故郷の庭には、多く植えられていました。
葉っぱで遊び、腹を満たしていました。
子供に近況を報告する。
「身体に気を付けるんだよ」と言われる歳になった。
今日のテーマは、「馬鹿を出せ、親を出せ」です。
子を想わぬ親はなし。
どこまでも、この子のためにと死ぬまで心配するのが親です。
片づけなさいと叱ってきた。
お母さん、こんなに傘は必要ないでしょと、60本もある傘を捨てられる。
今度は、自分が片づけなさいと叱られる。
母が脳梗塞になった。
自分が心配をかけたからではないかと、物言わぬ母に問いかけた。
母が手を握り返す。
小さな身体にこんなに力があったとは、驚いた。
何も言わなくなった母が亡くなるまでの5年、そこに母が生きてくれるだけで嬉しかった。
農業を継がせて欲しいと父に頼んだ。
大学まで行かせて、こんなことはさせられないと断られた。
卒業の時、「継いでくれ」と言う弱った父がいた。
私は、睨み返した。
私は、放蕩の限りを尽くし、なんとか生きていくだけになった。
大学だって、教授のお情けにすがった。
「こんな学生は、血税の無駄」と放校されるように卒業させられた。
そんなに通じ合う子が、親を捨てに山に入る。
せがむ親の身体をしばり、自由を奪う。
この子が迷わぬように、負ぶわれた背中で目印の枝を折る。
姨捨山の情景を想像しました。
もう役に立たないと思う親は、もはやこれまでと覚悟をする。
空襲のさなか、泣き叫ぶ子に覆いかぶさり幾人の母が亡くなったことか。
敵から逃げた防空壕のなかで、声が漏れてはならぬと泣く我が子の首を絞める。
こんな悲劇が繰り返されました。
そして、私は生きている。
私は、子を持った。
親ばかになれているでしょうか。
親からもらった恩を、子に返せているでしょうか。
いくばくかでもよい。
お父さんの子どもでよかったと、心の中で祈っている。
手折るのは 痩せてもつよし 母の愛
2019年4月2日