮さんが懐かしそうに声を上げた。
 戸越銀座商店街に近い住宅街。買い物袋を持った人が行き交う映像を眺め、「当時の名残はないんだよねえ。一帯はみんな焼けちゃったから」と話す。
 空襲の約三カ月前まで荏原区中延の長屋にいたが、空襲による延焼を止める強制疎開で取り壊され、戸越に移った。級友は学童疎開したが、大工だった父の正寅(まさとら)さん、母のひささんと東京に残った。「(両親は)一人で疎開させるより、一緒にいた方がいいと考えたんじゃないかな」
 そして、五月二十四日未明。空襲警報で起こされ、防空ずきんをかぶって外に出た。B29爆撃機が搭乗員の顔が見えるほど低空を飛んで来た。「シャアアアア」。風を切って焼夷(しょうい)弾が降ってくる。落ちた住宅や道路で、「グワッ」という爆音とともに火の手が上がった。
 近所の人とバケツリレーで消そうとしたが、焼夷弾から飛び出したのは火が付いた油脂。ぶよぶよして水をかけても消えず、燃え広がるよう設計されていた。次々に落とされ、消火が追いつかない。「直撃を受けて体の半分が溶けたようになった人も見た」
 正寅さんは「危なくなったら逃げろ」と言い残し、仕事で出入りしていた恵比寿の海軍技術研究所に向かった。他の人たちもばらばらと逃げ始めた。ひささんは毒蝮さんの手を握り、六百メートルほど北西の池上線桐ケ谷駅の方へ歩きだした。
 オンラインで回想を聞きながら、記者も同じ方向へ歩いてみた。「戸越銀座の手前で曲がり、第二京浜(当時は新京浜国道)に出たんじゃないかなあ。風上に逃げたが、ものすごい熱風と煙が正面から吹いてきて、息ができなかった。目が痛くて痛くて」。普段なら十分ほどの距離だが、火の中を逃げる母子にはとてつもなく遠く感じただろう。
 毒蝮さんは途中で立ち止まり「かあちゃん、こんなに苦しいんなら、もう死んだほうがましだ」と叫んだ。ひささんは「ばか言ってんじゃない! 死ぬために逃げてんじゃない。生きるために逃げるんだ」と言い、抱えていた木箱から水中めがねを出して毒蝮さんに渡した。「着けると目が楽になった。前もって箱に入れてたのかなあ」
 二人が着いたのは、池上線と新京浜国道が交差する高台にあった桐ケ谷駅近くの空き地。今はコンビニや住宅が立ち並ぶ。東急池上線の線路は見えるが、桐ケ谷駅は戦後廃止され、もうない。下校中の小学生たちの笑い声が聞こえてくる。
 だが、空襲から一夜明けて毒蝮さんが目にしたのは、一面の焼け野原だった。逃げ遅れた人たちの死体もそこらじゅうにあった。「おふくろと家に帰ろうとしたんだが、目印が何もなくなっちゃった」
 方角を頼りに自宅に戻る途中、少年用の靴が落ちていた。自分の靴が焦げていたので履き替えようと手に取ると、片方が重い。中に足首が入っていた。
 「持ち主の少年は、爆風で飛ばされてしまったんだろう。俺は足首を取り出して靴を持ち帰った。怖いとか悲しいとか、そんな感覚は無かったよ」。ひささんも何も言わなかったという。「履いていた子に『息子が代わりに履いて生きていくのを許してください』と思っていたかもな」
 トタン板でふたをしたままの防空壕(ごう)も見つけた。ひささんが板を外し、座っていた五人ほどに「空襲、終わりましたよ」と呼びかけたが、返事がなかった。「目を開けたまま死んでいた。酸素が足りなくて窒息死したんじゃないか」
 現在の戸越はビルや住宅がひしめき、当時の光景を想像することは難しい。ただ毒蝮さんの声を聞きながら歩くと、わずかでも見えてくる気がした。「あの日は、いた場所や逃げるタイミングのちょっとした差で命を落とした人がたくさんいた。俺が助かったのは何かの運命だったのかな。おふくろやおやじの知恵もあったと思う。空襲の時に桐ケ谷駅近くに避難することは前もって決めていた。風上に逃げたのも良かった」
 焼け出された一家は知人や親類の家を転々。終戦後、毒蝮さんが中学三年の時に中延に戻った。
 「桐ケ谷には昔から火葬場がある。火葬場の方へ逃げたのに、生き残ったわけだ」。ラジオでよく聞く名調子を響かせると、かみしめるように続けた。
 「空襲を体験した年寄りはどんどん少なくなり、生きてても話したくないって人もいる。ただ俺は、あの靴を履いていた子の命をもらったから、長生きできてるのかなと思う時がある。元気なうちは語り継いでいくつもりだよ」

 城南大空襲 1945年5月24日の空襲は「城南空襲(大空襲)」と呼ばれ、荏原、品川、大森、目黒区など東京南西部に大きな被害が出た。3月10日に下町を焼いた東京大空襲を含む東京五大空襲の一つとされる。 東京大空襲・戦災資料センターがまとめた資料集によると、来襲したB29は520機、投下された焼夷弾は3645.7トン。3月の大空襲を上回り、原爆以外の爆撃では最大規模だった。被害は死者762人、負傷者4130人、罹災(りさい)家屋6万4487戸に上る。 同センター元主任研究員の山辺昌彦さん(75)は「焼夷弾に加え、市街地にはビルもあるため、威力が大きい爆弾も130発投下された。米軍は民間住宅を含む市街地を無差別爆撃する計画を綿密に立て、実行した」と説明。5月25〜26日に皇居周辺や渋谷、中野区などであった空襲を最後に、東京の住宅密集地は米軍の攻撃リストから外された。

