日曜日、クロちゃんが死にました。
家ネコではなかったけれど、本店で暮らし、池さんらしく命を終えたクロはやっぱり池さんファミリーの一員なのだと自慢に思います。
4月の3日から調子が悪くなり、何も口にせずに13日。
腕の中に抱き上げても、枕の向きを変えても、どうしても息苦しさが止まらない。
もう最後か、もうダメかと何度も思いながら、毎晩、夜遅く本店の電気を消した。
「生きていれば、また明日」と思いながら。
時間ができるとクロを抱き上げて背中をさすってやった。
元気だった頃は抱っこを嫌がっていたのに、クロもじっと抱かれて大人しい。
もともと寒がりだったから、いつもストーブにくっついて寝ころんでいたので、朝になるといつものストーブの前の場所に移動し、夜はエアコンをつけてヒーターの近くで暖を取って眠れるようにした。
14日目から少し安定したように見え、水とちゅ~るを少しだけ口にしたけれど、呼吸はずっと荒いままだった。
なのに、20日経った4月22日。
朝、急に呼吸が楽になった。すやすや眠るようになったクロ。
今までの苦しさが全くなくなり、穏やかな感じになった。
クロの様子はとても穏やかだったけど、私にはわかっていた。クロの最後が近づいたと。
クロはゆっくりとベット代わりの箱を出て、水を自分で飲んだ。
それからストーブの前に、いつものように座る。
抱っこしてちゅ~るを口に近づけたら、ペロペロと舐める。
そして穏やかな呼吸で一日眠る。
夕方、タオルでくるみ外へ連れて行ってやると、グリーンの目をしっかり見開いてあちこちを見ている。
たまたま美香の家族が皆で来て、お別れもできた。
夜は冷えるので、しばらく抱っこしてやると腕の中でスヤスヤ眠り始める。
そしてヒーターの前の箱に寝かせるとじっとして眠る。
23日は風が強かったけれど、お天気がとてもよかった。
ちゅ~るを少し食べ、自分で水を飲み、おしっこもいつものようにちゃんとしている。
昼前、クロはよろよろと箱を出て、いつも外へ出たいときに座る場所に座った。
ドアを開けて外へ出してやると、いつも日向ぼっこする場所までふらふらと行き、座りこんだ。
そしていつものように外を見てしばらく過ごす。
いつもしていたように。
いつもと同じように。
24日。
お天気がいい。
タオルで身体を包んで、池さんに出かける。
クロが生まれた所。
池さん。
家ネコではなかったけど、クロにとってここは家。
しっかり目を開けて、あちこち見ている。
今は学校も休みで子どもたちの声はしないけれど、学校帰りの子どもたちが本店の中のクロに時折声をかけてくれていた。
静かで優しい時間。
クロを抱いて過ごす時間。
25日の土曜日。
本店は休みなので、私は池さんと本店とを行き来しながらクロの様子を見ていた。
クロもじっと静かに眠り、時々水を飲む。
ほとんど歩くことはできなかったけれど、クロはちゃんといつものトイレまで行っておしっこをした。
土曜日の夜、最後に見たのは日付が変わる少し前。
抱き上げた時、はっきりと意識できた。
「もう最後だと」
命の重さを全く感じない。
目は開いている。
じっと私を見ている。
何か伝えようとしているクロの、命の重さがないのがわかる。
明日までは無理だとわかる。
「もう頑張らなくてもいいよ。よしこさんやひいちゃんがいる所へ行きなさい。」
私は夢を見たことを思い出す。
4月22日の夜中。
腕の中でクロがスヤスヤ息をしていて、だんだんその呼吸が弱くなっていく。
そして息が止まった。時計を見たら、3時22分。
そして、目が覚めた。
不思議な夢。
普段夢をあまり見ない私が、今でもはっきり覚えている不思議な夢。
25日の夜中、私はクロにお別れをして、いつものように本店の電気を消した。
4月3日の日からずっと、夜いつもこれで最後だろうかと思ってきたけれど、今日はほんとうの別れに違いないとはっきり思いながら、私は電気のスイッチを消した。
今夜は「おやすみ。」ではなく「さよなら。」
