さてさて、雨に恵まれて久しぶりに涼しい気がする昨日・今日。
おもての温度計を見たら、ずっと40度を超えていたのにやっぱり今日は38度止まり。
と言っても結構高温ではありますが、まあ40度越えを記録していた先週から比べたら、有難いような気持ちよい風が心地よく頬に当たります。
毎日いろんな場面にぶつかります。
経験しているようで本当は何も分かっていなかったり、知っているつもりが本当は何も知らなかったり、伝えようとしても言葉を知らなかったり、どう伝えればよいかわからなかったり・・・
ばあちゃんたちのことをまったく知らなかったり、どう生きてきたのか知ろうとしてもどう聞けばよいかわからなかったり。
どうすればもっとうまくできるのかと考えてもその方法がわからなかったり、どう動けばよいのかさえわからなかったり。
介護の現場の経験がない職員にとって、また新人を教える経験がない職員にとっては、本当に難しい場面に毎日毎日ぶつかるのです。
池さんとしてどうなのか、池さんの介護者としてどうなのか、そもそも介護者としてどうなのか、迷い続けます。
マニュアルなどないこの介護の現場で、人間くさくて泥臭い葛藤の中で、毎日私たちは生きているのです。
迷って迷って、ジタバタジタバタとあがき続けて・・・
でも私は、それこそが池さんのカラーだと確信しています。
決して美しくて綺麗な介護などできないと、思っています。
老いてゆく人の苦しみや悩みに寄り添うために、
迷いながらも介護する家族と共に生きるために、
私たち自身が、ドロドロした葛藤の中にいることこそ、忘れてはならないことのように思うのです。
決して綺麗に飾ることのできない日常。
でもその悩みの中にあっても、笑いながら命を生き切ることが大切なことだと、それこそが池さんらしい生き方なのだと、見送った人たちに教えてもらいました。
土臭くて、かっこよくない生き方でも、
皆で肩を寄せ合って、あ~だこ~だとよもよも言いながら、
一日一日を、大切に生きて行けたら、
限りある命をまっとうできたら、
きっと、それこそが池さんなのだと。
みよちゃんが、ヨッシーが、じいちゃんが、ふみちゃんが、大好きでいてくれた「池さん」。
湯浪のじいちゃんがいつも応援してくれた「池さん」。
おそらく・・・これからもずっと、私たちはこのままの姿で、泥臭くて格好の悪い私たちのままで、ジタバタしながら、笑って、ばあちゃんたちと生きていけたらいいなと。
慰め合って、いたわりあって、補い合って、喧嘩したり、泣いたり、限りなく人間臭く・・・。
これからも変わらずに、ずっとずっとそんなちっぽけな私たちでいたいと思います。
みんなが愛してくれた「池さん」らしく。
お盆がきました。
フミちゃんの新盆です。
ふくふくと柔らかかったフミちゃんの手の感触が、懐かしく思い出される夜です。
風が涼しく感じる夜です。