コロナ禍に考える 本能に支配されないで (2020年4月30日 東京新聞)

2020-04-30 08:52:33 | 桜ヶ丘9条の会

コロナ禍に考える 本能に支配されないで

 人間には陥りやすい心理状態があるそうです。「世界はどんどん悪くなっている」「すぐ手を打たないと大変なことになると焦る」「危険でないことも恐ろしいと感じる」「ものごとを過大視したり、単純化する」-。「本能」と言ってもいいかもしれません。

 日本をはじめ、世界で二百万部超のベストセラーとなった「ファクトフルネス」という本に列記されています。

◆生き残るための知恵

 こういった「本能」は、「生存のための知恵」とも言えるでしょうが、過度に左右されてしまうと、現実が見えなくなります。

 データを基に、世界や未来を考える訓練を日頃からしておこう。この本が訴えていることです。

 自分にはこんな「思い込み」などない、という声が聞こえてきそうです。本当でしょうか。

 感染はさらに拡大する。緊急事態宣言は想像以上に長く続く。仕事も外出もできない日々に、これ以上耐えられそうもない。

 こんな気持ちになることがあるはずです。これは、「過大視」「単純化」「焦り」といった本能が働いているからでしょう。

 この本はハンス・ロスリングさんの言葉をまとめたものです。スウェーデン生まれ。大学で医学とともに統計学を学んだユニークな経歴の医師です。

 世界保健機関(WHO)や国連児童基金(ユニセフ)で保健アドバイザーとして働いたこともあります。

 二〇一四年には感染症であるエボラ出血熱の患者を治療するため、実際に西アフリカの国に滞在しました。この病気にかかった患者は、全身から血を流して路上で死んでいきました。

 ところが現地では、病気に関する正確な数字がありませんでした。エボラ以外の患者まで「感染の疑い」に含まれ、数がどんどん増えていったそうです。

◆エボラと闘った経験

 ロスリングさんは、診療所で行われた血液検査の結果をグラフにしました。その結果、本当の患者数は減少していることに気が付きました。それまでの対策が正しいことを確信できたそうです。

 この経験から、正確なデータの重要性を実感し、「ファクトフルネス」を書く動機になりました。

 同じ感染症である新型コロナウイルスは、まだ正体がよく分かっていません。

 このため、怪しいうわさや、偽のものを含む情報(インフォメーション)が飛び交っています。この現象はエピデミック(感染症の流行)になぞらえて、インフォデミックと呼ばれています。

 例えば、次世代通信規格の「5G」の電波にさらされると新型コロナウイルスに感染しやすくなる。十秒以上息を止めても、不快感やせきが出なければ、感染していない証拠だ…。

 WHOはホームページで、いずれも誤った情報だと説明。ウイルスから身を守るのに最も有効なのは、頻繁かつ念入りに手洗いすることだと勧めています。

 トランプ米大統領が新型コロナウイルスの治療法として「消毒液の体内注射」を突然提案し、大混乱を招いたこともありました。

 PCR検査で判明した感染者の数は鈍化傾向を見せていますが、数よりも「陽性率」の方が重要だと指摘する専門家もいます。

 これは、検査件数に対する陽性者の割合を示します。

 東京の場合、陽性率は約四割にもなります。疑いのある人を中心に検査しているからです。

 効果的な対策のため、検査数をもっと増やし、正確な陽性率を把握すべきだとの声も出ています。

 論議は続いていますが、データを多角的に分析することの大切さを示す例でしょう。

 最後に「ファクトフルネス」から、人間の本能を一つ挙げましょう。「犯人捜し」です。

 物事がうまくいかないと誰かが仕組んだと考え、その人を特定して責めたくなるものです。

◆責めても解決しない

 しかしロスリングさんは、「何の解決にもならない」と断言しています。誰かを批判するだけでは、他の原因に目が向かなくなり、再び同じ間違いをしてしまうから、だそうです。

 「その状況を生み出した複数の原因やシステムを理解することこそ重要だ」と強調しています。

 ロスリングさんは一七年に、惜しまれながら他界しました。

 この本の中で、今後心配すべき地球規模のリスクとして、金融危機や地球温暖化、極度の貧困、そして「感染症の世界的流行」を挙げ、処方箋も残しました。

 「危機が迫った時、最初にやることはオオカミが来たと叫ぶことではなく、データを整理することだ」と。

 心に留めておきたい言葉です。

 
 

