きまぐれ発言

日々変化する世の中をみて、私はこう思う。

「人間の安全保障」の時代

2012-05-01 12:43:50 | Weblog
「人間の安全保障」の時代       (012.05.01.)

野田総理がアメリカのオバマ大統領と会い、首脳会談で、アジア太平洋地域に置ける平和や安全保障、はもとより成長と繁栄の進展を両国のパートナーシップによって今後も益々深化させることを誓った声明が発せられた。

日本は民主党政権に成ってから、日米関係が少し険悪になった時期もあったが、私はそれはアメリカの誤解であって、日本の政権が民主党に変わったからと言って両国の基本的な絆は固く結ばれた同盟国であると言う事には変わりは有りません。そして、其れが証明されたのが東日本大震災によって、両国が示した「トモダチ作戦行動」が今まで以上に深い絆を示した事である。

特に今回、「同盟関係の深化」と言われる中で、特に感銘を受けた事は、「人間の安全保障」の問題であります。

「人間の安全保障」問題とは、「国家の安全保障」とは違い国家、主権の安全保障だけではなく人間の生命、生活、尊厳であり、それを実現する手段は、武力や軍事と言うより「持続可能な人間開発」で、非軍事的な項目を重要視すると言う事であります。

日本は今まで、国際平和協力活動に自衛隊を派遣して来たのも、紛争や抑圧のない社会を目指すことで「恐怖からの自由」経済・社会面の困窮の無い自由への支援で、その問題が今では大半を占める多さになってきて居る。PKOによる派遣要請も国内紛争や破綻国家の紛争処理、紛争・災害後の国つくりが中心で派遣の目的も大きく変化してきている。

昔の様に、国相互のイザコザや喧嘩仲裁の様なものでは無く、その地域に住む住民の貧困度が原因による紛争が多く、国際貢献の中身も、様変わりして来たのであります。
「国の安全保障」ではなく「人間の安全保障」の問題の時代に変わってきたのである。

アジアでも、中国の様に武力を傘に漁業権を侵したり踏みにじる行為は、太平洋諸国の協議によって、ルールを決め統制のとれた行動が平和の基本で、武力を背景に小国を脅す行為は大国の暴力行為であって、許される物ではありません。

日本は今回アメリカと協力し、太平洋経済協力会議(APEC)を通じて統制のとれたルールを支え強化して行こうと声明で発表して、両国のパートナーシップの強化を誓っている。

この声明には、アジアの小国は大いに喜び、日本への協力を惜しまない国が多くなるのではないでしょうか。
(えびなたろう)