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故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

夢で書きましょう

2021-03-13 12:42:01 | よもやま話

二十歳の時に故郷を捨てました。
故郷の桟橋です。
今の暮らしもいいけれど、帰ろかな。
借りたものを返せずにいます。


今日のタイトルは、「夢でかきましょう」です。
ませガキの頃、グラビアを見ながらやっていたことではありません。
だが、お世話になりました。

NHKのバラエティ番組に「夢であいましょう」があった。
1961年4月8日から1966年4月2日まで毎週土曜日22時台に生放送されていた。
番組の中で、「今月の歌」というコーナーがあって、数々の名曲が世に出ていきました。
上を向いて歩こう。こんにちは赤ちゃん。帰ろかな。などなど。
「夢であいましょう」という歌もあります。

歌:坂本スミ子
作詞:永 六輔
作曲:中村 八大
(前略)
夜があなたを抱きしめ
夜があなたに囁く
うれしげに 悲しげに
楽しげに 淋しげに
(後略)

永六輔さんはどんな気持ちでこんな歌詞を書かれたのか。
NHKのディレクターで、
「夢であいましょう」のADをされてた下川さんがあるインタビューで言われていました。
永六輔さんから、面白がることを教えていただいた。
永さんは、世の中で起きることに真摯に向き合ったから、面白がるという気持ちになったのでしょう。

私ごときに、永さんの向こうを張ることなんてできません。
今日のブログのことを気にしながら目覚めました。
うつろな時に見る夢は、ことごとく悲恋物語です。
「夢で書きましょう」が可能なら、ブログの記事は夢を思い出すだけでちょろいもんです。
さてと考えました。
悲恋物語は、すべて楽しい物語にすり替わってしまう。
私は、身が持たぬと恐怖感さえ持ちました。

「夢であいましょう」が、面白がるを基軸にしていたなら、
「夢で書きましょう」だって、そうであるべきです。
悲恋に真摯に向き合って、続くかもしれない悲恋物語の糧にしなければならない。
永さんの書かれた詩には、慰める言葉に励ます言葉が続く。
認め、面白がると言ってもよい。
なぜ。
ここで止まってしまいました。
思いめぐらしても、これぞと自分の言葉で表現できません。
人生を面白がる。
そうありたい。あきらめることもないし、焦ることもない。
こころ静かに想いを馳せたい。

捨てたけど 返すつもりで 帰ろかな

2021年3月13日
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2021-03-12 09:20:29 | よもやま話

タイトルは、「無言で語るおんな」です。
恐ろしいと感じるのは、疚しい私だけでしょうか。


今日のタイトルは、「間」です。
間こそ、コミュニケーションの極意と考えます。

立て板に水のように話される方がおられます。
さんまさんは、早く多くのギャグを飛ばされる。
少しもったいないかな。
ギャグを小出しにすれば、面白いが続くのにと思ったことがあります。
(いつものように)そうではなかった。
さんまさんのギャグは、底なし沼だった。
しゃべっているうちに、次から次にギャグが湧きだし噴出するのでしょう。
さんまさんは人を喜ばすのが、根っから好きなのです。

落語など、日本古来の演芸には、「間」がある。
どうですか。扇子であおぐ。
歌舞伎の見得など。
外国人なら、茶目っ気たっぷりにウインクをする。
困ったもんだね。文句の代わりにウインクです。

頭の良い人は、回転が速い。
大事な言葉をさらっと話し、次から次にキーワードが連発される。
友達同士の話も、隠語(短縮言葉、スラング)も入り速い。
田舎言葉もついていけない。
この頃は、ちょっと待った。「今なんて言ったの」と時々聞くことにしている。
ああ、これは自分たちだけの言葉や言い回しと気づいてくれる。
器用なもので、共通語に置き換えてくれる。

ラップにもついていけない。
外国人と昼食をとるのが苦手だった。
スマイルを維持し、自分からどんどん離れていく己をはかなくした。
英会話の極意は、先ず英語で話すことだと悟った。
幼子には、初めから分かりやすい赤ちゃん言葉を使う。
そんな風に、外国人が話す英語が変わる。短く、優しく。

