池さんで働くおばさんの日記

デイサービス「池さん」の大ちゃんママのブログです。

忘年会

2010-11-29 23:06:31 | デイサービス池さん
今年は、5周年。
だから、忘年会もちょっと盛大に!

いつもの休暇村で、今年はお料理大奮発!!!

リッチな感謝祭と相成った次第。

お子様も入れて、今年は総勢34名。

年々池さんファミリーが増えていて、とてもうれしいです。

スタッフはもちろん、家族、日ごろお世話になっている人や応援し隊員の方も来てくれて、ホントに賑やかで楽しい会となりました。

みなさん、(ちょっと早いけど)1年間どうもありがとうございました

・・・

本当にいろんなことがあった年でした。


私たちは、今年の忘年会を、

「年忘れの会」ではなく、

「今年と言う年を、忘れない会」

にしたいと思いました。

来てくれた人たち、ありがとうございました。






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池さん

2010-11-22 21:46:01 | デイサービス池さん
5周年を迎えた。
イベント続きで楽しかった毎日。
かぐらちゃんの生との戦いの日々

そして、かぐらちゃんのお葬式の日が水曜日。
東京からカメラマン到着した水曜日。
木曜日、みちおさんが発見された。

怒涛のように過ぎた1週間。

私は今、「池さんってなんだろう」という気持ちにとらわれている。

5年前、こんなに私の中で池さんが大きな存在になるとは思いもしなかった。

理想を夢見て、理想を追いかけ、理想を実現したいと思って、頑張ってきた。

最初感じていた「こうあるべき」という観念的なものは、5年の月日を経て、「どうあったっとしても、それはそれでいいのだ」と素直に思えるようになってきた。

物事がどうであったとしても、
そんな小さなことなど、どうでもいいと感じるようになってきた。

そんなことではなく、
小さなことなどではなく、
私たちは、
もっと大きな流れの中にあって、
大きな渦の中に飲み込まれるように、
毎日を紡ぎ、
毎日、目の前の人に向かい合っている。
大事な大事な命と向かい合っている。・・・そんな気がしている。
みちおさんのことがあってから、なおさら、そう思うようになった。

デイサービスという小さな世界ではない。
介護の現場という限られた世界でもない。


生と死を織りなす大きな場所に、今私は、いるのだ。


生きること・死ぬこと

生きていくこと・死んでゆくこと

生き続けること・・・



その全てが、
大きな流れの中で、
絆という糸を結びながら
紡がれているのだ


その自然の流れの中で、
私たちは自分を見失うことなく、おぼれることなく
生き続けていかなければならない


どう生きていくのかは、自分次第


いつか湯浪のじいちゃんが言ってくれたように、
いつどんなことが起きようと、きちんと感じることができるように
「自分の器」を大きくして、生きていきたいと思う。


「池さん」と言う流れの中で、
胸を張って生きていきたいと思う。


「池さん」と言う縁を紡げる場所に出会えた私は、

今、心から幸せだと

感じることができるから。







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信頼するスタッフへ

2010-11-20 21:30:19 | デイサービス池さん
水曜日から、映画の監督さんと他2名の方たちが池さんを取材するためにやってきていました。

水曜日は5周年イベントの最終日。いつも以上に賑やかにいつもの休暇村へ出かけた池さん軍団。(詳しくは写真付きのHPをご覧くださいね)

で、腹いっぱい食べて、いつものようにレストランで大騒ぎして、お土産コーナーの試食をたら腹食べて、「あ~面白かったね~!」という時間帯の取材の方の到着。

正直、ここまで遊んできた後の池さんってどう映るのだろう・・という感じで取材が始まりました。

水曜が終わり、木曜日・・・いつものように美味しいイモ炊き食べ続け・紅葉を見に遊び歩いて一日が終わりかけた時、大ママが二階でカメラの前でインタビューに答えて撮影していたまさにその時、