 どくまむし・さんだゆう 本名は石井伊吉(いよし)。中学時代、戦災孤児を描いた舞台「鐘の鳴る丘」に出演。1966年放送開始のテレビドラマ「ウルトラマン」のアラシ隊員役で人気者に。69年からTBSラジオ「ミュージックプレゼント」のパーソナリティーを半世紀以上務める。昨年10月、両親との思い出や空襲体験などをつづった「たぬきババアとゴリおやじ」(学研プラス)を出版した。

 


欠陥予約システム なぜ❓ ワクチン大規模接種 (2021年5月21日 中日新聞)

2021-05-24 09:19:03 | 桜ヶ丘9条の会

欠陥予約システム なぜ? ワクチン大規模接種

2021年5月21日 中日新聞
 菅義偉首相が掲げた「一日百万回接種」の切り札として、防衛省に任せたワクチン大規模接種センター。しかし、その予約システムは、実在しない市区町村コードや接種券番号などでも予約できてしまう欠陥システムだった。なぜこのような問題が起きたのか。(石井紀代美、木原育子)
■乱数字を認証
 岸信夫防衛相は十八日の会見でこのシステムについて、「虚偽予約を防ぐシステムを短時間で実現するのは困難だった」「防衛省が国民の個人情報を把握するのは適切ではないと判断した」などと釈明した。
 ITに詳しい立命館大の上原哲太郎教授(情報セキュリティー)によると、実はこのシステムは、上原教授がアドバイザー役を務める兵庫県芦屋市のワクチン接種予約システムとほぼ同じものという。ただ、同市の場合、各住民の接種券番号と生年月日のデータベースとつながっており、パソコンなどから入力した情報と照合している。記者が試しに、同市の予約サイトで乱数字を打ち込むと、エラーが表示された。
 上原教授は「防衛省のシステムは、ここから照合機能を取り除いたもので、入力されたものを蓄積していくだけの簡単な作り。急な話で、自治体から接種券番号などを集める時間はなかったのだろう」と話す。
 とはいえ、現状ではいたずらや一種のサイバーテロを仕掛け、予約を埋め尽くすことも可能で、用意していたワクチンが無駄になる可能性がある。
■ITが逆効果
 上原教授は「そもそも接種券を配る段階で問題があった。最低限、券番号に『チェックディジット』を設けるべきだった」と語る。
 チェックディジットとは、入力数字に誤りがないかをチェックするために、末尾に付け加えられる数字のこと。例えば、店で買う一般の商品のバーコードは十三桁の数字がある。あらかじめ設定した計算式に十二桁を当てはめると、答えが最後の一桁の数字になる仕組みだ。接種券番号もこうしておけば、乱数字での予約を困難にさせる。
 今後、懸念されるのは「正しく入力しようとしたのにミスした場合」と上原教授。「一日一万回接種するなら、会場に行っても予約が見つからないといった混乱が数百人単位で出てくるだろう。仕事の流れをスムーズにするはずのITが、逆にぎくしゃくさせてしまう」
 このシステムを作ったのは、人間ドックの予約ポータルサイトの開発・運営を手掛ける東京都港区の「MRSO(マーソ)」という会社。菅内閣の成長戦略会議委員を務める竹中平蔵元経済財政担当相が経営顧問に名を連ねる。今回の東京大規模ワクチン接種センターでは、大手旅行会社「日本旅行」が会場運営業務を約十九億円で受注しており、マーソ社と日本旅行は二月、業務提携している。
 なぜマーソ社に予約システムを任せたか防衛省に尋ねたが、同省広報担当者は「担当者が忙しく確認が取れない」と話した。
■不具合他でも
 ワクチンを巡るITシステムの問題はこれにとどまらない。マイナンバーで接種歴を追うとして内閣官房が導入した「ワクチン接種記録システム(VRS)」も不具合が頻発し、自治体から不評が相次ぐ。
 VRSは接種を受けた人の予診票に貼り付けた接種券情報を、国が配布したタブレット型端末のカメラで読み取り、データセンターに送信する仕組みだ。
 接種券情報は、自治体によってバーコードと十八桁の数字番号(OCRライン)が二つとも印刷されたものと、OCRラインのみ印刷されたものがあるが、「すでにバーコードなしで印刷が終わってしまった自治体もあったため」(内閣官房IT総合戦略室担当者)、OCRラインのみ読み取ることになった。
 だが、微妙な角度や距離の違い、手ぶれなどでOCRラインをカメラで読み取れないケースが続発。千葉市の接種担当者は「バーコードも読み取ってくれれば…」と嘆き、東海地方の医療機関の担当者は「こちらは必死の思いでこなしているのに、あまりの稚拙さに心が折れそう」と話す。内閣官房は段ボールの台に置いて撮影する方法などを推奨してきたが、あまりの不評を受け、専用のスタンド台の配布を来週から始めるという。
 国会でこうした問題を追及した国民民主党の伊藤孝恵参院議員は、「自治体からは、あまりに使い勝手が悪いシステムを使うことを強要され、『政府によるシステムハラスメント』という怒りの声も聞こえてくる」とした上で、「VRSはワクチン接種をリアルタイムで把握するためというより、マイナンバー制度をどう入れ込むかというところから始まったシステム。まさに霞が関の机上の空論で進められ、自治体や医療機関に負担だけを押しつけた最悪な形だ」と話す。