週のはじめに考える みくびられないために (2021年10月31日 曇 中日新聞)

2021-10-31 10:39:21 | 桜ヶ丘9条の会

週のはじめに考える 見くびられぬために

2021年10月31日 中日新聞
 今日は何の日でしょうか。そう「日本茶の日」。一一九一(建久二)年のこの日に、栄西禅師が宋から茶の種を日本に…いや、それもそうなのでしょうが、まずは、やっぱり衆院選の投票日と言うべきでしょうね。国民が参政権を行使して国の針路を決める大事な機会なのですから。でも、ここ三回の投票率は60%未満…。まだの方は「いろいろ用もあるし」なんてお茶を濁すのはやめて、さあ、投票に行きましょう。

先人の「血が通う」一票

 今回は第四十九回ですが、第一回衆院選が行われたのは一八九〇(明治二十三)年のこと。投票率は、実に、93・91%でした。しかし、です。その時の有権者数は今回の二百分の一以下、たったの四十五万人強。投票できたのは「直接国税十五円以上を納める二十五歳以上の男子」だけでした。有権者数は人口の1・1%。要は、ごく限られた富裕者の男性以外には投票の権利がなかったのです。
 その後、徐々に納税額が引き下げられ、一九二八(昭和三)年の第十六回からは納税額の制限もなくなって有権者数は次第に増えていったわけですが、一九四六(昭和二十一)年の第二十二回では、二十一回の約千五百万人からいきなり約三千七百万人へと急増しています。なぜか。女性に初めて選挙権が認められ、年齢も二十歳以上に改められたからです。
 その前年、日本は敗戦。連合国軍の占領下で初めて完全な普通選挙が実現し、すべての二十歳以上の国民(現在は十八歳以上)が投票権を手にできたのでした。その七カ月後、一四条で女性参政権を明確に保障した日本国憲法が公布されています。
 つまり、憲法も、成人が等しく持てるようになった一票も、あの戦争で夥(おびただ)しい数の命が失われ、夥しい量の血が流された結果、国民にもたらされたもの、ということができます。そのころ、連合国軍総司令部(GHQ)の意向で発足した憲法普及会と東京新聞が共催で記念歌詞を公募しています。これは、その入選作の一つ。
 <犬死(いぬじに)でなかつた 証拠にや 新憲法の どこかにあの子の 血がかよう>
 愛する子の死をせめて意味あるものと思いたい。切ない親の胸中です。私たちが、今、手にしている一票の権利とて同じことでしょう。そのどこかには無数の<あの子>らの血がかよっている。そう思えば、その一票を、あだやおろそかに扱うわけにはいきません。

選挙結果と民意のズレ

 しかし、前述のように低投票率が続いているのが現実です。例えば、過去最低だった二〇一四年の衆院選の52・66%とは、どういう意味なのでしょうか。単純化して有権者総数が百人、主張が対立するA党とB党の候補が争う選挙区と仮定してみます。投票したのはわずか五十三人で二十七票をとったA党候補が勝利しました。つまり、この選挙区の代表はわずか四人に一人強の有権者の意向で決まってしまったわけです。仮にB党候補に投票した二十六人に加え、棄権した四十七人も実はA党候補を支持していなかったとしても、その計七十三人、七割以上の人の民意は選挙結果に反映されていないことになります。
 しかも、現実の衆院選・小選挙区には、得票第一党が、議席獲得率で、かなり「優遇」される傾向があります。例えば、前回選挙で自民は得票率48%だったのに、何と議席の74%を獲得しています。投票率の低さと相まって、思われているよりずっと少ない支持で大勢力の政権党が誕生してしまうという構図です。「公正な選挙」の結果のはずなのに、適切な民意の反映がなされない、あるいは、本当の民意とズレる恐れが強まると言ってもいいでしょう。
 現政権は発足間もなく、この選挙では、安倍・菅政権という自民党長期政権への評価が問われる面が強いでしょうが、その特徴の一つは、さまざまな疑惑や専横的振る舞いに国民が割りきれなさを感じていても、懸命に釈明しよう、誠実に説明しなければ、という姿勢が希薄だったことです。

