故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

生きる(Part5)

2019-04-05 07:18:21 | よもやま話

またまたこの絵「ゴルフ場の女」です。
私の生きる原点は、ここかいな。
ちょっぴり恥ずかしいが、しかたがない。


生きるのテーマで書いた記事が、実に4回もありました。
従って、今回のテーマは、「生きる(Part5)」です。
過去に書いた多くの記事で、生きる動機、生き方、死ぬまでの作法のようなことを書いています。
誰しも、毎日悩んでいることです。
今日の私もやはり、生きることについて悩んでいます。
どうしてこうやることが多いのだろう。
プレッシャーに負けそうな日々です。
仕事から解放されたのに、こんな有様では申し訳ないと思う。

生きているから、面倒なことが起こるのは事実です。
生きたいと思うから、面倒とも付き合わなくてはなりません。
人の「生きたい」を手助けするから面倒は増えるのかもしれません。

だから、断捨離などと言う人が出てくるのでしょう。
死ぬまでの作法と言われています。
産まれたらすぐに生きることを始めるとしたら、今頃作法とかまことしやかに言われても、
ちょっと待てよと思わざるを得ません。
年齢を重ねたから準備をしましょう。違うでしょう。

そこで、断捨離をWikipediaで調べてみました。
断捨離(だんしゃり)とは、不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこ(山下英子)の著書において発表された。「断捨離[1]」「クラターコンサルタント[2]」は山下英子の登録商標である。
山下さんの書かれた記事の抜粋が以下の通りである。
「日本では伝統的に「もったいない」という観念・考え方があるが(これはこれでひとつの考え方・価値観ではあるが)、この考え方が行き過ぎると物を捨てることができなくなり、やがてすでに使わなくなったモノ・将来も使うはずがないモノなどが家・部屋の中に次第に増えてゆき、やがては自分が快適に居るための空間までが圧迫され、狭くなり、また人は膨大なモノを扱うのに日々 膨大な時間や気力を奪われるようになってしまい、知らず知らずのうちに大きな重荷となっていて心身の健康を害するほどになってしまう。」
(記事より抜粋)
年老いた母の物捨てに協力したことから産まれた考え方のように紹介されたから、
「年老いた母」と結び付けて記憶していたのです。
日本人が陥り易い「もったいない」を断じた整理法の一種と考えられる。
生きることから、断捨離は外すことにしました。
断捨離をしなければと、面倒が一つ増えるから外してもよい。
生きることが面倒だと思うから、その呪縛から解放されない。
生きることは、楽しいことなんだ。
死ぬまで楽しい。
死んでからも楽しいとは、私は言えない。

楽しいと思えるだけの脳の働きがしっかりしていることを望んで止まない。
脳の働きが休むようになっても、身体は生きている。
それでも楽しい。
他人に迷惑をかけることが前提だけど、楽しい。そう、思わなきゃ。
だって、母がそこで生きていて、そこへ行けば母に会えた。それが、嬉しかった。
そのままです。そこでおしまい。理屈は要らない。

考え方です。
面倒を片づけることが、楽しいことなんです。
毎日が日曜日だからできるのです。
コップの水の話に戻ります。
コップに半分だけ水が入っている。
不安だから、今まで通り(それこそ妄想)にしたい。水は減っていると考える。
こんなに残っているじゃないかと喜ぶ。これだけあれば生きられる。
問題は、ここです。飲めば減るに決まっている。
水は必須です。足りなくなれば少しずつ足せばよいのです。
少し足すのが、なんなのか考えましょう。
過去と比較することを、他人と比べることをやめる。
過去だって、良いことは何にもなく苦しかった。
他人だって水不足と、きっと思っています。
今、自らが楽しいと思うことが大事なのです。明日は明日。
やはり、自分流の「なんちゃらなー」になってしまいました。

ふきのとう 苦みがありて そこがよい

2019年4月5日

<<投稿後>>
過去、書いた4つの記事を文末にあげます。
このテーマ「生きる」は永遠です。
これからも何回も書くことでしょう。
書けば書くほど、恥の上塗りになるかもしれません。
それでもよい。正直に抉るように覚悟を決めて書くしかないのです。

2019年2月1日投稿記事「生きる(Part4)」では、
楽しくても、苦しくても踊れ踊れ。
感動を隠せません。
また、少しだけ生きていけるのです。

ばばさんが 爺の視線に 朱くなる
(記事より抜粋)

2018年10月10日投稿記事「生きる(Part3)」では、
圧倒的に地方のほうがそのチャンスは多い。
むしろ、常に危機感をもっているといってもよい。
役を負うチャンスが多いといってもよい。
都会に住む人が、地域のことをどうしようと話す機会は少ない。
人材育成の場は、地方に多いと言える。
方法論をもっと吟味する必要がある。
(中略)
うまいもの 地産地消に かなわぬか
(記事より抜粋)

2018年6月15日投稿記事「生きる(part2)」では、
一生懸命生きていると、良いことが貯まって来る。
ちょっとだけ分けてあげたいと、殊勝に思うことがる。
ほとんどの生活がけちで成り立っているのに、気迷いのごとく錯乱することがある。
大盤振る舞いはできないけど、ちょっとだけおすそ分けが出来る。
幸せをもらってくれる人を探す。
(中略)
ありさんが 身体に余る 荷を運ぶ
(記事より抜粋)

2017年1月14日投稿記事「生きる」では、
生きる。
何がなんでも生きるには、相当な覚悟と希望が必要です。
覚悟を知っているのは、長年付き合ってきた親戚や近所であり友人です。
希望は、生きていていいんだよと言ってくれることであり、
あなたが生きていてくれることが、どんなに役に立ち励ましてくれることか
伝えることです。
(中略)
鐘の音に 何を求めて 強く撞く
(記事より抜粋)
コメント
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