「間」を大事にしたい。
米丸師匠の「ただそれだけの話ですがね。」の連発が面白い。
これだけの師匠だから、なにか特別な落ちをと期待して聴いている客の逆手をとる。
客は、期待した自分を笑うのである。
ジゴロの強みは、押すようで引く、この絶妙の感覚がおしゃれに見えるのです。
女性はいつしか虜になっているのです。

言葉が相手に落ちたのか、確認するのが「間」です。
やくざの言葉が止まる。恐ろしく間が長い。
妻の目が止まる。馬鹿を飲み込んだ。
女が満足。ふーっと息漏れ、仏の目。
息子が反抗期。睨んだのちに、背ける視線。
そんな間もあるでしょう。

きつねだな 夕暮れ時に 振り返る 

2021年3月12日

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全部がだめじゃない

2021-03-11 06:23:34 | よもやま話

美人姉妹が、カフェを訪ねてくれます。
妹さんを描きました。ハードルは上がるばかりです。
意を決して描いた一枚が、「すてき」です。
テレビの横に、額に入れて飾ってくれている。


世の中には、惜しい人がたくさんいます。
しゃべらなけりゃ、めんこいのに。
と言われるのは、自称古手川祐子さんです。

今日のタイトルは、「全部がだめじゃない」です。
似顔絵を描く時、その人の良いところから描き始めます。
唇なら口元から、目なら目元から。
正しくなぞっていくと、顔全体が画面からはみ出します。
バックシャンだからと言って、後ろから髪だけ描いたことはありません。
常に真正面からトライしています。
それが描かせていただく者の仁義です。

寒い冬の日、先輩は小便に行きました。
用を足そうにも、肝心な奴が引っ張り出せません。
捜索願を出したくなった。と、あとで私達を笑わせました。
股引を前後反対に履いちゃってました。

料理も生きざまも完璧なことは何一つない。
汗をかいたものには、塩気が足りない。
コップの水を、かつてのように満杯にしたい。
幸せだった出会いの頃でさえ、本当は二者択一の結果でした。
気づけば、多くの溢れる幸せを取りこぼしてしまった。
コップの容量は限られていましたから。

「全部がだめじゃない」のです。
残った水が、あなた自身です。
多くの人は見過ごしたが、一人だけ気づいてくれたじゃないですか。
亭主なのか、思い出の彼なのか。
あなたの笑顔が素敵です。
誰が言おうと、幸せな気分に密かに浸れる。

ゴルフの青木や倉本は、試合中反省はしない。と言われた。
常に、次のプレーに集中する。
あれが無ければ、これをしなければ。
気づいただけよかった。

私は、ポジティブです。
40歳までの顔は、両親からいただいたもの。
その後は、自分が作ったものです。
やらかした過去は、残念なことばかりです。
生きていていいんだよ。
そんな風に誰かが言ってくれてるような気がします。
あばたをえくぼと勘違いしてくれる人が、きっといると信じています。
その日のために、入れ歯(奥歯用)をはずしています。

あほんだら どこまでいっても あほんだら

2021年3月11日
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さん付けで呼ぶ

2021-03-10 03:47:10 | 思い出話

先輩夫婦です。
呼び名は、「かあちゃんとうちゃん」です。
えへへ。


今日のタイトルは、「さん付けで呼ぶ」です。
起きてすでに1時間半が経ちました。
ほんわかと幸せな時間です。
あれこれと、昔のことが目に浮かぶ。
夢のような人生を歩ませていただいた。産まれてよかった。

母は、自分の子ども達を「さん付け」で呼んでいました。
そのためか、ガキの頃から私は友達に「さん付け」で呼ばれていました。
私も、再婚を機に息子や娘を「さん付け」で呼ぶことにしました。
何年かして、子ども達は私に尊敬の言葉をかけてくれるようになりました。
ねぎらいのような、感謝の言葉も聞くようになりました。
時には、師弟関係のような、同志のような雰囲気です。

昔勤めていたエンジニアリング会社では、社長も部長も上司は全員「さん付け」で呼んでいました。
半分以上の社員が、肩書だけは「担当課長」や「担当部長」でした。
本当の課長が、部下より年下と言うこともあったのでしょう。
風通しが良かった。なんでも言えた。