国民を恐れない政治

 こんなことをしたら・しなかったら不興を買うのではないか、と世論にビクつく感じがあまりなかった。総じて国民を見くびっていたという印象が拭いきれません。
 なぜ、甘く見ていたのか。一つの理由が、投票率の低さにある気がするのです。岩盤のような支持者が四人に一人程度いてくれれば政権は安泰。その層の意向に配慮すればいい。奥底には、そんな意識、妙な自信のようなものがあった気がしてなりません。
 見くびられたくないのなら、まず、すぐできることは、一つ。投票に行くことです。
 

 


衆院選、私はこう託す 論説委員の「視点」

2021-10-30 14:44:43 | 桜ヶ丘9条の会

衆院選、私はこう託す 論説委員の「視点」

2021年10月30日 中日新聞
 衆院選の投開票があすに迫ります。争点は多岐にわたり、投票先を決めかねている読者もいらっしゃるかと思います。そこで、日ごろ社説を書いている論説委員が、自分ならどんな視点で投票するかを披露します。皆さんが投票する際、参考にしていただければ。
    ◇ 
 ◆百年の計をたてているか 国の借金は国内総生産の二倍を超える千二百兆円。つけは将来世代に回る。バラマキ競争より、先々のビジョンを持っているかを判断したい。 (国際問題担当 青木睦)
 ◆脱原発との両立を 温暖化対策は待ったなしだが、そのための「原発回帰」は危険で、経済的にも見合わない。温暖化対策と脱原発の両立を探る、党や候補者に期待。 (環境・農業担当 飯尾歩)
 ◆未来に責任を 将来への巨額つけ回しに不信、不安を抱く人が多い。生活支援は必要な人に絞って十分に届け、借金返済も確実に進めねば。未来に責任持つのは誰なのか。 (社会担当 臼井康兆)
 ◆人中心の政策を 企業の稼ぐ力を増やすには、人を大切にする経営しかない。イノベーションが生まれる環境づくりが社会全体で必要だ。子どもの教育格差はゼロに。 (経済担当 長田弘己)
 ◆ミャンマーを忘れるな 国軍に虐げられるミャンマーの人々が気がかり。欧米偏重でなく、弾圧に苦しむ途上国の人たちへの救済策を語る人や党を見極めたい。 (東南アジア担当 小野木昌弘)
 ◆対中バランス外交を 中国は特に経済的に重要な隣国だが、強権的な実効支配拡大など懸念も多い。経済と安保の両面を重視した対中政策を採れる人や政党に期待する。 (中国担当 加藤直人)
 ◆低賃金の是正を ある試算では最低賃金並みの正社員は十人に一人だそうだ。いくら働いても生活が楽にならない。低賃金をなくす「分配」こそ選択肢だと思う。 (司法担当 桐山桂一)
 ◆怒りを示せ ドラマ「半沢直樹」は痛快だ。不正を暴き、土下座までさせる。モリカケに桜、学術会議介入−半沢はいない。選挙で怒りを爆発させ、正義を取り戻したい。(欧州担当 熊倉逸男)
 ◆多様で力強い政治に 「お友達政治」の弊害はもちろん、似たものばかりで議論しても活力は生まれない。迷った時は国会の構成がより多様になる候補者を選ぶ。 (デジタル担当 小嶋麻友美)
 ◆核禁条約への対応見極める 核兵器を非合法化する「核兵器禁止条約」に、唯一の戦争被爆国としてどう対応すべきか。意見を聞き、判断材料の一つにしたい。 (核・朝鮮半島担当 五味洋治)
 ◆痛みの声聴く人を 女性やマイノリティーに差別的な政治に終止符を。コロナ禍で苦しむ人、投票権のない外国籍の人や子どもたち…。届かぬ声を聴ける候補かどうか。 (人権担当 佐藤直子)
 ◆「よりまし」を選ぶ 望みを全部かなえてくれる政治はない。よりましな世の在り方を選ぶのが選挙。与野党の主張、どっちがまし? 楽しみながら選び投じる。 (政治担当 白鳥龍也)
 ◆自分に「近い」候補者を 生活上の困り事や不安を五つ書き出してみる。それについて語る解決策が自身の考えとより近い人に託せば少しずつだが社会は変わるはずだ。(社会保障担当 鈴木穣)
 ◆ウソをつかない 情けない話だが、政策以前の倫理を問う選挙だと思う。ウソは言わない、記録をいじらない。このレベルが担保されねば、どんな政策も意味はない。(中東・社会担当 田原牧)
 ◆実態把握しているか コロナ禍で経済全般が停滞しているとはいえITと飲食では深刻さの度合いが違う。暮らしの実態を正確に把握して政策を訴えているか、吟味したい。(経済担当 富田光)
 ◆腹に落ちるか 成長と分配、どちらが先かと言われても、その手法、原資は? ばらまき合戦はこりごりだ。実現性や説明力を備えた党、候補を選ぶつもりだ。 (防災・社会担当 豊田雄二郎)
 ◆末は博士か大臣か この言葉が示す通り、かつて学術と政治は日本を動かす両輪だった。政治が予算や人事権を握り、学術を圧迫している現状をよく見極めた選択をしたい。(文化担当 三品信)
 ◆地方創生をやり直そう 政策を駆使しても効果がなかった東京一極集中の是正が、コロナ禍で見えてきた。働き方の仕組みを大胆に変える後押しを期待する。 (北陸担当 山本義之)
 ◆自由な社会を守りたい 伸びやかな発想や独創的な研究は、自由で寛容な社会から生まれる。押し付けではなく、自発的な活性化を助ける人に託したい。 (科学担当 吉田薫)
 ◆謙虚さ忘れぬ人に 安倍・菅政治の「負の遺産」は権力を抑制的に行使する謙虚さを失ったため生じた。当選イコール白紙委任でないという自覚があるか、見極めが大切。(政治担当 渡辺隆治)
 