みちおさんの発見が知らされました。

カメラが回っているまさにその時。



・・・でも、

私も大ちゃんも、カメラが回っていることなんて気にもなりませんでした。

その場で、泣き崩れる私と大ちゃん。そして、みちおさんのご自宅へ駆けつけ、事実を確認してきた私たち。

その報告を、皆の前でした時、言った瞬間、皆も「あ~~~~~」と泣き始めました。

4か月の間待ち続けたこの日。

カメラも取材も全く関係なく、

私たちは、

その時、その場にいる皆が、みちおさんという人を中心にして、繋がっていたように思うのです。




5周年を迎えたこの日。

かぐらちゃんが天国へ行ってすぐのこの日。

全てが、何かの縁で繋がったように感じるこの日。




この日を迎えたことで、

確実に、池さんのスタッフは

また少し大きくなれたように思います。

「この一日」の大きさを、「この一日」の重さを、「この一日」の意味を、

きちんと理解してくれてありがとう。



これからの池さんを支えるであろうスタッフが、

想いを共有していてくれたことに本当に感謝しています。



素晴らしいスタッフと一緒に仕事ができることを、

私は「この日」本当に嬉しく思いました。


これからも、大切なことをきちんと見ることができる池さんのスタッフでいてください。

毎日のいろんな出来事を、目の前の人との関わりを、心から愛しいと思えるスタッフでいてください。




PS
そして大きく育って、私を早く引退させてくださいね~そこのとこ、どうぞよろしく~





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2010-11-18 21:01:11 | デイサービス池さん
今日、

午後、

みちおさんが、

見つかりました。




大ちゃんが私に紙きれを見せた時、

「みちおさんが見つかった」

という文字を見て、

私は、涙があふれてきました。

そして、

大ちゃんも、その場に、

泣き崩れました。



長かった4カ月。

7月9日に散歩に出たまま行方不明になったみちおさん。

5周年を迎えた私たちに、

池さんを通して、

命と向き合うことの大きさを、

改めて教えてくれたように思います。



ご家族にとって、

みちおさんの帰りを迎えることができたこと、

おばちゃんにとって、

「お帰りなさい」と言って、みちおさんを再び家に迎えることができたこと、

どれほど大きく、どれほど待ち望んだことか・・・

想えば思うほど、いろいろな思いが胸にこみ上げてきます。



みちおさんが来ていた木曜日に、私たちはこの知らせを聞くことができました。

心配していたタツエさんやフクエさんと共に、この知らせを聞き、皆で泣きました。



その時、

私たちは、

介護者でもなく、

利用者でもなく、

ただの人として、

みちおさんを想っていた人として、

繋がっていたのです。



タツエさんの膝で泣く私に、


タツエさんは、「よかった。よかった。見つかって帰れてよかったよ~。」と言って一緒に泣いてくれました。



長く、

重かった、

私たちの心は、



秋の空のように、

晴れていきました。



ご心配かけた方々へ。

本当にありがとうございました。


みちおさんが見つかるように、

共に祈ってくださった方々、

本当にありがとう。


命の重さと、

「死」の大きさは、

決して、

悲しみだけではなく、

生きている私たちに、

生きていく私たちに、

大きな何かを教えてくれる

今、そんな気がしています。




みちおさん

おかえりなさい。

あなたの帰りを、

あなたに繋がる皆が

待っていましたよ。



お帰りなさい、みちおさん。
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5周年

2010-11-15 21:22:57 | デイサービス池さん
やっと、ここまできたという感じの今日。

池さん、5周年を迎えることができました!

ばんざ~い

長かったような、短かったような・・・

あっと言う間の5年でした。

苦しかった時もあるし、幸せだった時もあるし・・・

でも、今日改めて思いました。

あの時、池さんをつくって本当によかったと。

こうして今、私があるのも池さんで皆と出会ったからこそ。

池さんがなかったら、決して出会うことがなかった人たちと、今こうして毎日を重ねていけること、本当にありがたいことだと素直に思えるのです。

自分自身の人生を考えてみても、突き詰めて命の重さを考えることができたこと、人との出会いを考えることができたこと、そして何より私自身が飾らない人生を送ることができたこと、その全てを感謝しています。

「自分自身の人生をどう生きるか」

そのことを皆に教えてもらったように思います。

池さんをつくり、宅老所をつくり、その中で日々を重ねることで、いろんなことが見えてきました。

本当にありがとう。

また新しい時に向かって、これからもがんばっていきたいと思います。

皆様、どうぞこれからもよろしくお願いします。



PS

あっと、言い忘れましたが、ワタクシやはりこの節目に髪を切りました!

