玄文社主人の書斎

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シャルトル大聖堂の崇高美(6)

2020年01月09日 | ゴシック論

 せっかく一周して西側正面に戻ってきたのだから、あの二つの塔のことについてもう少し触れておこう。南塔がロマネスク様式でサン=ジェルマン=デ=プレ教会の塔に似ていることは前に書いたが、この教会はパリに現存する最古の教会ということで、558年創建というから途方もなく長い歴史を誇っている。9世紀にバイキングの侵略によって焼失、11世紀に再建、塔も1014年に建てられたものだというから、恐ろしく古いものなのだ。

 教会本体の方はゴシック様式で改築が施されているが、塔はゴシックの時代以前のもので、シャルトル大聖堂の南塔と似ているのは時代が近いためだ。教会の高さが19メートルというから、その倍としても38メートルの高さしかない塔である。下から4分の3の高さまで垂直に立ち上がり、その上に鐘楼が造られていて、さらにその上に二等辺三角形の屋根が聳えている。尖塔部分の高さは8~9メートルくらいだろうか。

サン=ジェルマン=デ=プレ教会の塔

シャルトルの南塔

 窓や扉口はゴシック教会と違って、半円形の穏やかな形をしていて、パリ大聖堂やシャルトル大聖堂の尖塔アーチ型とはまったく違っている。外貌には枯淡の味わいがあり、過剰なものは何もない。もちろんフライング・バットレスも付属してはいない。

 塔は6角錐になっているように見える。シャルトルの南塔の8角錐よりもさらに質朴な感じを与える。またシャルトルの南塔は二等辺三角形の基部から頂点までの高さがはるかに勝っていて、40メートル以上あるように見える。従って二等辺三角形の頂部の角度は、サン=ジェルマン=デ=プレ教会の塔の半分ほどしかない。

 恐怖感を感じさせるほどの鋭角を持って空に聳える南塔はだから、ロマネスク様式の穏やかさを湛えているとは必ずしも言えないのである。やはり凶器のように天空を切り裂いているというイメージがある。

 一方北塔は典型的なゴシック様式で、建物の基部から全体の約3分の2あたりまで垂直に駆け上がり、その上に鐘楼を構え、さらにその上に南塔の角度よりもさらに鋭角な尖塔部分を乗せている。燃え上がる炎のように見えるところから、フランボワイアン様式と呼ばれている。この塔の形が尖塔部分を除いて、私が今回の旅で見たサン・ジャック塔にそっくりなことに気がついた。

 サン・ジャック塔は私の好きなシャルル・メリヨンの〈吸血鬼〉という作品の像の向かって左側に遠望される塔である。昨年パリ大聖堂を訪れ、メリヨンがモデルにしたキマイラの像を写真に撮る時に、撮影位置を間違えて像の裏側に追いやってしまったあの塔である。

 今回の旅でサン・ジャック塔それ自体を見てみたかったのだが、パリ市庁舎を訪れた時にその目的をかなえることができた。この塔もまたフランボワイアン様式で造られたもので、過剰な装飾彫刻が四角柱の塔の周囲一面に施され、確かにまるで燃え上がっているように見える。この塔はサン・ジャック公園の中にあって、天辺まで登ることができるのだが、冬期間は公園が閉鎖されていて近寄ることもできなかった。

 おそらく教会の一部が残ったものだろうと思っていたが、後で調べると16世紀初めに立てられたサン・ジャック・ド・ラ・ブシュリー教会の鐘楼部分だったのだという。フランス革命時に教会は破壊され、19世紀半ばに改築されたのが現在のサン・ジャック塔なのである。

 サン・ジャック塔では至るところにガーゴイルがその異様な姿形を突き出している。それはシャルトル大聖堂の北塔でも同じことで、雨樋としてのガーゴイルが何故必要とされたのかがよく分かる。シャルトルの南塔にそんなものがないのは、ガーゴイルを付けても雨は8角錐の斜面を流れ落ちるだけで、意味がないからだ。

サン・ジャック塔

シャルトルの北塔(北側から見る)

 ガーゴイルはやはりゴシック建築の垂直性が要求する仕組みなのだ。雨が建物の石と石の間の漆喰を溶かしてしまうのを防ぐために、雨を建物から離れたところに落とすように考えられた仕組みだが、やたらと装飾彫刻の多いフランボワイアン様式の塔には欠かせないものであっただろう。

 私はサン・ジャック塔の美しさに時を忘れて見入ってしまったが、シャルトルの北塔の美しさもそれに勝るとも劣らないものであった。フランボワイアン様式の塔は、ゴシック建築の精華と言ってもいい建築要素だと私は思う。

 

 

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