政治と世論を考える(6)新聞の責任を考える(2017年8月26日中日新聞)

2017-08-26 08:28:09 | 桜ヶ丘9条の会
政治と世論を考える(6) 新聞の責任かみしめる 

2017/8/26 中日新聞
 世論研究の先駆的著作「世論」が米国で刊行されたのは一九二二年。著者であるリップマンが三十三歳のときだった。

 彼の疑問は、この複雑で巨大な現代社会で一般の人々が問題を正しく理解できるか、民主主義が可能か、ということだった。確かに民主主義は主権者である国民が正しくさまざまな問題を理解し、正しい投票をする前提で動いていく仕組みである。

 だが、どう考えても彼には人々が正しい理解をしているとは思えなかった。従って公衆が賢明な意見を持つことを前提とする民主主義は成り立たない。だから、情報の分析や判断は、専門家集団に委ねざるを得ないと考えた。専門家とはジャーナリストなどだ。

 第一次世界大戦に情報担当大尉として加わり、世論がいかに政府によって操作されやすいものであるかも体験していた。それが「世論」を書く動機でもあった。

 <新聞は一日二十四時間のうちたった三十分間だけ読者に働きかけるだけで、公的機関の弛緩(しかん)を正すべき『世論』と呼ばれる神秘の力を生み出すように要求される>(「世論」岩波文庫)

 リップマン自身がワールド紙の論説委員であったし、新聞コラムを書くジャーナリストであった。晩年にはベトナム戦争の糾弾で知られる。正しいと信じる意見を述べ続けていたのである。

 現在の日本の新聞界はどうか。

 日本新聞協会が昨年発表した全国メディア接触・評価調査では、新聞を読んでいる人は77・7%。「社会に対する影響力がある」との評価は44・3%で、二〇〇九年調査の52・8%より低下。「情報源として欠かせない」との評価は32・5%と、〇九年調査の50・2%より大きく落ち込んだ。

 影響力はあるとしても、情報源として不可欠であると思う人は減っている。つまりインターネットなどとの接触が増えているのだろう。だが、ネット社会は虚偽の情報も乱れ飛ぶ密林のようなものでもある。

 リップマンに従えば専門家を介さないと、国民は問題を理解できなくなり、世論は政府に操作を受けやすくなる。逆に、熱した世論に迎合する政治だってありうる。

 そうならないよう、情報を集め分析し国民に知らせるのが私たちメディアの仕事である。ネットも同様だ。世論の重みをあらためてかみしめたい。=おわり(桐山桂一、豊田洋一、青木睦、飯尾歩)


防衛大綱見直し 「専守防衛」逸脱を危惧する ほか(2017年8月25日中日新聞)

2017-08-25 09:42:27 | 桜ヶ丘9条の会
防衛大綱見直し 「専守」逸脱を危惧する 

2017/8/25 中日新聞
 日本を取り巻く安全保障環境の変化に応じて防衛力の在り方を見直すとしても、憲法九条の枠内で行うのは当然だ。「専守防衛」を逸脱して、軍拡競争の泥沼に陥ることは厳に避けるべきである。

 安倍晋三首相が今月三日の内閣改造の際、小野寺五典防衛相に対して防衛計画の大綱(防衛大綱)を見直すよう指示した。

 二〇一三年十二月に閣議決定された現行の防衛大綱は一四年度から十年程度の防衛政策の基本方針を定めている。見直しは北朝鮮の核・ミサイル開発の進展などの情勢変化を踏まえたものだという。

 弾道ミサイルの発射実験を繰り返す北朝鮮は、アジア・太平洋地域の平和と安定に対する脅威となっている。日本への攻撃に備え、防衛力を適切かつ効率的に整備することに異論はない。

 しかし、小野寺氏の発言には専守防衛を飛び越える内容も含まれる。新大綱が専守防衛を逸脱しないよう注視する必要がある。

 新大綱の焦点はミサイル防衛の強化と敵基地攻撃能力の保有だ。

 小野寺氏は日米の外務・防衛担当閣僚による会合(2プラス2)で、ミサイル防衛を強化する考えを表明したが、これに先立ち国会では北朝鮮がグアム周辺に向けてミサイルを発射した場合、政府が迎撃可能とする「存立危機事態」に当たりうるとの考えを示した。

 ミサイル防衛はそもそも能力的に疑問視されている上、仮に迎撃できたとしても、日本の「軍事的行動」が北朝鮮による日本直接攻撃の引き金を引きかねない。

 日本を守るための防衛力整備が日本自身を攻撃にさらすきっかけとなっては本末転倒だ。敵基地攻撃能力の保有も同様である。

 首相自身は「現時点で具体的な検討を行う予定はない」としているが、小野寺氏は能力保有を求める自民党提言を踏まえて「総合的にどのような対応が必要か検討したい」と述べている。