 


国立ハンセン病資料館長

2021-10-29 17:32:11 | 桜ヶ丘9条の会

内田博文 国立ハンセン病資料館館長

2021年10月29日 中日新聞

差別の歴史認め 再発防ぐ施策を

 ハンセン病患者や家族への人権侵害を国が検証し、再発防止策をまとめたはずなのに、新型コロナウイルスの登場によってこの国で再び感染症患者らへの差別が起きている。コロナ禍の七月に国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)の館長に就任した内田博文九州大名誉教授(75)は、「教訓が生かされていない」と危機感を強める。 (石原真樹)
 -資料館はどういう場所ですか。
 誤った国の強制隔離政策によって、ハンセン病患者や家族は深刻な人生被害を受けました。一方で当事者は被害を受けるだけでなく、人間回復を目指して勇敢に闘い、今も闘い続けている。そういったハンセン病問題の歴史や教訓を現在、そして次の世代にバトンタッチする場です。
 たとえば「結婚、断種、中絶」という展示。入所者は子どもを持つことは許されず、断種(強制不妊)手術が結婚の条件でした。ある女性入所者は赤ちゃんも持てないというのは疑似夫婦だ、と私に話しました。他方で、心から支え合った夫婦もいます。
 岡山県の療養所「長島愛生園」にあった療養所内で唯一の高校「県立邑久(おく)高校新良田(にいらだ)教室」を紹介する展示。療養所の子が授業を受けられるようになったことは進歩ですが、管理する側に都合の良い入所者に育てる教育でした。ここから患者運動のリーダーになる方もいて意義は大きかったですが、良かったね、だけではない。今の展示はそういった複雑さを伝え切れていない部分があります。
 療養所はどういうところかと入所者に尋ねると、半数は地獄、半数は天国、と言います。療養所に入る前に家族がその人を守り、社会の偏見から守られた患者にとって、家族との関係が絶たれる療養所はつらい。他方で、家族が守ることができず社会の差別偏見に直接さらされた患者は、療養所は天国のようだ、となる。それぞれの話す意味を理解するには、背景を考えないと駄目なのです。
 -「国立」資料館の意義は。
 近代国家の役割は人々の暮らしと権利を守ることですが、逆のことを行うことがあり得る。その場合に自ら過ちを認め、繰り返さないための施策を講じることで国民の信頼を得る、それが近代国家です。ところが日本はなかなか過ちを認めず、再発防止の取り組みも弱い。例えば熊本県で一九五〇年代に起きた「菊池事件」。ハンセン病患者とされた男性が、裁判所ではなく療養所内に設けた特別法廷で、まともな審理を受けられないまま死刑判決、執行となった。
 熊本地裁は昨年二月、隔離された法廷での審理は「人格権を侵害し、患者であることを理由とした不合理な差別」として憲法違反との判断を示しました。ところが、男性の名誉回復に不可欠な再審の必要性は認めず、検察も後ろ向き。国が、被害の回復をしようとしないのです。
 国の役割に、被害を回復し、検証し、再発防止することを盛り込む必要があります。「国立」の資料館が国の過ちを展示できるのかと疑問を持たれることがありますが、国立の施設として「昔こんな過ちをした」と伝えることは、国が国として正しく機能を果たすために必要なことです。
 -新型コロナウイルスで差別が起きています。
 差別の理由は感染したくない、避けたいという人間の自然な動機。つまり誰でも加害者になり得る。そして集団意識が形成され、個人の判断よりも、なんとなく流されてしまう。防ぐには個人が個人で判断することと、集団に対して啓発の取り組みが必要です。
