きまぐれ発言

日々変化する世の中をみて、私はこう思う。

防衛庁の「アメ」と「ムチ」

2008-01-07 14:06:28 | Weblog
防衛庁の「アメ」と「ムチ」      (008.01.07.)

今朝の神奈川新聞で米軍再編の進ちょく状況に応じて国が自治体に支払う「再編交付金」の額を決定する仕組みが報道されている。
それによれば、自治体の基地負担割合を採点しその点数によって金額が計算されると言う事だ。

点数1点に付き29億円が支払われるシステムは、基地に協力的な自治体と、反対している自治体とでは、大きな差を生じている。

神奈川県では、原子力空母が配備さている横須賀市では、協力的な姿勢が、点数を上げ昨年は6億円が交付されている、反対に米軍司令部が発足したキャンプ座間を抱える座間市は市民の反対もあって昨年度は1億6000万円しか貰えなかったと言うことである。

これ等の交付金は次年度への繰越が出来ないので、反対を続ければ年度毎に減らされると言う事で将に、カネに困っている自治体の目の前に「カネ」をチラ付かせ、言う事を聞かせようとする卑劣な手段である。自治体の首長も反対市民の板ばさみで、火焙りの刑に合っている様なものだ。

この調子で、遣られれば、地方の田舎で財政に困っている市町村は、住民の意思に反して基地問題だけではなく、色んな物が作られる事に成るだろ。

其の例が、原子力発所であったり、廃棄物処理場であったり、ダム建設であったり、干拓事業等、自然を破壊する土木工事は、殆どがその対象になっている。
そして、其れによって泣きを見るのが決まって住民である。

しかし、場合によっては、遣らねばならぬものもあるから、其の場合、住民との話し合いの過程において、少なくとも最大限の「意」を尽くす事が必要である。

「意」を尽くすと言う事は、先ず「関連する全ての情報をオープンにする事」其の上で相手の気持を良く理解し、誠意を尽くして、「話し合い」お互いの妥協点を見出すと言うことであります。

国の遣ってきた今までの公共工事は「意」を尽くす所まで行なわず、「力」を尽くして相手を屈服させてきた。その「力」とは、“金力”であり“権力”であり“物力”等であります。

C型肝炎問題でも、福田総理、町村官房長官、舛添厚生大臣達は、被害者の「意」を全く理解しておらず、「司法の裁定だから」の一点張りでカネで治めようとした事は始から決裂する事が想定されている大失敗のケースである。

相手の「意」が解らなければ政治家は失格です。結局は与謝野さんの助言で福田総理が決断したと言う事だが、国民の「意」を解せない人では、今の「ねじれ国会」の中で国政をこなして行くことは出来ないと思う。
                          (えびなたろう)