26日朝、本店に行った私が目にしたのは、歩けないのに頑張って最期に行っただろうトイレのおしっこの後と、毎朝、クロが座って私を待っていた場所の近くで横になったまま冷たくなったクロの姿。
「今日も待っていてくれたんね。」
いつものように抱き上げて布団に寝かせてあげた。
身体はもう固くなっていた。
きっと深夜に逝ったのだろう。
独りぼっちで。
いつもと同じように独りぼっちの夜。
次の日は日曜日。
ゆっくりクロと一緒に過ごせる。
4月3日から24日間を生きた。
苦しい息の中でも、全てを受け入れて生き切った。
抗わず、限りなく自然に、クロは生きた。
最後の5日間で皆とお別れをして、お天気の良い日曜日を選び、クロのために買ったストーブの灯油がなくなった日を、ばあちゃんが本店に植えたドイツアヤメが初めて咲いた日を、ちゃんと選んでクロは逝った。
限りなく自然に近い形で終わらせてやりたいと思っていた。
自らが選び、池さんという場所へ帰ってきてくれたクロではあるが、家ネコにはならず、かといって野良で生きるネコでもなく、縄張りを争って生きる強さもなく、人に媚びて生きるしたたかさも持たず、ただひたすら淡々と生活に必要な場所や人を選び、自分の命を託す人を選び、そして小さな空間で生きたクロだからこそ、その生きざまに見合う最期を迎えさせてやりたいと思った。
人が優位に立つ癒しや慰めの対象ではなく、人に愛玩されるペットとしてでなく、クロはクロとして、主張のある生き方をしたネコとして、立派に終わらせてやりたいと思っていた。
確かにそう願ってはいたが、クロが病の中で生きた最初の20日間という時間は、私にとって辛くて苦しいものだった。
クロらしい最期をと願いながら、治療という文字が頭をよぎる。
決心していても深い迷いの中にあった私が、迷いを断ち切れたのは、あの夜見た夢だった。
必ず自分で死を選び取り、必ず静かに終えることができるに違いないと、その瞬間に信じることができた。
このままがいいのだと思いきることができた。
死を前にして、人はだれも揺れる。
人ではない、ネコの死に際してでさえこれほど心を揺らす。
池さんで確かに多くの人を看取ったけれど、いつもこうして「これでいいのだろうか」という揺らぎの時間が存在した。
苦しみの時間を過ぎなければ、穏やかな時間には至らない。
悩みの時間を生きなければ、納得できる答えなど見つかりはしない。
老いも死も、深くて重いものなのだ。
それほど、人は複雑な生き物なのだ。
クロという小さな命を見つめ続けた卯月。
ペットというわけではなく、かといって野良猫ではなく、つかず離れずの関係の中で、適度な距離間の中でそれでも限りなく信頼関係にあり、ゆるやかに、一緒に生きることができた命。
この距離を保つことができたからこそ、私は今もクロとの時間を愛おしく思えるのだと思う。
そして、この小さな命の最後のありようは、ここで生きた人たちにも似て、「いつもと同じ暮らし」を強く思い起こさせてくれた。
「いつもの生活」をしみじみと感じさせてくれた命のありかは、濃い関係の人を見送った時よりもはるかに深い想いを私の心に刻み付けてくれたように思う。
「命がみえない」
と藤原新也が言ったけど、今、私は確かに小さきものの命のコアを見届けたような気がしている。
「死というものは、なしくずしにヒトに訪れるものではなく、死が訪れたその最後のときの何時かの瞬間を、ヒトは決断し、選び取るのです。」
小さなネコでさえ、命の終わりに際してでさえ弱音を吐かず、ただ受け入れ、そして確かに選び取った。
その生命力と決断力に感服しつつ。
ひるがえって人間はどうかと問われれば、天変地異のたびに、平常心をかき乱され、揺れる心に絶え絶えになりながら、なしくずしに生きるしかないのかもしれないと思いつつ。
ネコのクロ。
ゆるやかにしなやかに静かに生きたネコ。
池さんという場所で生きることを選んでくれた小さなネコ。
クロが生きた最後の5日間は、クロが選んだ瞬間の繋がり。
そのことに想いを馳せて、クロという小さなネコに敬意を払いたいと思う。
池さんで生きた小さな黒いネコのお話。