 差別は加害者が多数派なので、被害者が訴えても多数派が「それは違う」といったら終わり。被害を客観的に判断するために、道徳ではなく、何が差別なのかを定めた法律が必要です。
 らい予防法は違憲だとの判断を示した二〇〇一年熊本地裁判決を受けて「ハンセン病問題に関する検証会議」がまとめた最終報告書に、再発防止への提言として患者の権利の法制化などが盛り込まれています。
 「感染症患者の人権を保障し感染の拡大を防ぐ唯一の方法は、患者に最良の治療を行うことであって、隔離や排除ではないとの認識を普及させること」であり、やむを得ず強制隔離が必要な場合も患者の人権の制限は必要最小限にしなさい、と。提言には被害者を救済する人権擁護の仕組みの整備などもありますが、実現していません。
 -専門は刑法です。
 巨悪をなんとかしたいと思って京都大で刑法を専攻しました。大学院に進み、指導教官が忙しかったため、立命館大の佐伯千仭(ちひろ)先生に学ぶことに。戦前に京都帝国大に国家が介入した滝川事件で、学問の自由を守ろうと抵抗して辞職した先生です。弁護士としても冤罪(えんざい)事件などに熱心に取り組まれていました。
 いつも語っていたのは、歴史に学ばなければ駄目だということ。人間はいっぱい過ちを犯してきた。過ちを二度と犯さないために、教訓を学ばなければならない。それも座学だけでなく、具体的な事件に生かさないと本当に生かしたことにならないのだと。
 -ハンセン病問題と関わり続ける理由は。
 法学界、法曹界の責任です。人権を守ることが責務なのに、一貫して傍観という態度をとった。加害者だった。これ以上傍観し続けることは許されない。
 ハンセン病問題は国や社会、一人一人を映し出すきわめて精巧な鏡。自分自身の生き方やあり方を示してくれる。中でも法律の研究者にとって、日本国憲法を映し出す鏡です。ハンセン病の当事者たちのように日本国憲法の埒外(らちがい)の人がいるのではないか、と。憲法はあるけれど、機能しているのか。そういう問いかけを絶えずしてくれます。
 戦後に憲法ができて社会は良くなったと思う方が多いですが、本当にそうでしょうか。国と市民が一体となってハンセン病患者を療養所に隔離した「無らい県運動」は、戦後に強化されました。
 入所者の断種や堕胎は戦前も行われていましたが法的には禁止されており、戦後に優生保護法で合法になった。神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」事件が起きたように、優生思想は今、むしろ拡大傾向にあると思います。
 戦前は検察官や警察官には、家宅捜索や勾留を行う「強制処分権」を認めない建前でした。拷問などの恐れがあるからです。一九四一年の改正治安維持法等は検察官に強制処分権を与え、戦後は廃止どころか、令状主義と引き換えに警察官にもこれを認めました。現憲法下も、治安維持法は引き継がれているのです。
 小林多喜二を死亡させたような露骨な拷問はなくても、志布志事件での自白の強要など、精神的拷問といえる事案は起きています。戦前や戦中の出来事を検証し、過ちがあれば被害者にきちんと手当てし、再発防止策を講じることは戦後世代の責任です。
 今、十分果たしているかどうか。加えてハンセン病問題では加害者の側面があり、今も差別が続いている。その事実を頭に置き、一人一人が考え行動することが必要です。

