きまぐれ発言

日々変化する世の中をみて、私はこう思う。

国民に信を問う選挙とは!

2009-07-14 10:57:59 | Weblog
国民に信を問う選挙とは!        (009.07.14.)

やっと麻生総理も国民に信を問う選挙を遣る事にしたそうだ。21日に解散、8月30日に投票と総選挙の予定が発表された。(まだ、不安定要素もあるが)

麻生総理は、「麻生おろし」に対し、「無責任に政権を放り出す様な事はしない私の政権で堂々と国民に信を問う事にしたい」と立派な態度を示している。

しかし、「信を問う」という事は、自民党の「マニフェスト」があって、其れを示す事によって国民の意思を選挙によって問う事なのであるが、未だにマニフェストが示されていない自民党に国民は諦めている状態なのだ、其の事も未だに理解せずに、「信を問う」とは如何いう事なのかが明確ではない。

自民党の今までの政治行政の中で、「何が国民の意に沿わなかったのか」の反省が全くされておらず、このまま行けば、どの様になるのかが、都議会議員選挙や自治体知事選挙の連敗と言う結果に表明されているのである。

従って、信を問うのであれば、自民党の「マニフェスト」を先ず、示すべきである。

麻生総理の、追い詰められた、土壇場の解散決定は、彼の決断とは言うものの、結局は党内支配勢力の意向に沿ったものであると思わざるを得ない。

党内も、今まで「一致団結している」とは言っても、其れは党内規制による圧力により言論封じが敷かれていたからであって、現状では、党内、百家争鳴状態である。

この事は、自民党内に考えを一つにする、思想哲学が無く、利害関係だけの結びつきによる集まりとしての党の結束があり、政権与党になれば、議員は何かの役職が与えられ、それに対する報酬も受け取り、金銭的には、野党の議員とは比べ物にならない優位な待遇である。
この環境にどっぷり漬かって来た議員は、自説が制約されても「国のため」と言う思いよりも「自分のため」を優先する状態が続いてきたのである。

今回、麻生総理の下では、もはや敗戦は間違いないとの思いから、とても一致した行動が取れない状況を、呈してきている。いわんや、この状態では、「マニフェスト」なんかも、自党の政治方針を一つに纏める事などとても出来る状態ではない。

従って、今回の自民党の選挙は、「マニフェスト」無しで、戦うつもりで居るのではないでしょうか。
もしくは、緊急に「マニフェスト」を作るにしても、ほとんど野党と同じものを出してくる、なりふり構わない選挙用の「マニフェスト」を出してくるのではないでしょうか。

国民は、其の手に絶対に騙されては、いけない。

今回の選挙は、国家の大転換の選挙であって、まさに、「平成の維新」が「成るか!」「成らぬか!」国民にとって重大な意思決定の選挙となるであろう!。
(えびなたろう)