さだ・とし信州温泉紀行

続編;茨城パートⅡ

沙漠の緑化は心の緑化

2011-06-13 21:16:20 | 海外旅行
クブチ沙漠は、中国の内蒙古自治区に広がる、砂で覆われた荒地。クブチ沙漠は、中東などの「暑い沙漠」ではなく、比較的「寒い沙漠」で、年間200㎜の雨が降るため、少し人の手を加えることで、植林が可能。


とかげ
自然による沙漠化に加え、森林伐採、焼き畑農場、家畜の放牧等、地球場で年間600万ヘクタール、日本の九州と四国を合わせた面積が砂漠化している。地球の全陸地の25%が砂漠化している。中国の砂漠化は更に深刻、全国土の27.3%が砂漠化、1年間に東京都の面積が沙漠化していると言われている。
黄砂となって日本まで来たり、温暖化や食糧問題を引き起こす原因となっている。
クブチ沙漠は、地下30メートルほどのところに水脈があり、根がそこに到達すれば、3年ほどかかるが、植物はぐんぐん育つ。植えた後に、剪定(せんてい)や、水やりなどの人の手を加える。



ボランティアの石堂さん(23才、加古川市)は、平成23年4月から2ヶ月間の活動中
「これまではすぐに成果を求め、結果がでないと才能がないとか自分はダメな人間だと悩んでいたことが、本当に小さく思えました。・・・・生きているのは自らの力ではありません。太陽、水、動植物、自分のことを思ってくれる人たちの大きな愛によって支えられています。そして、私も人や地球のために力を発揮できることが必ずあるのだ、と信じられるようになったのです。・・・・」(石堂みずき)


植林をする場合、元からその土地にあった木を植えることが一番よい、そうしたほうが根付きやすい。クブチ沙漠では、現地で育てたポプラの苗木を植えて成功している。
活着率は80%以上、ポプラは、元々丈夫で、冬は零下20度、夏は摂氏50度という過酷な自然環境、沙漠での強風にも耐えることができる。




砂地にホースで水を撒いて掘りやすくし、1メートル位、深く掘り、ポプラの苗木を掘った穴に入れ、砂を戻してたっぷり水をやる。
植えた後、根がしっかり伸びるまで、余分な葉を落としたり、枯れた木の補植、必要な水やりなど手入れをする必要がある。


時には、突然襲ってくる土石流のため全滅。

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沙漠緑化隊7日間

2011-06-13 08:22:54 | 海外旅行
2011年6月5日(日)~2011年6月11日(土)中国内モンゴル自治区「恩格貝(おんかくばい)のクブチ沙漠」植林ボランティアに参加。
 沙漠緑化第49次隊
   関東4+関西4+九州・沖縄12+倫理研究所7=27名
 中国では、雨の少ない乾燥地域のことを「沙漠(さばく)」と呼んでいる。 日本のNGO「日本沙漠緑化実践協会」が1991年から現在までクブチ沙漠に300万本以上の木を植林。同協会は、日本は中国に恩返しすべきだと85歳の高齢で立ち上がった故・遠山正瑛氏によって設立。植林しているのは、ポプラの木など。
 社団法人倫理研究所は、この活動に賛同、倫理研究所の創立55周年の記念事業として「55000本の木を植えよう」という趣旨でスタート。1991(平成3)年の第一次緑化隊から翌年9月迄、第19次隊を派遣、およそ1年半で、55000本のポプラの木からなる「地球倫理の森55」を完成。その後も、活動が継続され現在の植林は30万本以上。


故・遠山正瑛氏は1906(明治39)年、山梨県富士吉田市生まれ、京都大学農学部卒、鳥取大学農学部教授時代砂丘の研究。日本で始めてスプリンクーラーを導入、鳥取砂丘にてスイカ・ラッキョウ等の栽培に成功。退官後、85才のとき、志を立て、NGO「日本沙漠緑化実践協会」を設立。


「慌てない、焦らない、諦めない」
中国の砂漠化は深刻。全国土の27.3%が砂漠化、今も、毎年、東京都の面積位が拡大している。


2002年に96才の時、NHKプロジェクトXに登場、翌年97才で亡くなった。(夫人は、その半年前に亡くなった)


6月5日(日)中国国際航空CA-182便、北京空港に16:30到着


旅友は、龍ヶ崎市の海老原龍夫氏


北京空港から、国内線で包頭(ぱおとう)空港に23:00到着、ホテルに泊まった翌朝、青空市場で果物を買った。
左より、隊長:田形健一氏(研究所総務局 常任理事)、海老原龍夫氏(龍ヶ崎バードウォッチングクラブ名誉会長)、古田洋子氏(東京都江戸川区倫理法人会専任幹事、株式会社千成社長)
□包頭(ぱおとう)
人口200万人の都市、内モンゴル自治区の中央になる。戦後、毛沢東が鉄を生産する町に変えた。将来600万人が住める都市へ。


途中、バスから降りて、黄河を渡る。


恩格貝(おんかくばい)到着後、白酒(パイチュウ)でモンゴル式歓迎挨拶。ホテル(恩格貝賓館)は、全館停電やテレビが写らないなどあったが、結構、快適。

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