 うちだ・ひろふみ 1946年、大阪府生まれ。京都大大学院法学研究科修士課程修了。88年九州大法学部教授、2000年法学部長。10年に退官し、名誉教授。専門は刑事法学(人権)、近代刑法史研究。
 らい予防法廃止(1996年)直後に学生と国立ハンセン病療養所菊池恵楓園を訪問したことなどを機にハンセン病問題と関わり、2001年に原告側が勝訴した「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」で弁護団の顧問、厚生労働省第三者機関「ハンセン病問題に関する検証会議」で副座長を務めた。今年7月から現職。主な著書に「ハンセン病検証会議の記録」(明石書店)、「治安維持法の教訓」「医事法と患者・医療従事者の権利」(ともにみすず書房)。

あなたに伝えたい

 国立の施設として「昔こんな過ちをした」と伝えることは、国が国として正しく機能を果たすために必要なことです。

インタビューを終えて

 らい予防法を憲法違反だと訴えた国家賠償訴訟は、判例に照らせば「勝てるわけがない」裁判だったという。社会の関心も支持もなかった。そのような中で弁護団の顧問として共に闘った歴史と、「ハンセン病に学ばせてもらっている」との姿勢が、内田先生への当事者の厚い信頼につながっていると感じる。
 元患者たちが高齢化し、当事者なきあとに歴史を修正させないために、よりどころとなる資料館の存在意義は大きい。新型コロナで、ハンセン病の教訓が生かされていない実態も浮き彫りになり、これまで以上に発信、啓発が求められる。館長としての手腕に期待しつつ、自分も何ができるか考え続けたい。
 

 


リニア新幹線工事で初めて犠牲者阿(死者1) 中日新聞

2021-10-29 11:43:34 | 桜ヶ丘9条の会
リニア中央新幹線のトンネル建設で初めて犠牲者が出た。「大深度地下工事」など日本の土木技術の粋を集めた国家的プロジェクトは安全面からの疑問符を突きつけられた。JR東海は再発防止策を講じた上で早ければ来月初めの工事再開を目指すが、この先の安全を確保できるのか懸念の声が上がる。

■基本を徹底

 「ガイドラインに沿った安全管理に取り組んできた」。JR東海の新美憲一執行役員は記者会見で強調し、再発防止のためにもう一度ガイドラインを周知すると繰り返した。だが、リニアの工事関連では既に二〇一七年、一九年と二回崩落が発生。今回の瀬戸トンネル(岐阜県中津川市)の事故を合わせると四年で三回だ。短期間で複数事故が起き、再発防止策を問われた担当者は「まずは基本を徹底する」と述べるにとどめた。
 山のトンネル掘削工事は一般的に先端部分の地盤が露出し、岩石などが落下する「肌落ち」と呼ばれる事故が発生しやすい。厚生労働省によると〇七年からの約十年間で少なくとも七件の死亡事故が発生。一六年には厚労省が防止策のガイドラインを策定したが、担当者は「対策を講じてきた中で今回の事故が起きた」と残念がる。
 岐阜県警は業務上過失致死傷の疑いもあるとみて調べる。山口大の進士正人教授(トンネル工学)はリニアの工法は最先端としながらも「人工知能や監視責任者を通じて肌落ちしやすい場所を警告する仕組みがうまく働かなかった可能性がある」と指摘する。