今回も美容院の人に言われました。「今度来るのは6周年?」

でも、

ちょっと若くなった大ママ、みんな見たくな~い?

またHPでご覧下さいませませね。
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ものさし

2010-11-11 21:36:56 | デイサービス池さん
池さん応援し隊員の方から、「池さんのものさし」について問い合わせがありました。
お返事を兼ねて、今日のブログです。

「ものさし」というのは、池さんの「価値観」という視点でお返事させていただきますね。

私たちは池さんを作った時からずっと「普通の暮らし」にこだわってやってきました。

普通の暮らし

お年寄りや子どもたちが、そして私たち自身にとっても、「普通の暮らし」です。

特別な料理があるわけではなく、(栄養第一というよりも)季節の物を食べること。
楽しいことをいっぱい考えて、笑顔になるように過ごすこと。
綺麗な花があれば、見にでかけること。
お天気がよければ、日向ぼっこをすること。
いっぱいおしゃべりすること。
子どもたちのにぎやかな声を聞くこと。

当たり前にある日常の生活を、どうすれば続けることができるのか・・・それが池さんのものさしだと思っています。

季節のものをお腹いっぱい食べるために、どうやって食材を手に入れて、調理すればいいのか?
どうやって楽しみを見つけるか?
綺麗な花を見るために、どうすれば皆が出かけることができるのか?
日向ぼっこをするために、何をどう準備するのか?
おしゃべりを楽しんでもらうために、どういう話題を提供するのか?
子どもたちとの雑多な生活空間を、どう実現していくのか?

それら全てが、池さんのものさしとなっているわけです。

季節の食材を贅沢に使った質素な食事をたっぷりと食べること、「おいしいおいしい」と言いながら食べることは、体力をつける一番の近道です。

楽しみを見つけることは、生きる意欲につながります。

太陽の下でのお出かけは、「リハビリ」という名の時間の限られた歩行訓練よりも、はるかに長い距離を歩くことになります。外へ出ることは、「暑さ・寒さ」という自然の移り変わりを肌で感じることができるし、適温に調整された室内だけで過ごすよりも、かえって抵抗力を養うことに繋がります。(だから出かけたくなれば、寒くても雨でもでかけるのです)

にぎやかに走り回る子どもがいる空間は、独特の空気があります。動けなくても、子どもが走り回るのを目で追うだけでも、耳からの刺激や目の動きにつながります。子どもや赤ちゃんを見ているだけで、誰もがニコニコ笑顔になるのです。

しっかりおしゃべりすることは、特に大切なことだと考えています。おしゃべりすると、のどや口、顎、肺、いろんな機能を使います。そしてお腹もすきます。のども渇くからお茶もたくさん飲みます。言語の訓練をするよりも、遥かに効果があるのです。どうすればおしゃべりしてもらえるか、話してもらえるか・・・それを考えるのが、私たちスタッフの仕事です。

池さんは普通の家です。バリアフリーなんかではありません。「絨毯気をつけてよ~」ということを言わなくても、お年寄りはちゃんと足をしっかりあげて歩いています。認識する力が衰えていても、じいちゃんも敷居はきちんとまたいで通ります。

結局、今までと同じ生活を続けていれば、ほとんどの場合、「今まで暮らしていた記憶」があるのですから、危なくもないし楽しく暮らせるのではないかと思います。

年中一定の室温の中で、リハビリメニューをこなし、栄養の完璧な料理を黙って食べ、あとはじっと静かに過ごす・・・という毎日に、おそらく池さんに来ているお年寄りは言うでしょう。「こんなことして、な~んにも面白くない!」と。

