池さんで働くおばさんの日記

デイサービス「池さん」の大ちゃんママのブログです。

満月です

2020-11-30 22:37:28 | デイサービス池さん

日の暮れも早くなった夕方、すっかりあたりは暗くなって仕事の片付けを急いでいる時刻。

孫の平太から電話。

「ばあば、大きなお月さんが出とるよ!見に来て!」

あ~まだ仕事してていけないけど、見てみるね。

可愛い電話に急いで庭に出てみると、なるほど少し赤くて大きな月が雲の切れ目から顔を出していて、見事な満月。

まだ6時にもなっていないのに・・・冬来たり。

思わず深呼吸をして月光浴。

月の光のように、優しい光で満ちますように。

 

今日もニュースは気が滅入ることばかり。

でも、今日も一日、つつがなく過ごせたこと、皆が笑顔で過ごせたこと、一生懸命生きることができたこと、感謝の気持ちを持てた事。

身の回りは決して辛いことだけでなくて、温かいものに守られていることを心に抱いて、

今年最後のひと月を始めたいと思います。

 

いろんなことがあった1年だけど、かけがえのない大事な時間でもあったのだから、

決して悲しいことや不満なことばかりを想うのではなく、

今ここにいることを大事に想えるように、

過ごしたいと思います。

 

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家族とのおつきあい

2020-11-19 18:45:40 | デイサービス池さん

今日は春のような気温のぽかぽかの天気でした。

やっちゃんやゆうちゃんは半袖に短パン、そりゃまあまあ、若いけんね。

さつきちゃんも半袖、(?)そりゃまあ、ワタシよりは若いけんね。

そういうワタシは、いつもの裏フリース小学校4年のげんちゃんお下がりのズボンに、ヒートテックの長袖に池さんTシャツ。京子さんの編んでくれた毛糸の帽子。そりゃまあ、年やけんね。

全然暑くないよと見栄はりながら、でもやっぱりなんでこの時期に23度?の心境。

気温が高すぎて干し柿作れんし、麦茶必要だし、車はクーラーいるし・・・

ウイルスは相変わらずせめてくるし、もう月末近づいているし・・・

あ~でも文句ばっかり言ってると幸せ逃げそうだから、気分を変えて、この小春日和の一日、感謝の気持ちをもって過ごそうと思うわけです。

 

これまで池さんと繋がってくださっているご家族に感謝の気持ちを伝えます。

 

池さんで最期の時間を過ごした方たち。

そのご家族から、今でもたくさんの気持ちを私たちは頂いています。

季節のお野菜、果物、魚、肉、海苔や調味料、そして何よりずっと変わらずに応援してくれる暖かくて強い気持ち。

最期を過ごしたわけではなくて、最期の時が自宅だったり病院だったりする方もいるけれど、ずっと気持ちが繋がっているご家族もたくさんいて、感謝の気持ちが途絶えることはないのです。

いつまでも繋がっていたいと思うその気持ちこそが、池さんだと思っています。

 

介護保険はサービスを提供する事業所とサービスを利用する利用者が、契約という関係によって結ばれる制度。

介護保険という制度は、年寄りが老いて支援が必要な時期を、年寄りが生きている間に利用する制度でしかありません。当然サービスを利用している利用者がいなくなれば消失する関係。

けれど、私たちはその契約という枠組みをはるかに超えて、契約などという薄っぺらな紙切れでは表現できない関係を大切にして、この池さんを15年間続けてきました。

全ての人がというわけではないけれど、利用者として出会った関係ではあっても、もっと深い所で結びあうことができた人たちが、ご家族がいます。

時には家族と共に涙を流しながら、時には家族と喧嘩しながら、時には抱き合いながら、池さんと家族の真ん中にいる「人」を共に見つめて、時間を過ごしてきました。

だからこそ、こうして年寄りがいなくなった後も、契約が消失した後も、人と人として、大切な関係を続けて頂いているのだと思うのです。

 

 

年寄りを抱える家族と、介護事業を営む小さな事業所の池さん。

ただ契約によってのみ存在する関係ではなく、もっと深くて大きくて強い何かが存在すると思っています。

迷い、悩み、揺れるし、家族と共に、涙を流す。

いろんな想いを抱えながら、悩みながら過ごした時間のあと、気がつけば目の前の老人は、いつも間にか私たちスタッフにとっても大切な存在になっていくと思っています。

利用者と介護者としてという一方向の関係ではなく、人と人として、ちゃんと向き合うことができるようになる。

「人間として」対等な存在になっていく。

利用者の家族とサービスを提供する事業所の職員としてではなく、人と人として、お付き合いをさせてもらうことができる。

そんな気持ちを持っています。

 

