
相次ぐ旅行で、すっかり調子が狂いました。
夜8時に寝て、夜中の2時ごろ起きだしてブログを書いたり、ネットで記事を読んだり、
この繰り返しでした。
旅行中は、毎夜友人たちと飲んだものですから、夜更かし型になりました。
ヨーロッパに旅行して帰ってきた時のような時差ボケ状態です。
最初のヨーロッパ出張の時は、時差ボケを直すのに一か月かかりました。
それから何度も行きましたが、2回目からは要領がわかりました。
帰りの飛行機で、日本時間に合わせて、寝る時間を調節できました。
そのために、しっかり飲みました。飲めるのは良いことだと思いました。
今日のテーマは「切羽詰まる」です。
ブログの締め切りで切羽詰まったことは、数知れなくあります。
ほぼ毎日と言っても良いでしょう。
28年前、チューリッヒ駅の地下道で、注射器を持った強盗に会いました。
この中には、エイズ菌が入っていると脅されました。
ひたすら、I cannot speak English と
「なんのことか、わからない」とジェスチャーで押し通しました。
しばらく押し問答をしていたら通行人が来て、その注射男は去っていきました。
31年前、パキスタンに出張したときは、大勢の子供の乞食に追いかけられました。
税関で、持ち込み荷物について、海外部が作成したインボイス通りに申告しました。
税関職員の目に留まったICチップがこんな値段ではないだろうと
約4倍の金額を要求されました。教えられた通り突っ張りました。
あれあれと荷物は没収され、税関倉庫に保管となりました。
しかたなく、12万円を払い、明日倉庫に引き取りにいくことになりました。
1か月分の自分の荷物と依頼されたたくさんの荷物を引きずりながら、
税関と倉庫の間の1Kmを行ったり来たりしました。炎天下でした。
付けてくれた税関の職員がいなくなったのでした。
一人ではなにもできないので、仕方なく税関まで連れ戻しに行ったのです。
たんびに、旦那荷物を持ちやしょうかとポーターがうるさいのでした。
税関倉庫で荷物を引き取るのに必要なハンコ(各部署での手続き)はなんと7個でした。
朝から税関に行き、荷物が手元に戻ったのは夕方でした。
税関の職員に紹介してもらった安いホテルに、現地の代理人が二人やって来ました。
「お前は凄い」と褒めてくれました。
我々が税関倉庫から荷物を引き取るのに約1週間かかるのに、お前は一日でやってのけた。
と言ってるようでした。
ミュンヘンでは、空港から乗ったタクシーの運転手に行き先を告げました。
私が示したホテルと住所はいい加減でたどり着けませんでした。
やむなく、ドライバーが紹介してくれたホテルに行き、一晩の宿を交渉しました。
大きな展示会があるため、予約で満室でした。
粘って交渉した結果、布団部屋に泊めてくれました。
お前は、どこに行っていたんだ、ずいぶん心配したと、翌日ドイツ人に怒られました。
布団部屋に泊まったと話したら、あきれて笑っていました。
タイの繁華街の陸橋の下には、乞食が座っていました。
40年前、高尾山で傷痍軍人の方が、義足を付けて援助をお願いしていました。
夕方通りかかると、その方は義足を片づけて歩いて帰られました。
数々の工事をしました。
どの工事も、「切羽詰まって」いました。
夏休みの宿題は、ことごとく夏休みの終わりに片付けました。
どうしてこうなんだろうと、反省を繰り返すのでした。
切羽詰まったことがない今日は、「切羽詰まった日々」を思い出しました。
私は、少し切羽詰まった方が力を発揮できるようです。
忙しいのは、理由があってのことです。
後回しにすることが多いせいもあるのでしょう。
でも、数々の「切羽詰まった」を乗り越えてきました。
これからの「切羽詰まった」も順繰りに後回しにするのでしょう。
この生活スタイルからは、生涯抜け出せそうもありません。
障子絵の あれは芋づる しばし見る
2015年10月24日