
田植え後の風景です。
倒れた苗を起こし、抜けた個所に苗を足しておられます。
タイトルは、そのままの「田植え後」です。
今日のタイトルは、「もう、三年」です。
2016年9月11日投稿記事「何にもないがな」を読み返しました。
自分の居場所を探そうにも、何も頼るものがなかった。
町名(名でもよい)、番地、表札、聞く人も、何にもない。
これじゃ、地図があったって探しようがないと思ったものです。
続くのは、森と田んぼのどこまでも似たような風景の連続でした。
「何にもないがな」から、三年。
いっぱい見つけましたが、言わない。
人にもたくさん会いました。市役所の人より知っているかもしれません。
それでも、相変わらず何にもない。
無けりゃ、いかんのかい。
と開き直る側に回った自分がいます。
米がうまい、果物が美味しい。
だって、後継者がいないのに自慢もできまい。
自分の家族(子供)が、この暮らしはもういいと言ってるのです。
いやいや、珍しい飛び獅子があるぞ。
自慢なら、周りの草を取ったらと思ったものです。
今では、すべての風景が違う。
同じところなんて、一か所もないと知っています。
個性豊かな人たちです。
関西のボケとツッコミに勝るとも劣らない、見事なユーモアの持ち主ばかりです。
笑う、笑う。喉ちんこを見せ合いながら。
何にもないからよいと思っています。
謎かけの種明かしを少ししましょう。
私は、広島生まれの広島育ちです。
広島自慢なんて、出来ませんでした。
出張で広島に何度も行きました。
ホテルと仕事先の往復を繰り返すばかりでした。
他(外国も含め)の都市に出張したのと、一緒でした。
彼女(今は妻)と会わなければ、遠い故郷のままでした。
ここだって一緒です。
旅ガラスのままでいたならば、
「内にいて外から目線」で、何か言おうとしていたならば、
何にも見えてこなかったでしょう。
寒い暑いを経験するだけでは足りなかった。
凍る日のためにヒーター線を巻き、少しずつ水を出したが、トイレの手洗いの水道管が凍った。
それも排水管から氷柱が立ち上がりタップにつながった。
慌てて、ホームセンターに行くも、ヒーター線は売り切れ続出だった。
この地に住みながら、慌ててヒーター線を買いに走った人々がいたのです。
空き家を論じるならば、空き家に住もうと、5年前から「死んだまんま」の空き家を借りた。
伸びきった紅あかめ(垣根)を刈った。
毛虫がいるのさえ知らなくて、毎晩夫婦でキンカンを塗りあった。
下着に毛虫の針が残るのも知らなくて、
洗っても洗っても作業の時着た下着はかゆかった。
つまり、住んで初めてこの地を知り、厳しさを知った。
生活あっての「何にもないのがよい」です。
何にもなくはない。いっぱいあるし、日々何かが起こる。
生活にどっぷりつかり、慣れっこになってしまった。
何でも便利な都会とは違う。
なにもかも自分でしなければならない。
人がいないから、若い人は何役もこなし、年寄だって負けてはいない。
ここでよかった。
「もう、三年」が経った。
こうして、日々を切り取る物語が書き続けられています。
ほらほらと ひらひらと生き 越し行くか
2018年12月21日