新型コロナウイルスのワクチンを巡り、自民党の佐藤勉総務会長が「危機管理上、問題だ」として、国会議員に先行接種すべきだと訴えた。与野党協議により当面見送りとなったが、すでに全国各地で首長による「先行接種」の是非が問われている。電話でもインターネットでも接種の予約がスムーズにいかない中で、一般市民にはモヤモヤ感が広がるが、果たして「正しい接種の順番」とは。(大平樹、榊原崇仁)
国会議員 批判恐れて見送り
「大事な議論をしている国会議員が打っていないのは危機管理上問題だ」。佐藤氏は二十五日の会見で、国会議員にワクチンを先行接種する必要性を訴えた。議員たちは本会議などで集まる機会が多い。感染が拡大すれば法案の審議はできなくなる。佐藤氏は「クラスターが発生しないのが不思議な状況だ。国会がストップすれば何が起こるかを考えるべきだ」と主張した。
一見もっともらしい理屈だが、野党は反発した。立憲民主党コロナ対策本部長の逢坂誠二衆院議員は取材に「高齢者の優先接種を決めた時に、介護従事者や保育士なども含めて国会議員はどうするのか説明しておくべきだった。思い出したように国会議員の優先接種を言い出すのは、後出しじゃんけんだ。医療従事者の接種が終わらず、予約できない高齢者もいる。各議員が感染しない努力をする方が重要だ」と語った。
結局、自民と立民は翌二十六日の国対委員長会談で、当面の見送りを決めた。立民の安住淳国対委員長は「国民の理解はとても得られない」と語った。
世界的にも、日本同様にワクチン供給が遅れている国では、一般国民に先んじた政治家の接種は議論を呼んでいる。ペルーでは、大統領だったビスカラ氏が治験中の中国製ワクチンを特別に入手して接種。議会は十年間の公職追放を議決した。ブラジルでは、優先対象でない市長らが抜け駆けした場合、犯罪とする法案まで可決された。
ただ、佐藤氏はそもそも二十五日の会見で、「世論が怖くて接種できないのは非常におかしい」と述べ、批判は承知の上という姿勢を見せていた。二十七日には自民党の伊吹文明元衆院議長が「発症すれば国民全体の対策が大変なことになる。特別扱いではない。佐藤氏の言うことは正論だ」と援護射撃している。どうも同党内では切迫感が強いようだが、なぜか。
政治ジャーナリストの泉宏氏は「危機管理上の理由は建前だ。遅くとも今秋には衆院選が行われる。接種していなければ、満足に選挙運動ができないからだろう」と推測する。
泉氏によると、ワクチン未接種の議員からは「地元に帰りづらい」との声が出ている。感染拡大を防ぐため、接種までは支持者回りや講演会を控える議員も多い。高齢者の接種が進むにつれて、接種を受けて活発に運動する議員が増える一方で、高齢者でない議員は自粛継続が予想される。こうした格差への不満が本音とみる。
泉氏は「国会は国権の最高機関で、重要な法案を決める議員たちは、本来なら優先的に接種を受けていい立場。見送ったのは、コロナ対策で目立った働きもないのに高い議員報酬をもらい続け、さらに先んじてワクチンを打つのでは国民から批判されると予想したからだろう。議員より自衛隊員の方が優先順位が高いと考える人が多いのは、政治不信の極め付きだ」と指摘する。
首長の「先行」 全国で物議
ワクチンの優先接種と言えば、全国各地の首長のケースを巡って既に是非論が巻き起こっている。
茨城県城里町の上遠野(かとうの)修町長は四十二歳ながら四月下旬に接種を受けた。今月十三日の会見では「私は町営の診療所の開設者。医療従事者に準じる」と訴えた。同じ茨城県内では、牛久市や鹿嶋市、大洗町や境町でも首長らが接種を受けたことが判明したほか、神奈川県厚木市では小林常良市長らが医療従事者のキャンセル分を使い、群馬県伊勢崎市や静岡県伊豆市などでは「感染の場合の市政停滞を懸念した」「危機管理の観点から」といった理由で首長や職員が優先的に接種を受けた。
駒沢大の山崎望教授(政治理論)は「自治体の責任者は首長。感染防止策や経済的な支援策に不備があった際に責任を取る人がいないと、誰が応対するかが曖昧にされ、問題が放置されかねない。各自治体が説明責任を果たす上でも首長の存在は重要」と指摘する。
一方で「首長や公務員は公僕としての顔も持つ。住民のために力を尽くすはずの公僕を優遇するのかという疑問を抱く人もいるだろう」と述べ、公平な順位付けの難しさを指摘する。
危機管理に詳しい新潟国際情報大の佐々木寛教授(国際政治学)は「政治的な指導者の中に『その人がいなければ物事が進まない』『余人をもって代えがたい』という人が本当にいるなら優先接種していい。世間の人びとにも意味のある接種になる」と述べつつ、「重要なポストにいる人であっても国民のために仕事をしないなら、接種の必要性が乏しい」と話す。
その上で「国会議員の場合、『国民のため』という視点で考えると、優先接種すべきかどうかは慎重に考える必要がある。接種済みの議員は『ワクチンの問題は終わったこと』と人ごとのように捉えかねない。国民と同じように危機感を持ってもらうには、国民と同じペースで接種すべきなのかもしれない」と語る。
厚生労働省はワクチン接種の優先順位として「まずは医療従事者」「次に高齢者」「その次に基礎疾患を有する者や高齢者施設などの従事者」と示している。
ただ、接種のスピードが遅いため、感染リスクが高い医療従事者の分でさえ、まだ完了していない。次に重きを置くのが高齢者だが、長崎大の安田二朗教授(ウイルス学)は「高齢者施設で働く職員も早く接種すべきだ。ウイルスを施設に持ち込むのは入所者というより職員だから」と説く。
自治体の判断により、優先接種を受ける高齢者施設の職員がいる一方、訪問介護の職員らは対象外となるケースが目立つため、全国社会福祉協議会などは今月二十一日、優先接種の指導を促すよう、厚労省に要望書を提出している。
順番付けの見直しが必要なのは間違いなさそうだが、国会議員優先にはモヤモヤする人も少なくないだろう。安田氏は「リスクが高い人を守るという視点では順番を付けやすいが、それ以外だと誰もが納得できる線引きをしづらい」と語る。
前出の山崎氏は「国会議員たちは有効な感染防止策を打ち出せず、ワクチンの確保も遅れた一方、外出自粛を促す中で会食やパーティーを行う。だから優先接種の話が出ると国民が不満を強く抱く」と語る。
その上で「ワクチンの優先順位を決めるのは、ある意味で暴力的。本来は平等であるはずの命に順位を付けるわけだから。そうした状況で不可欠なのが合理的な理由であり、国民が納得できるかという点。政府は開かれた場で議論を重ね、国民の疑問にも丁寧に答えるべきだ」と訴える。