コロナ禍に考える 温暖化も非常事態だ (2020年4月29日 東京新聞)

2020-04-29 08:19:26 | 桜ヶ丘9条の会

コロナ禍に考える 温暖化も非常事態だ2020年4月29日(東京新聞)

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の発令からちょうど一週間の今月十四日、気象庁の異常気象分析検討会は、「記録的暖冬」に関する分析結果を公表しています。

 昨年十二月から今年二月の平均気温は、平年と比べて東日本で二・二度、西日本で二度高く、戦後の統計開始以来、最も暖かい冬でした。

 北日本と東日本の日本海側では、降雪量も最少になり、名古屋市では一八九一年以来、最も遅い初雪になりました。

◆海は熱くなっている

 検討会はその要因を、遠くインド洋で発生した「ダイポールモード現象」であると結論づけています。

 インド洋西部、アフリカ側の海水温が高くなり、上昇気流が発生して偏西風を南北に蛇行させ、日本付近では北へ押し上げたため、本州から九州の広い範囲で、南から暖かい空気が流れ込み、気温も上昇したのだと-。

 このような現象は、五年に一度ほどの割合で発生しているそうですが、今回は「過去最強」。海水温は高くなり、四季の乱れは年々加速しています。温暖化の影響だと考えざるを得ない状況です。

 「緊急事態」と「異常気象」。私たちは、大変な時代に暮らしているようです。

 実はコロナ対策の緊急事態宣言より前に、世界各地の自治体が「非常事態宣言」を発しています。地球温暖化による「気候非常事態宣言」です。

 気候非常事態宣言は二〇一六年の暮れ、オーストラリア南東部のデアビン市が世に問うたのを皮切りに、世界約千自治体に広がりました。

 日本では一九年九月の長崎県壱岐市が第一号。イーズ未来共創フォーラムのまとめでは、これまでに二十七の自治体が宣言し、コロナ禍が広がりを見せ始めた三月以降でさえも、大阪市など十一市町村が仲間に加わりました。

◆二つの危機に直面し

 <本県は、ここに気候非常事態を宣言するとともに、二〇五〇年には二酸化炭素排出量を実質ゼロにすることを決意し、県民一丸となった徹底的な省エネルギーと再生可能エネルギーの普及拡大の推進、さらにはエネルギー自立分散型で災害に強い地域づくりを進め、もって本県の持続的発展を期するものとする>

 昨年暮れに長野県が出した、都道府県としては初の宣言です。

 その二カ月前、台風19号による千曲川の氾濫で甚大な被害を受けたばかりであるだけに、温暖化がもたらす気象災害への危機感が強くにじんでいます。

 世界が一斉に地球環境を考える「アースデー」の二十二日、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(17)はインターネットを通じて訴えました。

 「気候変動と環境の危機は依然として続いています。私たちは新型コロナウイルスの世界的な大流行と合わせ、二つの危機と同時に闘わなければなりません」

 十一月に英国で開催される予定だった気候変動枠組み条約第二十六回締約国会議(COP26)は延期になりました。

 しかし、グレタさんに共鳴する日本や世界の若者たちは、会員制交流サイト(SNS)上にプラカードを掲げて温暖化政策の強化を訴える「デジタル気候マーチ」など、コロナ禍に即応した活動を続けています。

 むしろ若者たちの方が知っています。「今」をむしばむ未知のウイルス同様に、気候変動が自らの「未来」を脅かす、目に見えぬ危険な敵であることを。

 温室効果ガスの排出量は、地球規模で急減しています。

 新型コロナの大流行で大都市が封鎖され、生産ラインは停止して物流は滞り、人々の移動も制限されているからです。

 やがて必ずコロナ禍は終息し、反動が訪れます。

 暴落した石油や天然ガスを湯水のようにつぎ込んで、世界は経済再生を競い合うことになるのでしょうか。リーマン・ショックの前後のように。

 それが続けば、ウイルス同様に恐ろしい“もう一つの危機”を回避することができません。

◆今、世界を変えるとき

 コロナ後に世界は変わると言われています。変わらざるを得ないのです。新しい世界の種は、今からまいておかねばなりません。

 例えば「脱炭素社会」の種。再生可能エネルギーや蓄電システム、水素インフラ、交通網…。エネルギー転換への投資は、経済再生にも有効です。

 温暖化の進行は、新たな感染症の発生や拡散に関連があるとも言われています。

 若者たちの未来に、もうこれ以上、禍根を残してはいけません。

 
 