まあ、いろいろ言っても、池さんのものさしは、池さんに来てるじいちゃん・ばあちゃんなんです。口の悪い・超わがままなじいちゃんばあちゃんにかかると、スタッフが一生懸命考えたことでも「つまらん!」と即座に却下されるわけで・・・

「じっとしとってもつまらんから、どっか行きましょや」という日もあれば「寒いのに、なんで出かけたりせんといかんのん!行かん!」とバッサリ切られる日もあるわけで・・・

スタッフはそのたびにあたふたと、こき使われているわけで・・・

池さんのものさしは、

常に超わがままな池さんに来る年寄りによって変化する、というのが本当のところかもしれません







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高知県までドライブ

2010-11-07 16:04:02 | デイサービス池さん
ホームページでもみかちゃんが紹介した天孫降臨!?高知行きの一日。

土曜日は、いつもよりは人数が少ないものの平均介護度4.2!

朝、

天気最高。風なし。全員体調よし!

・・・ならば、どっか行かんとね~~~~~

となるわけで・・・常にその日・その時・その場の空気・みんなの気持ちを最優先しているわけで・・・

・・・ってゆうか、スタッフ自身がただ遊びたいだけかも~!

で「行こう」となった時、「ならどうすれば、全員で行けるか?」ということを考えて動くのが池さんのスタッフの仕事だと思っている。

土曜日、出勤者のまこちゃんと今井君に、今回の外出用意を全権委任することに。

車椅子などもろもろの用意や食事介助の用意、トイレに必要なものなどなど。寒さ対策や暑さ対策。そして、車の席の設定や車種の選択・・・

スタッフとして必要になってくるのは、瞬時に全てのことを判断し決定する力量。そしてそれができたら、あとはみんなと楽しむ心のゆとり。

こういう経験を積み重ねていくことで、「出かける」ことが大変なイベントだと思わなくなり、気軽に「出かける」ことができるようになると思う。

「天気が良ければどこかへ出かけたい」という気持ちは、人として自然な気持ち。

その気持ちを支えるためには、「出かけることが大変なこと」になってはいけない。「出かけることが当たり前」になれば、いつでも出かけたい気持ちを支えることができると思う。天気が良い日に、花が咲いた時に、季節がいい時に、いつでも出かけることができるようになる。

外出もイベントも、特別なことでは決してないのだ。

介護の現場で、外出やイベントを「非日常の特別なこと」にしてしまっているのは、紛れもなく私たち介護者自身であるということに気づかなくてはならないと思う。

生活している「人」にとっては、外出は当たり前のことであるわけだから。

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竹村ばあちゃんとの夜

2010-11-04 22:22:16 | デイサービス池さん
竹村ばあちゃんがお泊まりの夜。夜勤当番はワタクシの日。

この前の提供者会議の時(ブログに書いてます)夜は息子さんが毎日添い寝をしていることを知った。

昼間のばあちゃんと違い、夜は混乱することが多いらしく(前に泊まった時にはそれほどでもなかったのだけど・・・)常に誰かがそばにいないと不安になり、トイレの場所もわからないので、大変だという話だった。

私たちは「たまには休むことも必要だから、いつでもお泊まりしてくださいね」と伝えていた。

そして先日、ばあちゃんが泊まることになった。(近くの施設をショートで利用をしていた時もあったけど不安が強くなってからは、ばあちゃんが馴染んだところの方がいいとのご家族の希望で、あえて介護保険の使える施設ではなくて池さんを使ってくれたわけ)