■地下40メートル掘削

 大深度地下工事にも不安は高まる。リニアは市街地では地表から四十メートル以上の大深度地下を掘削するトンネル工事を行う。用地買収や地権者への補償が不要になり、事業が進みやすくなるためだ。
 しかし東京都調布市で昨年十月、シールドマシンを用いた東京外郭環状道路(外環道)の工事現場近くで道路が陥没。安全性を問題視する市民団体がリニア工事の差し止めを求める訴訟を起こしている。
 市民団体の三木一彦代表は「今回のトンネル事故で施工管理のずさんさが浮き彫りになった。難易度の高い大深度工事ができるかどうかも疑わしく、工事を中止すべきだ」と訴える。

■開業先送りも

 JR東海は今回の事故を受け山岳部の十四工区で三日程度、工事を止め、作業員に改めてガイドラインを周知。その後、事故が起きた瀬戸トンネル以外での工事を全て再開する方針だ。
 事故がリニアの開業に及ぼす影響について、新美氏は「大きくはない」としたが、明確な時期の言及は避けた。工事に伴う環境対策を巡る沿線の静岡県との協議が折り合わず、既に二七年の開業は困難な情勢。今回の事故に関する調査次第では開業が一段の先送りとなる恐れもある。
 

 


職場の暴言、周りも傷つく 同僚の被害目撃「間接パワハラ」 (2021年10月27日 中日新聞))

2021-10-27 22:20:36 | 桜ヶ丘9条の会

職場の暴言、周りも傷つく 同僚の被害目撃「間接パワハラ」

2021年10月27日 05時00分  中日新聞
 パワー、セクシュアル、モラル、アカデミック、アルコール…。これらの言葉に続く「ハラスメント」。耳にしない日はほぼない。それほど日常化している証しだが、多くはハラスメントを受けた直接の当事者の話だ。最近では、職場の同僚が被害に遭っているのを目の当たりにし続けることで、不調をきたす「パワハラ間接被害」も表面化し始めている。働く現場に何が起きているのか。 (木原育子)
 「同僚や後輩が追い込まれる姿を、毎日近くで見なければならない。自分が追い込まれる以上に絶望だった」。関東圏に暮らす三十代の女性がうつむいた。
 女性は二〇一八年から食品大手企業の開発部門で働き始めた。「研究の幅が広がる」と念願かなっての転職。だが、思い描いていた環境とは違った。「殺すぞ」「ふざけるな」。日常的に暴言が飛び交い、緊張と恐怖が覆う職場だった。
 転職組として気が引けたが、一年後、上司に「その暴言はパワハラではないか」と伝えた。それでも、環境が変わることは全くなかった。別の上司にも相談したが、「変に介入してさらにひどくなるのは避けたい」と取り合ってもらえなかった。女性は、突発性難聴を発症するなど体調を崩し始めた。
 昨春には新しい上司(四十代男性)が着任。この上司から入社一年目の男性社員(二十代)に集中砲火が始まった。「こんなこともできないのか」「頭使えよ、考えりゃ分かるだろ」
 女性が「パワハラですよ」と何度も上司と男性の間に入ったが、「一人前になるための試練だ」と、数時間に及ぶ「指導」が改善されることはなかった。職場の有志で、社内のコンプライアンス部に嘆願しにも行ったが、「態度が変わるのを待ってほしい」と危機感はなかった。
 女性の体調に異変が起きたのは今年に入ってから。上司の怒鳴り声を聞くだけで、女性は自分が責められているように感じ始めた。落ち込む男性を目にすると女性も憔悴(しょうすい)。通勤途中の電車で突然涙が出たり、不安で眠れなくなったり。男性と自分に起きていることの境が混同していった。
 「私がパワハラを受けた当事者ではないのに、逃げ場がなくなった。助けてあげられない自分を否定し続けた」と振り返る。
 女性は転職前の職場でも、同僚の自死を経験している。後に職場でパワハラを受けて悩んでいたことを知った。気づけなかった自分を責めるとともに、「二度と仕事が原因で命を落とす人を出してはいけない」と思うようになった。
 そんな心機一転の現場で起きたパワハラ。状況は打開できず、四月に男性はうつ病で休職。五月に女性も適応障害と診断され、ともに休職に入った。
 一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事で産業医の武神健之さんは、「パワハラには全員に暴言するのと、一人だけを責めるタイプがある」とし「前者は全員が被害者だが、後者は間接被害が起こりうる。間接被害は下手に動くと自身が標的になりかねず、表に出にくい」と説明する。
 間接被害が蔓延(まんえん)する職場とは。武神さんは言う。「状況が変わらない無力感と、見て見ぬふりをするような後ろめたさは想像以上に社員に深刻な影響を与える。間接被害は直接被害以上に、何をやってもだめだという学習性無力感を呼びやすい。生産性も落ち、組織に良いことは一つもない」

