5年前の手帳を開いてみる。
3月のスケジュールと変化の多さにびっくりする。
今年の3月、こんなにしんどい年はなかったはずと思ったけれど、5年前の3月からの日々も思い返してみると本当にいろんなことがあって今更ながら心が締め付けられる。
そして・・・この5年前の出来事は、間違いなく今という時に繋がっているわけで、改めて感慨深い想いがこみ上げてくる。
5年前の3月、私たちは青野夫婦と出会った。
難聴の健一さんと認知症のリンさん夫婦。
子どものいない夫婦は2人で仲良く暮らしていたけれど、リンさんの認知症がすすむにつれて家事などに援助がいるようになり、2人は近くのケアハウスへ入居することになった。
しばらくの間夫婦は仲良くケアハウスで暮らしていたけれど、すぐに忘れてしまうリンさんだけでなく健一さんにも混乱やいろんなことがあって、2人は施設から退去を求められた。
家はあるけれど、2人だけで暮らすのは無理だった。
ケアマネから「子どももなく2人だけで、とにかく仲が良い夫婦だしなのでばらばらにしたくない。なんとか2人一緒に池さんで看てもらえないか?」という依頼があったのが3月11日。
その時点で宅老所の部屋はいっぱい。更に4月から、さよさんという人を宅老所で受け入れることになっていた私たちは迷った。
池さんで受け入れなければ、2人はばらばらに施設へ行くしかないという現実は、あまりにも辛い選択だった。
受け入れるための部屋がないという課題に直面し、夫婦を受け入れるためには宅老所の増築か建て替えか、はたまた新築か・・・という岐路に立たされる。
しかも、ケアハウスからの退去期限まで日にちはわずかしかない。
どうすればいいのか迷っていた頃の手帳には、住宅会社や銀行やケアマネ、いろんな方との面談の文字がいっぱい。しかも由美子さんの看取りの時期と重なって、更に社長の入院もあったり・・・。
結局悩んだ末に、私たちは宅老所の新築を決めた。
なぜ再び大きな借金を背負う決心ができたのか今もよくわからないけれど、2人の老人の抱える現実と介護現場の現実に怒りを覚えたような気もするし、それが運命だったのかもしれないと今思う。
銀行からの借り入れのめどがたち、知り合いの住宅会社が最短で9月に完成できるという建築の見通しもたち、4月17日新しい宅老所の建築工事が始まったが、するべきことは山のようにあって私たちは忙しい日々を過ごしていた。
ケアハウスには工事完了次第の退去ということで了解してもらい、2人は家が建つまで週3回デイを利用するようになった。
いつか井上夫婦が自分の家のように引っ越しを楽しみにしてくれたと同じく、健一さん夫婦もまた自らが家を建てるかのように工事の期間を楽しんでくれた。
「すごい!すごい!」と喜んでくれた。
4月27日が地鎮祭、6月4日が上棟式、皆で心ばかりのお料理でお祝いをし、「夫婦部屋は南向きで庭も近いし、今までのベットが使えるよ。」という私たちに健一さんは最高の笑顔で答えてくれた。
それから20日後、健一さんはケアハウスで夜間転倒。
顔に大きな怪我をしてデイに来た健一さんは、どこか不安定な印象だった。
おそらく脳の血管にでも軽微な損傷があったのではないだろうか。
1週間後に再び夜間転倒。
更に5日後に再度夜間転倒。
それから3日後の7月9日、健一さんは亡くなった。
あれほど楽しみにしてくれていた新しい家の完成を見ることもなく、用意していた畑道具や自転車も池さんに置き去りのまま。
夫を亡くし、しばらくの間うつ状態になっていたリンさんは、やがて「こうして家もできたから、元気でケンちゃんの分も長生きします。」というようになり9月1日、予定通りケアハウスから新しい宅老所「池さんの家」に引っ越しを終えた。
リンちゃんが1人になっても、ちゃんと安心して生きて行ける場所を探すことがおそらく健一さんの役目だったと今も思っている。
健一さんはここへ住むことを楽しみにしてくれていた。
健一さんは住めなかったけれど、リンさんはこの家で5年の時間を生きた。
リンさん、3月11日から体調を壊し、そして逝った。
健一さんとリンちゃんと出会わなかったら、きっとこの家が建つことはなかっただろう。
あえて介護保険に乗らず自由な家として存在する宅老所は、リンさんにとってまさに自分の家だったに違いない。
自分の家で、自分のベットで、リンさんは命を全うした。
大正12年生まれ。見事に96年の時間を生きた。
悪くなってからは寝言もあまり聞けなかったけれど、リンさんの寝言は天下一品だった。
ある日の夜中「そこへ座れ!」と大きな声で急に怒鳴り始め、何を怒っているのかと思っていると「何べん言うたらわかるんじゃ!へたくそ!ちゃんと覚えんかい!」とバンバン布団を叩いて言うリンさん。どうやらお裁縫を教えていた頃の夢を見たらしいけれど、まるでそこに人がいるように上手に寝言を言う。
そんなリンさんのエピソードは数限りなく存在する。
泣いたり笑ったり怒ったり、一緒に時間を過ごす中で私たちはこの家にも慣れていったけれど、リンさんも確実に年を重ねていたのだ。
同じ時間を一緒に過ごした人たちは、もうみんないなくなった。
ヒイちゃんもフミちゃんも、さよさんもまあちゃんも・・・
1つの時代が終わったような、1つの節目を迎えたような、そんな気がしてくる。
池さんの家が、今までと同様に心地よい風が吹き抜ける家であってほしいと願いつつ、新しい風がどうか吹きますようにと願いつつ、今夜も夜は更けてゆく。
リンさんの部屋のドアについている鈴の小さな音がチリチリと聞こえ、「りんちゃんですよ~~~りんちゃん、おし~こですよ~~~」と賑やかに顔を出していたリンさんの夜更けの声が聞こえてきそうな気がする夜。
リンさんたちがいたから、この家がある。
ありがとう、リンさん。
そして健一さん。
感謝しています。
気持ちの良い風の吹く家に、今年初めてツバメが巣を作りました。
ツバメが卵を抱く日ももうすぐです。