「命守る行動を」叫ぶだけ? 大雨避難、難題山積
2019/10/31
今回の台風19号でも、テレビから「命を守る行動を取ってください」という言葉が何度も聞こえてきた。緊急避難に駆り立てるには強い口調も必要だという声もあるが、違和感も拭えない。「自分の身は自分で守れ」と突き放すなら、災害から国民を守るという政府の責務はどうなるのか。
「命を守る行動を取ってください」という言葉は、いつから使われるようになったのか。気象庁によれば、大雨特別警報の運用が始まった二〇一三年から。紀伊半島を中心に九十八人の死者・行方不明者を出した一一年九月の台風12号を教訓に、特別警報が創設された。「より強い警戒を伝えることで住民の行動を促し、減災を図ろうとしている」(天気相談所)と説明する。
「数十年に一度の現象」が基準とされ、今回の台風19号では過去最多の十三都県という広い範囲で大雨特別警報が発表された。内閣府のガイドラインでは「既に災害が発生している可能性が高く、命を守るための最善の行動を取る」と定められている。
水島宏明・上智大教授(テレビ報道論)は「東日本大震災以来、テレビの災害報道も命令口調で緊迫感を持たせる方向に変化してきた」と指摘。突き放されたようで違和感を感じる視聴者もいるとして「高所への垂直避難を勧めるなど、工夫して伝えるアナウンサーもいる。さまざまな立場の人たちに対してどう伝えるべきかは今後も改善の余地がある」と話す。
しかしながら、災害が差し迫っている時に「命を守る行動を」と言われても、どうすればいいか戸惑う人は少なくない。NPO法人日本防災士会東京都支部の正谷(まさたに)絵美・常任幹事は「安全な場所への避難が求められるが、災害の状況により取るべき行動は違う」と話す。
例えば台風19号のような水害では、住所がハザードマップ(被害予測地図)でどんな被害が予想されるかによって対応も変わるという。「浸水したら足首程度の水位でも流れが強ければ歩けない。避難所へ行くまでに浸水域があれば、より遠くの避難所を目指さなければならない」
さらに、一人暮らしのお年寄りや障害者など、自力で避難しづらい人もいる。正谷さんは「日頃から地域で共助のあり方を考え、離れて暮らす家族がいる人はどういう行動が取れるか話し合っておくことも必要。住民に命を守る行動を求めるなら、自治体が啓発活動などで避難への意識付けすることも、重要になる」と求める。
昨年の西日本豪雨を受けた政府の中央防災会議有識者会議がまとめた報告書は、突発的な土砂災害や水害などに「既存の防災施設、行政主導のソフト対策には限界がある」と強調。「住民が『自らの命は自らが守る』意識を持って自らの判断で避難し、行政はそれを全力で支援する」との方針を出した。避難情報があっても避難せず犠牲になった人もいたとし「『逃げ遅れたり、孤立しても最終的には救助してもらえる』という甘い認識は捨てるべきだ」とまで言い切った。
こうした「災害リスクの個人化」について、駒沢大の山崎望教授(現代政治理論)は被災者の自己責任を過剰に求めることにつながるとし「地震や水害で被害が出る恐れのある地域に住む人や野宿者など、社会的リスクに弱い人々がたたかれやすい状況になる」と警鐘を鳴らす。さらに近年、地球温暖化などによって豪雨や巨大台風の危険性が増している点には「気候変動が人類レベルのリスクなら、国際的な取り組みを促すのも政治の役割のはず。それを怠り、災害時に住民の自己責任を強調するならば二重に問題がある」
(安藤恭子、中山岳)
◆東京「250万人避難計画」公表せず
台風19号に際し、東京二十三区東部の江東五区(墨田、江東、足立、葛飾、江戸川)が、最大二百五十万人を対象とした避難計画を初めて発動させることを検討したものの、見送っていたことが分かった。計画では検討開始の段階で公表するはずだったが、パニックを恐れて公表せず。もとから課題は多かったが、この計画、実効性はあるのか。
江戸川区広報課の岡田治夫主査によると十一日午前十時半ごろ気象庁から、荒川流域(岩淵地点上流域)での三日間積算流域平均雨量が三〇〇ミリから四〇〇ミリになる予報があると連絡があった。このため、同日午後二時半、五区の担当者が電話で共同検討を開始した。
ただ、計画では住民に五区の外へ避難を呼び掛ける自主的広域避難情報を発令するのは、「三日間で五〇〇ミリ」という予報が出た場合。このため、発令は見送られたという。
一方、五区は共同での検討を始めた場合、検討開始自体を発表することで合意していたが、これも見送られた。江戸川区防災危機管理課の本多吉成統括課長は「すでにJRなどで翌十二日正午からの計画運休が分かっており、二十四時間を切っていた。発表すると不安を感じた多くの住民が短時間に駅に殺到したり、車で避難しようとして大渋滞が起こり、車に乗ったまま被災する危険が予想されたため、発表しないことにした」と説明する。
また、計画では台風接近までの時間と雨量を基準に、避難を求める度合いを強めた発令をすることになっている。十二日午前七時十五分ごろには三日間積算流域平均雨量が五〇〇ミリになる可能性があると気象庁から連絡があったが、自主的広域避難情報より一段階強い「広域避難勧告」を発令する基準は同雨量六〇〇ミリだったため、これも発令を見送り、結局、各区で対応することになったという。
そもそも計画は近年多発する大雨災害に備えて、海抜ゼロメートル地帯の広がる江東五区が協議会をつくって練ってきた。昨年八月に江東五区大規模水害広域避難計画を策定。荒川や江戸川が同時に氾濫したなどの場合、ほとんどの地域が浸水。人口の九割以上に当たる二百五十万人が被害に遭い、二週間以上水が引かないとして、五区から出て親戚や知人宅、宿泊施設、勤め先など各自で避難先を確保するよう求めた。
ただ、五区外の避難所の確保については国や都などで協議している段階で、自力で避難先を確保できない人や独居の高齢者など動けない人たちをどうするのかなど多くの課題が当初から指摘されていた。今回のように、検討開始さえ公表できないなら、そもそも本当に避難を発令できるのか疑わしい。
今回の対応について、防災・危機管理アドバイザーの山村武彦さんは「最近、千葉県であったように半日で一カ月分の雨が降るなど、災害が想定を超えるようになっている。江東五区が発令の判断基準に使う三日間積算流域平均雨量の予測だけでは対応できなくなってきているのが実態。現状や将来の災害に対応できるよう、柔軟に基準を変えたり、増やしたりする必要がある」と指摘する。
さらに検討開始自体を発表すると決めていたのに、発表しなかったことについては「発表するべき危機を発表せず、隠されていた危機を知って人々がパニックになることがある。検討の結果、自主的広域避難情報の発令には至らなかったが、検討を始めたと正確に発表すべきだった。発表しないと今後、何か隠しているのではないかと住民が疑心暗鬼にもなる」と話した。
(稲垣太郎)