 政府は、ほかに攻撃を防ぐ手段がない場合には「法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」としてきたが、自衛隊がそうした能力を保有することはなかった。北朝鮮の脅威が念頭にあるとはいえ平時から他国攻撃の兵器を持つことは憲法の趣旨に反しないか。

 過去四回の大綱見直しはいずれも有識者らによる会議の提言を受ける形で行われた。国民の生命や財産、憲法に関わる問題だ。今回も政府内部の議論にとどまらず、幅広く意見を聞くべきである。

政治と世論を考える(5) 原発ゼロの民意どこへ 

2017/8/25 紙面から
 「討論型世論調査」を覚えていますか。

 3・11翌年の夏、当時の民主党政権が震災後の原発政策を決める前提として実施した。

 政府としては初めての取り組みだった。

 無作為抽出の電話による世論調査に答えた全国の約七千人の中から三百人ほどに、一泊二日の討論会に参加してもらい、専門家による助言や質疑を織り交ぜながら、参加者の意見が議論の前後でどのように変化するかを見た。

 二〇三〇年の電力に占める原発の割合として、ゼロ、15%、20~25%-の三つのシナリオが示されており、学習と討議を重ねて理解を深めた結果、「原発ゼロ」と答えた人が全体の約三割から五割に増えた。併せて公募した意見では、九割近くが「原発ゼロ」を支持していた。

 このような民意に基づいて、原発は稼働後四十年で廃炉にし、新増設はしないことにより「二〇三〇年代ゼロ」に導くという、「革新的エネルギー戦略」が決められた。それを現政権は「具体的な根拠がない、ゼロベースに戻す」と、あっさりご破算にした。

 特定秘密保護法や集団的自衛権、「共謀罪」などの時と同様、内閣支持率の高さだけを背景にした“具体的民意”の無視、というよりは否定とは言えないか。

 その後も世論調査のたびに、脱原発には賛成、再稼働には反対の意見が過半を占める。

 六月の静岡県知事選中に本紙が実施した世論調査でも、県内にある中部電力浜岡原発は「再稼働すべきでない」という意見が約六割に上っていた。

 にもかかわらず、政府はエネルギー基本計画の見直しに際し、はじめから「三〇年20~22%」の原発比率を維持する考えだ。

 3・11前の割合は28%。老朽化が進む今、新増設なしには実現できない数字である。改めて国民的議論を起こす様子はない。

 3・11を教訓に「脱原発」を宣言し、原発の新設工事を中断させた韓国政府は、世論調査や討論会でその是非を国民に問う。ドイツの脱原発は、専門家や利害関係者だけでなく、聖職者などを含めた幅広い意見によって立つ。

 なのに当の日本は、政府の独断専行を“有識者”が追認するという“逆行”を改める気配がない。

 国民の声より大事な何か、国民の命以上に守りたい何かがそこに、あるのだろうか。
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長崎平和宣言(2017年)

2017-08-23 16:00:05 | 桜ヶ丘9条の会
長崎平和宣言(2017年)
「ノーモア ヒバクシャ」
この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験すること がないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世 界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。
核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条 約」が、国連加盟国の6割を超える 122 か国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者 が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ 条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOな どの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝し ます。
しかし、これはゴールではありません。今も世界には、15,000 発近くの核兵器がありま す。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるので はないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に 反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていま せん。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、 人類に問われています。
核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。
安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器に よって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての 加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気 ある決断を待っています。
日本政府に訴えます。
核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々 の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加 しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約 への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の 参加を国際社会は待っています。
また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原 則の厳守
を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、 今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945 年8月9日午前 11 時2分、今、私たちがいるこの丘 の上空で原子爆弾がさく裂し、15 万人もの人々が死傷した事実を。
あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。 皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫
然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受け られずに、多くの人々が死んでいきました。そして 72 年経った今でも、放射線の障害が被 爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無 差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたので す。
世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。
遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳 をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてくださ い。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。
人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。 語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐 えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命 に伝えようと決意しているからです。
世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくこ とです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないで いきましょう。
今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の 7,400 の都市が参加するこ のネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。 被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、 そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の 仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長 崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。
被爆者の平均年齢は 81 歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいていま す。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。
福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福 島の被災者に寄り添い、応援します。
原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のな い世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けるこ とをここに宣言します。
2017 年(平成 29 年)8月9日
長崎市長 田上 富久

加計学園の獣医学部を認めた国家戦略特区は「憲法違反」(日刊ゲンダイ2017年8月9日)

