OZ.

Opened Zipper

再読・ハサミ男(ネタバレ)

2005-07-20 23:47:09 | 読書
殊能将之の「ハサミ男」を読み直しました。
どんでん返しのお陰で一時的に失見当識になったんですが、再読してみて自分がどのようにまんまとひっかけられたのかを確認しようかということで。

■フェアだったのかも?な点

再読して気付いたのは、ハサミ男の正体が女性だということを隠していない部分もいくつかあったということ。

例えば樽宮由紀子を尾行して観察するシーンで「わたしから見ても美人だと思えるくらいだから、同世代の男子生徒には、さぞかしもてることだろう」。
最初に読んだときに「お目が高いわたしから見ても」の意味と捉え「ハサミ男、お前何様なの?」と思って少し違和感がありました。
「わたしから見ても」というのは「女の子にあまり興味が無いわたしから見ても」と解釈することにして読み進んだんですが、ココは「女のわたしから見ても」だったんですね。

また殺鼠剤を飲んで自殺を図った翌朝「トイレで用を足したあと、立ち上がったわたしは、洋式便器をのぞきこんで仰天した。便器が真っ赤に染まっていたからだ。一瞬、出血したのかとあわてたが、そうではなかった。殺鼠剤を着色していた赤い色素が代謝され、尿となって排泄されたのだ。」
サクっと読み進んだので気付きませんでしたが、ハサミ男は洋式便器に座って用を足していました。
大便だった可能性も無くはないですが、前後の文章からすると小便だけだったようにしか思えません。
ただこの場合、自殺を図った直後で体力的に弱っていたハサミ男が、立ったまま用を足すのが困難だった可能性はあります。
しかしその前の文章で「翌朝、ベッドで目覚めたときも、なにひとつ苦痛や不快感は感じなかった。」とあるので、体調は悪くなかったはず。

立って小便をしなかったから男性ではないと決め付けることはできませんが、このシーンから女性かも知れないと考えることもできなくはなかったかと。
「一瞬、出血したのかとあわてたが」というのは血尿のことと思って読んでましたが、今になって思えば生理の方だったんでしょうか、切れ痔かなとも考えてたんですが…
ちなみに自分は自宅では小便でも洋式便器に座って用を足してます…別に嫁さんに指導された訳ではないんですが、トイレを汚したくないんです。
立って用を足すとかなりアクロバティックな体勢を取らない限り多少は周囲へ飛び散るので。
トイレ掃除も普段は自分の担当じゃないけど、キレイに越したことはないので。

■様々なトラップ

前述のようにフェアな点もあったものの、やはり様々な小道具によって主人公の「ハサミ男」は男性であると思い込ませる工夫がなされています。
マスコミが言うところの「ハサミ男」を主人公が客観的に「彼」と呼ぶ点。
主人公の食事がいつも簡単なトースト程度だったり、服装がセーターにジーンズ、スニーカーだったりする点。
主人公の人格もほとんど男だし、別人格の医師も男なので、たまたま安永知夏という女性の肉体にハサミ男の人格が入っていたという設定でしょうか。
でも一番大きいのはやはりタイトルでもあるマスコミの通称「ハサミ男」ですね。

また主人公が日高光一であると思い込ませるための工夫としては、体格に関する話がありました。
主人公は自分のことを「でぶのフリーター(わたし)」とコメントしており、「わたしは体重に不自由な人、いいかえれば、でぶである。体重は言いたくないし、最近計測していないから知らないし、考えたくもない。」と独白してます。
しかし磯部から見た主人公は「知夏は化粧もしていなかったし、ダイエットにも関心がないらしく、ふっくらした健康的な体つきをしていた。」という程度で、他の刑事たちの反応にしても特段安永知夏を「太った女」と評している記述はないことから、客観的な見た目よりも主人公自身は過剰に「自分は太っている」と捉えていたようです。
そういった点は女性的なんですが、主人公自身の人格はかなり男性的なはずなので、この辺りはちょっと違和感が。
でもハサミ男の人格の女性の好みからすると、安永知夏は「でぶ」だったということなんでしょうか。

さらに主人公はアルバイト先の岡本部長に「きみ、何歳だった?」と年齢を聞かれ「二十六です」と答えています。
そして捜査会議では容疑者の情報が「名前は日高光一。年齢は二十六歳」と伝えられ、読者にとってはついに主人公の本名が明かされたのかと思い込んでしまいます。

■再読の感想

なるほど、こういうやり方で読者をひっかけてくれたのか、と楽しみながら再読してました。
ハサミ男の正体の件が衝撃的だったので、ラストの真犯人の正体の方は見当がついてたこともあってイマイチ興味が持てないまま読み流してました。
再読のときはハサミ男の件は認識した上で読んだため、刑事たちが真犯人に迫る過程の方を楽しめました。
「そーかヤツはここでボロを出して疑われはじめたのか」「あぁ、ここで磯部が余計なことを…」「そうだった、この写真撮影はあの目的でだったっけ…」などなど。

こうして再読してみると、ハサミ男話と樽宮由紀子殺人事件を強引に絡めた豪華2本立てストーリーだったんだなぁと改めて認識できました。
よくデキた小説でした、「ハサミ男」。