ガラパゴス化の岐路か コロナ渦に考える (2020年4月28日 中日新聞)

2020-04-28 08:43:22 | 桜ヶ丘9条の会

ガラパゴス化の岐路か コロナ禍に考える 

2020/4/28 中日新聞

 十六世紀、スペイン人司教が発見した南米の孤島ガラパゴスでは独特の生態系が営まれています。バブル崩壊後、内需を意識して独自商品を生み続けた日本経済はこの島にちなんで「ガラパゴス化した」と揶揄(やゆ)されました。

 日銀が前代未聞の政策を打ち出しました。上限なく国債を買い入れて資金を流しコロナ禍に苦しむ経済を救おうというのです。

 これだけ異例の措置に踏み切る場合、米欧の中央銀行と緊密に連携するのが常識です。しかし、その気配は感じません。経済の国際協調は崩れ世界はガラパゴス色を強めていくのでしょうか。

 

グローバル化の加速

 

 ウィーンの名物カフェ「モーツァルト」はペスト記念碑から歩いて十数分の場所にあります。二十年前ウィーンフィルの元バイオリン奏者、ハンス・ノバク氏は店内で大指揮者カラヤンについて「偉大だが意地悪だった。ギリシャ系でオーストリアの血は入っていないはずだ」と語りました。

 旧ハプスブルク家が支配した領土の出身者以外同フィルに入団できない。ノバク氏もウィーンの人であり、私自身この説を信じ込んでいました。

 しかし調べてみると現実は違った。オーストラリア、カナダ、デンマーク…。団員は各国から集まっていました。名声はグローバルな血で支えられていたのです。同フィルと名演を繰り広げたカラヤンもその一員といえるかもしれません。

 グローバリズムの歴史は古い。ただその間、分野ごとで波の大小に違いがありました。

 一九八〇年前後を境にグローバルの大波が経済の分野に向かいました。英国のサッチャー首相が伝統の殻を破り外国資本を受け入れました。呼応するように世界の大企業が国外進出を加速させた。

 

見えない敵による侵食

 

 次の主役は金融資本でした。巨額マネーが渦を巻きIMF(国際通貨基金)危機のように国家まで財政破綻の淵に追い込みました。リーマン・ショックで危機が収まると巨大IT企業の時代に移りました。だが-。

 ウイルスという見えない敵がグローバル経済を侵食し始めています。国境を越えた人やモノの往来はウイルスの感染防止にはリスクでしかありません。

 当面、先進国の経営者たちは海外進出に二の足を踏み、国外拠点を自国に戻す動きを強めるでしょう。商品は普遍性を失い、独特な個性を持つガラパゴス風なものに変容する可能性があります。

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)といった国際協力の枠組みもいったん低調になる。外国との経済関係を最小限にとどめた巣ごもり型経済が一定期間主流になっていくのは確実に思えます。

 ただ中国という変数もあります。「一帯一路」と名付けた国際進出への意欲は衰えていません。

 セルビアのブチッチ大統領は「欧州の連帯はおとぎ話だった。助けてくれるのは中国だけだ」と言い切っています。中国依存を強める国は確実に増えています。

 中国への敵意も勢いを増しています。十五世紀前半ペスト禍が収まったウィーンでユダヤ人差別が起きました。不安が人種差別を引き起こしたのです。この二の舞いは避けなければなりません。

 巨大IT企業の動きも留意すべきでしょう。人工知能(AI)を駆使し、人との接触が必要ないサービスを生み出す可能性があります。それは利便性の向上に役立つかもしれない。しかし彼らが膨大な個人情報を集積している以上、制御は絶対に必要です。

