目の前に黄金色に色づいた麦の畑が広がっている。
新緑に輝く木々が山を覆っている。
一年で一番エネルギーを感じる季節。
そこら中に満ち溢れる命のいぶきに心動かされる季節。
そんな春のある日の出来事。
3人暮らしの家族。
80代後半の父親と、引きこもっている2人の息子。
お兄ちゃんは車の運転はできるけど、人付き合いが苦手らしく、長年引きこもっている。毎日届けるお弁当を、窓から手だけ出して受取ってくれる。
弟は車の運転はできないけれど、携帯を持っている。時折、デイサービスへ出かけているらしい。丁寧で物静かな人。
3人は、毎日お弁当を頼んでくれる。
男だけの3人家族。
息子たちは家の中だけで過ごしているようだが、父親が元気なおかげで、家はそれなりに整えられ、庭の掃除もされていて、近所付き合いはないけれどきちんと暮らしている様子がうかがえる。
そんな3人が暮らす家。
ある日、お父さんから電話があった。
「身体の調子が悪いけど、どうしたらよいかわからないので、教えてほしい。」
息子たちも頼りにならず、一人ではどうすることもできないのだろう。で、昼前に様子を見に行くことにした。
1回目に行った時、山へ行ったからか身体がしんどいと訴えがあったものの、病院へ行くほどでもないということだった。不安が大きくて電話をしてきただけなのか、でも気になる。
で、夕方もう一度行ってみる。
家の掃き出し窓から声をかける。
お父さんはテーブルにつかまりながら出てきた。
「山へタケノコを取りに行ったのが堪えたのか、いよいよしんどい。足が痺れたような気がする。」
「吐き気とかは?」
「いや~それはない。でもご飯が食べれん。」
山を上がったから足腰に負担がかかったのか、脱水なのか、頭のほうか・・・いろいろ考えながら、「病院へ行くのだったら一緒に行くよ。その方が安心よ。」と声をかける。
「いや~薬はたくさんあるから、病院へは行かん。」面倒なのか、どうなのか、でも行かないと言うのでとりあえず「もしなんかあったら連絡してよ。」と伝えて帰った。
次の日、
お父さんからまた電話。お父さんの言葉がはっきり聞き取れない。
「やっぱり病院へ行こうと思うから、連れて行っておくれ。言葉が出て来んのよ。」
で、たまたまかかりつけ医が池さんの主治医だったので、その病院へと行くことにした。
池さんの主治医。話を聞き、握力を調べたりした後で「頭のCTとってみるかね。」と脳外科のある病院に行けるよう、すぐに紹介状をかいてくれた。
「午前の受付が終わるのが12時だから、急いで行かないと間にあわないよ。」
その時、11時30分。時間がないのでそのまま、まごの手スタッフが付き添って病院へと向かった。
ギリギリで到着し、すぐに検査。
結果は「硬膜下血腫」頭左半分真っ白の状態だった。
すぐに入院の手続きや手術の同意書などが必要になった。
でも、お父さんの2人の息子たちは、筋金入りの引きこもり生活中。
そんな手続きなどを経験したことなどないに違いない。
「息子たちがそういう事情だからすぐには来ることができない」と説明するスタッフに、病院の医者は、「早く同意書を書ける家族を呼べ~~!!!」と怒鳴りちらし、同行したスタッフに「ヘルパーじゃ何の役にも立た~ん!!!」と暴言を吐く。
そりゃ一刻を争う状態だとは思うけれど、もう少し落ち着きませんか?と突っ込みながら、家族と連絡を取るけれど、もちろんすぐに来ることはできない。
なにしろ、引きこもっている兄弟が、大きな病院へ2人だけで来るのだから。
2人だけで、知らない場所へ来るのだから。
その上、どうしても、2人一緒に来なければならない理由がある。
運転できるお兄ちゃんと、携帯を使える弟。つまり、2人セットでないと動けないわけ。
慌てないようできるだけ静かに緊張しないよう配慮しながら、連絡を入れ事情を説明し、とにかくすぐに病院へ来るように伝える。
で、しばらく時間はかかったけれど、2人は力を合わせて、頑張って何とか病院へと到着した。
お兄ちゃんが運転し、携帯を使える弟を乗せて、病院へ着いた。
「病院に着きました!」と弟から連絡が入った。
「よかった~!」「無事についた!」と思った瞬間、「でも、自分が車でおしっこ漏らしてしまって、車から降りられないんですぅ。」
そりゃ漏らしても仕方ないよね。こんな急な事態で、きっと緊張したんやね。
弟はそのまま車で待機することになってしまった。仕方ないよね。ズボン濡れてるし。。。
で、運転できるけど携帯を使えないお兄ちゃんは1人で頑張って病院の中へと入ったものの、駐車場に到着してから1時間たってもスタッフから連絡がない。
どうしたのだろう。もう1時間もたったのに。携帯が使えないから、連絡の取りようがない。
「初めての大きな病院で迷っているのだろうか。対人関係が苦手だから受付で聞くということもできず、グルグル病院の中を探し回っているのだろうか。」とスタッフが気づき、院内放送をお願いすることに。
「○○さんのご家族の方~~~玄関まで~~~お越しください~~~。」
それで、やっとお兄ちゃんと合流ができた。
お兄ちゃんはスタッフと一緒に何とか責任を果たし、お父さんは無事に翌日の手術の手続きを終えた。
もう夕方。。。。。
親戚もわからず、家族も3人だけ、頼れる人はいない。連絡をするところもわからない。
兄弟には、大きな決心が必要だったに違いない。
「2人で病院へ行く」という覚悟。
毎日毎日、家の中で暮らしてきた兄弟が、大きな決心をして、老いた父親の待つ病院へと車を走らせた。
運転できる人と、携帯を持つ人。
病院へ行くのだからと、シミのついた着古したジャージではなく、真新しい服に着替えて、車に乗った兄弟。
緊張しすぎて漏らしてしまったけど、2人の緊張が伝わってくるようで、心を大きく揺すぶられた。
連絡を待っていたスタッフは「よう頑張った!ようやった!」思わず拍手。
結局、お父さんは翌日無事に手術を終えた。
しばらくしたら、また3人の暮らしに戻れるだろう。
2人の兄弟の決断と、勇気と努力に、大きな拍手を送りたい。
普通の大きな社会から見たら取るに足りないほどの決断や勇気や努力かもしれない。でも、この家族を知っている私たちにとっては紛れもなくでっかい決心と勇気に違いないと確信できるのだ。
引きこもっているけれど、父親の一大事を前に、逃げることなく責任を果たした2人の息子たち。
家族。
3人の家族。
確かに家族。
老人と課題のある子どもたち、課題は多い家族だけれど、何とか今まで生活を続けて来れた。
これから先、お父さんに何かあれば、どうなるのだろうという心配は確かに存在するけれど、兄弟たちが父親の一大事を前にした決心は、紛れもなく父を想う息子の姿そのもので、その姿が私たちの心に優しさと暖かさを届けてくれた。
3人家族と「家族」の姿。
引きこもりの兄弟に、ふわりと心揺れた、春の一日。
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