池さんで働くおばさんの日記

デイサービス「池さん」の大ちゃんママのブログです。

劇的な変化

2011-05-26 20:08:17 | デイサービス池さん
池さんを利用するようになった当初、まさこさんは叫び続けていた。

大頭に泊まるようになってからも、叫び、不安で泣き、落ち着かない日々が続いていた。

そして、医療機関を今までの大きな総合病院から、私たちの信頼する近所の往診可能な医院に変えることに同意してくれた家族と話し合い、薬をやめてみることを決めた。



今、まさこさんは劇的な変化を遂げている。

もちろん日差の変動はあるものの、叫び続けることが減ってきた。

そして、普通に会話することが可能になってきた。

「フェイスシートには、質問には数字の答えが帰る」つまり会話は成り立たない、と言われていたのに、冗談を言うようになった。穏やかに笑い・じゃんけん遊びをし・花を見に外出を楽しみ・食べなかったお肉料理を食べ・皆と歌をうたい・カメラを向けると笑顔でピースをするまさこさんがいる。

この劇的な変化に、正直私たちも戸惑っている。

昼間の調子の良さが、夜に反動がきて眠らないのではないか・・・?と、心配する私を尻目に、夕食を自分で食べ・しばらく横になったら、「さ~、もう着替えて寝ようか?」という「普通のまさこさん」が、目の前にいる。

睡眠もまとまった時間を、静かに眠る日が続いている。

しかも眠りは深い。

・・・・・

全てが薬のせいではないのだろう。

けれど、全く影響がないとも言えないと思う。

・・・・・

そして、もうひとつが、「普通に生きる」ということではないかと思う。

私たちのデイは、いろんな人と近い距離で毎日暮らしているから、

常にいろんな刺激が山のようにある。

広いフロアーなどないからいつも誰かとひっついているし、食事だって詰め詰めの状態だし、ベットが開いてないことが多いから、そこらへんに転がって休むし、いろんな人がいつも賑やかに出入りしているし、子どもに足を踏まれたりするし、いつ何が起きるかわからないわけで。

でもまさこさんがいるいつもの場所に、お医者さんが来て話をじっくり聞いてくれるし、昼寝にはサボりたいスタッフが添い寝してくれるし、なにしろ狭い家だから小さな声で言ってもいつも誰かに聞こえていて、すぐに「どうした?」と横に行くことができるし、目が覚めている時はタオルたたみや豆の皮むきなど仕事を次々に押しつけられるし・・・。

「毎日の出来事を、当たり前に経験していること」が、まさこさんがかつて体験してきた様々なことを思い起こさせ、良い刺激となっているように感じられる。

どこにでもある当たり前の生活をしていく中で、

自分の頭を使って考え、自分で話し、自分の意思で動くこと。

それを重ねていくことで、まさこさん自身の体内バランスも、自ら自身で整えていけるのではないだろうか。


疾病だけに目を奪われることなく、

本来持っている「人としての力」を信じたいと思う。


明らかに大きく変化したまさこさんの様子に、

謙虚な驚きと、感動をもって、今私たちは向かい合っている。


今夜も、まさこさんは一日穏やかに過ごし、大頭に帰ってからも晩ご飯までのしばらくの時間「早く~!」と叫んでいたものの、ご飯を食べたら落ち着いて、今は静かに眠りについた。

「今日は寒いから、私はここで寝るから」といつもの炬燵に足を入れて、「あなたも早く寝なさいよ」と言ってくれた。まるでそう言うのがずっと前から当たり前だったように・・・穏やかに。優しく。


3月の初め池さんにやってきたまさこさん。

この2カ月で、劇的に変化したまさこさん。

その姿に、医療の在り方とデイの在り方を、


そして何よりも、


「人としての在り方」を考えさせられている私たち。







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関わる方法

2011-05-19 20:58:31 | デイサービス池さん
まさこさんは、一日中大声で叫び続けている。

「ちょっと~」「早く~」「もうどうなっとるんかわからん~」・・・

そして、そこにいる人に助けを求めている。

昼間は、でもなんとかなる。

タオルをたたんだり、豆の皮をむいだりする行為は、ひたすら単純な同じ動作を繰り返すわけで、こういう動作は、もともと活動的ではなく編み物などの仕事が得意だったまさこさんにむいているようで、黙ってじっと根気強く続けてくれる。