2017-08-23 09:47:21 | 桜ヶ丘9条の会
加計学園の獣医学部を認めた国家戦略特区は「憲法違反」
2017年8月9日日刊ゲンダイ

 安倍内閣の不正義を許さない――。文科省の大学設置・学校法人審議会(設置審)が25日にも結論を下すとみられている加計学園の獣医学部新設問題で、ついに法曹界が怒りの声を上げた。「加計学園問題追及法律家ネットワーク」(共同代表・梓澤和幸、中川重徳両弁護士)が、獣医学部の新設は「裁量権を逸脱・濫用する違憲かつ違法の決定」である疑いがあるとして、7日、国家戦略特区諮問会議で認定に至った経緯を確認するための質問状を安倍首相らに送ったのだ。

 質問状では、獣医学部の新設には、2015年6月の閣議決定で設けられた、既存の大学・学部では対応困難な場合や、近年の獣医師需要動向を考慮する――といった「石破4条件」を満たすことが不可欠だったにもかかわらず、議事録を確認する限り、加計学園では「具体的な検討・検証を経て共通認識に至った形跡が窺えず、石破4条件を充足するとされた確たる根拠は不明」と指摘。
特区認定が、憲法65条や内閣法4条の趣旨に反する――としているほか、国家戦略特区基本方針では、〈諮問会議に付議される調査審議事項について直接の利害関係を有する議員は審議や議決に参加させないことができる〉(特区法)とあるのに、加計孝太郎理事長と親しく「利害関係を有する立場」の安倍首相が認定したのは「違法なものというほかない」と断罪している。

 さすが法律家のグループだ。加計問題を「水掛け論」とトボケている安倍首相とは違い、法律に照らして的確に問題点を突いている。安倍首相は法律家グループの質問状に対して論拠を示して正々堂々と答えるべきだろう。

 指摘通りなら加計学園の獣医学部新設は違法となるわけだが、野党内からは、そもそも国家戦略特区自体が「憲法違反」との声が出始めている。

「憲法14条は、すべての国民は法の下の平等にあり、『政治的、経済的又は社会的関係において差別されない』と規定し、憲法95条は、地方公共団体のみに適用される特別法は、当該地方公共団体の住民投票で過半数の同意を得なければ、国会は制定できない――とある。しかし、国家戦略特区は住民の意思など全く関係なく、特定の地域に恩恵をもたらす仕組み。つまり条文の趣旨を明らかに逸脱しています」(司法ジャーナリスト)

 設置審が「憲法違反」の獣医学部新設を認可したら、日本は法治国家ではなくなってしまう。“壊憲”しか頭にない安倍首相にとっては、何とも思わないのだろうが、国民にとっては冗談じゃない。何が何でも新設を認めたらダメだ。

「共謀罪」法施行で次の恐れは 日弁連対策本部に聞く(2017年8月18日中日新聞)

2017-08-20 08:29:45 | 桜ヶ丘9条の会
「共謀罪」法施行で次の恐れは 日弁連対策本部に聞く 

2017/8/18 中日新聞

 この夏施行された「共謀罪」法は、実際の運用に通信傍受(盗聴)法の改悪など周辺法の整備が不可欠になる。「共謀罪を廃法へ」という声が上がる一方で、政府は実際の運用に向けた立法措置を重ねてきそうだ。具体的にどういった措置がなされそうか。日弁連の共謀罪法案対策本部事務局長の山下幸夫弁護士に聞いた。

 「共謀罪は単独では捜査機関にとり、使い勝手が悪い。というのも、組織的犯罪集団がどんな『計画』を立て、どう『準備』をしているかは、外からは分からない。だから警察・検察は近い将来、必ず『捜査手法の拡大が必要』と新たな法整備を求めてくる。共謀罪と捜査手法拡大は最初からセットなんです」。山下弁護士はそう警戒する。

◆室内に盗聴器

 共謀罪は、犯罪を実行した段階で罪に問うという従来の刑事司法の原則を根底から変えた。つまり犯罪を計画し、準備を始めた段階で処罰できる。山下弁護士は「その密室での共謀を把握するため、捜査側が必要性を主張するのが『通信傍受の拡大』だ」と話す。

 通信傍受とは、捜査で電話やメールを傍受(盗聴)することだ。通信傍受法は二〇〇〇年に施行されたが、憲法が保障する「通信の秘密」を侵す危険が指摘され、対象犯罪は薬物など四類型に限定された。

 だが昨年十二月の通信傍受法改正で、詐欺や窃盗など九類型を追加。これまで義務付けられてきたNTTなど通信事業者の立ち会いが不要となり、警察機関で傍受できるようになった。