じいちゃんがいなくなってさみしいよ。と言ってくれる人。

たくさんできたから、皆で食べてね。と言ってくれる人。

あの人どうなった?と聞いてくれる人。

池さん、大丈夫?と心配してくれる人。

15年おめでとう、と言ってくれる人。

顔を見て安心したよ、と言ってくれる人。

 

どの人も、どの人とも、こうして池さんという名前と場所を通じて、繋がっていられることこそが幸せです。

そんな人たちが、いっぱいいてくれることが幸せ。

15年目の区切りの時は過ぎたけれど、感謝の気持ちは日に日に大きくなってゆきます。

 

 

 

 

 

 

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15年の日々

2020-11-15 17:27:51 | デイサービス池さん

秋晴れの一日でした。

庭の桜の木は色づいた葉を落とし始め、あちこちの柿の実はたわわに実り、畑には収穫を待つ大豆の枯れた葉が目立ちます。

空は見事に晴れ渡り、風もない、穏やかな一日でした。

久しぶりにお日様の光を求めて、お布団を干しました。

ぽかぽかと暖かい秋の日の光の中で、15年の月日を想います。

48歳の時でした。

人生の大きな転機の時に、目の前に広がった一筋の光を頼りに、家族で始めた事業です。

経営も介護も何もわからず、縁あって出会った方の導きだけが頼りでした。

 

15年が経って今思います。

「あの時、池さんを作ってよかった」と。

無謀な気がした時もあるし、どうにもならないとあきらめかけた時もあるけれど、

「こうして続けることができてよかった」と。

いろんな人と出会うことができました。

「出会う縁が与えられたことを感謝したい」と思います。

 

15年。

長かったようにも思うし、あっという間だったような気もするし。

皆に支えられてこうして今日を迎えられることを感謝しています。

ずっと変わらずに、同じ気持ちで過ごせることを、心から感謝しています。

 

暖かい穏やかな一日。

いろんな思い出を振り返りながら、

一日が過ぎてゆきます。

皆の笑顔や笑い声を思い出しながら、

愛おしい時間を大切に心に包み込みたいと思います。

 

そしてまた明日から、

いつもと同じように、

笑顔で皆を迎えることができるよう願っています。

 

池さんは15周年。

15年という時間が、私たちにたくさんの経験と学びを与えてくれました。

私たちを育ててくれた時間と、

今まで出会ってくれたすべての方々に、

心から感謝しています。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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人の世界

2020-11-07 23:45:32 | デイサービス池さん

11月7日、本日立冬なり。

朝から小雨。

 

テレビは連日連夜、大国の選挙の行方を放送中。

ウイルスの拡大も今だ衰えず、かなり厳しい数字が公表されている。

いつまで続くのかと少々うんざりしつつ新聞を開くと、

胸の痛くなるような記事が目に飛び込む。

 

四国内で鳥インフルエンザが確認され、感染防止のため自衛隊の派遣を受けて養鶏場で飼育されている33万羽の殺処分が行われる。(5面記事)

同日、小さな記事だけれど同様の記事がある。

ミンクの毛皮輸出国であるデンマークの首相が、毛皮採取用の家畜ミンクからウイルスの変異種が確認されたとして、感染防止のため国内のすべてのミンク1500万匹を殺処分する意向。(11面記事)

 

胸が痛む。

 

金子みすゞの詩が心に浮かぶ。

「大漁」

朝焼けだ 大漁だ オオバいわしの大漁だ

浜は祭りのようだけど 海の中では何万の いわしの弔いするだろう

 

立場を変えて考えると、どうにもやりきれなくなってくる。

人間が生き物の頂点にいるのだから、人間ファーストの世界は当たり前なのだろう。

ウイルスに脅かされている時代ゆえ、否、どんなときにも、我々は安全を求めるべきなのだろう。

国の経済を賭けてまでウイルスからの安全を追求するという決心は、英断として讃えられるべき事柄なのだろう。

決して間違っているわけではない。

 

ただ、人間は、なんと身勝手な生き物だろうと胸が痛くなる。

傲慢に生きているわが身を想うと、胸が痛む。

だれしも、人間の命が最も尊いと思っているはずはないと信じたいが、ただ胸が痛む。

 

いわしの命に想いを馳せた金子みすゞのように、

人間の為に命を生み、人間の為に命を消されていく生き物たちに、心を寄せることを忘れてはならないような気がしている。

その生き物たちを大切に育ててきた人々は、悔しさと苦しみの中で処分を受け入れるしかないのだろうと、そこにも心を寄せてゆくべきなのだろう。

心が痛む。

 