まさこさんが、まさこさんのペースでいつもいることができるように私たちは考えている。

でも、集中できることがなくなると、何かにイライラしているように、同じ言葉を大声で繰り返す。

どうすれば、まさこさんが落ち着いて穏やかに暮らすことができるのかを考える。

平日泊まるようになってから、ご家族と話し合って、私たちは全ての薬をやめてみた。

安定剤や抗うつ薬に頼らずに、たとえ大声で叫ぼうと、まさこさんがまさこさんのままで暮らせるようにと願って。

ご家族が望むように、薬や医療に頼らず、「ただただまさこさんがまさこさんとして、生活者として残りの人生を生きて欲しい」と私も思う。

・・・・・

まさこさんが、大声で叫び始めたら、まさこさんが何にイラついているのかを考えてみる。

お腹がすいているのか・のどが渇いているのか、誰かに話を聞いてほしいのか・手を握ってほしいのか、背中をさすってほしいのか・・・

そして、まさこさんの気持ちにぴったり寄り添うことができた時、

まさこさんは、優しい顔でほほ笑んでくれ、穏やかに眠り始める。

・・・・・

私たちは、

まさこさんに試されているように思う。

「本当に今の私の気持ちが、あなたには、わかるの?」と。

・・・・・

まさこさんの不安を別の言葉でごまかそうとしたり、違う話題でごまかそうとすると、イライラは大きくなり、だんだん声も大きくなる。

正面からではなく、横に座り、まさこさんと同じ目線で、

「何が辛い?」「どうしたらいい?」

とその辛い気持ちに心から、寄り添おうと思う時、

まさこさんは穏やかに、心を開いてくれる。

「もう、本当に何が何か、わからない。」「どうしていいのかわからない」と、その心を打ち明けてくれる。

「本当に、どうしたらいいのかな?」「何をしたらいいのか。わかってあげられなくて、本当に辛いよ」「ごめんね」

と、私自身の心が大きな声で叫ぶ時、

まさこさんは、落ち着いて寝息を立て始める。

・・・・・

まさこさんとの夜。

ただ、ひたすら、まさこさんの不安な気持ちに寄り添うことしか、私にはできない。

・・・・・

「何もわからないまさこちゃん」としてではなく、

「自分の気持ちを表現する言葉さえ見つけることができない、不安で押しつぶされそうなまさこさん」として。

「立派に子どもを育てあげ、今まで長い人生をきちんと生きてきた誇りあるまさこさん」として。

大いなる尊敬の気持ちを持って、

ただただ、

手を握り、横に座り、一緒に苦しんでいたいと思う。

・・・・・

私だけでなく、

池さんのスタッフ全員が、

まさこさんへの関わり方を自分自身で見つけなさいと、試されている。

・・・・・

池さんのスタッフにとって、まさこさんへの関わり方は、

「介護者として、自分がどう向き合うのか。自分の力量を見せつけられている。」

そんな試練の一つになっているように思う。

・・・・・

まさこさんとの夜。

毎回、私自身の力と器を、明らかにされるような、

そんな眠れない大頭の夜。








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移り変わり

2011-05-17 20:43:16 | デイサービス池さん
5年がたった。

最初から池さんに来てくれていた人達は、一人抜け二人抜け・・・段々に新しい顔ぶれと入れ替わっていく。

亡くなった人もいるし、入院したまま、帰ってこれない人もいる。

ご家族と深く繋がっていて、入院されていてもその様子が手に取るようにわかる方もいれば、まったくその後どうされているのかわからない方もいる。

「絆」を大切にしたいと願って進んできた。

けれど、それはあくまでも、こちらの想いでしかない。

そこまで深く繋がっていなかったのだと、心に刻まなければならない時は、本当に胸が痛い。

経営だけを考えれば、私たち経営者は、「一人が入院すれば、新しい利用者を」ということになるのだろう。

でも、「元気になって、ここへ帰ってきてくれる日を待ちたい」といつも思う。

いつも、いつも、

そう思っている。


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新緑に

2011-05-15 22:05:11 | デイサービス池さん
麦の穂の色づく季節。

この時期、私は毎年弱る。

アレルギーに悩まされる季節がやってきた。

手の湿疹も再び現れた。


悩みは尽きず、迷いは消えず・・・

ただ、その中にあって、

新しい絆を感じる日々。

命と向き合い、命をいとおしむ人と出会い、

私たちを理解してくれる人たちと出会い。

暗闇の中に一筋の光が見えつつあるのを感じる今日この頃。


新緑の季節。