ばあちゃんがやってきた。

大頭で一日過ごし、そのままお泊まり。

「はて、私は今晩はここへ泊まるのでしょうか?」
「そうよ。一緒に寝ようね。」

「お手間かけて申し訳ありませんね~。一体息子はどうしたんやろう?」
「ちょっと忙しいみたいで、お嫁さんも会があって忙しいらしいよ」

そうですか、と納得をしてとりあえず一緒に布団に入ってしばらくの間静かに寝ていたと思ったら・・・夜中2時ごろパッチリ目が開き・・・

「どこだろうか?」とトイレを探し始めるばあちゃん。「おっと!これだな!」と誘導。

ばあちゃんは耳がよく聞こえないから、話すたびにでっかい声を出すもんで(私はじいちゃんやみよちゃんが起きないかと心配しながら)ヒソヒソ声で話すけど「何でしょうか?」とますますでっかい声を出されて、トホホ

で、トイレが終わって布団に入りしばらくすると、

「あっと、ご飯を炊く時間じゃね~」と何やらニコニコしながら、起き上がるばあちゃん。「まだ夜中だから、もうちょっとしてからでもかまわんよ!」と言ったけど、「いえ、間に合わんといけんから!」と布団に入ったものの寝やしない。トホホのホ

そして・・・(もちろん全部布団の中で、ばあちゃんは夢の中にいるわけで)

「みそ汁もボチボチ作った方がええねえ~」というわけで、今度は味噌汁作り始めたばあちゃん。

「え~っと、昆布はどこかいな?あ~あったあった。う~ん、塩が足りんのかいな~?味噌・・・年取ったら味がわからんようになって困ったもんじゃ・・・」とまあ長い間、でっかい声でひとりごとを言い続け、夢で完璧に味噌汁をつくるばあちゃん。

「まあ、味噌汁納得いくまで作ったらええわ」とのん気に構えていたワタクシに、急にご指名が入る。「あ~若い人がおったんか!ちょっと味噌汁の味をみてもらえませんか~?」「はいはい。おいしいよ。」と軽く言って見たら・・・「もっとちゃんと味をみんと、年寄りが作っとんだから、訳は分からんのんですよ!」と怒り始める。

「いえいえ。本当においしいよ。」と今度は心を込めて言ってみる。でもばあちゃんは納得しない。「塩はどうですか?入れた方がいいですか?」「これで十分よ」「いえ、本当のことを言ってくださいよ。年寄りなんだから!」

年寄りならさっさと寝ろ!!!と半分やけくそになりながら、「そうしたらもうちょっと入れますか?」と言ってみる。

「さ~?あんまり入れても身体によくなかろうか?」「なら、そうしますか?」「もう何がなにやらさっぱりわからん。」「いえ、それはこっちのセリフですけど!」「一回味見てもらおうか?」「はいはい」

ワタクシたちは真夜中延々と(布団の中で)味噌汁を作り続けたわけで・・・トホホのオホホ

明け方近く、ばあちゃんは言った。

「どうして誰もおらんのじゃろうか?」「まだ夜中よ!」「あら!それなら寝んといかんのよね~」「(今更・・・と心の声)そうしてくれたら嬉しいわい」とワタクシ。

「寝る前にトイレに行っとこうか?」・・・(泣)トイレに行くために、またまた大声の連発

そして、無事に夜が明けて、ばあちゃんは何事もなかったかのように「あれ、池さんの奥さん。どうしてここへおるんですか?」とつぶやいた

頭で理解していても、ご家族の苦労は計り知れないだろう。一晩一緒に寝て改めてご家族の毎日の介護がどんなものであるか、垣間見えた様な気がする。

迎えに来たばあちゃんの息子さんが言った。「本当に久しぶりに、ぐっすりと眠ることができました。ありがとうございました。」息子さんは言う。「ばあちゃんには、どうやっても返すことができないくらいの恩がある。苦労して育ててくれた恩がある。」と。

ここまで親を想うことができるのだろうか。私は感動する。息子さんは母を深く想い、「たとえわからなくなろうとオシッコを漏らそうと、堂々と生きたらいい」のだと言い切ることができる人。素晴らしい人。

そして、何もわからなくなっても・・・

ばあちゃんは、今日も大事な家族のために一生懸命(夢の中で)味噌汁を作る人。

家族の在り方に、そして竹村のばあちゃんと言う人の偉大さに改めて感動したばあちゃんとの夜。







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