 厚生労働省によると、国内の感染症病床は一九九五年の九千九百七十四床から一昨年には千八百八十二床に減少。グローバル化の中で利潤が優先され、もうけにならない万が一の準備を避ける傾向が医療にも影響を与えたとの推論は成り立つ。そうなら今回の試練は必要だったものを取り返す契機とすべきではないでしょうか。

 今後、米国の資本力は弱まり、一層内向きになるでしょう。中国は世界の工場だった時代を終え、米国に代わる存在として野心を強めるはずです。欧州では欧州連合(EU)への信頼が薄れ、ギルドのように排他的な商工組合型経済域が生まれるかもしれません。

 

次の選択が未来決める

 

 日本経済も岐路に立たされます。貿易を抑制し自立経済を目指せとの声は出るでしょう。

 ただ医療を中心に世界が手を取り合っているのは事実です。各国との協力関係の上に日本経済が成長してきたことも間違いない。

 内向きになる中、まずは失ったものを取り返し、その先に国際協調を蘇(よみがえ)らせる必要がある。そのための政治体制をどう築くのか。次の選択こそがこの国の未来を決めるのだと肝に銘じています。


コロナ禍に考える 波は一度ではないかも (東京新聞)

2020-04-27 09:08:59 | 桜ヶ丘9条の会

コロナ禍に考える 波は一度でないのかも

 「世界的流行の原因については全然無知なり。病原体が毒力を増大する理由も全く不明なり。感染の予防は目下の医学的知識にては密居を避くること、マスクの使用等を可とし、ワクチンは将来の研究を要す。口腔(こうくう)鼻咽腔の洗浄は有効なるべし」(東洋文庫「流行性感冒」より)

 これは大正時代のスペイン風邪について、厚生労働省の前身である内務省衛生局が刊行した本の記述です。流行性感冒(インフルエンザ)をコロナに変えれば、今とさほど変わりません。

◆荒れ狂う新型ウイルス

 細菌を原因とする感染症は、多くを克服できるようになりましたが、新型ウイルスへの対抗手段は限られ、百年前の本から数々の示唆が得られます。このころウイルスを見ることのできる電子顕微鏡はなくラジオ放送もまだ。電話も普及していませんでした。国産の大型蒸気機関車がようやくでき、道路には路面電車とわずかなクラシックカーが走っていました。

 一九一八(大正七)年八月下旬に日本に上陸したスペイン風邪は十一月に一気に大流行し、いったん収まった後、翌一九年も半月の患者数が五十万人に達するほど荒れ狂いました。ようやく三月に感染者が減り始め、六月には月間八千人程度に。このシーズンの患者は二千百十七万人、死者は二十六万人となりました。

 これで終わったかと思ったら、同年の十月末から流行が再燃しました。二〇年二月まで猛威を振るい、患者は二百四十一万人、死者は十三万人でした。衛生局は「本回における患者数は前流行に比し十分の一に過ぎざるも、病性ははるかに猛烈にして、死亡率非常に高く、前回の四倍半にあたれり」と記しています。

 大流行といえる期間は、それぞれ三~四カ月も続きました。

◆寒いと爆発的に大流行

 スペイン風邪により海外では社会学者のマックス・ウェーバー、画家のグスタフ・クリムトら、日本では、東京駅を設計した辰野金吾、陸軍元帥大山巌の妻・捨松、劇作家の島村抱月、野口英世の母シカらが命を落としました。当時の日本の人口は五千六百万人くらいですから、計二千四百万人の感染者は43%に当たります。世界では数億人が感染し、四千万人が死亡したと考えられています。

 スペイン風邪からは、数々の教訓が読み取れますが、最大の教えは「波は一度ではない」ということでしょう。

 ウイルスの種類は違っても、飛沫(ひまつ)により呼吸器に感染するウイルスということで、似ている点も多いのです。インフルエンザには季節性があり、冬から春にかけて流行します。従来のコロナウイルスにも季節性はみられ、やはり冬に風邪をはやらせます。

 新型コロナウイルスも、中国の冬に爆発的な流行を起こし、寒い欧州や米国東海岸で大流行しました。一方、暖かい地域での流行は比較的小規模です。

 スペイン風邪は、二冬目の方がパワーアップしました。毒性が強くなったのは、ウイルスの遺伝子がわずかに変異したのが原因とみられています。必ずしも強毒だから恐ろしく、弱毒だからくみしやすいとはいえません。弱毒のウイルスは宿主を死なせないので、拡散が大規模になりがちです。