セクハラは定義に「環境型」も


衆院選で重視「働く環境改善」最多76%

 あらためてハラスメントの定義を振り返ってみる。厚生労働省が主なパワハラの事例で挙げるのは「死ね」など人格否定の言動や激しい●責(しっせき)、無視、病歴など私的領域への過度な立ち入り−など。当事者への直接的な被害が想定されている。パワハラだけではなく、例えば妊娠中の女性を対象にしたマタニティーハラスメントなど、ほとんどが当事者がハラスメントの対象だ。
 一方、セクハラについては、例えば職場でいかがわしいポスターを張ったり破廉恥な動画を見たりする行為は「環境型セクハラ」に該当すると定義。その場合、身体に触れるなど直接的な行為がなかったとしても、「間接被害」として認めている。
 東京労働局指導課の担当者は「パワハラよりもセクハラの方が、不快だと思う行為について幅広く定義している面はある」としつつ、「相談窓口では当事者だけではなく、幅広く応じるよう求めている」と話す。
 一方、労働問題に詳しい新村響子弁護士は「パワハラの『間接被害』が、労災や裁判で認められていないわけではない」と指摘する。
 長野県の医療機器販売会社で働いていた女性四人が当時の代表取締役からパワハラを受けたとして損害賠償を求めた訴訟で、東京高裁は二〇一七年十月の判決で、直接暴言を言われていない原告に対しても間接被害を認めた。
 直接被害も間接被害も含めて、職場の環境改善は整いつつある。昨年六月には改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行。大企業にパワハラの相談窓口設置が義務づけられ、今後は中小企業にも拡大する。
 だが、厚労省が昨年十月に実施した企業調査で「相談窓口の設置と周知」を実施したのは78・6%。一方、連合が今年六月に二十〜五十九歳の労働者千人を対象にした調査では、職場でのパワハラ防止方針の明確化や周知について「何も行われていない」と答えたのは40%に上った。
 職場の環境整備を求める声は、若者の方が根強い。NPO法人の代表らで立ち上げた「目指せ!投票率75%プロジェクト」は八月下旬、二十〜三十代を中心に約四万四千六百人にアンケートを実施した。
 今回の衆院選で重視する政策分野を複数回答で選んでもらったところ、「働く環境の改善」が最多の76%を占めた。個別の政策の重要度を「そう思う」「そう思わない」など五段階評価で聞いた設問では「ハラスメントの禁止」を「とてもそう思う」と回答したのは80%に上りトップだった。
 プロジェクトメンバーで、子どもの貧困問題に取り組むNPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長は「調査結果は、若者が日々感じている息苦しさや生きづらさを表している。ハラスメントは嫌だとこんなに訴えているのに、社会も政治も動かなかったということの象徴だ」と指摘する。
 国際社会調査プログラム(ISSP)の一五年調査では、上司や同僚からハラスメントを受けた人の割合は26%で世界三位。明治大の鈴木賢志教授(政治学)は「件数が多いともいえるが、ハラスメントに敏感になっている証左ともいえる」とし、「組織で力を持つ立場の人たちが、無邪気に放ってきたハラスメントは、個を尊重する若い世代の価値観と激しくぶつかり合っている。日本もようやく気付いてきた」と続ける。「日本社会の働き方は、今変われなければ、さらに大きな社会的損失を生むだろう」