小学校1年生の女の子。
彼女はいくつもの大きな病気を抱えているけれど、小さなかわいい女の子。
お姉ちゃんの手術のために、池さんで1週間のお泊まりだった。
私たちは彼女が初めての場所で泊まることにストレスを感じて欲しくなかったので、生活のリズムをつくることから始めた。朝の起床、ご飯、児童クラブへの移動、夕方帰ってからの遊びや、夕御飯、お風呂、寝る支度などなど。
そのどれもが、家で過ごすなら当たり前のことで何でもないことだけれど、慣れない場所で過ごすためには体調の管理と共に、こうした生活のリズムは大切なことになる。
彼女はこうした池さんでの生活の時間をすぐに受け入れて、毎日しっかり遊び、よく笑い、しっかり食べて、夜も良質の睡眠をとることができた。
夕方大頭へ帰るとすぐにネコのさかなを抱きかかえて遊ぶ。小さな身体でさかなを一生懸命抱き、あちこち連れて歩く。ネコのさかなも嫌ではないのか、ずっと抱えられているのに、怒るでもなくじっとしている。
小さな彼女とネコのさかな。見ていて心が暖かくなる光景。
挨拶が苦手だった彼女。でも池さんにいるうちに、みんなにきちんとご挨拶ができるようになった。夕方大頭へ帰ると大きな声で「ただいま~」と戸を開ける。
あまり食べないと聞いていたけれど、ご飯もしっかり食べた。児童クラブへはお弁当を持って行ったけど先生が驚くくらい、お弁当は全部綺麗に食べてくれた。ミニトマトが大好きで、両方のほっぺたの中にトマトを入れたままで、器用におかずを口に入れる。
ばあちゃんたちや身体の不自由な人を見ても、いつも自然に受け止めることができ、ヒイちゃんのテーブルに置いたトロミのついたお茶を、自分からヒイちゃんの口へ運んだ。ヒイちゃんも自然に口を開けて、彼女の手からお茶を飲む。
小さな彼女との一週間。
その小さな身体に見合わない呼吸器や酸素ボンベ、大量の薬。
その幼い心には重いであろう自分の身体状態への理解。
それでも彼女は素直にしっかりと現実を受け止めている。
私たちはそんな小さな彼女に、敬意を払いながら一緒に眠る。
1週間ぶりに、ママのお迎え。
いろんな感情が一気に彼女を襲う。
泣きながらママに抱きつく彼女。
ママに会えた喜びや、大好きなネコのさかなと別れなければならない辛さや、ここで遊んだ楽しかった時間の終わりや家に帰る嬉しさや・・・喜びや悲しみが入り混じったようなおそらく複雑な感情が一気に溢れだす。
どんな時もママが一番。家に帰れるのだから嬉しいだろう。
それでいいと思いながら、胸が詰まる。小さな彼女との別れに胸が詰まる。
家に帰れるのだからとよかったよかったと自分に言い聞かせながら、私はひきつりそうな作り笑顔で、車に乗る彼女を見た。
その時、彼女が私を見て言った。
「かみ!」
かみ・・・紙。
ママの車が到着する少し前、彼女が書いた「紙」。
池さん全員の名前を彼女が書いた「紙」。
スタッフ皆の名前と、3匹のネコたちの名前。
そして真ん中に「いけさん」と書いた彼女の「紙」。
「あるよ。」と言って私は彼女のカバンから紙を取り出し、彼女に渡した。
彼女は嬉しそうに紙を持って、弱弱しく手を振った。
涙がこぼれそうになりながら、私たちも手を振った。
たった1週間の彼女との時間。
小さな彼女の残したものは、暖かくて穏やかで愛おしい時間だった。
今夜彼女のいない大頭では、ネコのさかなが彼女を探すようにニャーニャー鳴きながら、あちこちの部屋を行ったり来たりしていた。
小さな手を思い出し、小さな身体を思い出し、幼い子どもの大きな存在感に、心が動かされる。
その小さな姿は、池さんにやってくるばあちゃんたちとも重なってくる。
決して来たいから来ているわけではないだろう。
老いゆえに・ボケゆえに、デイに通わなければ日常が成り立たなくなっているから、ばあちゃんたちはここへ来る。
願って来るわけではないけれど、でもここへ来なければならないのだとしたら、せめてここでの時間が楽しい時間であるように、ここでの食事がおいしいように、ここでのお風呂が気持ちのよいものであるように、ここでの夜が穏やかに眠れるようにと、私たちは考え続ける。
だれもが家で過ごしたいだろう。だれもが家族と一緒にいたいだろう。
だからこそ、ここでの時間を穏やかな時間にするために、よりよい時間にするために、いつも全力を尽くしたいと思うのだ。
小さな彼女も、ばあちゃんたちも同じ。
そして、ここで過ごすことが楽しかったと言ってもらえたら、帰る時にまた来るねといってもらえたら、家が一番だけれど池さんでの時間もまんざらではないと言ってもらえたら、小さな彼女がもしまたここへ来ることがあったとしても、「池さんに行くのならいいよ」と思ってもらえたら、それでいいのだと思っている。
介護保険でのケアも、自主事業の部分での泊まりや預かりも、決してなんら変わりはないのだと、池さんの想いはどちらも同じなのだと、改めて感じた小さな彼女との1週間。
池さんという場所がここを必要とするどの人にとっても、かけがえのない大きくて暖かく大切な場所であり続けたいと思う。
久しぶりにネコのさかながいつもの自分の布団で眠る夜。
小さな彼女のいない機械の音のない静かな夜。
原爆投下後71年目の大切な夜。