山々の緑に、

後押しされるような気がする日曜日。

穏やかで、心安らぐ大頭の家。

みよちゃんとじいちゃんが作ってくれた大頭の家の日曜日。




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歩み

2011-05-12 19:59:42 | デイサービス池さん
新聞社の方の取材。

「ヒイちゃんが泊まり始めた日は・・・?」

「22年4月」

そして、思った。

「まだ、それくらいしか経っていない」のだと!

もっともっと長い年月を、ヒイちゃんと共に過ごしているように感じていた。

それもそのはず。

大頭の池さんをつくってから、まだ2年しか経っていないのだ。

みよちゃんとじいちゃんのために、この家を買ってから、まだたった2年。

なんという濃く深い日々だったのか。

なんという想いの詰まった日々だったのか。

大きな大きな経験をさせてもらった2年の日々。

私の人生の中のたった2年。

けれど、

老いてゆくせつなさ、命の重さ、支えることの大きさ、生きることの意味、そして家族の絆・・・

本当に沢山のことを、毎日、ここで積み重ねてきたように思う。


「出会った人を目の前にした時、自分自身がどう生きるか」「本当にそれでいいのか」と考えて考えて考え抜いたその先に、

おのずと自らが進むべき道が見えていた。

その道を、揺らぐことなく進む時、

かけがえのないものが見え、大切なものを手に入れることができた。


そうして歩んできた2年の月日。


後に続く若い人たちにも、

信じる道を揺るぐことなく歩んで欲しいと思う。


簡単に答えが出たり、容易に道が開けるはずはない。


けれど、決してあきらめることなく歩いてほしい。

悩んだ数だけきっと大きく強くなれると思うから。









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49日

2011-05-05 21:12:18 | デイサービス池さん
今日、じいちゃんの49日の法要。

ご家族に「納骨もするので、ぜひ来てください」と言われて、大ちゃんと一緒に法要に行かせて頂いた。

49日の法要を終え、みよちゃんとじいちゃんが暮らした町と綺麗な東予の海が見える高台に、新しい二人のお墓があった。

じいちゃんのお骨はみよちゃんと並んで、新しいお墓に納められた。

「しばらく一緒にいられなかったのに、また二人一緒になれたね」と思うと、涙が溢れてきた。

・・・

じいちゃんが亡くなって、最初の泊まりの日。私は夢を見た。

じいちゃんがいつものように寝ていて、私がそばへ行くとどうしたわけか、みよちゃんがじいちゃんの横に寝ている。「みよちゃん、どうしたん?」と聞くと、「もうちょっとここへおろうわい(いるから)」とはっきり言った。「あ~じいちゃんの49日が終わるまで、みよちゃんはじいちゃんを待つんだ」と私は思った。そんな夢だった。

今日、法要が終わってご家族と話していたら、娘さんがみよちゃんの夢を見たと話してくれた。

急がしそうに走り回って、着物を片づけていたらしい。これは誰にこれは誰に・・・と形見分けする相手を決めながら、娘さんに伝えたそうだ。

じいちゃんの法要の1週間前の話。

二人でお墓に入ったら、一緒に旅立つつもりだったのだと思う。

・・・

生き方も見事だった二人。

死にざまも見事だった。

そして、二人は亡くなってからも、みごとなメッセージを、残った私たちに与えてくれた。

はっきりとした意思を持って。

きちんと最後まで私たちに伝えてくれた。

・・・

今、「本当に二人がいなくなった」大頭の夜。

5年の月日を、無我夢中で生きてきた自分自身の生き方を振り返って、

さらにこれから先の人生を思う時、

今一度、新しい道を切り開いていく力を、

天に昇った二人に授けて欲しいと、心から願う。

・・・

二人がここで過ごした月日が、二人にとって本当に幸せなものであったとしたら、

これから先の私たちの進む道が、確かなものであるように、

ゆるぎないものになるように、

どうか見守って欲しい。

・・・

雲ひとつない青空の日。

いつものように肩を抱き合って、幸せそうに笑って天に旅立つ二人の姿が見えるような、

そんな5月の日。

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5月のはじまりに

2011-05-03 22:27:00 | デイサービス池さん
結構「大変」な人を預かることが多い池さん。

見学に来た人たちは声をそろえて「介護度の軽い人が多いんですね」というけれど、毎日来る人は4以上の人が多く、それをいうと「え~?ホントですか?」と驚かれることが多い。