転職した外資系の機械メーカーでは、上司をファーストネームで呼んだ。
さすがに、日本支社では「さん付け」であった。
だから、外国から日本へ出張してきた外国人も倣って「さん付け」で呼び合った。
外国へ出張した時は、私も名前の前半二文字で呼ばれることになった。
呼ばれた時は、くすぐったかったが、直に慣れた。

夫婦間で呼び合うのは、いつしか「おとうさん」、「おかあさん」である。
そして、「じいさん」、「ばあさん」と呼び合うようになる。
家族の多く(特に、子や孫)が使う呼び名に変わっていくのである。
私達は再婚故、ファーストネームで互いを呼び合っています。
時に、友人に真似されて、からかわれます。
仲のいいこと。そうなんです。
さらに相手を好きになるから、皆さんもファーストネームで呼び合うことを勧めます。

自分の子供を「さん付け」で呼ぶようになってから、世代交代を意識するようになった。
自分の家の戸主は息子になった。
子供たちを一人の成人と見るようになった。
さん付けを使い始めの頃は、「何か魂胆があるの」と子供たちに疑われた。

両親のことを、「父ちゃん」、「母ちゃん」と呼んでいた。
高校生の頃は、呼び名は伏せて「あの」、「その」と呼びかけていた。
大学生になり、両親の元を離れてからは、堂々と「親父」、「お袋」にした。

呼び名は、人間関係の縮図です。
私は、年齢を負うごとに子供たちや仲間の呼び名を変えている。
それでいいのかな。

雪つもり 木の穴に棲む 目玉増え

2021年3月10日
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リーダーシップ(Part2)

2021-03-09 06:43:25 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「気になる奴」です。
みっともないから、もうやめなさい。
新作を描きなさい。
妻の言葉です。


書けないで、ぼーっとしている時間が過ぎていきます。
寒くて行動を起こせない。
とりとめもない過去の思い出やこれからのことを想う。
試しに、2年前の3月9日の記事を読みました。
「リーダーシップ」
「寄り添うことができる人が、リーダーです。
社員の力を引き出せるのがリーダーです。
リーダーはスーパーマンと思われがちです。
何でもできて、バリバリ引っ張る人のことと思いがちです。
家庭でいえば、子どもたちだけでなく旦那の不満も聞いてあげられる
おかみさんかもしれない。」
(記事より抜粋)と書いています。

今日のタイトルは、「リーダーシップ(Part2)」です。
皆に指示するのが、リーダーと考えてきましたし、実践してきました。
それは、仕事上のことでした。
人生を長く生きる人たちは、歳を重ねるごとに未知の世界に入っていく。
仕事をしている時は、先輩がいて同僚がいて、較べるものや手本となる事柄が溢れていました。

定年後のこと。
何をしてもいいんだよと言われてからが長い。
毎日が日曜日。
例えば、2年前に何をしたかと問われても思い出せない。
果ては、昨日の食事さえ思い出せない。
記憶に残らない毎日を送る。
ON-OFF、メリハリなんて死語に近い。

リーダーは、100年後のことを考える。
少なくとも10年後、20年後を見据える。
そんな人をリーダーと言うのではないだろうか。

最近書いた記事に、「未来予想図」(2021年2月10日投稿)があります。
「もう一つの考え方は、今を大事にする考え方です。
今は元気です。元気な時をどう生きるか。
(中略)
できなくなるまで、楽しむ。
できなくなったら、そこで考える。
行き当たりばったりの考え方である。」
(記事より抜粋)

坂本竜馬は、「死ぬときは、どぶのなかでも前向きに」と言ったらしい。
私達は、先人の生きざまを見て倣い今がある。
できなくなる時まで、まっとうに行きたい。
「まっとう」が何かは、人それぞれです。

生きざまを示せる人が、リーダーです。
センチュリーカンパニーの礎(いしづえ)を作れる人がリーダーです。
少なくとも、明日のために「今日何をしよう」と毎朝考えられる人のことです。

背中追い たんぽぽ風に 種散らす 

2021年3月9日
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