 相違点は、スペイン風邪は二十代、三十代の人々が高齢者よりもずっと多く死亡したことです。高齢者が持っていた免疫が影響した可能性があります。

 欧米の感染拡大は、すでにペースを落としており、夏に一服するという見方も出ています。しかし南半球は、今後寒い季節に入り、北半球にもいずれ冬がやってきます。次の感染拡大までの準備期間ととらえるべきかもしれません。衛生局は二度目の傾向として「前回の流行時にかからなかった人が重症となる」「前回激しく流行しなかった地方で、本回は激しく流行した」と記述しています。

 新型コロナの流行には油断がありました。世界保健機関は今年初め「人から人へと感染する証拠はない。中国からの渡航制限はしないように」と言っていました。

◆異なる道を進むために

 欧州諸国もひとごとととらえ、ロンドン市長候補が日本に代わってオリンピック開催の用意があると豪語しました。いざ流行が始まると、中世さながらの方法、つまり隔離によって感染拡大を防ぐということしかできませんでした。

 二回目はそれではいけません。救命の技術は百年前とは段違いであり、これから治療薬とワクチン開発に注力することで、スペイン風邪の第二波とは異なる道を進むことができるでしょう。

 スペイン風邪が終息した百年前は、黄金の二〇年代ともいわれるほど世界的に繁栄した時代になりました。今の辛抱を、近い将来の楽しみにつなげたいものです。

 
 

種苗法改正 農業崩壊にならないか (2020年4月25日 東京新聞)

2020-04-25 08:52:24 | 桜ヶ丘9条の会

種苗法改正 農業崩壊にならないか

 国の登録品種から農家が種取りや株分けをすることを禁ずる改正種苗法案が、大型連休明けにも国会の審議に入る。国民の命を育む食料の問題だ。コロナ禍のどさくさ紛れの通過は、許されない。

 現行の種苗法により、農産物の新しい品種を生み出した人や企業は、国に品種登録をすれば、「育成者権」が認められ、著作権同様、保護される。

 ただし、農家が種取りや株分け

をしながら繰り返し作物を育てる自家増殖は、「農民の権利」として例外的に容認されてきた。

 それを一律禁止にするのが「改正」の趣旨である。原則容認から百八十度の大転換だ。優良なブドウやイチゴの登録品種が、海外に持ち出されにくくするためだ、と農林水産省は主張する。果たして有効な手段だろうか。

 もとより現政権は、農業に市場原理を持ち込むことに熱心だ。

 米や麦などの優良品種の作出を都道府県に義務付けた主要農作物種子法は一昨年、「民間の開発意欲を阻害する」という理由で廃止。軌を一にして農業競争力強化支援法が施行され、国や都道府県の試験研究機関が保有する種苗に関する知見を、海外企業も含む民間企業へ提供するよう求めている。そこへ追い打ちをかけるのが、種苗法の改正だ。

 対象となる登録品種は、今のところ国内で売られている種子の5%にすぎず、農家への影響は限定的だと農水省は言う。だが、そんなことはない。

 すでに種子法廃止などにより、公共種子の開発が後退し、民間種子の台頭が進んでいる。その上、自家増殖が禁止になれば、農家は許諾料を支払うか、ゲノム編集品種を含む民間の高価な種を毎年、購入せざるを得なくなる。死活問題だ。小農の離農は進み、田畑は荒れる。自給率のさらなる低下に拍車をかけることになるだろう。

 在来種だと思って育てていたものが実は登録品種だったというのも、よくあることだ。在来種を育てる農家は絶えて、農産物の多様性は失われ、消費者は選択肢を奪われる。そもそも、優良品種の流出防止なら、海外でも品種登録をした方が有効なのではないか。何のための「改正」なのか。

 種子法は、衆参合わせてわずか十二時間の審議で廃止になった。種苗法改正も国民の命をつなぐ食料供給の根幹にかかわる問題だ。

 今度こそ、十二分に議論を尽くしてもらいたい。