あたりまえのように椅子に座っていて、当たり前のように食器を拭き、タオルをたたむ手伝いをしてくれていて、子どもたちのお守りをする人たちを見たら、「これで本当にその介護度?」と思うのも無理はないとは思う。

「大変」だといわれている人を預かることになる。

私たちは、あらかじめフェイスシートを職員に見せる場合もあるが、先入観を持つことなく関わってほしいと思っているので、最低限の情報しかスタッフには与えないこともある。

「どんな人なのか」「今までどう過ごしてきたのか」「以前の施設ではどうだったのか」という細かい事柄は、真剣に向き合っていく中で、新しくデータとして積み重ねられてゆけばよいと思っている。

「大変」な人が、池さんを利用することになった時、

今まで私たちが作ってきた「一日」は壊れ、新しく一から組み立てなければならない。

けれど私は、そのことを、スタッフには「大変」だとは感じて欲しくないと思っている。

「この人さえ来なければ、楽しく一日が作れたのに」と思ってほしくはない。

一日中大きな声で呼ぶ人。プライドが高くトイレ介助が必要なのに拒否する人。自分が一番ではないと気が済まない人。わがまま放題の人・・・

どの人も、決して好きにはなれない人かもしれない。

けれど、だから引き受けなければよいということには、決してならない。

私たちは、一緒にいて楽しいから、楽な人を引き受けているのではない。

たとえどんな人であっても、池さんを選んで来てくれる人ならば、

私たちは全力で、「どうすれば接点を見つけることができるか」「どうすれば他の人と一緒に同じ場所で一日を送ることができるか」「どうすれば笑顔になれるのか」「どう話せば落ち着いて過ごしてくれるのか」「どうすれば拒否なく排泄介助ができるのか」「どうすれば一緒に出かけられるか」「どうすれば食事の量が増えるのか」・・・

それを考えるのが、その方法を悩みながら迷いながら見つけていくことこそが、私たち介護者の最大の仕事だと思っている。



家族は、できる限り自宅で看たいと思っている。

ならば、頑張っているその家族を、精一杯支えることが私たちの仕事。


「生き方としての宅老所」の中で、尊敬する玄玄の藤渕さんも、大切な人との出会いをこんなふうに書いていた。・・・「あの人さえおらんかったら、普通の火曜日なのに」と何度も思い、でも「普通の火曜日って何やろう・・・」一日一日が違うと言いながら、無意識のうちに普通の火曜日というものをつくっていた。「普通の火曜日」が僕の中にあって、それを乱す人がとてもストレスになっていた。普通の火曜日とか、そういうものを全部捨ててしまおうと思った。


新しい人が来るたび、新しい人と出会うたび、

私たちは介護者として、どうこの人に向き合うのか・・・その力が試されることになる。


関わることが難しい人の利用回数が増えるたびにスタッフには、

「今まで、この日は楽しく過ごせたのに・・・」という気持ちを持たないでほしい願う。

それは・・・関わる側の都合でしかない。



「誰が来る日であろうと、どんな一日であろうとも、大切な一日を組みたて、目の前の人に真剣に向き合い、どうすれば少しでもよい一日にできるか」

それを実現できるかどうかは・・・私たち関わる側の、気持ちの問題。



私は、

「自宅で介護したい」と思う家族と共に、

「介護される人」と「介護する家族」を、できる限り支えることが私の仕事だと、

思っている。

「どうすれば支えることができるのか」を考えることが、私の仕事だと思っている。

苦しんでいる家族に寄り添い、その方法を考えだし導き出すことが、池さんという場所だと思っている。



新しい月のはじまり。

今一度心に刻みつけ、新しい月の訪れを、心の底から喜び、

再び新しい一日を、丁寧に組み立て、作り上げていきたいと思っている。


介護者としての自分自身の生き方を、

決して後悔しないためにも。
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