ウイルスの脅威と日々戦いながらも、私たち人間は、

多くの命の存在の上に生きている、生かされているのだと改めて思う。

家畜だけでなく、魚も、野菜も、果物も、穀物も。

 

自分さえ、家族さえ、この国さえよければ・・・そうして考えていった先にあるのは、やはり我執に囚われた荒れた世の中と身勝手な社会でしかないように思うのだけれど。

毎日繰り返されるニュースの映像の先にあるのは一体何だろう。

大国への夢も、平和を目指す世界のありかも、崩れ去るしかないのかもしれない。

 

だとしたら、せめて小さな単位でも、

自分の知る自分たちの生きるこの小さな社会だけでも、

すべての命に心を馳せて、大切に生きてゆくしかないのだと胸が痛む。

 

立冬は、冬のはじまり。

春の芽吹くころまでしばらくの間、静かに暮らしたいけれど、

世界の行方はそう簡単でもなさそうで、霜月が始まっても、更にますますいろんな戦いは続きそう。

年のせいか、最近胸が痛いことが多いし、胃も痛いし、目はかすむし、鼻水も止まらなかったり。

何もかも大変。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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長寿の秘訣

2020-11-03 17:01:32 | デイサービス池さん

大好きな秋。

ちょっと冷え込んで、空気が綺麗に澄んでいて、風が心地よくて、そんな秋は残念なことに、いつもあっという間に終わってしまうわけですが。

我が家も池さんも、扇風機とヒーターが混在したままで、気がつけば、早くも11月に入ってしまいました。

こたつもあったり、半袖の服もあったりで、何が何だかわからないけれど、庭の枯れ葉も目立ち始めた今日この頃、皆さまお変わりございませんか?

 

中学校前の池さんで最高齢、95歳になるおばあさんが言いました。

「毎晩、ビールをコップ一杯飲みよるんぞ!」と。

ちょっと耳は遠いけれど、話は忘れやすいけれど、でも、おばあさんは杖をついて自分の足で歩いてやってきます。

おばあさんの自慢は、毎晩晩酌をしていること。

だからいつも私はおばあさんに聞いてみます。

「ビールはコップ一杯が長寿の秘訣?」

おばあさんは、「ふ~ん」とうなずきます。

「缶ビール3本飲んだら、長生きできる?」

おばあさんは笑います。

あ~あ、きっと、私は長生きできないのでしょうね。

 

70代のおじいさんが、病院を受診しました。

病院の次の日やってきたおじいさんは、どういうわけかイライラしていて、杖で床をドンドンと叩きます。

近くにいる人にも大声でイライラした口調で話します。

いつもは穏やかで社会性もある人なのに、この日はどうしたのか、イライラが続いていました。

原因が分からないけれど、とりあえずあまり被害が及ばないように、周囲のおばあさんたちに気を配りながら半日を終えました。

お風呂にゆっくりと入ったおじいさんに、前日の病院受診のことを聞いてみました。

おじいさんは4つの科を受診して検査の連続で半日、病院の中を行ったり来たり、「本当に疲れた」と話してくれました。

それからおじいさんは、お昼後ご飯をガツガツと食べてやっと落ちいたのです。

たぶん、おじいさんは疲れていたのでした。

おじいさんは言いました。

「病院で検査をしたら、病気になった。ここにきてしゃべったら、元気が出た。」と。

検査で病気にはならないでしょうが、おじいさんが検査で疲れたのは確かなようでしたので、しっかり食べて、ぐっすりと昼寝をしてもらったら、おじいさんはいつもの優しいおじいさんに戻りました。

 

年寄りにとって大切なことは、いつもの日常の繰り返しなのだと改めて思います。

毎日毎日、その人の生活をきっちり同じように繰り返すことで、安定した体調を維持することができるのだと改めて思います。

95歳のおばあさんの毎日とビールのルーティーン。

おじいさんの毎日、同じリズムの生活。

一見単純で退屈のように見えるかもしれないけれど、きっとこの安定感のある生活がいいのでしょう。

毎日のリズム。

若い人は日常に刺激や変化を求めるけれど、年寄りには安定が必要なのだと。

 

そう言えば最近、刺激より安定を求める傾向が顕著な私も、お年寄りの仲間入りなのかもしれません。

でも、95歳のおばあさんを見習って、ビールがコップ一杯になるのは、少々さみしいような気もします。

やっぱりまだもう少し沢山飲みたいような・・・。

そんな煩悩に悩まされる63歳。

もうしばらく、世間の中で泳いでいたいような・・・そんな気がする秋の夜です。

 

今月は15周年の月。

時間の経つ速さに唖然としながらも、その時間の重さに心が染みる11月が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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