 共謀罪は現時点で傍受対象となっていない。しかし、金田勝年法相(当時)は今年二月の衆院予算委員会で「捜査の実情を踏まえて検討すべき課題」と将来の導入に含みを持たせた。

 共謀罪での盗聴が可能になるとどうなるのか。山下弁護士は「捜査機関に『犯罪の準備をしそうだ』と疑われれば、知人との何げない通話も盗聴される恐れがある。ターゲットではない相手のプライバシーまで侵害される」と危ぶむ。

 一段と懸念されているのが、室内に盗聴器を仕掛ける会話傍受(室内盗聴)の導入だ。この懸念には根拠がある。法制審議会特別部会の事務局(法務省)は一三年一月、基本構想案に「検討」と盛り込んだ。しかし、このときは委員らの反対で制度化は見送られた。

 山下弁護士は「既に詰めた議論がされており、政府がその気になればすぐにでも制度設計できるだろう」とみる。室内のプライベートな会話まで捜査機関に盗聴されることになると、どうなるのか。

 「不倫など犯罪とは無関係な内容まで捜査機関に把握され、それを材料に自白を迫られる恐れがある。本当の犯罪集団と違い、一般の団体は無警戒。言葉尻を捉えて、犯罪をでっち上げられる可能性さえある」

◆他人陥れる「司法取引」

 一方、昨年の刑事訴訟法改正で来年六月までに施行される「日本版司法取引(協議合意制度)」は財政経済犯罪や薬物銃器犯罪などに限定されているが、山下弁護士は「いずれ共謀罪も対象となるはずだ」とみている。

 共謀罪にも自首減免制度があり、犯罪の実行前に自首して共謀を供述すれば、刑が減免される。だが、日本版司法取引ほどには、自首する側のメリットが細かく規定されていない。

 「日本版司法取引では、自首する側に法廷で証言して証拠化する義務も課せられる。当局にとっては、中途半端な自首減免制度より、司法取引の方が使い勝手がいい」と山下弁護士。

 もともと日本版司法取引は、自分の事件を話すことで罪の減軽を得る海外の司法取引制度と異なり、他人の罪を捜査当局に「売る」ことで、自分は助かる仕組み。他人を陥れる危険が常にあると言われてきた。

 山下弁護士が最も恐れるのは、警察官が市民になりすまし、ある団体に潜入するケース。そこで自分が音頭を取る形で、犯罪を共謀する。最後に首謀者を別に設定し、犯行の直前に当局に司法取引を持ち掛け、その団体を一網打尽にするというシナリオだ。

◆GPS捜査合法化?

 衛星利用測位システム(GPS)を用いた捜査が合法になる可能性もある。

 関西での連続窃盗罪で起訴された男や共犯者の車などに警察が裁判所の令状を取らずにGPSを取り付けて捜査した事件で、最高裁は三月、GPS捜査は「プライバシーを侵害し、違法」と初判断した。これにより、警察庁はGPS捜査を控えるよう全国の警察本部に通達した。

 だが、山下弁護士は流れを逆に読む。「判決文をよく読むと、立法化すれば『GPS捜査をやってもよい』と書いてある。早ければ、今秋にも立法化の議論が始まるだろう」

 警察庁は六月二十三日付で、共謀罪捜査について「十分な時間的余裕をもって報告すること」といった通達を出した。金田前法相も先月十一日、共謀罪を適用する場合は法相に報告するよう求める訓令を出した。いずれも異例だが、山下弁護士は「現場が功を焦って事件の立件に失敗し、共謀罪が使いづらくなるのを防ぐためだ」と推測する。

 「しばらくは慎重に確実に立件できる事件を見定める。対象は暴力団など逮捕されても誰も擁護しない団体。『共謀罪はそう怖くない』と世間に思わせつつ、少しずつ市民団体などに広げていくだろう」

 共謀罪を実際に運用するためには、通信傍受などこれまでの捜査手法を大幅に変えなければ難しい。逆に言えば、現実的にはこうした捜査手法の拡大を警戒することが、共謀罪の脅威をそぐことにもつながる。

 「共謀罪による監視社会体制を完成させないためには、共謀罪の廃法を訴え続けることとともに、捜査手法のやみくもな拡大に対して、世論が厳しく反対を唱え続けるしかない」

 (大村歩、池田悌一)

 <共謀罪> 改正組織犯罪処罰法に盛り込まれた罪。「組織的犯罪集団」が277の罪で違法行為を計画、資金や物品の手配など実行準備をした場合、グループ全体が処罰される。多くの野党が「捜査当局の拡大解釈で、市民が処罰されかねない」などと強く反対したが、5月に衆院、6月に参院で法案の採決が強行されて成立した。